なんか短剣は近すぎるらしい
木の短剣は、手の中に収まる大きさだった。
木球より軽い。
木剣より短い。
それでも、楽そうには見えなかった。
短剣の希望者は、投擲より少ない。
訓練場の端で、近接武器の教師が一本を持ち上げた。
「短剣は、目立たない武器です」
教師は柄を返し、刃先を自分の腕の内側へ添える。
「隠しやすい。抜きやすい。急所にも届きやすい。不意打ちや暗殺に使われることもあります」
何人かが息を呑んだ。
「だからこそ、学ぶ意味があります。武器に引っ張られないためです」
相手役の上級生が木剣を構える。
教師は半歩ずれ、剣の外へ入った。
次の瞬間、短剣は上級生の腕の内側にある。
大きく振っていない。
強く叩いてもいない。
けれど、木剣は止まっていた。
「振り回すものではありません。近づいて、必要な場所へ入れる武器です」
教師は短剣を下ろす。
「今日は打ち合いではありません。決めた場所へ入り、当てて、離れる。まずはそこから」
⸻
短剣が配られた。
俺は柄を握る。
薬草を刻む刃物でも、布を切る小刀でもない。
これは、人に向ける形をしている。
教師が示した場所を思い出す。
腕の内側。
そこに何があるか、俺は知っていた。
皮膚は薄い。
その下に血の管が通っている。
腱もある。
切れれば、指が動かなくなる。
深く入れば、止まらない。
治療院で見た。
本で読んだ。
どう縫うかも、どこを押さえるかも、順番まで浮かぶ。
浮かんでしまう。
知らなければ、ただの木の棒だった。
知っているから、手が重い。
⸻
最初は人形を使った。
腕の内側に、赤い布が巻かれている。
そこへ当てて、離れる。
一人目は届かない。
二人目は勢い余って、人形の肩にぶつかった。
三人目は腕だけが伸びる。
教師が止めた。
「手だけで行かない。体ごと入って、体ごと戻る」
俺の番になる。
赤い布を見る。
布だ。
藁の上に巻かれた、ただの布。
そう思おうとして、失敗した。
布の下が見えている。
そこを切れば、この腕は上がらなくなる。
一生。
刃先は、布の手前で止まった。
「ヨウカ」
教師が言う。
「刃先が迷っています」
「はい」
分かっている。
分かっているのに、腕が言うことを聞かない。
もう一度。
今度は赤い布に当たった。
乾いた音がする。
木の音だ。
それでも、当たった瞬間に肩が縮んだ。
下がる足が遅れる。
「当てた後に残らない。相手も動きます」
「はい」
⸻
次は相手役が付いた。
小柄な上級生だったが、俺より背が高い。
木剣がゆっくり振られる。
決まった動きだ。
それでも、腕が目の前に来ると、短剣を入れる場所がはっきり見えた。
見えすぎる。
どこへ入れれば、この人の腕が止まるか。
どこへ入れれば、この人が二度と剣を持てなくなるか。
両方、同時に見える。
「見すぎです。動いてください」
教師の声で、体が動いた。
外へずれる。
腕の内へ入る。
当てる。
軽すぎた。
最後に、力を抜いていた。
「それでは止まりません」
「はい」
二回目。
こつん、と音が出る。
相手役の腕が止まった。
すぐ離れる。
教師が頷く。
「今のでいい。強く打つ必要はありません。弱すぎても止まりません」
俺は柄を握り直した。
今のでいい、と言われた。
それでも、当てた場所の記憶が指に残る。
投擲では、こうならなかった。
木球は手から離れる。
離れてから、当たる。
短剣は、当たる瞬間まで手の中にある。
近い。
近すぎる。
⸻
リーナの番になった。
短剣を胸の前で握り、相手役が動く前から肩が上がっている。
木剣が動いた瞬間、リーナは大きく下がった。
赤い布には届かない。
「下がる判断は間違いではありません」
教師が言う。
「ですが、下がるだけでは止められません」
二回目も届かなかった。
リーナは唇を結ぶ。
俺は横に立った。
「リーナ」
「はい」
「全部逃げなくてもいいと思う」
前足だけを引く。
手は残す。
それなら、刃先は相手役の腕に届く。
リーナは真似をした。
動きは硬い。
けれど、今度は短剣が前に残っている。
教師がこちらを見る。
「ヨウカは自分の練習へ」
「はい」
リーナは短く頭を下げ、相手役へ向き直った。
三回目。
小さな音がした。
短剣が、相手役の腕に当たる。
「届いた……」
リーナの声がこぼれた。
教師が頷く。
「次は当てた後に離れるところまで」
⸻
最後に、希望者だけがもう一度呼ばれた。
俺は短剣を構える。
相手役が動く。
外へずれる。
腕の内へ入る。
当てる。
離れる。
形にはなった。
投擲の時のような手応えはない。
教師が記録板に書き込む。
「ヨウカ。動きは見えています。力加減も悪くありません」
「はい」
「刃を向ける前に止まる癖があります。続けるなら、そこからです」
「はい」
返事はした。
その癖を、直したいのかどうかは分からなかった。
授業が終わり、短剣を返した。
指が固い。
木でできていても、刃物を持った後の疲れ方をしていた。
リーナが隣に来る。
「さっき、ありがとうございました」
「届いたのはリーナだから」
「でも、逃げすぎているのが分かりました」
「逃げられるのも大事だと思う」
リーナが目を丸くする。
「そうなんですか」
「危ない時に逃げられるなら、それは強いと思う」
リーナは考えてから、頷いた。
「じゃあ、逃げすぎないようにします」
「うん」
レオスが木剣の組から戻ってきた。
「短剣どうだった?」
「嫌だった」
「そんなに?」
すぐには答えられなかった。
木だから音で済む。
そう思おうとして、思えなかった。
音の代わりに、何が起きるかを知っている。
「木だから、音で済んだ」
レオスは、台に戻された短剣を見る。
「……それは、嫌だな」
笑わなかった。
それが、少しありがたかった。
寮へ戻る前、希望札が返された。
投擲の横には、前と同じ書き込みがある。
適性あり。
短剣の横には、新しい文字。
刃先に迷い。
短い言葉だった。
的確すぎて、少し腹が立った。
俺は札を畳む。
木でできていても、短剣は短剣だった。
指に残った感触は、木の軽さではなかった。




