なんか順位戦というものがあるらしい
翌朝、教室に入ると、いくつかの視線がこちらへ向いた。
昨日の硝子板の事故は、もう広まっている。
「硝子が割れたんだって」
「フォルデラ様が水と風で止めたらしいよ」
「最後、黒い膜が出たって」
「黒い膜で硝子片を受けたんでしょ」
「前は光ってたよね」
小さな声は、完全には隠れない。
投擲や短剣、光属性の話に、昨日の黒い膜まで混ざっていた。
席に座ると、レオスが近づいてくる。
「ヨウカ」
「はい」
「昨日のやつ、大丈夫だったのか?」
「私は大丈夫です」
「手、震えてたって聞いたけど」
誰から聞いたのだろう。
候補が多すぎる。
「今は平気です」
「そっか」
レオスは頭をかいた。
いつもの勢いより、声が低い。
「闇って、怖いやつなのか?」
近くの子が、こちらを見る。
悪気はない。
聞きたいのだと思う。
俺は自分の手を見た。
昨日、黒い膜を出した手。
「怖い使い方もあると思います」
レオスの顔が固まる。
「でも、昨日は硝子片を受けるために使いました」
「人に当てるためじゃなくて?」
「はい」
「そっか」
レオスは息を吐いた。
「じゃあ、昨日のは助ける方か」
「そうできたなら、よかったです」
「できてたよ」
後ろから声がした。
振り向くと、昨日、同じ制御室にいた女子が立っていた。
袖に破片が乗っていた子だ。
「あの、昨日はありがとう」
「怪我はありませんでしたか」
「うん。袖だけだった」
女子は自分の袖をつまんだ。
今日はきれいなままだ。
「黒いの、最初はびっくりした。でも、破片が落ちたから」
「はい」
「助かったと思う」
胸の奥が軽くなった。
「無事でよかったです」
女子は小さく笑った。
レオスが横で言う。
「やっぱ普通に話せるじゃん」
「普通に話しています」
「いや、なんかすごい子みたいになってるから」
「すごくはありません」
「そう言うと思った」
そこは読まなくていい。
離れた席から声が聞こえた。
「今、礼言われてた」
「黒いの、怖いだけじゃないんだ」
「普通に優しい」
「顔も可愛い」
「それは前から」
最後だけおかしい。
マリベルが席に着きながら笑った。
「朝から忙しいわね」
「忙しくありません」
「もう来てるじゃない」
「来なくていいです」
「そういう顔するから来るのよ」
「顔は関係ありません」
「あるわよ」
関係ないと思いたい。
リーナは心配そうにこちらを見る。
「ヨウカさん、疲れていませんか」
「大丈夫です」
「無理はしないでください」
「はい」
素直に返事をすると、リーナは安心した顔になった。
その顔を見ると、こちらも強くは言えない。
午前の授業が始まる前、教室の入口がざわついた。
カイルが立っていた。
教室にいた生徒たちの姿勢が、分かりやすく変わる。
カイルはそれを見て、困ったように笑った。
「ヨウカ、少しいい?」
「はい」
席を立つ。
廊下へ出ると、カイルはすぐ頭を下げた。
「昨日は助かった」
「こちらこそ。カイルさんが水と風で流してくれなければ、受けられませんでした」
「それでも、最後に落としたのはヨウカだよ」
「カイルさんが先に動いたからです」
互いに譲らない形になった。
カイルは笑う。
「じゃあ、両方でいい?」
「はい」
それなら、いい。
カイルは表情を戻した。
「昨日、怪我した子は手だけだったらしい。医務室で処置して、今日は普通に来てる」
「よかったです」
息が抜けた。
カイルはそれを見て、目を細める。
「やっぱり、そこが先なんだね」
「そこ、とは」
「自分のことより、怪我した子のこと」
返事に困った。
気になるものは、気になる。
「怪我は少ない方がいいです」
「うん」
カイルは静かに頷いた。
「それを聞けてよかった」
教室の中から視線を感じる。
短いやり取りだった。
それでも十分だったらしい。
席に戻ると、マリベルが待っていた。
「今ので、また見られてるわよ」
「減る要素はありませんか」
「ないわね」
言い切られた。
エレシアが筆記具を整えながら言う。
「悪い見られ方ばかりではないと思います」
「そうですか」
「事故を面白がるだけならよくありません。ですが、礼を言う人、心配する人、知ろうとする人がいるなら、意味は違います」
落ち着いた声だった。
内容は、思ったより柔らかい。
「怖がられるだけではない、ということです」
「……はい」
リーナも小さく頷いた。
「私も、そう思います」
放課後前、クラリス先生が教室に入ってきた。
いつもより早い。
「連絡があります」
教室が静かになる。
「昨日の魔法制御室での事故については、教師側で調べています。関係のない話を広げないこと」
誰も茶化さない。
「怪我をした生徒は、授業に戻っています。硝子板を使う作業は、教師の指示があるまで行いません」
戻っている。
それだけで、胸の奥が落ち着いた。
クラリス先生は、教室を見渡した。
「もう一つ、覚えておきなさい」
筆記具を片づけかけていた子たちの手が止まる。
「アレクシア学園では、学年末に順位戦があります」
教室がざわついた。
「順位戦?」
「一年生も?」
「何するんだろう」
クラリス先生は、ざわめきが落ちるのを待った。
「学園で行われる行事の中でも、最も大きなものの一つです。学年ごとに、自分の力を示す場でもあります」
力を示す場。
その言葉で、教室の空気が変わった。
「ただし、詳しい説明は後日行います。今日は、学年末にそういう行事がある、ということだけ覚えておきなさい」
それだけだった。
それだけなのに、みんなの顔がさっきまでと違う。
学年末順位戦。
名前だけなら、ただの競争に聞こえる。
けれど、この学園で大きな行事だと言われると、急に重さが変わる。
投擲。
短剣。
魔法。
昨日の硝子板の事故。
今日、話しかけてきた人たち。
別々だったものが、遠くの一点へ向いた気がした。
まだ何をするのかは分からない。
分からないのに、落ち着かない。
マリベルが横から小さく言う。
「また話題が増えたね」
「増えなくていいです」
「これは増えるでしょ」
否定できなかった。
部屋に戻ると、マリベルが椅子に座った。
「今日は、何回話しかけられた?」
「数えていません」
「数えたら面白そう」
「面白くありません」
マリベルは笑った。
リーナは机の前で手を重ねている。
「でも、前より怖い感じは減った気がします」
「そうですか」
「はい。話してみたら、ヨウカさんはヨウカさんなので」
その言い方は不思議だった。
でも、嫌ではなかった。
エレシアが頷く。
「話した印象も、周りへ伝わります」
「それも噂ですか」
「そうですね。ただ、悪いことばかりではありません」
エレシアらしい言い方だった。
マリベルが頬杖をつく。
「まあ、ヨウカは変に怖がられるより、話しかけられて困ってる方が似合うわ」
「似合いたくないです」
「困った顔、かわいいし」
「そこに戻さないでください」
リーナが笑いをこらえる。
エレシアまで口元を押さえた。
味方がいない。
夜、記録板を開いた。
今日の記録。
事故後、声をかけられることが増えた。
闇魔法。
怖がる声もある。
礼を言う人もいた。
怪我をした生徒は授業に戻っている。
学年末に順位戦あり。
学園で最も大きな行事の一つ。
自分の力を示す場。
そこで手が止まった。
順位戦。
何をするのかは、まだ分からない。
ただ、話しかけられるだけでは終わらない気がする。
記録板を閉じる。
灯りを落とした。
今日は、昨日より眠れそうだった。
怖がられるだけではなかった。
礼を言う人がいた。
心配する人がいた。
聞こうとする人がいた。
声をかけられるのは、たしかに楽ではない。
でも、嫌なことばかりではない。
どうやら、順位戦というものがあるらしい。
そしてそれは、この学園で大きな行事らしい。




