なんか順位戦は学年を選ばないらしい
順位戦の説明は、翌週の朝にあった。
クラリス先生が教室に入り、黒板へ文字を書く。
学年末順位戦。
その字を見た途端、教室の声が止まった。
レオスは背筋を伸ばし、リーナは筆記具を握り直す。マリベルは黒板を見て、エレシアはもう話を聞く姿勢になっていた。
俺も筆記具を持つ。
「説明する」
クラリス先生は前置きをしなかった。
「アレクシア学園では、学年末に順位戦を行う。一年から六年まで、参加者は学年を越えて組まれる。形式は一対一」
教室がざわついた。
一年から六年。やはり、混ざるらしい。
「武器、魔法、体術は使ってよい。武器は自分のものを使え。持っていない者は学園が貸す。ただし貸すのは訓練用だ」
手が挙がった。
「自分のって、本物でもいいんですか」
「本物でいい」
教室が、一度静かになった。
「危ないと判断したものは、こちらで止める。それ以外は使え」
黒板に書く。
降参。
場外。
戦闘不能。
教師判断。
「決着はこの四つだ。教師判断には、実戦なら致命傷になる攻撃が入ったと見なされる場合も含む」
教室が静かになる。
「首、頭、心臓、腹の深い位置。そこへ届いたと判断されれば、実際に傷を負わせなくても終わりだ」
黒板を見る顔が固くなった。
「殺すな。それから、悪質なことをするな。反則、暴走、教師の制止無視は失格にする。止められない力は、使わせない」
誰も茶化さない。
「怪我はする。救護所は開けておく」
それだけで、教室の空気が変わった。
「上級生は強い。体格も、魔力量も、経験も違う。勢いだけでどうにかなるものではない」
上がりかけていた熱が、一度落ち着く。
「ただし、下級生が上級生を破る年もある」
また顔が上がった。
レオスの目が変わる。
「珍しい。だが、不可能ではない」
短い説明だった。
それなのに、教室は授業前とは別物になっていた。
⸻
休み時間になると、レオスがすぐ来た。
「ヨウカ、誰と当たりたい?」
「気が早いです」
「気になるだろ」
「気にはなります」
「ほら!」
嬉しそうにされても困る。
レオスは拳を握った。
「俺、上級生と当たったら、一回くらい粘りたいんだよな」
「勝つ、ではなく?」
「勝てたら最高。でも、まずは一撃入れたい」
レオスらしい。前を見るのが早い。
「レオスは、剣を持ってるんですか」
「家のがある。使っていいって言われた」
そういうものか、と思った。
その後ろで、リーナが小さく言った。
「私は、怪我しないで終わりたいです」
「それも大事です」
「ですよね」
リーナはほっとした顔をした。
怖がっているだけではない。自分に必要なことを見ている。
エレシアは手元の紙に何かを書いていた。
「エレシアさんは?」
「余計な失敗を減らします」
「失敗、ですか」
「不用意に下がる。相手から目を切る。焦って魔力を乱す。そういうものです」
エレシアらしい答えだった。
マリベルが笑う。
「私は相手を見てから考えるわ」
「出るんですか」
「出るわよ。勝てる相手と勝てない相手くらい、早めに見ておきたいもの」
「商人ですね」
「学生よ」
本当だろうか。
「ヨウカは?」
マリベルがこちらを見る。
「何をするつもり?」
「何を」
「投げるのか、短剣なのか、魔法なのか」
「全部、中途半端です」
「またそういう言い方をする」
「足りません」
使ったことのあるものは増えた。胸を張れるものは少ない。
「まず、倒れない体力をつけます」
マリベルが黙った。それから笑う。
「そこから?」
「そこからです」
三日続けて動いただけで疲れている。順位戦どころではない。
⸻
放課後、訓練場で上級生の試合を見た。
説明を聞いた一年生たちが集まっている。俺も来た。見ない理由がない。
出てきたのは、二年生の男子と、五年生の女子だった。
どちらも木剣だ。二年生の方は、学園の棚から出してきたものらしい。
魔法はなし。
教師が短く合図する。
試合は静かに始まった。
二年生は速い。足も、剣も、一年生とは違う。
五年生は崩れなかった。
大きく動かない。受けて、ずらして、半歩入る。
木剣が二年生の肩の手前で止まった。
一度目。
二度目。
三度目。
二年生が下がる。息が乱れている。
五年生は、呼吸も姿勢も変わらない。
レオスが隣で呟いた。
「……強」
同じことを思った。
派手ではない。なのに、届かない。
二年生が踏み込んだ。今度は速い。
五年生の木剣が遅れたように見えた。
違う。誘っていた。
二年生の剣が空を切る。足元を崩される。
転ぶ前に、五年生の木剣が喉元の手前で止まった。
「そこまで」
教師の声が響く。
すぐには誰も声を出さなかった。遅れて、訓練場がざわめく。
上級生は強い。知っていたつもりだった。見た方が早い。
「あの人たち、木でしたね」
リーナが言った。
「持ってないんだと思います」
「五年生でもですか?」
「たぶん」
学園で借りられるなら、無理に買う理由もない。家にあるかどうかの話でもある。
そう考えると、当たる相手が何を持って出てくるかは、当日まで分からないことになる。
「ヨウカさん」
リーナが小さく言った。
「今、すごく考えてますね」
「はい」
「怖いですか?」
「怖いです」
「でも、嫌そうではないです」
返事に迷った。
怖い。見たい。試したい。
その三つが、同じところにあった。
「怪我しないようにはします」
「それは絶対です」
リーナが強めに言った。
俺は頷いた。
「はい」
⸻
その日から、練習の形が変わった。
朝は走る。速さより、続けることを優先した。
リーナは途中まで一緒に走り、三日目で歩きに変えた。
「無理しない練習です」
そう言って、胸を張る。
それでいいと思う。
投擲は、小さい動きほど乱れた。大きく投げれば当たる。小さくすると、左下へ落ちる。
投擲担当の教師は、毎回同じことを言った。
「手で直すな。足から」
短剣は速さが足りない。丁寧すぎて間に合わない。
セレス先生は容赦がなかった。
「今のは死んでいる」
「はい」
「今のは生きているが、指がなくなる」
「はい」
分かりやすい。心臓に悪い。
使うのは学園の木の短剣だ。自分のものは持っていない。
村を出る時、ヨシュアは剣を持たせなかった。学園で必要なものは学園で覚えろ、ということだったのだと思う。
闇の膜は、破片の代わりに軽い木片を使った。
大きくしない。
薄くしない。
抱え込まない。
カイルが水と風で木片を流す。
初めは抜ける。弾く。床へ転がる。
何度目かで、ぱた、と勢いを失って落ちた。
指先が冷える。
「持続しすぎるな」
レヴィン先生が言う。
「はい」
「受けたら落とす。抱えるな」
「はい」
闇は、掴むものではない。止めて、落とす。
今は、それだけで手いっぱいだった。
⸻
二週間が過ぎた。
最初に聞かれたのは、光と闇。次に、投擲。その次に、順位戦。
最近では、宿題の場所を聞かれることもある。
「ヨウカさん、ここって何を書くんですか?」
「王国史なら、建国年だけでなく、なぜそこに都を置いたかも書くといいと思います」
「ありがとう!」
「ただ、私も間違えるので確認してください」
「そこまで丁寧なんだ」
遠巻きに見られるだけだった頃より、声は近くなった。
疲れる。でも、悪くはない。
一か月が過ぎる頃には、朝の走り込みで息が切れるまでの時間が伸びた。
リーナは途中で歩く。マリベルは走る前から「私は無理をしない派」と宣言する。エレシアは姿勢よく走る。
カイルは涼しい顔で横を走る。
腹立たしい。
「ヨウカ、顔」
カイルが言った。
「何ですか」
「今、僕に腹を立ててる顔だった」
「していません」
「してたよ」
「少しです」
「正直」
「余裕そうなので」
カイルは笑った。
「余裕ではないよ」
「説得力がありません」
「じゃあ、順位戦で見せる」
「やめてください」
「順位戦だから」
「なおさらやめてください」
カイルは楽しそうだった。悪気はない。だから困る。
⸻
訓練場の端では、三年生が練習していた。
その中に、カリンがいた。
盾を構える。剣を振る。
受けるだけではない。踏み込み、切り返し、一撃を入れる。
盾で守り、剣で攻める。
周囲の三年生より、動きが静かだった。
弱い静けさではない。必要なところだけが動く静けさ。
足を止めかけた。止めなかった。ここで止まると、見入っているのがばれる。
「見てるね」
カイルが言った。
「見ています」
「素直」
「隠す方が不自然なので」
カイルは同じ方向を見る。
「カリン先輩、強いよね」
「はい」
「でも、あの上にもいる」
「分かっています」
四年生、五年生、六年生。この学園には、まだ上がいる。
カリンも強い。カイルも強い。知らない誰かも、きっと強い。
順位戦は、それを同じ場所に並べる。
俺はまだ一年生だ。勝てない相手の方が多い。
それでも。
何もできないまま終わるつもりはなかった。
⸻
夜、記録板を開いた。
順位戦は、一年から六年まで学年を越えて組まれる。
一対一。
武器は自分のもの。無ければ学園が貸す。
勝負は、降参、場外、戦闘不能、教師判断。
致命傷になる攻撃は、当てなくてもそこで終わり。
殺すな。悪質なことをするな。
上級生は強い。それでも、下級生が勝つ年もある。
投擲は、小さい動きで左下へ落ちる。
短剣は丁寧すぎる。
闇の膜は、受けたら落とす。
体力は足りない。
やることが多い。多すぎる。
でも、全部必要だ。
俺は記録板の最後に、短く書いた。
投げる。
外す。
止める。
落とす。
見る。
それだけ書いて、板を閉じた。
明日も走る。
リーナは途中から歩くだろう。マリベルは何か言う。エレシアは姿勢よく準備運動をする。カイルは普通に走れる。
俺は、置いていかれないように足を動かす。




