なんか魔法は見せ方も難しいらしい
魔法制御の授業は、石造りの訓練室で行われた。
机の上には、水晶板と薄い金属板が置かれている。
魔法担当の教師が前に立った。
「今日は威力だけを見ません」
何人かが顔を上げる。
「強く出せることは長所です。小さく保てることも長所です。ただし、最後まで扱えて初めて魔法です」
教師は水晶板を指で軽く叩いた。
「出す。保つ。弱める。消す。そこまで見ます」
⸻
最初の生徒は火だった。
指先に灯した火が、思ったより大きくなる。
近くの子が身を引いた。
火を出した本人の顔も固まる。
「慌てて消さない」
教師の声は低いが、急がせない。
「火は出ています。そこはよろしい。次は小さく」
炎が揺れながら細くなった。
最後は、指先の灯りだけになる。
「よろしい。火力があります。それは長所です」
火の生徒は、息を吐いた。
「ただし、最初の大きさでは周りが下がります。次は場所を見て出しなさい」
「はい」
次の生徒は水だった。
手のひらに作った水が、すぐ床へ落ちる。
「あっ」
「触らない。集め直しなさい」
落ちた水が、ぎこちなく丸まった。
床を少し濡らしながら、手の上へ戻る。
「落としても戻せた。次は落とさずに保つ」
「はい」
列の後ろで、マリベルが息を吐いた。
「派手じゃないのに難しそう」
「派手にする前の授業だから」
「なるほどね」
リーナは自分の手を見ていた。
緊張している。
けれど、目は逸らしていなかった。
⸻
「次、カイル・フォルデラ」
金髪の少年が前へ出る。
訓練室のざわめきが小さくなった。
カイルは教師に一礼し、手のひらを上げる。
水が浮いた。
小さな玉だった。
その周りを、風が回る。
水玉は揺れたが、崩れない。
包むというより、支えているように見えた。
二つを同時に出して、両方を止めている。
簡単ではない。
カイルが指を動かすと、水玉は水晶板の上へ移った。
石の上で一度だけ回り、静かに止まる。
風も水も、同じ場所で消えた。
「よろしい。水も風も乱れていません」
「ありがとうございます」
カイルは礼をして列へ戻る。
途中で目が合った。
軽く頷かれる。
俺も頷き返した。
それだけなのに、近くの子がちらりとこちらを見る。
フォルデラ家の名前は、やはり軽くないらしい。
⸻
「次、ヨウカ」
俺は前へ出た。
水晶板の前に立つ。
「光を」
「はい」
手のひらに、白い光を出した。
爪の先ほどの光。
揺れない。
眩しくもない。
出せる量は、これではない。
石板に手を置いた時、試験官が二人で顔を見合わせたのを覚えている。
多い、で済ませていい数ではない、と言われた。
それでも、指はいつも同じところで止まる。
村で最初に教わったのは、出し方ではなかった。
止め方だった。
広げれば、誰かが目を細める。
強くすれば、誰かが下がる。
そう思うと、手が勝手に絞る。
教師は少し待った。
「ヨウカ、それでは記録しにくい」
「はい」
「もう少し見せる大きさで」
俺は光を広げた。
手のひらに乗る玉くらい。
白さが水晶板に映る。
近くの生徒が目を細めた。
指が動く。
形は残したまま、明るさだけ落とした。
教師の眉が動く。
「今の調整は?」
「眩しそうだったので」
「よろしい。大きさと明るさを分けられています」
「はい」
光を水晶板の上へ移す。
丸い形を保つ。
強くしすぎない。
薄くしすぎない。
消す時は、端から白さを抜いた。
水晶板の上に残っていた光が、ゆっくり消える。
教師が記録板に書き込む。
「制御は良い。もう少し見せる大きさで始めなさい」
「はい」
それ以上は言われなかった。
列へ戻ると、マリベルがこちらを見る。
「小さすぎって言われてた」
「聞こえてた」
「聞こえるよ。前だし」
「言わなくていい」
リーナが口元を押さえた。
エレシアは水晶板の方を向いたまま言う。
「消し方は綺麗でした」
「ありがとう」
「最初は、本当に小さかったです」
「……はい」
そこは言い返せなかった。
⸻
リーナの番になった。
手のひらに土の粒を作る。
粒はすぐ崩れ、粉になって落ちた。
リーナの肩が跳ねる。
「すみません」
「謝らなくていい。もう一度」
教師が粉を払う。
二回目。
土の粒は、短い間だけ形を保った。
崩れる前に、リーナが自分で消す。
「今の方がいい」
教師が頷く。
リーナは戻ってきて、胸の前で手を握った。
「消せました」
「うん」
「手が震えました」
「でも、止められた」
リーナは目を丸くして、それから笑った。
授業が進むにつれて、訓練室にはいろいろなものが残った。
火の熱。
濡れた石の匂い。
土の粉っぽさ。
風で擦れた紙の音。
教師は怒鳴らない。
出しすぎた子も、小さすぎた子も、途中で止める。
「今の大きさは長所です」
「止め方が雑です」
「周りを見なさい」
「消すまで気を抜かない」
強い魔法は褒められた。
小さく保つ魔法も褒められた。
けれど、止められないものは何度もやり直しになった。
⸻
授業が終わり、廊下へ出る。
石の部屋から出ると、音が広がった。
マリベルが伸びをする。
「魔法って、思ったより地味に疲れるね」
「見てただけでは?」
「見てても疲れるものは疲れるよ」
その横を、カイルが歩いてきた。
何人かが道を空ける。
カイルはそれに気づいて、少し困った顔をした。
「ヨウカ」
名前を呼ばれた。
周りの目が動く。
「はい」
「さっきの光、見やすかった」
「最初は小さすぎたけど」
「その後」
カイルはそこで一度、言葉を置いた。
「眩しそうにした子がいた時、明るさだけ落としたでしょう」
見られていた。
「あれ、教師に言われる前だった」
「……そうだったかも」
「先に周りを見てる人は、あまりいない」
何と返せばいいのか分からなかった。
「カイルの水と風も、崩れてなかった」
言ってから、少し迷う。
呼び捨てでよかったのか分からない。
カイルは、そこで笑った。
「カイルでいいよ。同じ新入生だし」
近くの生徒が目を丸くした。
カイルは気にしないふりをしている。
「僕も、風を強くしすぎると水が散る。今日はうまくいっただけ」
「うまくいっただけ、には見えなかった」
「それは、ありがとう」
カイルは少し嬉しそうに言った。
それから、声を落とす。
「フォルデラって呼ばれるより、カイルの方が楽なんだ」
名前で呼ばれない人。
家で呼ばれる人。
少しだけ、分かる気がした。
俺は家名を持っていない。
持っていない方が、たぶん軽い。
「じゃあ、カイル」
「うん」
短いやり取りだった。
それでも、周りには十分だったらしい。
廊下の端で、誰かが小さく名前を繰り返した。
カイル。
ヨウカ。
また何かが歩き出しそうな気配がした。
マリベルが横から囁く。
「噂の種が増えたね」
「増やした覚えはない」
「種って、落ちる時は勝手に落ちるよ」
嫌な言い方だった。
けれど、否定できなかった。
授業の終わりに、希望札が返された。
投擲の横には、前の書き込み。
短剣の横には、刃先に迷い。
魔法の欄には、新しい文字がある。
光――制御良好。出し始めが小さい。
出し始めが小さい。
そう書かれると、欠点に見える。
自分では、そうしないと落ち着かないだけだった。
俺は札を畳んだ。
強く出せばいいわけではない。
小さく出せばいいわけでもない。
掌の奥に、消した光の感覚が残っていた。




