なんか組み合わせは容赦ないらしい
順位戦の説明から、数か月が過ぎた。
短い休みにはフィル村へ戻り、学園へ帰ってきた。
帰るたび、アンナは俺の袖口をつまんだ。
「また伸びたわね」
そう言って、針箱を出す。
最初は服の話だと思っていた。
けれど、走る時の歩幅も変わった。
短剣を構えた時、腕の先が前より遠くにある。
朝の走り込みで、息が切れるまでの時間も伸びた。
十歳の体は、俺が思うより勝手に育っている。
それだけではない。
廊下で、視線に気づくことが増えた。
光や闇の噂を見る目とは違う。
男子がこちらを見て、慌てて目を逸らす。
女子が小声で何かを言い、髪の結び目を直してくれる。
鏡の前で、襟元や前髪を見る時間が長くなった。
乱れたまま歩くのは違う。
そう思う自分にも、まだ慣れない。
⸻
その日の昼、教室前の掲示板に新しい紙が貼られた。
学年末順位戦まで、あと十日。
紙の前に人が集まる。
「もう十日かよ」
レオスの声が廊下に響いた。
リーナは掲示を見上げたまま、手を握っている。
マリベルは紙を読んで、息を吐いた。
「急に近く感じるわね」
エレシアは集合時刻を自分の記録板へ写していた。
カイルは人の後ろから掲示を見ている。
笑ってはいない。
十日。
準備を増やすには短い。
諦めるには長い。
⸻
その日の武器講習は、いつも通り始まった。
順位戦が迫っていても、授業の形は変わらない。
木剣を持つ者は木剣へ。
槍を持つ者は槍へ。
盾を選ぶ者は盾へ。
短剣組は、訓練場の端に並ぶ。
俺も木の短剣を受け取った。
セレス先生は補助役の上級生を前に出す。
「武器だけを見るな」
最初の指示は、それだけだった。
順番が来る。
上級生の木剣が肩へ向かう。
俺は刃先を追った。
追った時には、もう遅い。
木剣が肩の手前で止まる。
「死んでいる」
「はい」
「刃を追うな。先に動く場所を拾え」
次は、握りを見た。
木剣が落ちてくる前に、手首が沈む。
肩が前へ出る。
足が横へ滑った。
短剣が腰から走る。
木の刃が、補助役の手首の外側をかすめた。
当ててはいない。
本物なら、切れている。
皮膚。
その下にある腱。
深く入れば、指が動かなくなる。
頭の奥で、知識が勝手に線を引いた。
叡智が前世の記憶を引き上げる。
医学が、手首の中身を今の体へ重ねる。
嫌な見え方だった。
浅く裂けば、握りは崩れる。
深く入れば、戻らない傷になる。
「今のは生きている」
セレス先生が言った。
「浅い。狙いも悪くない」
「はい」
「傷だけ見れば手が止まる。動く場所を見ろ」
「はい」
その後は、続かなかった。
刃を追って遅れる。
浅くしようとして届かない。
深く入りすぎて腕を押さえられる。
「深い」
「遠い」
「剣を見た」
「肘が逃げた」
セレス先生の声は短い。
言われるたび、余計な力だけが削られていく。
講習が終わる頃には、指の付け根が赤くなっていた。
⸻
リーナが濡らした布を持ってくる。
「冷やしてください」
「ありがとうございます」
布を受け取ると、リーナは俺の手を見た。
「見ていて怖かったです」
「私も怖かったです」
リーナの眉が下がる。
「短剣は怖いですか」
「はい」
「怖いまま使うんですね」
「はい」
口にすると、胸の奥が重くなった。
切る場所を選ぶ。
深さを選ぶ。
それを、自分の手でやる。
マリベルは横から覗いて、笑わなかった。
「嫌そうな顔」
「嫌です」
「楽しそうにやられる方が怖いわ」
それは、そうかもしれない。
⸻
次の魔法講習では、木札を的にした。
レヴィン先生が訓練場の端に札を立てる。
火は札の表面を焦がした。
水は音を立てて弾けた。
風は札を揺らした。
カイルの水の粒は、風に支えられて中央へ当たる。
乾いた音がして、木札が揺れた。
「ヨウカ」
レヴィン先生が俺を見る。
「光を届かせろ。照らすだけで終わるな」
手のひらに光を作る。
丸く保つ。
指先から離す。
光は木札の手前でほどけた。
「形を捨てるのが早い」
もう一度。
木球を投げる時の感覚を借りる。
手だけで押さない。
体を固めない。
指先から、光が離れた。
木札の前で弾ける。
当たってはいない。
近くにいた男子が、反射でまばたきをした。
レヴィン先生が頷く。
「今のを覚えろ」
「はい」
「目を焼くな。瞬きで十分だ」
瞬き。
それだけで、相手の判断は切れる。
木札を壊す威力はない。
皮膚も裂けない。
それでも、突っ込んでくる相手の一歩が乱れれば、距離は変わる。
光は、傷を作らなくても使える。
その感覚が、手の中に残った。
⸻
放課後、教室前の廊下が騒がしくなっていた。
朝とは別の紙が掲示板に貼られている。
学年末順位戦。
第一試合組み合わせ。
レオスが自分の名前を見つけて声を上げた。
マリベルは相手の名前を見て、口元を引きつらせている。
エレシアは静かに書き写していた。
リーナは紙の前で固まっている。
俺も名前を探す。
一年生だけではない。
上級生の名前も混ざっていた。
ヨウカ。
その横に、対戦相手の名がある。
ガルド。
「槍の人ですよね」
リーナが小さく言った。
訓練場へ続く廊下の先に、槍組の生徒たちが見える。
その中に、背の高い男子がいた。
大きく話してはいない。
笑ってもいない。
訓練用の槍を持ち、足の位置を確かめている。
長い。
その一言で、目が止まった。
こちらが短剣で届く前に、向こうの槍が届く。
手元を見るには、まずその距離へ入らなければならない。
入る前に、穂先が来る。
掲示板の名前を見直す。
ガルド。
槍。
廊下のざわめきが遠くなった。
⸻
夜、記録板を開いた。
書くことは多かった。
背が伸びたこと。
視線が変わったこと。
光が瞬き一つで相手を乱せること。
短剣で見るべき場所が、刃ではなく手元だったこと。
けれど、全部は書かなかった。
今日の手首。
浅い線。
ガルド。
槍。
そこまで書いた時、薄い文字が浮かんだ。
【条件を満たしました】
【ノーマルスキル:短剣 LV1 を獲得しました】
しばらく、文字を見ていた。
短剣。
ようやく出た。
手の中に残っているのは、嬉しさではなかった。
木の刃が手首の外側をかすめた時の、嫌な感触。
浅ければ済む。
深ければ残る。
その違いを、自分で選ぶ武器。
俺は記録板に一行だけ足した。
短剣 LV1。
切る場所を選ぶ。
板を閉じても、掲示板の名前は消えなかった。
ガルド。
こちらが届く前に、槍は届く。




