なんか足元も試されるらしい
二回戦は、翌日の午前だった。
一晩眠れば疲れが抜ける。
そう思っていた。
抜けなかった。
朝起きた時、足が少し重い。
腕も、肩も、普段より遅れて動く。
痛みではない。
だが、身体の奥に、昨日の槍が残っている。
ガルドの踏み込み。
槍の戻し。
結界の外縁。
土埃。
全部、寝ている間にも残っていたらしい。
「ヨウカさん、顔色は悪くないです」
リーナが、かなり真剣な顔で言った。
「ありがとうございます」
「でも、眠そうです」
「はい」
「休めましたか」
「寝ました」
「休めたかを聞いています」
鋭い。
少し困る。
「……少しだけ」
リーナの眉が寄った。
マリベルが横から笑う。
「正直でよろしい」
「よろしいのでしょうか」
「嘘をつくよりはね」
エレシアは、いつも通り姿勢よく支度していた。
「今日の相手は、昨日とは違う型です」
「はい」
「ガルドさんは槍で距離を支配する相手でした。今日の相手は、剣と土の小術を使うと聞いています」
「土」
「足元を乱す程度のものだと思います。強い攻撃魔法ではないはずです」
それでも嫌だ。
かなり嫌だ。
足元を乱されると、投げるにも、避けるにも、短剣で入るにも影響が出る。
昨日、俺が少しだけ土に頼ったことを考えると、余計に嫌だった。
「相手の名前は?」
マリベルが聞くと、レオスが勢いよく答えた。
「ラウル!」
いつの間に来ていたのか。
「二年生。剣も普通にできるけど、足元を崩す小さい土魔法がうまいって」
「詳しいですね」
「見てきた!」
「早いですね」
「気になるだろ!」
気にはなる。
とてもなる。
ラウル。
二年生。
剣。
土魔法。
槍ではない。
槍ではないが、楽ではない。
「ヨウカさん」
リーナが言った。
「無理は」
「しません」
「本当に」
「できるだけ」
「できるだけではなく」
「……はい」
リーナはまだ少し不満そうだった。
だが、そこで止めてくれた。
ありがたい。
⸻
実技場に着くと、昨日よりさらに空気が重く感じた。
一回戦で負けた者はいない。
勝ち残った者だけが、ここにいる。
昨日より人数は減っているはずなのに、圧は増えている。
観覧席にも、昨日より見ている目が多い気がした。
気のせいではない。
「昨日の子だ」
「ガルドに勝った」
「光と闇の」
「最後、土も動いたって」
「今日も見る?」
「見るだろ」
聞こえる。
かなり聞こえる。
昨日勝ったせいで、見られる理由が増えた。
困る。
だが、今は処理しない。
全部拾っていたら、試合前に疲れる。
試合場の外縁には、淡い光の輪が走っている。
結界の縁。
そこを越えれば、結界具が反応する。
昨日は、それで勝った。
今日は、それで勝てるとは限らない。
順位戦の決着は分かりやすい。
結界外。
降参。
ダウン、または戦闘不能。
そして、決定打。
喉元や胴前など、当たれば危険な位置で武器を止めれば、教師が止める。
分かりやすい。
だから、怖い。
「ヨウカ」
声がした。
カイルだった。
昨日の試合を勝ち抜いたはずなのに、もう普通の顔をしている。
腹立たしい。
少しだけ。
「おはようございます」
「おはよう。疲れてる?」
「少し」
「正直」
「隠す元気がありません」
カイルは笑った。
「今日の相手、土を使うんだって?」
「らしいです」
「足元、気をつけて」
「はい」
「ヨウカは足を止められると困るでしょ」
その通りすぎて困る。
「困ります」
「でも、ラウルも手を止めたら困ると思う」
「手?」
「土を動かす時、剣と同じだけ集中できるとは限らない」
カイルはそれだけ言った。
助言。
というほど長くはない。
でも、必要な言葉だった。
土を使う時、相手は何を失うのか。
そこを見る。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
カイルは少し離れていった。
ああいうところが、普通に強い。
少し腹立たしい。
やはり腹立たしい。
⸻
名前が呼ばれた。
「ヨウカ」
足が前に出る。
土を踏む。
昨日より、土の硬さがはっきり分かる。
向かい側に立っていたのは、細身の男子だった。
ガルドほど背は高くない。
だが、俺よりは十分高い。
手には訓練用の剣。
腰には小さな土札のようなものを下げている。
土魔法を補助する道具だろうか。
「ラウル」
ラウルは静かに礼をした。
俺も礼を返す。
昨日のガルドとは違う。
威圧感は強くない。
だが、構えが安定している。
剣先が低い。
足元を見ている。
俺の足も、見ている。
「礼」
教師の声。
頭を下げる。
顔を上げる。
剣。
足。
土。
手。
全部を見る。
「始め」
先に動いたのは、ラウルだった。
踏み込みは速すぎない。
剣も大きくない。
まっすぐ入ってくる。
ヨウカは半歩下がった。
その足元が、わずかに盛り上がる。
土。
小さい。
本当に小さい。
だが、十分だった。
足裏が引っかかる。
体勢が崩れる。
ラウルの剣が、そこへ伸びた。
速い。
ヨウカは短剣を抜かない。
抜く前に遅れる。
横へ逃げる。
剣先が肩の前を通る。
観覧席で、小さな声が上がった。
「足元」
「今、土が動いた?」
「見えにくいな」
見えにくい。
そこが嫌だった。
大きな土壁でも、石の槍でもない。
足元に少しだけ段差を作る。
土を柔らかくする。
踏み出しをずらす。
それだけ。
だが、動き出しには効く。
ラウルは追ってこない。
一歩で止まる。
構え直す。
また、足を見る。
ヨウカが投げる。
木球。
小さい動き。
狙いはラウルの踏み込む足の前。
ラウルは踏み込まなかった。
剣で弾く。
乾いた音。
木球が横へ飛ぶ。
「見てるな」
レオスが呟いた。
見ている。
ラウルは、昨日の試合を見ている。
足元への投擲を警戒している。
光も、闇も、おそらく警戒している。
昨日勝ったことは、今日の武器になる。
だが、同時に、手札を見られたということでもある。
ラウルが、今度は斜めに入った。
剣が低い。
足元の土が、ヨウカの左側で軽く跳ねる。
逃げ道を潰す。
ヨウカは右へ。
そこへ剣。
速い。
短い。
ヨウカの短剣が抜かれた。
剣を受けるのではない。
刃の横に置く。
流す。
だが、相手は二年生。
剣の重さが違う。
短剣ごと押される。
ヨウカの足が半歩下がった。
下がった先の土が、少し沈む。
しまった。
ラウルの剣が返る。
ヨウカは体を低くした。
剣が髪の上を抜ける。
近い。
低くなった姿勢のまま、木球を投げる。
足元ではない。
ラウルの剣の下。
ラウルは剣を引く。
弾かない。
避けた。
堅い。
かなり堅い。
ガルドは槍で押してきた。
ラウルは、こっちの手を使わせてから、一つずつ潰してくる。
観覧席の声も、昨日とは違う。
「昨日みたいに押されてるわけじゃないけど」
「動きにくそう」
「足元やられるの、嫌だな」
「投げる前に止められてる?」
マリベルが小さく言った。
「相性が悪いわね」
エレシアは頷く。
「ヨウカさんは、動きながら組み立てる方です。足元を乱されるのは厄介です」
リーナは何も言わない。
ただ、両手を握っている。
⸻
ラウルがまた土を動かした。
今度は、ヨウカの足元ではない。
ヨウカの少し先。
進みたい場所。
そこが、浅く盛り上がる。
入れない。
ヨウカは止まる。
止まったところへ、剣が来る。
光。
小さな光の粒が、ラウルの手元へ飛んだ。
ラウルは目を細める。
剣を少し引き、光を避ける。
当てていない。
だが、剣が止まった。
一瞬。
ヨウカが動く。
右へ。
足元。
土が動く。
見えた。
土そのものではない。
ラウルの手。
剣を握る手ではない。
左手の指が、ほんの少し動く。
土札。
腰に下げた小さな札が、淡く光っている。
そこから土へ魔力が流れている。
完全な無詠唱ではない。
道具を介している。
左手。
土札。
足元。
剣。
全部同時にはできていない。
ラウルが土を動かす瞬間、剣先がわずかに下がる。
ヨウカは息を吸った。
次。
ラウルが踏み込む。
左手が動く。
土が盛り上がる。
剣先が下がる。
今。
ヨウカは木球を投げた。
狙いはラウルの足ではない。
土札。
腰の横。
木球が当たる。
軽い音。
土札が揺れた。
壊れない。
だが、魔力の流れが乱れる。
盛り上がりかけた土が崩れた。
ラウルの目が初めて少し開く。
そこへ、ヨウカが入った。
短剣。
低く。
ラウルは剣で受ける。
力では負ける。
だから押さない。
刃を滑らせる。
横へ抜ける。
光。
今度は足元。
ラウルの前ではなく、後ろ。
退く場所。
小さな光が弾けた。
ラウルの足が止まる。
痛くはない。
だが、踏みたくない。
その一瞬で、ヨウカは距離を詰めた。
短剣の先が、ラウルの胴の手前に入る。
決定打の位置。
だが、浅い。
ラウルは体をひねった。
短剣の線が外れる。
さすがだった。
同時に剣が返る。
ヨウカの肩へ。
速い。
闇。
黒い膜が薄く立つ。
剣が触れる。
重い。
槍ほどではない。
だが、十分重い。
止めない。
勢いを殺す。
横へ落とす。
剣筋が、肩の横を抜けた。
ヨウカは半歩だけ残った。
逃げすぎない。
下がりすぎない。
そこへ、最後の木球。
投げる。
狙いはラウルではない。
地面。
ラウルの左足の外側。
木球が土を叩く。
土が跳ねる。
ラウルの視線が一瞬だけ落ちた。
その視線の落ち方は、昨日のガルドとは違う。
精霊ではない。
ただの土。
ただの木球。
それでも、人は足元を見る。
ヨウカはその間に、短剣を引いた。
突くのではない。
置く。
ラウルの胴前。
ラウルが剣を振り切れば、先に短剣が入る位置。
深くはない。
でも、続ければ危険だった。
「そこまで!」
教師の声が飛んだ。
剣も、短剣も止まる。
ラウルの剣は振りかけ。
ヨウカの短剣は、胴の手前。
一瞬、ラウルの動きが止まる。
「勝者、ヨウカ」
ざわめきが、昨日より早く起きた。
「また勝った」
「二年生に?」
「二人目?」
「ガルドだけじゃなかったのか」
「今の、土札を狙った?」
「え、そこ見てたの?」
「光、弱いけど邪魔だな」
「短剣も使えるのか」
「いや、使い方が嫌だ」
また言われている。
嫌な使い方。
かなり不名誉な気がする。
でも、否定しきれない。
ラウルは、自分の土札を見た。
それから、ヨウカを見る。
「そこを狙われるとは思わなかった」
「そこから土に流れているように見えたので」
「見えたのか」
「少しだけです」
ラウルは苦笑した。
「その少しが嫌だな」
昨日も似たようなことを言われた。
槍使いにも、剣使いにも嫌がられている。
俺は何かを間違えているのだろうか。
いや、試合としては間違えていないはずだ。
たぶん。
ラウルは礼をした。
「ありがとうございました」
俺も礼を返す。
「ありがとうございました」
二回戦が終わった。
勝った。
また、勝てた。
だが、足が重い。
昨日よりも、頭が熱い。
光。
闇。
投擲。
短剣。
観察。
全部使った。
精霊には頼んでいない。
頼まずに済んだ。
それはよかった。
だが、楽ではなかった。
まったく楽ではなかった。
⸻
試合場を下がると、レオスが目を輝かせていた。
「ヨウカさん、二勝!」
「はい」
「二年生に二勝!」
「はい」
「すごい!」
「かなり疲れました」
「そこ!?」
そこだ。
まずそこだ。
リーナは俺の顔を見て、すぐに水筒を差し出した。
「飲んでください」
「ありがとうございます」
「座ってください」
「はい」
完全に指示だった。
逆らわない方がいい。
座ると、足の重さが一気に来た。
思ったより疲れている。
マリベルは隣にしゃがんだ。
「これで、もう偶然とは言われにくくなったわね」
「偶然で済ませてほしかったです」
「無理ね」
「無理ですか」
「ガルドに勝って、ラウルにも勝った。一年生が二年生を二人抜き。しかもやり方が毎回違う」
嫌なまとめ方だ。
でも、たぶん正しい。
エレシアも静かに言った。
「評価は上がると思います」
「嬉しいような、困るような」
「両方でしょうね」
「はい」
エレシアは少しだけ笑った。
珍しい。
「ただ、次からはさらに見られます」
それは困る。
とても困る。
だが、もう遅い。
観覧席では、すでに声が広がっている。
「二年二人抜き」
「光と闇」
「投擲と短剣」
「土も見た」
「いや、今回は土は相手の方だろ」
「でも昨日は動いたって」
「何者なんだ」
「めちゃくちゃ可愛いのに、戦い方がえげつない」
最後だけ、やはり混ざる。
混ざらないでほしい。
本当に。
⸻
次の組み合わせが出たのは、昼過ぎだった。
勝ち残りが減った分、掲示板の前はさらに騒がしい。
レオスが見に行く前に、マリベルが止めた。
「今度は私が行くわ」
「なぜですか」
「レオスだと顔に出すぎるもの」
「それはそうです」
レオスが少し不満そうにした。
だが、否定できなかったらしい。
マリベルは人混みをすり抜けていく。
しばらくして、戻ってきた。
笑っていなかった。
「ヨウカ」
「はい」
「次、三年生」
来た。
とうとう来た。
「武器は?」
「剣。上位ではないけど、今回勝ち残っている時点で弱くはないわ」
「でしょうね」
喉が少し乾いた。
二年生に二人勝った。
それでも、三年生は違う。
体格。
経験。
魔力量。
試合慣れ。
全部、少しずつ上がる。
カリンは三年生で四年生に勝った。
でも、カリンはカリンだ。
俺ではない。
「名前は?」
マリベルは掲示板の方を見た。
「ディオン」
知らない名前。
三年生。
剣。
上位ではない。
だが、弱くはない。
俺は息を吐いた。
一つ勝った。
二つ勝った。
それで終わりではない。
勝てば、次はもっと強い。
当たり前だ。
当たり前なのに、少しだけ笑いそうになった。
怖い。
でも、嫌ではない。
いや、嫌ではある。
かなり嫌ではある。
「ヨウカさん?」
リーナが心配そうに見る。
俺は首を振った。
「大丈夫です」
「本当に?」
「少し疲れています」
「少しではないと思います」
それはそうだ。
かなり疲れている。
でも、記録しておかなければならない。
俺は記録板を開いた。
二回戦、勝利。
ラウル、剣と土。土札経由。左手、剣先低下。
光、牽制有効。弱いが視線と足を動かせる。
闇、剣筋を一瞬ずらすには有効。重い攻撃は抱え込まない。
精霊、未使用。
疲労、大。
そこで手が止まる。
次戦。
ディオン。三年生。剣。
俺は最後に一行足した。
二年生には届いた。
三年生には、まだ分からない。
記録板を閉じる。
どうやら、足元も試されるらしい。




