なんか三年生はちゃんと強いらしい
三回戦は、翌日の午前だった。
二勝した。
それは事実だ。
二年生に二人勝った。
それも事実だ。
だが、身体は事実だけで軽くなったりしない。
朝起きた時、足はまだ重かった。
腕も、肩も、昨日より少し遅れてついてくる。
痛みはない。
怪我もない。
ただ、疲れが積もっている。
「ヨウカさん、今日は昨日より眠そうです」
リーナが真剣に言った。
「寝ました」
「休めましたか」
「少し」
「少し」
リーナの目が細くなる。
怖い。
「無理はしません」
「本当に?」
「できるだけ」
「できるだけではなく」
昨日も聞かれた。
「……はい」
リーナはようやく頷いた。
マリベルは横で苦笑している。
「完全に管理されてるわね」
「ありがたいです」
「本当にそう思ってる?」
「思っています」
少なくとも、止めてくれる人がいるのはありがたい。
自分だけだと、必要以上にやる可能性がある。
それは分かっている。
エレシアは、いつも通り落ち着いていた。
「今日の相手は、ディオンさんですね」
「はい」
「三年生。剣。派手ではありませんが、かなり堅実な方だと聞いています」
「堅実」
嫌な言葉だ。
「去年も、序列入りの手前まで残ったそうです。三十位以内には届かなかったようですが、序列目前の方ですね」
「序列目前」
もっと嫌な言葉だった。
順位戦で正式に序列が与えられるのは、三十位以内。
上位五名は、全校の前で表彰される。
まだ今年の序列は決まっていない。
今も、上級生たちはどこかで勝ち上がっている。
カイルも残っている。
カリンも残っている。
俺は二年生に二人勝った。
でも、序列はまだ遠い。
その手前にいるのが、今日の相手だ。
ディオン。
三年生。
去年、序列目前まで残った剣士。
今年も、そこへ届くかもしれない相手。
「ヨウカさん」
リーナがもう一度言った。
「負けても、怪我しない方がいいです」
「はい」
それは本当にそうだ。
勝ちたい。
というより、何もできないまま終わりたくない。
ただ、怪我をしてまで勝ちたいわけではない。
そこは、間違えない。
間違えないようにしたい。
⸻
実技場は、昨日より少し静かだった。
勝ち残りがさらに減っている。
観覧席にいる生徒の数は多い。
だが、試合場の近くに立つ者は少ない。
残っている者の空気が違う。
一回勝った者。
二回勝った者。
上級生。
推薦組。
貴族。
平民。
それぞれの事情がある。
でも、今ここでは全員が試合をする。
勝てば進む。
負ければ終わる。
単純で、かなり怖い。
「ヨウカ」
カイルが近づいてきた。
自分も勝ち残っているのに、顔はいつも通りだった。
やはり腹立たしい。
少しだけ。
「おはようございます」
「おはよう。ディオン先輩、見た?」
「少しだけ」
「どうだった?」
「嫌です」
カイルが笑った。
「最近、そればっかり」
「嫌な相手が多いので」
「ディオン先輩は、変なことはしてこないと思う」
「それが一番困ります」
「分かる」
分かるのか。
「基礎で押してくる人は、ずらしにくいです」
「うん。しかも三年生だから、体格も経験もある」
「はい」
「でも、ヨウカは二年生に二回勝った」
「三年生に勝ったわけではありません」
「そこを分かってるなら、大丈夫だと思う」
何が大丈夫なのかは分からない。
でも、カイルの声は軽くなかった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
カイルは少し離れていった。
その背中を見て、息を吐く。
大丈夫。
ではない。
でも、やるしかない。
⸻
名前が呼ばれる少し前。
俺は、ふと思い出した。
最近、目で見ることばかりに頼っていた。
肩。
足。
呼吸。
魔力の揺れ。
武器の向き。
観察は使っている。
たぶん、かなり使っている。
だが、鑑定をきちんと開くのは久しぶりだった。
頼りすぎるのは危ない。
けれど、見られるものを見ない理由もない。
俺は小さく息を吐いた。
鑑定。
まず、自分。
――――――――――
ヨウカ 女 十一歳
レベル:2
状態:疲労・中
攻撃:24
防御:22
敏捷:38
器用:48
幸運:41
魔力:86
MP:72
〈ノーマルスキル〉
観察 LV4 熟練度:244/900
薬草知識 LV2 熟練度:156/250
魔力操作 LV2 熟練度:204/250
記録 LV2 熟練度:133/250
応急処置 LV2 熟練度:112/250
衛生管理 LV2 熟練度:78/250
問診 LV1 熟練度:96/100
投擲 LV1 熟練度:96/100
短剣 LV1 熟練度:94/100
光魔法 LV1 熟練度:31/100
闇魔法 LV1 熟練度:48/100
〈レアスキル〉
鑑定 LV2 熟練度:38/200
精霊魔法 LV1 熟練度:66/100
〈エクストラスキル〉
医学 LV-
叡智 LV-
??? LV-
〈加護〉
光と知恵の女神の加護
???の女神の加護
――――――――――
伸びている。
それは、分かる。
入学前に見た時より、全体的に数字が上がっている。
走った。
投げた。
短剣を抜いた。
魔力を動かした。
光を飛ばそうとして、何度も散らした。
闇で受けて、落とした。
二回、順位戦も戦った。
数字は、それを少しだけ認めている。
だが、強いかと言われると違う。
攻撃も防御も、戦う大人にはまだ届かない。
敏捷と器用は伸びている。
魔力とMPは、かなり伸びている。
でも、光はまだ弱い。
闇も、一瞬しか使えない。
精霊魔法は、使える前提で数えられない。
投擲は、もう少しで次へ届きそうだ。
でも、まだLV1。
短剣も、もう少しだ。
でも、これもまだLV1。
光魔法は、ようやく形を見つけたばかり。
闇魔法は、使える場面が増えたが、強い攻撃を受け続けられるほどではない。
伸びている。
でも、足りない。
それが、数字で見ても分かる。
次に、ディオンを見る。
鑑定。
――――――――――
ディオン 男 十三歳
レベル:8
状態:集中
攻撃:66
防御:58
敏捷:54
器用:61
幸運:42
魔力:44
MP:38
〈ノーマルスキル〉
剣術 LV3
足運び LV2
身体強化 LV2
集中 LV1
――――――――――
見える。
だが、全部ではない。
他人に使った鑑定では、熟練度までは出ない。
鑑定LV2で見えるスキルも、ノーマルスキルまでだ。
レアスキルがあるかどうかは分からない。
それでも、見えている範囲だけで十分だった。
攻撃、六十六。
防御、五十八。
敏捷、五十四。
器用、六十一。
身体能力は、ほとんど向こうが上。
魔力とMPだけなら、俺の方が高い。
でも、剣で戦うための身体は、明らかにディオンの方が上だった。
剣術。
足運び。
身体強化。
集中。
この世界の人は、それを数字やスキル名としては見ない。
きっと、こう言うのだと思う。
剣筋が崩れない。
足ができている。
身体の使い方が上手い。
よく鍛えている。
俺だけが、それを数字と文字で見ている。
だが、見えたからといって、勝てるわけではない。
その数字をどう動きに変えてくるのかは、目で見るしかない。
俺は鑑定の表示を消した。
見えた。
でも、全部ではない。
分かった。
でも、勝てるとは限らない。
数字で見ても、結論は変わらなかった。
三年生は、ちゃんと強い。
⸻
名前が呼ばれた。
「ヨウカ」
足が前に出る。
土を踏む。
身体が疲れている分、足裏の情報に頼りたくなる。
向かい側に、ディオンが立っていた。
三年生。
剣。
背は高い。
ガルドほど圧はない。
ラウルほど細かい仕掛けも見えない。
ただ、立ち方が安定している。
剣先が揺れない。
肩にも、足にも、余計な力が少ない。
派手ではない。
でも、崩しにくそうだった。
「ディオン」
ディオンは静かに礼をした。
俺も礼を返す。
目が合う。
怖い目ではない。
だが、油断している目でもない。
「礼」
教師の声。
頭を下げる。
顔を上げる。
剣。
足。
肩。
手。
呼吸。
全部を見る。
「始め」
ディオンは、すぐには来なかった。
半歩だけ前へ出る。
それだけで、距離が変わる。
ヨウカは動かない。
動けない。
先に動けば、そこへ剣が来る。
ディオンがもう半歩出る。
剣の間合いが近づく。
槍ほど長くはない。
だが、短剣よりはずっと長い。
ヨウカの右手が腰へ落ちた。
木球。
投げる。
小さく。
速く。
狙いは足元。
ディオンは避けなかった。
剣の腹で、軽く落とす。
音は小さい。
弾いたというより、置いて落とした。
木球が土へ沈む。
「落とした」
レオスが呟いた。
ディオンの足は止まっていない。
半歩。
また半歩。
距離が詰まる。
ヨウカは左へ外れた。
ディオンの剣が、そこへ来る。
読まれている。
ヨウカは短剣を抜く。
剣を受けない。
刃の横に置いて、流す。
重い。
ラウルより重い。
速さだけではない。
剣に体重が乗っている。
短剣ごと押される。
ヨウカの足が下がる。
ディオンは追いすぎない。
一歩で止まる。
また構え直す。
崩れない。
それが一番嫌だった。
光。
小さな光の粒が、ディオンの手元へ飛ぶ。
当たれば痛い。
邪魔にはなる。
ディオンは目を細めた。
だが、剣を大きく動かさない。
手首だけで払う。
光が弾ける。
剣の位置はほとんど変わらない。
次の瞬間、ディオンが踏み込んだ。
速い。
ヨウカは右へ逃げる。
剣が来る。
肩の前。
近い。
闇。
黒い膜が薄く立つ。
剣が触れる。
重い。
昨日より重い。
膜が揺れる。
止めない。
勢いを殺す。
横へ逃がす。
剣筋はわずかにずれた。
だが、ディオンの戻しが早い。
ずらしたはずの剣が、すぐ次の線に戻ってくる。
ヨウカは下がるしかなかった。
「闇で止まらない」
リーナが小さく言った。
マリベルが頷く。
「止めてないわ。ずらしてる。でも、戻されてる」
エレシアはディオンの足を見ていた。
「三年生ですね」
それだけだった。
だが、それで十分だった。
⸻
ディオンは派手な攻撃をしない。
大きく振らない。
無理に詰めない。
ヨウカが投げれば、落とす。
光を出せば、最小限で払う。
闇を出せば、押し込まずに引く。
短剣で入ろうとすれば、半歩だけ下がり、すぐ剣を戻す。
全部、少しずつ潰される。
ヨウカは動いている。
投げている。
避けている。
入ろうとしている。
でも、状況が良くならない。
結界の外縁へ押されているわけではない。
ダウンしそうでもない。
ただ、試合場の中心をディオンに取られている。
ヨウカは外側を回らされていた。
「上手いな」
ガルドの声が観覧席のどこかから聞こえた。
見ているらしい。
「派手じゃねえけど、嫌な剣だ」
その言い方は、少し分かる。
ディオンの剣は、嫌だった。
怖いというより、苦しい。
行きたい場所に行けない。
投げたい時に投げられない。
光を使っても、剣が大きく動かない。
闇を使っても、次が早い。
ヨウカの呼吸が乱れ始める。
疲労が、遅れて顔を出す。
足が重い。
右へ逃げる。
遅れる。
剣が袖をかすめた。
観覧席がざわつく。
「今、当たった?」
「かすめただけ」
「でも近い」
ディオンはそこで詰めなかった。
詰めれば決められたかもしれない。
だが、無理をしない。
一度構え直し、また半歩詰める。
それが、逆に怖かった。
焦っていない。
ヨウカは木球を握る。
残りは少ない。
ディオンの足を見る。
踏み込み。
肩。
剣の戻し。
隙はある。
ないわけではない。
だが、小さい。
小さすぎる。
来る。
ディオンの右足が前に出た。
ヨウカは木球を投げた。
狙いは足元ではない。
剣の戻る場所。
剣の軌道に置く。
木球が飛ぶ。
ディオンの剣が戻る。
当たる。
乾いた音。
一瞬だけ、剣の戻りが鈍る。
今。
ヨウカが入る。
短剣。
低く。
胴前を狙う線。
届く。
そう見えた瞬間、ディオンの足が引かれた。
体が半身になる。
短剣が空を切る。
いや、完全には外れていない。
実技服の前をかすめた。
届きかけた。
だが、決定打にはならない。
ディオンの剣が上から返る。
ヨウカは闇を出す。
今度は間に合う。
黒い膜が立つ。
剣が触れる。
重い。
だが、流せる。
そう思った瞬間。
ディオンの剣先が、わずかに揺れた。
風。
魔法陣はない。
詠唱もない。
ただ、剣の外側に、薄い刃のような圧が纏わりつく。
カマイタチ。
前世の知識の奥で、そんな言葉が浮かんだ。
鑑定には出ていなかった。
ノーマルスキルではない。
技か。
家伝か。
それとも、見えないスキルか。
考えるより先に、身体が止まった。
距離が、違う。
実際の剣より、半歩遠い。
そこに、届く。
ヨウカの闇は、剣そのものをずらした。
だが、剣の外に纏った風までは、完全には殺せない。
風の刃が、肩口の手前で止まる。
決定打。
「そこまで!」
教師の声が飛んだ。
剣が止まる。
短剣も止まる。
ヨウカの足も止まる。
一瞬、音が遠くなった。
ディオンの剣は、ヨウカの肩口の前。
実際の刃より、半歩外側に伸びた風の圧。
ヨウカの短剣は、届いていない。
「勝者、ディオン」
観覧席がざわついた。
昨日や今朝のような爆発ではない。
どちらかというと、息を吐くような音だった。
「ああ……」
「負けた」
「でも、かなり粘ったよな」
「二年二人抜いた一年だろ」
「三年相手にあそこまで行くのか」
「最後、何?」
「風が伸びた?」
「ディオン先輩、あの技まだ隠してたのか」
「風刃ってやつ?」
「それでも、去年は序列に届かなかったんだよな」
声が混ざる。
勝てなかった。
届きかけた。
でも、届かなかった。
ディオンが剣を下ろし、礼をした。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
声は出た。
震えてはいなかったと思う。
たぶん。
ディオンは少しだけ息を吐いた。
「嫌な相手だった」
また言われた。
「ありがとうございます……で、いいのでしょうか」
「褒めている」
「なら、ありがとうございます」
ディオンは少し笑った。
「最後まで使わずに済ませたかった」
「今の、風ですか」
「そうだ。風刃。剣に風を乗せる」
「魔法ではないんですね」
「魔法じゃない。剣に纏わせる。放つ使い方もあるが、今のは乗せただけだ」
「見えませんでした」
「見せないようにしていた」
鑑定にも出なかった。
目にも、最後まで出さなかった。
それで負けた。
「二年生だったら、危なかったかもしれない」
「今は一年生です」
「だから勝った」
はっきり言われた。
嫌な言葉ではなかった。
むしろ、かなり正しい。
今の俺は一年生だ。
二年生には届いた。
三年生には、届きかけた。
でも、届かなかった。
「来年、当たりたくないな」
ディオンはそう言って、剣を肩に戻した。
それから、もう一度軽く頭を下げて離れていった。
俺はその背中を見送った。
負けた。
負けたのに、少しだけ胸の奥が熱かった。
悔しい。
かなり悔しい。
でも、何もできなかったわけではない。
それが余計に悔しかった。
⸻
試合場から下がると、リーナがすぐ来た。
「怪我は」
「ありません」
「本当に?」
「はい」
手を見せる。
足も動かす。
肩も上がる。
問題はない。
リーナは息を吐いた。
「よかったです」
「負けました」
「怪我しませんでした」
リーナはそこを優先した。
それが、少しありがたかった。
レオスは悔しそうな顔をしていた。
「惜しかった!」
「届きませんでした」
「でも、すごかった! 三年生相手に!」
「負けました」
「それはそうだけど!」
レオスはまた両手を動かした。
言いたいことが多すぎるらしい。
マリベルは少し静かだった。
「負けたけど、評価は落ちないわね」
「そうですか」
「落ちるわけないでしょう。二年生に二勝して、三年生に決定打寸前まで行ったのよ」
「寸前ではありません」
「寸前だったわ」
「外されました」
「外させた、とも言えるわ」
言い方は色々ある。
でも、結果は一つだ。
負け。
エレシアが静かに言った。
「最後まで、礼も動きも崩れていませんでした」
「ありがとうございます」
「ただ、最後は風の間合いが想定外でしたね」
「はい」
分かっている。
鑑定していた。
観察していた。
それでも、見えないものはある。
見えても、間に合わないものもある。
その両方だった。
カイルが少し遅れて来た。
「ヨウカ」
「負けました」
「見てた」
「はい」
「悔しい?」
「はい」
即答だった。
自分でも少し驚いた。
カイルは小さく笑った。
「なら、よかった」
「よかったんですか」
「悔しいなら、次に繋がるから」
それは正しい。
かなり正しい。
少し腹立たしいくらい正しい。
「カイルさんはまだ残っていますよね」
「うん」
「勝ってください」
カイルが目を丸くした。
それから笑った。
「珍しいね」
「何がですか」
「ヨウカがそういうこと言うの」
そうかもしれない。
でも、今は言いたかった。
「見たいので」
「分かった。頑張る」
軽い返事だった。
だが、目は軽くなかった。
⸻
午後になっても、試合は続いた。
俺はもう出ない。
負けたからだ。
当たり前なのに、少し変な感じがした。
さっきまで、次の相手を考えていた。
今は、見る側に戻っている。
自分の名前はもう呼ばれない。
少し寂しい。
少し悔しい。
少しほっとしている。
全部ある。
ガルドが近くに来た。
槍を持っていない。
観覧側だ。
「負けたな」
「はい」
「ディオンは堅いからな」
「強かったです」
「だろうな。俺もあいつは嫌いだ」
「嫌いなんですか」
「試合相手としてな。槍で崩そうとしても、崩れにくい。しかも、あの風がある」
なるほど。
ガルドでも嫌なのか。
少しだけ救われた気がした。
「でも、お前、よくやっただろ」
「負けました」
「二勝して三年にあそこまで行って、それで不満なら十分だ」
十分。
そうなのだろうか。
自分ではまだ分からない。
「次やったら、俺は届かせる」
「できれば遠慮したいです」
「まだ言うか」
「槍は嫌なので」
ガルドは笑った。
その笑い方は、昨日より少し柔らかかった。
⸻
俺の順位戦は、そこで終わった。
でも、順位戦そのものは終わっていない。
カイルはまだ残っている。
カリンも、まだ残っている。
ディオンも、俺に勝った以上、次へ進む。
俺は、もう試合場には立たない。
見る側に回る。
それが少し悔しくて、少し寂しくて、少しだけほっとした。
観覧席では、まだ俺の名前が少し聞こえる。
「ヨウカって、一年だよな」
「二年二人抜きだろ」
「三年にもかなり粘った」
「光と闇、投擲、短剣」
「あと、精霊っぽいやつ?」
「小さいのに、試合になると怖い」
「普段は丁寧なんだけどな」
「しかも、めちゃくちゃ可愛い」
最後だけ、やはり混ざる。
本当に混ざらないでほしい。
でも、もう止められない気がした。
マリベルが横で言った。
「これで、来年の新入生にも名前が残るかもね」
「やめてください」
「無理よ」
「無理ですか」
「無理ね」
即答だった。
困る。
かなり困る。
でも、少しだけ分かっていた。
俺の試合は終わった。
だが、ここから残るものがある。
勝ったこと。
負けたこと。
見られたこと。
届かなかったこと。
全部。
夜、記録板を開いた。
三回戦、敗北。
ディオン、三年、剣。基礎が強い。崩れない。
攻撃・防御・敏捷・器用、すべてこちらより上。
投擲、通じるが落とされる。置き方は通じる。
光、払われる。大きく動かせない相手もいる。
闇、剣筋をずらせるが、戻しが速い相手には次が間に合わない。
短剣、届きかけた。届かなかった。
最後、風刃。鑑定には表示なし。おそらくノーマルではない。
三年生には、まだ届かない。
そこまで書いて、手が止まった。
少し考えて、一行だけ足した。
でも、届かない距離ではない。
記録板を閉じようとした時、頭の奥で軽い音がした。
【条件を満たしました】
【ノーマルスキル:投擲 LV1 → LV2】
一瞬、呼吸が止まる。
続けて、もう一つ。
【条件を満たしました】
【ノーマルスキル:短剣 LV1 → LV2】
勝ったからではない。
負けたからでもない。
使ったからだ。
ガルドの足元へ置いた。
ラウルの土札を狙った。
ディオンの剣の戻りに投げた。
短剣も、抜くだけではなかった。
入る。
置く。
止める。
引く。
届かなかった場面も含めて、全部が残った。
俺は少しだけ目を閉じた。
悔しい。
負けた。
でも、少しだけ、自分の強さも分かった。
思っていたより、俺は戦えた。
そして、思っていたより、上はまだ遠かった。
順位戦は、まだ続いている。
次は、見る番だ。
それから、たぶん。
戦った人たちを見る番でもある。
どうやら、三年生はちゃんと強いらしい。




