なんか割れた光は黒く落ちるらしい
魔法制御の授業から、数日が経った。
俺を見る目は、前と同じではない。
フィル村から来た子。
アンナとヨシュアの娘。
フォルデラ家のカイルと話した新入生。
そこに、投擲や短剣、光属性の話まで混ざった。
遠巻きに眺めるだけだった目が、近くなっている。
「なあ、ヨウカ」
休み時間、レオスが近づいてきた。
「はい」
「光属性って、やっぱ珍しいの?」
「珍しいとは聞きました」
「使えるの?」
「使える、というほどではありません。反応が出ただけです」
「でも、紙、光ってたんだろ?」
「少しです」
「少しで光るんだ」
返しに困る。
俺には、比べる相手が少ない。
レオスの後ろから、別の女子が顔を出した。
「あの、投擲も上手いって聞いた」
「まだ基礎です」
「でも、動く袋に当てたんでしょ?」
「二回外しました」
「そのあと当てたんでしょ?」
「はい」
失敗の方は、なぜか残りにくいらしい。
離れたところから声が聞こえた。
「話しかけてる」
「普通に返してるね」
「落ち着いてる」
「ていうか、近くで見ると本当に可愛い」
「それ今関係ある?」
「ある」
聞こえている。
聞こえているが、そちらは見ない。
マリベルが後ろから言う。
「増えてきたわね」
「何がですか」
「ヨウカに話しかける人」
「一時的なものです」
「そうだといいわね」
「そうじゃないと困ります」
マリベルは笑った。
今日はそれ以上、茶化さなかった。
午後は、魔法制御室での確認作業だった。
大きな授業ではない。
小さな班に分かれ、魔力の出し方や道具の扱いを見る時間だ。
俺も呼ばれていた。
光属性の反応が出たこと。
精霊の気配があったこと。
先生たちが確かめたいのは、そのあたりだと思う。
目立つのは落ち着かない。
制御室には、灯火石や反応紙、水器が並んでいた。
机の端には、薄い硝子板も置かれている。
レヴィン先生が硝子板を指した。
「硝子板は割らないこと。力を入れすぎない。ひびが入ったら触らず下がりなさい」
注意は短かった。
リーナが真剣に頷く。
カイルは別の机で水器を運んでいた。
こちらに気づいたカイルが、軽く頷く。
俺も小さく返した。
それだけで、周囲の目が動く。
もう少し目立たずに頷く方法はないのだろうか。
制御室の奥では、別の一年生班が出力確認をしていた。
薄い硝子板の前に、男子生徒が立っている。
両手を握りしめ、肩が上がっていた。
「もっと細く」
担当の教師が言う。
男子生徒が頷く。
魔力は、逆に太くなった。
まずい。
硝子板の表面が白く光る。
ぴし、と音がした。
次の瞬間、硝子が割れた。
高く、薄い音。
透明な欠片が、光を散らして宙に広がる。
顔の高さ。
目元。
頬。
手。
危ない場所が、一気に増えた。
カイルの手が先に動いた。
水が薄く広がる。
風が巻く。
大きな破片の向きが変わった。
飛び散る線が曲がる。
それでも、細かい破片が抜けた。
水と風の間を、光る欠片が顔の高さへ進む。
叡智が、奥に沈んでいた知識を引き上げた。
闇は、ただ隠すものではない。
押し返すだけでもない。
薄く広げれば、受けた勢いを飲ませて逃がせる。
衝撃を殺す膜。
フィル村で練習した感覚が、手の中へ戻る。
使うなら、今だ。
俺の手が動いた。
光ではない。
闇。
床の影が伸び、黒い膜のように立ち上がる。
小さい。
受けるだけなら足りる。
「カイルさん」
声が出た。
カイルがこちらを見る。
「こっちへ。床際に流してください」
一瞬、カイルの目が揺れた。
それでも、すぐに頷く。
「分かった」
風の向きが変わる。
水に包まれた破片が、低く流れてきた。
黒い膜に触れる。
ぱらぱら、と細かい音がして、破片が床へ落ちた。
全部ではない。
床には、光る欠片が散っている。
それでも、顔の高さの破片は落ちた。
「全員、止まれ!」
レヴィン先生の声が飛ぶ。
制御室が静まった。
「動くな。目を触るな」
別の教師が、制御ミスをした男子を下がらせる。
カイルは水を保ったまま、額に汗を浮かべていた。
俺は闇の膜を残している。
指先が冷たい。
長くはもたない。
「ヨウカ、そのまま」
「はい」
「フォルデラ、水を落とすな」
「はい」
レヴィン先生が杖を床へ向ける。
床に刻まれていた線が淡く光った。
散っていた硝子片が、その場で止まる。
別の教師が、土の魔法らしき薄い膜を広げた。
細かい欠片が、砂に沈むように包まれていく。
「落としていい」
俺は闇を緩めた。
ぱら、と最後の音がした。
黒い膜が薄くなり、床の影に戻る。
カイルも水を落とした。
近くで、いくつも息を吐く音が重なった。
「怪我は」
レヴィン先生が言う。
制御ミスをした男子が、手の甲を押さえていた。
赤い線が見える。
「手を見せなさい」
教師がすぐに処置へ入る。
近くにいた一年生の袖にも、小さな破片が乗っていた。
目や顔に入った者はいない。
それが分かって、息が入った。
よかった。
本当に、よかった。
教師たちは片づけと確認に入る。
生徒は壁際へ下がらされた。
床の硝子片は、魔法で包まれている。
光って見えるものもあれば、床と重なって見えにくいものもあった。
さっきの音が耳に残っている。
高くて、薄くて、近い音だった。
「硝子板は使用停止。原因確認まで触るな」
レヴィン先生が言う。
「一年生は今日はここまで」
余計な説明はなかった。
廊下に出ると、ざわめきが戻った。
「今の、何?」
「硝子、飛んでたよな」
「フォルデラ様、水と風を同時に使ってなかった?」
「最後の黒いやつ」
「ヨウカさん?」
「闇魔法?」
「前は光ってたよね」
声が重なる。
俺は手を握った。
まだ震えている。
カイルが近づいてきた。
いつもの軽い表情ではない。
「さっきは助かった」
「こちらこそ。水と風でまとめてもらえなければ、受けられませんでした」
「僕も、あれ以上は止めきれなかった」
カイルは自分の手を見る。
「闇で、勢いを殺したの?」
「はい。そういう使い方があるのを、思い出しました」
「思い出した?」
「昔、練習したことがあります。でも、硝子の破片に使ったのは初めてです」
カイルは目を丸くした。
「初めてで、あれ?」
「カイルさんが流してくれたからです」
「それでも、すごいよ」
やめてほしい。
褒められると、周りが聞く。
案の定、離れたところで声がした。
「フォルデラ様がすごいって言った」
「闇魔法だって」
「光と闇、両方?」
「しかも、あの子可愛いんだよな」
「今それ関係ある?」
「ある。黒いの出した時、すごく目立ってた」
聞こえている。
だが、拾わない。
マリベルが横に来た。
今日は、いつもの笑い方ではなかった。
「大丈夫?」
「はい」
「手、震えてる」
言われて、自分の手を見る。
確かに、指先が震えていた。
黒い膜で受けた感覚が、まだ残っている。
「闇魔法に慣れていないだけです」
「それ、大丈夫なの?」
「大丈夫です」
心配させないように、笑った。
リーナが息を止めた。
マリベルも、何か言いかけて止まる。
エレシアは一度だけ瞬きをして、視線を横へ逃がした。
カイルまで黙った。
「……そういうところよ」
マリベルが小さく言った。
「何がですか」
「分からないならいいわ」
よくない気がする。
リーナが近づいてくる。
「ヨウカさん、カイルさん、ありがとう……」
「怪我が少なくてよかったです」
「びっくりしました」
「はい」
それは、俺も同じだった。
エレシアは、俺とカイルを順に見た。
「二人とも、すぐ動きましたね」
「動いただけです」
「その、すぐ動く、が難しいのだと思います」
エレシアは小さく頭を下げる。
「助かりました」
俺は返事に迷った。
「無事でよかったです」
結局、それだけ言った。
寮に戻るころには、制御室の事故の話が廊下を走っていた。
「硝子が割れたって」
「フォルデラ様が水と風で止めたって」
「ヨウカさんが闇で受けたらしい」
「前は光ってたよね?」
「投擲も短剣もできるんでしょ」
「話しかけてみたいけど、ちょっと近寄りにくい」
「でも、めちゃくちゃ可愛い」
「それはそう」
最後だけ流れが違う。
違うのに、しっかり混ざっている。
部屋に入ると、リーナがすぐ椅子へ座った。
マリベルも、今日は最初から茶化さない。
エレシアは自分の袖を確認している。
俺も手を洗い、袖を払った。
何もついていない。
指先には、冷たさが残っている。
少しして、マリベルが口を開いた。
「ヨウカ」
「はい」
「今日のは、さすがに大きいわ」
「……はい」
「明日から、もっと話しかけられると思う」
「でしょうね」
否定はできなかった。
けれど、それより先に、硝子板の前に立っていた男子の顔が浮かんだ。
手の甲を切っていた。
失敗したところを、みんなに見られた。
「手だけで、よかったです」
俺が言うと、リーナが小さく頷いた。
「はい。本当に」
マリベルは黙った。
それから、息を吐く。
「そう言うと思った」
「何がですか」
「自分の噂より、そっちを気にするところ」
返事に困った。
気になるものは、気になる。
エレシアが静かに言う。
「ヨウカさんも、怖かったと思います」
「私は、大丈夫です」
「そう言うと思いました」
同じようなことを言われた。
リーナがこちらを見る。
「手、震えていました」
「慣れない闇魔法を使ったからです」
「それでもです」
リーナの声は小さい。
けれど、引かなかった。
「怖かったなら、怖かったでいいと思います」
俺は黙った。
硝子が顔の高さで光った時、身体が勝手に動いた。
助けたいと思った。
その後で、手が震えた。
「……はい」
短く返事をすると、リーナは安心したように笑った。
エレシアが続ける。
「今日の闇は、人を傷つけるためには見えませんでした」
「そう、見えましたか」
「はい」
それは、ありがたかった。
夜、記録板を開いた。
今日の記録。
魔法制御室。
硝子板破損。
別班一年生の制御ミス。
破片、顔の高さまで飛散。
カイル、水と風で大きな破片の向きと勢いを変える。
ヨウカ、闇魔法で小さな膜を作る。
叡智により、闇で衝撃を殺す使い方を思い出す。
床際に流された破片を受け、勢いを殺して落とす。
カイルの誘導がなければ無理。
指先に冷え、震え。
恐怖と、闇魔法の反動。
周囲の認識。
光と闇。
正確ではない。
でも、完全に間違いでもない。
状態を確認する。
〖ノーマルスキル〗
観察 LV4 熟練度:228/400
薬草知識 LV2 熟練度:96/200
魔力操作 LV2 熟練度:98/200
記録 LV2 熟練度:81/200
応急処置 LV2 熟練度:65/200
衛生管理 LV2 熟練度:59/200
問診 LV1 熟練度:71/100
投擲 LV1 熟練度:5/100
魔力操作が伸びている。
観察も伸びている。
闇魔法、という表示はない。
最後に一行だけ足した。
闇魔法、勢いを殺す用途あり。要練習。
記録板を閉じる。
灯りを落とした。
部屋は静かだった。
リーナの寝息は、いつもより浅い。
マリベルも、布団の中であまり動かない。
エレシアは、たぶん起きている。
俺も、すぐには眠れなかった。
頭の中で、光る破片が落ちる。
それを、黒い膜が受ける。
ぱらぱら、と。
どうやら、割れた光は黒く落ちるらしい。




