なんか使わない魔法も見られるらしい
100回です。
いつもありがとうございます
廊下の先は、石造りの実技場だった。
天井が高い。
靴音が遅れて返ってくる。
床には古い焦げ跡が残っていて、壁際には水桶と砂箱が置かれていた。
濡れた布を抱えた教師が、床の端を拭いている。
魔法を使う場所。
それだけで、指先が硬くなった。
番号札を確認され、受験者たちは壁際に並ぶ。
前では、もう試験が始まっていた。
少年が両手を前に出し、小さな火を作る。
火はふくらみ、すぐ細く揺れた。
「そのまま保ってください」
試験官の声が飛ぶ。
少年の肩に力が入る。
火は丸くなりかけて、崩れた。
「はい、そこまで。下げて」
次の女の子は、手のひらの上に水玉を作った。
水は浮いて、落ちる。
もう一度浮いて、また落ちる。
本人は唇を噛んでいたが、試験官は表情を変えずに板へ書き込んでいる。
俺は手を開いて、閉じた。
列が進む。
前の子が終わり、俺の番号が呼ばれた。
中央へ出ると、床の冷たさが足の裏から上がってきた。
正面には試験官が三人。
灰色の髪を後ろで束ねた女性。
測定石を持つ男性。
水桶のそばに立つ若い教師。
灰色髪の女性が、落ち着いた声で言った。
「番号と名前をお願いします」
「二十七番、ヨウカです」
「出身はフィル村ですね。推薦書類も確認しています」
「はい」
測定石を持つ男性が、手元の紙へ何かを書き込む。
アンナとヨシュアの名前。
ルーベルの補足書類。
そのあたりが並んでいるのだろう。
場の空気が変わった。
俺は息を吐いて、肩の力を戻す。
灰色髪の女性は、こちらの様子を見ていた。
「普段から安定して扱える属性を教えてください」
「光です」
少し置いて、続ける。
「闇も反応はあります。ただ、まだ安定しません」
「分かりました。まず魔力量と制御を見ます。測定石に手を置いて、ゆっくり流してください」
男性が青みがかった石板を差し出した。
俺は右手を乗せる。
冷たい。
魔力を流す。
細く。
急がず。
押し込まない。
石板の中央に淡い光が浮いた。
すぐに、光が強くなる。
俺は流す量を絞った。
それでも、石の奥に光が残る。
測定石を持つ男性の眉が動いた。
「そのまま保てますか」
「はい」
手のひらの下で、石の冷たさが薄くなっていく。
増やさない。
減らしすぎない。
「そこまでで結構です」
手を離した。
指先に、まだ魔力の流れが残っている。
男性は石板を傾け、灰色髪の女性へ見せた。
二人は短く目を合わせる。
「十歳でこれは多いですね」
女性試験官が言った。
「次は、光を出してください。手のひらほどの大きさで、維持できる範囲にしましょう」
「はい」
右手を前に出す。
小さな光を作った。
火ではない。
熱を持たせない。
眩しさを先に出さない。
手のひらの少し上に、白い光が浮く。
近くの空気が静かになった。
「そのまま」
光を丸く保つ。
端をにじませない。
女性試験官が身を乗り出した。
「形を保ったまま、明るくできますか」
「やってみます」
光を強める。
指先に熱が寄った。
端が揺れかける。
俺は流れを戻した。
光は小さくなり、また丸くなる。
「今、戻しましたね」
「はい」
「理由を聞かせてください」
「この先は形が崩れます。明るさより、眩しさが出そうでした」
女性試験官は頷いた。
「分かりました。消してください」
光を消す。
指先に熱だけが残った。
「次に、闇の反応を見ます。形を作らなくて構いません。手のひらの上で、出せるところまでで止めてください」
「はい」
左手を前に出す。
闇は、光より重い。
手のひらの上へ浅く置く。
黒い影がにじんだ。
形は薄い。
すぐにほどける。
もう一度、浅く置く。
さっきより長く残った。
広げない。
濃くしない。
若い教師が目を細める。
灰色髪の女性が言った。
「そこまでで結構です」
俺はすぐに消した。
左手が冷たい。
「光より不安定ですが、反応は明確です。自分で広げませんでしたね」
「はい」
「広げなかった理由は?」
「ここでは、加減が荒くなりそうだったので」
「練習では?」
「少しだけ。人の近くでは、まだ使いません」
若い教師が何か書きかける。
灰色髪の女性は一度、俺の左手を見てから板へ視線を戻した。
「分かりました」
そこで終わるかと思った。
その時、実技場の隅で、軽い気配が揺れた。
空気の薄いところ。
誰かに呼ばれたわけではない。
けれど、こちらに触れそうな近さだった。
意識が伸びかける。
俺は息を細く吐いた。
触れない。
呼ばない。
通さない。
手を下ろす。
灰色髪の女性の筆が、一度だけ止まった。
それだけだった。
「下がってください」
「はい」
一礼して、壁際へ戻る。
膝が重い。
光より、闇より、最後に手を下ろした時の方が疲れた。
壁際に戻ると、隣の少年が小声で言った。
「光、きれいだった」
「ありがとう」
「闇も?」
「まだ少しだけ」
「そっか」
少年は前を向いた。
それで会話は終わった。
試験は続いた。
大きな火を作ろうとして、教師に止められた子がいた。
水の形を保った子は、最後に自分で桶へ戻した。
風で布を揺らしすぎた少年は、慌てて手を下げる。
土を盛り上げた子は、戻す時の方が苦しそうだった。
派手な魔法は目を引く。
それでも、試験官の筆は別の時にも動いた。
止めた時。
失敗の後に周りを確かめた時。
言われる前に手を下げた時。
左手には、まだ冷たさが残っている。
光を強めきらなかったこと。
闇を広げなかったこと。
あの軽い気配に触れなかったこと。
使った魔法より、止めた魔法の方が手に残っていた。
実技が終わる頃には、外の光が傾いていた。
係の人が次の説明を始める。
「本日の試験はこれで終了です。明日は身体能力と武器の基礎確認を行います。番号札を忘れずに持参してください」
身体能力。
武器。
その二つは、魔法とは違う重さで胸に落ちた。
魔力は多い。
光も出せる。
闇にも反応はある。
それでも、走る体はこの体だ。
武器を握る手も、この手だ。
俺は番号札を握り直した。
使わない魔法も、見られているらしい。
左手の冷たさは、宿に戻るまで消えなかった。




