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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第六章 アレクシア学園一年目序列戦編
77/89

なんか一つ勝っても終わらないらしい

試合場から下がると、足が重かった。


痛いわけではない。


怪我をしたわけでもない。


ただ、身体の奥が遅れて震えている。


槍の穂先。


踏み込み。


結界の外縁。


淡い光。


それらが、まだ頭の中に残っていた。


「ヨウカさん!」


レオスが真っ先に駆け寄ってきた。


途中で教師に止められ、慌てて歩く。


「すごかった! 本当に勝った!」


「はい」


「いや、はいじゃなくて!」


「勝ちました」


「そうだけど!」


レオスは言葉を探して、両手を動かした。


たぶん、本人も何を言いたいのか分かっていない。


リーナも近づいてきた。


顔はまだ少し強張っている。


「怪我は」


「ありません」


「本当に?」


「はい」


俺は手を見せた。


リーナにもらった布は、少し土で汚れている。


でも、切れてはいない。


リーナはそれを見て、ようやく息を吐いた。


「よかったです」


「布、助かりました」


「それはよかったです。でも、もう少し心臓に優しい試合にしてください」


「努力します」


たぶん、無理だ。


相手が槍だった時点で、心臓に優しくする余裕はなかった。


マリベルは少し遅れて来た。


顔は笑っている。


ただ、いつもの茶化すだけの笑い方ではなかった。


「勝ったわね」


「勝ちました」


「ガルドに」


「勝ちました」


「去年、下剋上した二年生に」


「……勝ちました」


「つまり、今年はあなたがそれをやったわけね」


言われて、少し嫌な予感がした。


「そういう言い方は広まりそうなので、やめてください」


「もう遅いと思う」


マリベルが視線を横へ向ける。


そこでは、すでに何人かがこちらを見ていた。


「ガルドに勝った子だろ」


「光と闇の」


「最後の土、何だった?」


「投擲も変だった」


「小さいのに、やることが嫌だな」


「でも礼は綺麗だった」


「あと、めちゃくちゃ可愛い」


最後だけおかしい。


いや、全部おかしい。


混ざらないでほしい。


本当に。


エレシアは姿勢よく立っていた。


「お疲れさまでした」


「ありがとうございます」


「開始と終了の礼は乱れていませんでした」


そこなのか。


「そこを見ていたんですか」


「もちろん、試合も見ていました」


「ならよかったです」


「ただ、最後に少し返事が短くなっていました」


「そこもですか」


「そこもです」


エレシアは真面目だった。


とても真面目だった。


ありがたい。


ありがたいが、今それを言われると少し力が抜ける。


その力の抜け方が、たぶんちょうどよかった。



ガルドが近づいてきた。


槍はもう肩に預けている。


悔しそうではある。


だが、嫌な顔ではなかった。


周囲の声が少し落ちる。


「ヨウカ」


「はい」


「次やったら、たぶん届かせる」


かなり怖いことを言う。


「できれば、次は当たりたくありません」


「正直だな」


「槍は嫌なので」


ガルドは笑った。


「そこまで嫌がられると、槍使いとしては少し嬉しいな」


「嬉しいんですか」


「嫌がられない槍は、たぶん弱い」


なるほど。


それは、そうかもしれない。


「最後のは、誘導か」


「はい」


「途中から、俺を外側へ向けてたな」


気づいていた。


やはり、全部は誤魔化せていない。


「少しだけです」


「少しで出された」


ガルドは自分の踵を見た。


結界の外縁に触れた場所だ。


「負けは負けだ。次、勝てよ」


「はい」


「俺に勝ったのに、すぐ負けたら困る」


「それは、責任が重いです」


「重くしとけ」


ガルドは短く笑い、槍を担ぎ直して去っていった。


嫌な相手ではない。


強い相手だった。


それは、勝っても変わらないらしい。



少しして、教師に呼ばれた。


怪我の確認だった。


手。


肩。


足首。


目。


耳。


簡単に確認される。


「問題なし。だが、今日は水を飲んで休め」


「はい」


「次戦前に無理な自主練は禁止」


「はい」


そこへ、レヴィン先生も来た。


俺は少しだけ背筋を伸ばす。


最後の土埃。


たぶん、見られている。


先生はすぐにはその話をしなかった。


「光の出力は規定内でした」


「はい」


「闇の使用も、危険行為ではありません。槍を抱え込まなかったのは良い判断です」


「ありがとうございます」


「最後の土については、順位戦後に確認します」


やはり。


来た。


「はい」


「今ここでは聞きません。次の試合もあります」


それだけ言って、レヴィン先生は離れていった。


ありがたい。


今聞かれても、うまく説明できる気がしない。


精霊に、少し頼んだ。


それだけだ。


だが、それだけで済まないことも分かっている。


マリベルが横で小さく言った。


「今の、何か見られた顔ね」


「見られました」


「最後の土?」


「たぶん」


「やっぱり」


「やっぱりとは」


「私も少し変だと思ったもの」


マリベルにまで見られていた。


困る。


かなり困る。


「大丈夫ですかね」


リーナが心配そうに聞いた。


「怒られる内容ではないと思います」


「怒られないならいいですけど」


「記録されるとは思います」


「それは……いいんですか?」


「よくはないです」


正直に言うと、リーナが困った顔をした。


俺も困っている。



次の試合が始まった。


自分の試合が終わった途端、他人の試合を見る余裕が少し戻ってきた。


余裕というより、逃避かもしれない。


しばらくして、カイルの名前が呼ばれた。


「カイル・フォルデラ」


観覧席の空気が変わる。


フォルデラ家の名は、やはり強い。


向かい側に立ったのは、三年生の剣使いだった。


三年生の中では、上位というわけではないらしい。


周囲の話では、順位表の下の方から上がってきた生徒だという。


それでも、一年生から見れば十分に格上だ。


体格も、剣の重さも、経験も違う。


カイルはいつも通り、軽く礼をする。


だが、目は笑っていない。


開始の合図。


三年生が先に踏み込んだ。


速い。


剣の振りは大きくない。


基本に忠実で、だからこそ崩しにくい。


カイルは下がった。


水が足元に薄く広がる。


剣が来る。


水が跳ねる。


剣筋が、ほんの少しずれた。


その隙間を、風が抜けた。


カイルの身体が横へ滑る。


派手ではない。


だが、滑らかだった。


水で剣をずらす。


風で距離を変える。


相手が踏み込めば、水が足元に絡む。


足を止めれば、風が横から押す。


三年生は弱くない。


何度も水を切り、風を読んで踏み込む。


だが、カイルはそのたびに位置を変えた。


逃げているようで、逃げていない。


試合場の中心から外れすぎない。


相手の剣が届く場所へ、ぎりぎり入る。


そして、すぐ消える。


「うわ、面倒くさ」


レオスが思わず言った。


分かる。


かなり面倒だ。


俺の戦い方も、たぶん似たようなことを言われている気がする。


それは少し嫌だ。


三年生が大きく踏み込んだ。


今度は逃げ場を潰す振り。


カイルの足元の水が、円を描く。


風が上へ抜ける。


一瞬、三年生の剣先が持ち上がった。


その下を、カイルの水弾が走る。


強い水ではない。


だが、膝の少し上に当たり、三年生の足が止まった。


そこへ、風。


押す。


三年生の身体が半歩流れる。


結界の外縁が近い。


三年生は踏みとどまった。


さすがだった。


踏みとどまった瞬間、カイルが前に出る。


水の刃ではない。


ただ、水をまとわせた訓練用の短杖。


それが、三年生の胴の手前で止まった。


「そこまで!」


教師の声が飛ぶ。


有効。


「勝者、カイル・フォルデラ」


観覧席が沸いた。


「三年に勝った」


「フォルデラ様、やっぱり強い」


「水と風、両方使ってたよな」


「綺麗だった」


確かに、綺麗だった。


だが、綺麗なだけではない。


あれは普通に強い。


水と風で、相手の動き方そのものを変えていた。


火力がないわけではない。


むしろ、火力を使わずに勝っているのが怖い。


カイルが戻ってくる。


少し息は上がっている。


それでも、顔はいつも通りだった。


腹立たしい。


「勝ちましたね」


俺が言うと、カイルは少し笑った。


「勝てた」


「三年生に」


「ヨウカも二年生に勝っただろ」


「それは違います」


「どう違うの?」


「私はかなりギリギリでした」


「僕もギリギリだったよ」


「見えませんでした」


「じゃあ、僕の勝ち」


「何の勝負ですか」


カイルは笑った。


少しだけ疲れているのが分かった。


やはり、余裕ではなかったのだろう。


それでも勝つ。


そこが強い。



午後の試合で、カリンの名前が呼ばれた。


「カリン」


観覧席の一部がざわつく。


三年生。


盾と剣。


少し離れた場所からでも、カリンの立ち姿は分かった。


背が高い。


姿勢が良い。


黒い髪が揺れても、構えは揺れない。


相手は四年生だった。


長剣。


体格も経験も上。


それでも、カリンは下がらなかった。


開始の合図。


四年生の剣が速く伸びる。


カリンの盾が、それを受けた。


大きな音。


だが、盾は押し込まれない。


角度が変わる。


剣が流れる。


カリンが一歩入る。


盾で相手の肩を押す。


剣が短く返る。


四年生が下がる。


観覧席の空気が変わった。


守ったのではない。


守りながら、攻めた。


二撃目。


四年生が横へ回る。


カリンは追わない。


足を置く。


盾を出す。


相手の進路に置く。


それだけで、四年生の動きが詰まった。


そこへ剣。


深くは入れない。


手首の前で止める。


また下がる。


淡々としている。


派手ではない。


でも、怖い。


相手が何かをしようとする前に、場所を奪っている。


盾は壁ではない。


道を塞ぐものでもない。


カリンの盾は、相手の選択肢を減らしていた。


最後は、四年生の踏み込みに合わせた。


盾で剣筋を外す。


同時に一歩。


剣の先が、相手の喉元の手前で止まる。


「そこまで!」


「勝者、カリン」


音が遅れて湧いた。


三年生が、四年生に勝った。


しかも、危なげが少ない。


俺は思わず息を吐いた。


遠い。


分かっていた。


でも、見せられるとまた違う。


カリンは強い。


ただ守るだけではない。


守るために、前へ出る。


盾と剣で、相手を止める。


あれが、今のカリンだ。


カリンが試合場から下がる時、一瞬だけこちらを見た気がした。


目が合った。


たぶん。


カリンは、小さく頷いた。


俺も、少しだけ頷く。


話はしない。


それでも十分だった。


いや、十分ではないかもしれない。


でも、今はそれでいい。



その後も試合は続いた。


一年生同士の試合では、勢いで押す者もいた。


緊張で動けなくなる者もいた。


魔法を出しすぎて注意される者。


礼を忘れて教師に睨まれる者。


勝って泣く者。


負けて座り込む者。


順位戦は、思っていたよりずっと騒がしい。


そして、思っていたよりずっと残酷だった。


勝てば次がある。


負ければ終わる。


ただし、終わっても評価は残る。


負け方も、見られている。


マリベルが隣で言った。


「これ、一日でかなり情報が動くわね」


「でしょうね」


「ヨウカも、今日かなり動いたわよ」


「情報が、ですか」


「立場が」


嫌な言い方だ。


でも、たぶん正しい。


二年生のガルドに勝った。


しかも、光と闇と投擲を使った。


最後には、土まで少し動いたように見えた。


カイルは三年生に勝った。


カリンは四年生に勝った。


今日一日で、周囲の見方はかなり変わる。


変わらない方がおかしい。


「ヨウカさん」


リーナが小さく言った。


「次も、ありますよね」


「はい」


「休んでください」


「はい」


「本当に」


「はい」


三回目の返事で、リーナはようやく頷いた。



夕方近く。


次の組み合わせが掲示された。


人だかりは、朝よりも少し殺気立っている。


勝った者は、自分の次を見る。


負けた者は、知人の次を見る。


俺は今度も少し離れて待った。


押されるのは嫌だ。


前へ行ったレオスが戻ってくる。


顔が、少し引きつっていた。


「ヨウカさん」


「はい」


「次、二年生」


またか。


「武器は?」


「剣。たぶん、魔法も使う人」


剣と魔法。


槍とは違う嫌さだ。


マリベルが小さく息を吐いた。


「一回勝ったから、楽になるわけじゃないのね」


「順位戦ですから」


エレシアが静かに言う。


「むしろ、勝てば相手は強くなります」


正しい。


とても正しい。


嫌になるくらい正しい。


掲示板の文字を、自分の目で確認する。


ヨウカ。


次の相手。


知らない名前。


二年生。


剣と魔法。


俺は息を吐いた。


槍ではない。


それは助かる。


だが、楽ではない。


絶対に楽ではない。


ガルドに勝ったことで、少しだけ分かった。


自分は、何もできないわけではない。


思っていたより、少し戦える。


でも、上はまだいくらでもいる。


カイルも。


カリンも。


知らない二年生も。


三年生も、四年生も、その上も。


一つ勝っただけでは終わらない。


むしろ、始まった感じがする。


記録板を開く。


今日の欄に、短く書いた。


初戦、勝利。

ガルド、槍。強い。次はたぶん届かせられる。

光、牽制として有効。

闇、一瞬なら有効。抱え込まない。

精霊、見られた可能性あり。後で確認。

カイル、三年に勝利。水と風。相手は三年内では下位寄り。

カリン、四年に勝利。盾と剣。遠い。


最後にもう一行足す。


思ったより戦えた。

でも、まだ上がいる。


それで記録板を閉じた。


どうやら、一つ勝っても終わりではないらしい。

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