なんかすごい先輩がいるらしい
翌朝、俺たちは四人で食堂へ向かった。
寮の食堂には、もう多くの生徒が集まっていた。
新入生は列の進み方にも迷っている。
上級生は、その間をすり抜けるように歩いていく。
「こっち」
マリベルが空いた席を見つけた。
早い。
人の流れを読むのがうまい。
エレシアは静かに椅子を引き、リーナは少し遅れて腰を下ろした。
朝食は、パンと野菜の煮込み、卵、薄い肉。
村の朝とは違う匂いがした。
「ヨウカさん、顔が戻った」
マリベルが言う。
「顔?」
「昨日から固かったけど、ご飯を前にしたら戻った」
「ご飯は大事」
「それはそう」
リーナは煮込みを一口食べて、目を丸くした。
「おいしい……」
小さな声だった。
「レント村とは違う?」
俺が聞くと、リーナは恥ずかしそうに頷く。
「家のご飯も好きです。でも、こういう味は初めてです」
「分かる」
温かいものが腹に入ると、体の奥が少し落ち着いた。
エレシアは静かに食べている。
所作がきれいだ。
ただ、煮込みの具を一つだけ端へ寄せた。
しばらく置いて、最後には口へ運ぶ。
マリベルが口元を隠した。
「見た?」
「見ていません」
「見た顔してる」
エレシアがこちらを向く。
「苦手なものはあります」
「はい」
「残すほどではありません」
「はい」
俺はパンを噛んだ。
少しだけ、エレシアが近くなった気がした。
食堂では、あちこちから話が流れてくる。
合格者のこと。
寮の部屋のこと。
午後の見学のこと。
近くの席で、一年生らしい子たちが声を落としていた。
「午後、上級生の実技を見るんだよね」
「そうらしいよ」
「すごい先輩が出るって聞いた」
「どんな人?」
「女の先輩。強くて、すごく綺麗なんだって」
「へえ。見てみたい」
強くて、綺麗。
この学園なら、そういう先輩もいるのだろう。
俺は煮込みを口へ運んだ。
マリベルが横から言う。
「実技見学、楽しみ?」
「気にはなる」
「強い人を見るの?」
「それもある」
「綺麗な人は?」
「それも、まあ」
マリベルは楽しそうに笑った。
「正直でよろしい」
「からかわないで」
「まだ、からかってないよ」
リーナが小さく笑う。
エレシアは匙を置いた。
「実技見学に出る上級生なら、教師が選んだ生徒でしょう。姿勢や動きも見るべきです」
「姿勢?」
「強い方は、構える前から違うことがあります」
エレシアらしい見方だった。
午前は、学園内の案内だった。
新入生は組ごとに分けられ、教師について歩く。
教室。
訓練場。
図書室。
救護室。
寮へ戻る道。
覚える場所が多い。
俺たちの組には、受付で見た金髪の少年もいた。
近くの子が、カイル様、と呼んでいる。
フォルデラ家の子だ。
話しかけられれば答える。
相手の名前も聞く。
必要以上に前へ出ない。
目が合うと、カイルは小さく頷いた。
俺も返す。
それだけだった。
図書室では、足が止まりかけた。
本棚が高い。
紙と革と古いインクの匂いが混ざっている。
背表紙を追うだけで、時間が消えそうだった。
「貸し出しには手続きが必要です」
案内の教師が言う。
「禁書棚と上級生用資料は許可制です。勝手に触れないこと」
触りたい。
触らない。
俺は手を後ろで組んだ。
エレシアは礼法の棚を見てから、こちらを向く。
「ヨウカさん」
「借ります」
先に言った。
エレシアが目を少し開く。
「まだ何も言っていません」
「必要なので」
マリベルが横で笑いをこらえている。
リーナも下を向いた。
エレシアは息を吐く。
「では、後で探しましょう」
「ありがとう」
救護室の前では、自然と足が遅くなった。
清潔な布の匂いがする。
包帯の棚があり、奥には担架が立てかけてある。
村やルーベルの治療所とは、整い方が違った。
案内の教師が言う。
「怪我や体調不良の際は、必ず寮監または教師に申し出ること。生徒同士で勝手な治療行為を行わないように」
全体への説明だ。
それでも、胸の内側に引っかかった。
マリベルが小さく言う。
「今の、刺さった顔」
「見ないでください」
「見てない。分かっただけ」
「同じです」
「違うよ」
違うらしい。
リーナが言った。
「昨日の面接で聞かれたんですよね。そういうこと」
「聞かれた」
「ちゃんと分けて答えたなら、いいと思います」
リーナの声は小さいが、まっすぐだった。
「私はまだ、何もしてないよ」
「何もしないって決めるのも、難しいと思います」
返事に迷った。
「ありがとう」
少し遅れて言うと、リーナはほっとしたように頷いた。
昼食後、午後は上級生の実技見学だった。
実技場に入ると、観覧席の下に広い訓練場があった。
上級生たちが並んでいる。
木剣を持つ人。
槍を構える人。
杖を持つ人。
盾を抱える人。
新入生の試験とは、立っているだけで違った。
教師の合図で、上級生たちが順に動き始める。
剣の振りが速い。
槍は近づく前に止められる。
魔法は小さいのに、形が崩れない。
見せるための動きなのに、遊びではなかった。
その中で、一人の女の先輩が前へ出た。
左手に盾。
右手に剣。
背筋がまっすぐだった。
派手な飾りはない。
笑ってもいない。
それなのに、目を引く。
綺麗だと思った。
顔を見た瞬間、息が止まる。
カリンだ。
声が出そうになって、喉で止まった。
カリンは俺の方を見ていない。
実技場の中央で、相手役の上級生と向かい合っている。
知っているカリンだった。
でも、知っているままのカリンではなかった。
幼なじみの顔をした上級生が、そこにいた。
教師の声が響く。
「始め」
相手役が踏み込む。
木剣が振られる。
カリンの盾が前へ出た。
音は大きくない。
けれど、相手の勢いが止まる。
半歩ずれる。
踏み込みの線が潰れる。
その陰から、剣が走った。
速い。
相手の胴の前で、ぴたりと止まる。
当てていない。
当たっていたら、終わっていた。
相手役が下がる。
カリンは追わない。
追わないのに、相手は前へ出られない。
次は、カリンの方が先に動いた。
盾を構えたまま一歩入る。
相手の剣を外へ押し出す。
空いた線に、木剣が入った。
鈍い音。
相手役の腕が止まる。
速さだけではない。
重い。
剣を振ったというより、相手の動ける場所を消したような一撃だった。
相手役が距離を取ろうとする。
カリンの足が前へ出た。
盾で前を塞ぐ。
逃げ道が狭くなる。
剣が肩口の前で止まった。
守って、返すだけではない。
踏み込まれた相手役が、そこで動きを止める。
周りの新入生が息を呑んだ。
「強い」
「綺麗……」
誰かの声が落ちる。
俺は、カリンの足元を見ていた。
立ち方。
剣を戻す時の、小さな癖。
盾を構え直す時の肩の動き。
間違いなくカリンだ。
それなのに、俺の知らない二年がそこにあった。
カリンが盾を下ろす。
教師が何か言う。
周囲から、また小さな声が上がる。
俺は膝の上で手を握った。
どうやら、すごい先輩がいるらしい。
俺の幼なじみは、もうその中にいた。




