なんか槍の間合いにも穴はあるらしい
「始め」
合図と同時に、ガルドの前足が土を噛んだ。
布を巻いた槍の先が、胸へ伸びる。
ヨウカの体が横へ飛ぶ。
先端が制服の前を抜け、風が頬を打った。
槍はすぐ戻る。
二本目。
低い。
腹の下を狙う突きだった。
ヨウカは身を引き、腰の木球を取る。
投げた。
木球はガルドではなく、踏み込む足の前へ落ちる。
土が跳ねた。
ガルドの前足が外へ逃げる。
突きの向きが、肩の横へ流れた。
観覧席から声が漏れる。
入れる。
そう見えた瞬間、槍の柄が横から来た。
ヨウカは沈む。
長い柄が頭の上を抜ける。
短剣はまだ抜けていない。
ガルドは止まらなかった。
足をずらされても、突きがそのまま払いに変わる。
ヨウカの左手が開く。
黒い膜が、柄に薄く触れた。
払いの速さが鈍る。
ヨウカは横へ抜ける。
闇は消えた。
指先が震える。
ガルドの目が、黒の消えた場所を一度だけ見た。
「やるな」
返事を待たず、槍の先が胸を取る。
ヨウカは下がった。
一歩。
さらに一歩。
土に刻まれた円の外縁が、背中側で淡く光った。
結界の外へ出れば終わる。
ガルドは急がない。
届く場所に立ったまま、次の槍を置いてくる。
⸻
指先に、小さな光が生まれた。
狙いは顔ではない。
槍を握る手の横。
光が弾ける。
ガルドの手が止まった。
まばたき一つ分。
木球が飛ぶ。
今度は、槍を戻す手の下。
ガルドの手が引かれる。
槍の戻りが遅れた。
ヨウカが前へ出る。
初めて、槍の内側へ入った。
観覧席が沸く。
ガルドの反応は速い。
槍を短く持ち、柄で押す。
近くても、槍は死なない。
ヨウカの短剣が抜ける。
木の刃が柄に触れた。
受けずに、滑らせる。
柄が肩をかすめて抜けた。
足が乱れる。
倒れない。
さらに入る。
ガルドの肘が動いた。
体ごと押してくる。
ヨウカは足元へ光を落とす。
影が濃くなった場所へ、黒が薄く立った。
ガルドの踏み込みが重くなる。
止まらない。
止まらないまま、遅れた。
ヨウカの短剣が、ガルドの袖をかすめる。
浅い。
切れてはいない。
決着にもならない。
それでも、届いた。
一年生の席から声が上がる。
「今の!」
レオスの声が混じった。
リーナが両手を握る。
マリベルは身を乗り出した。
エレシアは試合場から目を逸らさない。
カイルは黙って見ていた。
⸻
ガルドは袖を一度見た。
すぐに槍を構え直す。
笑っていない。
目だけが鋭くなった。
そこから、槍が変わった。
木球は柄で弾かれる。
光は槍の角度で外される。
黒を立てれば、押し込まずに引かれる。
中へ入ろうとすれば、半歩前で払いが来る。
通った手が、次には潰される。
今度はヨウカが押し戻された。
淡い外縁が近づく。
観覧席の声が遠のく。
ガルドの呼吸も乱れていた。
それでも、槍は下がらない。
低い構え。
左肩が沈む。
突き。
ヨウカは右へ逃げる。
二本目。
腹の前。
黒い膜が出る。
槍が触れた。
膜が歪む。
重い。
押さえ込めば足が止まる。
横へ逃がした。
槍の先が脇を抜ける。
戻る。
その時、ガルドの左踵が土に残った。
次も同じ。
突いて、戻る。
左踵が残る。
⸻
ヨウカの手が、木球を二つ取った。
一つ目。
ガルドの前足の手前。
土が跳ねる。
ガルドは踏まない。
足を外へ逃がす。
光が弾けた。
槍を戻す手の横。
ガルドの手が止まる。
まばたき一つ分。
ヨウカが前へ出る。
槍の先が戻る。
黒がかかる。
戻りが濁る。
二つ目の木球が飛んだ。
狙いは、槍の後端。
乾いた音。
石突きが跳ねた。
ガルドの手元が浮く。
それでも崩れない。
踵は、淡い光の輪の内側に残っていた。
強い。
短剣は出さない。
届かない刃を振れば、押し返される。
足元の土埃が揺れた。
訓練場の端から、かすかな風が来る。
小さな気配が、ガルドの踵の下をなでた。
土埃がふわりと立つ。
ガルドの視線が落ちた。
淡い輪のすぐ内側で、光が弾ける。
ガルドの足が反射で引かれる。
踵が、光の輪に触れた。
結界具が短く鳴る。
「そこまで!」
教師が告げた。
槍が止まる。
ヨウカも止まる。
一瞬、観覧席の音が消えた。
ガルドの足元で、淡い光が揺れている。
片足が、結界の外へ出ていた。
「結界外。勝者、ヨウカ」
⸻
音が戻った。
観覧席の声。
土を踏む音。
ヨウカの荒い息。
膝が折れかける。
こらえた。
先に礼。
短剣を下ろし、頭を下げる。
ガルドも槍を下げた。
「足元ばっかりだな」
悔しさの混じった声だった。
「そこしか、届きませんでした」
ガルドは自分の槍を見て、それから結界の外縁を見る。
「嫌なところに投げる」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
礼が終わった瞬間、観覧席が大きく揺れた。
レオスが立ち上がりかけ、隣に止められている。
リーナは口元を押さえていた。
マリベルは目を丸くして、それから笑った。
エレシアは背筋を伸ばしたまま、小さく頷く。
カイルは座ったまま、ようやく息を吐いた。
その奥で、カリンが小さく頷いた。
ヨウカは試合場を出る。
足の裏に、まだ土の感触が残っていた。
ガルドの槍は、最後まで届いていた。
それでも、結界の外へ出たのはガルドの足だった。




