なんか火は向いていないらしい
生活魔法を覚えた。
といっても、できることはかなり地味だ。
小さな火花を出す。
魔力を少しだけ手元に集める。
火に近い現象を、ほんの一瞬だけ起こす。
それだけ。
前世の感覚で言えば、ライターを使えるようになったというより、火打石で一回だけ火花を散らせたくらいである。
しかも、ものすごく疲れる。
自分を鑑定してみると、昨日の表示はこうだった。
【ヨウカ】
状態:疲労
MP:12 / 20
〈ノーマルスキル〉
観察 LV2
魔法操作 LV1
生活魔法 LV1
〈レアスキル〉
鑑定 LV1
精霊魔法 LV1
〈エクストラスキル〉
医学 LV1
叡智 LV-
?? LV-
MPが8も減っている。
小さな火花で8。
燃費が悪すぎる。
前世で言うなら、近所のコンビニに行くのに大型バスを一台動かしたようなものだ。
いや、たぶんもっと悪い。
「今日は練習なし」
アンナは朝からきっぱり言った。
俺は寝床の中で抗議した。
「あー」
「駄目」
即答だった。
正論である。
昨日、勝手に火に関わる生活魔法を使った赤ん坊に、翌日また練習させる親がいたら、その方がどうかしている。
なので俺は大人しく寝かされた。
ただ、頭の中は大人しくなかった。
生活魔法。
火花。
魔力消費。
適性。
昨日アンナが言っていた。
生活魔法は、適性が弱くても少しなら使えることがある。
でも、向いていない現象を無理に起こすと疲れる。
つまり、俺が火花を出せたのは、火に向いているからではない可能性が高い。
魔力が多い。
魔法操作を覚えた。
目の前に火があった。
危ないと思って、無理やり火の動きに干渉した。
それだけ。
できたことと、向いていることは別。
これは大事だ。
前世でもそうだった。
少しバットに当たるからといって、打撃が得意とは限らない。
一回いい球が投げられたからといって、投手向きとは限らない。
できること、続けられること、伸びることはそれぞれ違う。
魔法も同じなのだろう。
俺は布団の中で小さく息を吐いた。
どうやら、火は向いていない気がする。
⸻
午後、アンナが小さな石を持ってきた。
透明な、水晶のような石だった。
「あう?」
俺が声を出すと、アンナは椅子に座った。
「気になる?」
気になる。
かなり気になる。
アンナは石を俺の前にかざした。
「これは適性石。魔法の適性を簡単に見る道具よ」
適性石。
かなり重要そうな道具が出てきた。
アンナは続ける。
「本当は、もう少し大きくなってから使うものなんだけどね」
そう言って、俺をじっと見た。
「昨日みたいなことがあると、見ないわけにもいかないでしょう?」
完全に俺のせいである。
俺は大人しく手を差し出した。
いや、差し出したというより、アンナに手を持たれた。
一歳児なので、自主性には限界がある。
アンナは俺の小さな手を、適性石に触れさせた。
ひんやりしている。
「ヨウカは何もしなくていいわ。魔力を動かさない。石が勝手に反応するから」
何もしない。
これが意外と難しい。
気になると、つい見ようとする。
分かろうとする。
触ろうとする。
前世からの悪癖である。
でも昨日学んだ。
勝手にやるな。
まず止めろ。
俺は息を吸って、吐いた。
魔力を動かさない。
ただ、石に触れている。
すると、適性石の中に光が灯った。
最初は白。
淡く、しかしはっきりした白い光。
アンナの目が少し大きくなる。
「光……」
白い光は、石の中で静かに広がった。
暖かい。
でも火とは違う。
熱ではなく、見えるようになる感じ。
次に、石の奥に黒い色が広がった。
ただの黒ではない。
夜の底のような、深く静かな影。
アンナが息を呑んだ。
「……闇」
白と黒。
光と闇。
石の中で、二つの色が重なるように揺れている。
俺はそれを見つめた。
怖いというより、不思議だった。
正反対に見えるものが、同じ俺の魔力に反応している。
アンナはしばらく黙っていた。
それから、少しだけ難しい顔で石を見た。
「光と闇。両方が強いわね」
そうらしい。
今さら驚くべきなのか、もう何が出ても驚くべきではないのか、自分でも分からない。
すると、石の端にほんの少しだけ赤い点が浮かんだ。
火の色。
しかし、白や黒に比べるとかなり弱い。
小さい。
本当に小さい。
蚊のような赤だった。
アンナはそれを見て、納得したように頷いた。
「やっぱり、昨日の火花は火の適性で出したわけじゃないわね」
ああ。
やっぱりか。
アンナは説明するように、俺の手を包んだ。
「ヨウカには、火の適性はほとんどない。まったくゼロではないけれど、強くはないわ」
ないのか。
火花は出たのに。
いや、だからこそ昨日あれだけ疲れたのか。
アンナは続ける。
「生活魔法なら、小さな火花くらいは起こせる。でも本格的な火魔法は別。火の適性がない子が無理にやると、魔力をたくさん使うし、危ない」
正論だった。
できるからやっていい、ではない。
少しできるから向いている、でもない。
俺は石の中の赤い点を見た。
小さい。
かなり小さい。
どうやら、火は向いてないらしい。
⸻
夜、ヨシュアにも結果が伝えられた。
「光と闇か」
ヨシュアは腕を組み、低い声で言った。
「珍しいのか?」
「珍しいわ」
アンナは即答した。
「光だけでも珍しい。闇も珍しい。その二つがはっきり出る子なんて、私は見たことがない」
「危険なのか?」
「適性そのものは危険じゃない」
アンナはきっぱり言った。
「光だから善い、闇だから悪い、なんて単純な話ではないわ」
俺は少し安心した。
闇と聞いた瞬間、悪だの呪いだの言われたら面倒だと思っていた。
でもアンナは、そういう雑な見方をしないらしい。
「光は照らす。癒やす。祓う。導く。でも、強すぎる光は目を焼く」
アンナは暖炉を見た。
「闇は隠す。包む。鎮める。影に触れる。でも、深すぎる闇は人を飲む」
ヨシュアは静かに頷いた。
「剣と同じだな。使い手次第か」
「そう。力は力。善悪は使い方と目的にある」
かなり大事な話だった。
光と闇。
もしそれが本当に俺の適性なら、きっとこの先、何度も向き合うことになる。
光で見えるもの。
闇でしか見えないもの。
たぶん、人を救うにはどちらも必要なのだろう。
綺麗なところだけ見ていても、人は救えない。
傷も、弱さも、隠したいことも、見なければならない。
赤ん坊が考えることではない。
だが、俺は赤ん坊であって赤ん坊ではない。
ややこしい。
「それで、どうする?」
ヨシュアが聞いた。
アンナは少し考えた。
「しばらくは魔法操作と生活魔法だけ。属性魔法は触らせない」
ですよね。
それが正しい。
「ただ、光と闇の適性があるなら、成長した時にちゃんと教えないといけない。知らないまま暴発する方が危ない」
「村では難しいな」
「ええ。私だけでは限界があると思う」
二人の会話が重くなっていく。
俺のせいである。
申し訳ない。
だが、同時に少し怖くもあった。
自分にある力が、アンナ一人では教えきれないほど特殊。
それは、普通から少し離れているということだ。
普通に暮らしたい。
そう思っても、普通でいられるかどうかは分からない。
そもそも、加護が二つある時点で普通ではない。
しかも片方は伏せ字だ。
〈???の加護〉
見ようとすると頭が熱くなる。
だからまだ見ない。
分からないものを、無理に見るな。
これも大事な正論である。
⸻
翌日、カリンが来た。
彼女は俺の顔を見るなり、言った。
「よーか、ひ、へた?」
誰が言った。
いや、たぶんアンナだ。
アンナは後ろで笑いをこらえている。
やはりアンナだ。
俺は抗議の声を上げた。
「あー!」
カリンは真剣だった。
「へたなら、だめ」
刺さる。
かなり刺さる。
しかも正しい。
俺は視線を逸らした。
カリンは俺の頬を両手で挟んだ。
「よーか、きく」
聞いています。
「できること、する。できないこと、しない」
三歳児とは思えない正論で殴ってくる。
いや、もう少し成長しているが、それでも幼い子どもである。
なぜそんなに的確なのか。
カリンは続けた。
「でも、こまったら、いう」
言えない。
赤ん坊だから。
俺がそう思っていると、カリンは少し悩んでから言い直した。
「なく」
泣く。
「よーか、こまったら、なく。わたし、くる」
その言葉に、少し胸が詰まった。
困ったら泣けば来る。
赤ん坊としては当たり前のことだ。
でも、前世の俺はそれがあまり得意ではなかった。
困った時に、素直に助けを求める。
無理だと言う。
怖いと言う。
分からないと言う。
そういうことを、どこかで苦手にしていた気がする。
カリンは真面目な顔で俺を見ている。
俺は小さく声を出した。
「あう」
分かった。
困ったら泣く。
たぶん、それは今の俺に必要な能力だ。
魔法より先に覚えるべきかもしれない。
カリンは満足そうに頷いた。
「よし」
また「よし」である。
俺は完全に見守られている。
しかし、不思議と嫌ではなかった。
⸻
数日後、アンナは俺に小さな光を見せてくれた。
火ではない。
指先に灯る、白い光。
熱はほとんどない。
眩しすぎもしない。
暗い部屋を、ほんの少しだけ明るくする程度の光だった。
「光の初歩。灯明」
アンナはそう言った。
暖炉の火とは違う。
火は温める。
光は照らす。
同じ明るさでも、性質が違う。
俺はその光をじっと見た。
白い光の中に、細い糸のような魔力の流れが見える。
火の時とは違った。
分かりやすい。
いや、分かりやすいというより、体の中の何かが自然に反応している。
これなら、できそうだ。
そう思った。
だが、俺は手を伸ばさなかった。
昨日までの俺なら、たぶん勝手に試そうとした。
しかし、今は違う。
アンナがいる。
ヨシュアがいる。
カリンが心配する。
勝手にやるな。
まず聞け。
俺はアンナを見て、声を出した。
「あー」
アンナは俺の顔を見て、少し驚いた。
「やりたいの?」
「あう」
やりたい。
でも、勝手にはやらない。
そういうつもりで見つめた。
アンナはしばらく俺を見て、それから柔らかく笑った。
「……偉いわね。ちゃんと聞けた」
伝わったらしい。
かなり嬉しかった。
アンナは俺の手を取った。
「今日は、本当に少しだけ。光を出すんじゃなくて、光の魔力を感じるだけ」
俺は頷く代わりに声を出した。
「あう」
アンナの光に、俺の魔力をほんの少し近づける。
火の時とは違う。
熱くない。
暴れない。
無理に押し出す感じもない。
静かに、前に広がる感じ。
暗い部屋に窓が開くような感覚だった。
指先が、ほんの少し白く光った。
本当に少しだけ。
火花よりも弱い。
けれど、疲れは少なかった。
MPが削られる感覚もかなり軽い。
これが適性か。
向いているというのは、こういうことか。
俺は小さな光を見つめた。
すぐにアンナが止める。
「そこまで」
俺は魔力を引っ込めた。
今度はちゃんと止められた。
頭の奥に文字が浮かぶ。
〈光魔法 LV1 を習得しました〉
火の時より、ずっと静かな表示だった。
俺は息を吐いた。
どうやら、光は向いているらしい。
いや、少しではないのかもしれない。
でも、調子に乗らない。
火で学んだ。
力は、出せた時より、止められた時の方が大事だ。
アンナは俺を抱きしめた。
「よくできました」
その声が、胸の中にすっと入ってきた。
褒められるのは嬉しい。
でも、それ以上に。
ちゃんと見てくれている人がいることが嬉しかった。
火は向いてないらしい。
光は向いているらしい。
闇も、たぶんいつか向き合うことになるらしい。
けれど今は、まず一つ。
俺は勝手に無茶をしないことを、少しだけ覚えたらしい。




