なんか槍は届くから嫌らしい
組み合わせが出てから、訓練場で見るものが変わった。
木剣の音。
盾のぶつかる音。
魔法が木札を叩く音。
前から聞こえていたはずなのに、今は槍の音ばかり耳に残る。
風を裂く音が長い。
戻る音も長い。
ガルド。
槍。
掲示板にあった名前と武器が、頭から離れなかった。
⸻
投擲の時間、教師は的の前に長い棒を立てた。
棒の先には布が巻かれている。
「槍のつもりで見ろ」
生徒たちが順に投げる。
棒の向こうに的がある。
俺の番になった。
木球を握る。
距離は悪くない。
棒の右を通せば、的には当たる。
投げた。
木球は棒の横を抜け、的の端に当たった。
乾いた音が鳴る。
「当てるだけなら、それでいい」
教師が棒の根元を足で叩いた。
「槍を持つ相手は、そこに足を置く」
的ではない。
棒の根元。
踏み込む足の場所。
教師が補助役に合図する。
補助役が長い棒を持って立った。
「今度は、的ではなく足元だ」
補助役が踏み込む。
棒が伸びる。
俺は足元へ投げた。
木球は土を跳ねて、補助役の足の横を転がる。
踏み込みは止まらない。
布を巻いた棒が、胸の前まで来た。
「遅い」
「はい」
次。
補助役の膝が沈む。
足が出る前に投げる。
木球は、踏み込む場所の手前で跳ねた。
補助役の足が、外へ逃げる。
棒の線がずれた。
胸には来ない。
肩の横を抜けた。
「今のだ」
教師が言った。
「倒そうとするな。足を置く場所を消せ」
「はい」
分かりやすかった。
相手に当てるのではない。
的に当てるのでもない。
そこに足を置いたら嫌だ、という場所へ投げる。
もう一度。
補助役が踏み込む。
木球を低く投げる。
土が跳ねる。
足が止まる。
棒の先が浮く。
わずかな隙。
その一瞬だけ、槍がただの長い棒に見えた。
すぐに戻ってきたけれど。
⸻
短剣講習では、補助役の上級生が長い棒を持っていた。
セレス先生は短剣組を前に並ばせる。
「穂先を見るな。槍は足から来る」
その言い方は分かりやすかった。
足が出る。
腰が乗る。
手が伸びる。
その最後に、穂先が来る。
順番が来た。
補助役が踏み込む。
分かっていたのに、穂先を見た。
長い。
胸へ来る。
足が止まる。
布を巻いた棒が、胸の前で止まった。
「死んでいる」
「はい」
次は足を見る。
補助役の前足が土を踏む。
腰が前へ乗る。
棒が伸びる。
横へ出る。
袖の前を棒が通った。
近い。
近すぎる。
「逃げただけだ」
セレス先生の声が飛ぶ。
「はい」
短剣は届いていない。
ただ避けただけ。
それでは次で突かれる。
もう一度。
足を見る。
腰を見る。
棒が伸びる。
横へ動く。
短剣を出す。
届かない。
棒の柄に当たった。
乾いた音だけが残る。
「遠い」
「はい」
「その距離で振るな。次の足を残せ」
次の足。
言われて、息を吸う。
補助役が踏み込む。
俺は横へ出て、短剣を出さなかった。
棒が通る。
補助役が引く。
その時、手元が近くなった。
短剣が走る。
木の刃が、補助役の手首の外側をかすめた。
「そこだ」
セレス先生が言った。
「伸びた後も、戻る。戻る時も見る」
「はい」
槍は、来る時だけ怖いわけではない。
戻る時にも、次の攻撃へつながっている。
そう思った瞬間、次の棒が肩の前で止まった。
「考えて止まるな」
「はい」
短剣は、待ってくれない。
⸻
魔法講習では、レヴィン先生が木札の横を指した。
「顔を狙うな。見る場所の横だ」
見る場所の横。
木札ではなく、その隣。
光を離す。
小さな光が、札の横で弾けた。
近くの生徒がまばたきをする。
ほんの一瞬。
けれど、目が切れた。
「それでいい」
レヴィン先生は言った。
「倒せなくても、動きは乱れる」
もう一度。
木札ではなく、踏み込む足の近く。
槍を持つ手元の外。
光が弾ける。
威力はない。
札も倒れない。
それでも、見ている場所はずらせる。
目を焼く必要はない。
瞬き一つで槍の線が揺れるなら、それで足りる。
闇の膜は重かった。
木片なら落とせる。
棒に使うと、指先が冷える。
足まで遅れる。
広げすぎると、こちらが止まる。
一度だけ、棒の勢いが鈍った。
その間に下がる。
下がった先へ、次の突きが伸びてきた。
「持つな」
レヴィン先生の声が飛ぶ。
「はい」
闇は壁ではない。
一瞬、濁らせるだけ。
長く持てば、自分の足が止まる。
⸻
訓練場の隅を風が抜けた。
砂が足元を流れる。
その中に、知っている気配が混じった。
精霊。
呼べば、来てくれるかもしれない。
足元の風を押してくれるかもしれない。
光を運んでくれるかもしれない。
けれど、最初から数に入れたら、来なかった時に止まる。
俺は短剣の柄に触れた。
頼むなら、その時。
先に頼った形で構えない。
⸻
順位戦の三日前、ガルドを見た。
槍組の中にいた。
騒いでいない。
笑ってもいない。
補助役を相手に、同じ動きを繰り返している。
突く。
戻す。
払う。
足元を崩す。
突きより、戻しが速い。
近づいた相手を、柄で押し返す動きもある。
補助役が下がる。
ガルドは追わない。
槍の届く場所で止まり、次の突きを出す。
見ているだけで嫌になる。
あれは、長いだけではない。
長い場所で戦うことに慣れている。
ガルドはこちらに気づかなかった。
そのまま、槍を振り続けていた。
⸻
前日の夜、リーナが布を持ってきた。
「手に巻く用です」
厚めの布だった。
木球を握ると、感触が変わる。
滑りにくい。
「ありがとうございます」
リーナは布を見て、俺の顔を見た。
「怪我しないでください」
「はい」
軽く返せない声だった。
エレシアは記録板を閉じて言った。
「礼は忘れずに」
「はい」
「終わった後もです」
「はい」
マリベルは寝台に腰かけたまま、こちらを見る。
「不安そうね」
「不安です」
「ならいいわ」
「いいんですか」
「平気な顔をされる方が嫌よ」
そういうものかもしれない。
カイルとは廊下で会った。
「明日、見られたら見るよ」
「カイルも試合がありますからね」
「うん。だから、見られたら」
軽い言い方だった。
目は軽くなかった。
「ヨウカなら、何かするでしょ」
「何かはします」
「それでいいと思う」
短い会話だった。
それくらいが、今はありがたかった。
⸻
順位戦当日。
訓練場には白線が引かれていた。
観覧席には、一年から六年までの生徒が集まっている。
教師も多い。
治療担当の姿も見えた。
四隅には結界用の魔道具が置かれている。
いつもの場所なのに、土の色まで違って見えた。
俺の試合は、第一組の後半だった。
腰に木球の袋を下げる。
訓練用の短剣を確かめる。
手には、リーナの布を巻いた。
息を吸う。
吐く。
観覧席を見ると、レオスが手を上げていた。
リーナは両手を握っている。
マリベルは身を乗り出し、エレシアは背筋を伸ばして座っていた。
少し離れた場所に、カイルもいる。
その奥に、カリンの姿が見えた。
盾は持っていない。
今日は観覧側だ。
目が合った気がした。
カリンが小さく頷く。
足の裏に力が戻った。
名前が呼ばれる。
「ヨウカ」
白線の内側へ入る。
向かい側で、ガルドが槍を構えた。
「ガルド」
距離はある。
けれど、槍なら届く。
教師が中央に立つ。
「礼」
頭を下げる。
顔を上げた時、穂先を見そうになった。
見るのは、そこだけではない。
前足。
握り。
肩。
土を踏む音。
小さな光を、指先に沈める。
闇は一瞬だけ。
精霊の気配は、今は探さない。
教師の手が上がった。
「始め」




