なんか答えることも試験らしい
控室に戻ると、受験者たちの声は減っていた。
身体確認を終えたあとだからか、座ったまま膝を押さえている子がいる。
木剣を強く振っていた少年は、腕を回していた。
柵を軽々と越えていた子も、今は水を飲んでいる。
俺は席に着き、番号札を机に置いた。
右手には、まだ木剣の感触が残っている。
係の女性が入ってきた。
「これから面接を行います。呼ばれた番号の方は、札を持って隣の部屋へ入ってください」
面接。
紙の問題や実技とは違う緊張があった。
前の番号が呼ばれた。
戻ってきた子は、首を傾げたまま席に座った。
何を聞かれたのかは分からない。
俺は水を一口飲んだ。
「二十七番、ヨウカさん」
「はい」
札を持って立つ。
扉の前で息を吸った。
⸻
中は広くない部屋だった。
窓際に机があり、三人の大人が座っている。
昨日の魔法実技にいた灰色髪の女性。
書類を持った年配の男性。
書記役らしい女性。
正面には椅子が一つ。
灰色髪の女性が言った。
「座ってください」
「はい」
椅子に座る。
足は床に届く。
年配の男性が書類を確かめた。
「ヨウカさん。十歳。フィル村出身。推薦はフィル村村長。補足書類はルーベル薬師工房のミラ殿から。間違いありませんか」
「はい」
「保護者はアンナ殿とヨシュア殿」
「はい」
男性は顔を上げた。
「この学園で学びたいことを話してください」
俺は膝の上で手を握りかけて、やめた。
「治療と薬草、それから魔法を学びたいです」
「理由は」
「村やルーベルで、怪我や体調不良を見ることがありました。何かしたくても、知識がなければ、動かしてはいけない人を動かしたり、使ってはいけない薬を使ったりするかもしれません」
灰牙鼠。
治療院。
怪我人の顔。
頭の中に浮かぶものはある。
全部は出さない。
「助ける前に、判断を間違えないようになりたいです」
書記役の女性の筆が動いた。
年配の男性が次の紙を見た。
「筆記では、生活知識と初期対応はよく書けています。王国史と礼法は弱い」
「はい」
はっきり言われた。
「礼法を学ぶ必要はあると思いますか」
「あります」
「理由は」
「礼を欠けば、相手に話を聞いてもらえないことがあります。治療でも相談でも、先に警戒されると進みません」
「礼法は面倒ですか」
「慣れていないので、難しいです」
「慣れる努力はできますか」
「はい」
年配の男性の表情は変わらなかった。
灰色髪の女性が、別の紙を前に出した。
「魔法実技について確認します。魔力量は十歳としてかなり多い。光は安定。闇は反応のみ」
「はい」
「昨日、光をさらに強く出さなかった理由は」
「形が崩れそうだったからです。明るさより、眩しさが先に出ると思いました」
「強く見せたいとは思いませんでしたか」
「思いました」
三人の筆が止まる。
「強く出して崩すより、保てるところで止めた方がいいと判断しました」
灰色髪の女性は、間を置いて紙に書いた。
「闇を広げなかった理由は」
「まだ安定しないからです。人の近くで使うには早いと思いました」
「学園で伸ばすつもりはありますか」
「あります」
「どのように」
「まず、自分の手元で止められるようにします。広げるのはその後です」
灰色髪の女性は筆を置いた。
昨日、実技場の隅で揺れた気配については聞かれなかった。
それだけが、紙の上に残されたままのようだった。
年配の男性が、身体確認の紙を見る。
「今日の身体能力と武器確認について。速さと跳躍は高くありません。合図への反応と二回目の修正は記録されています」
「はい」
「自分ではどう見ていますか」
「速さと跳ぶ動きは弱いです。止まることと、言われた後に直すことはできました」
「武器については」
「木剣は、体より先に剣が残りました。短い刃は、距離が近くて動きが固くなりました」
灰色髪の女性が言う。
「昨日の魔法と比べると?」
「魔法の方が扱いやすいです。体と武器は、思った通りに動きませんでした」
「不満はありますか」
「あります」
「では、どうしますか」
「今の体に合わせて練習します。できると思い込んで動くより、できなかったところを直したいです」
年配の男性が、次の書類へ目を移した。
「薬師工房と治療院での手伝いについて記録があります。内容を説明してください」
「薬草の整理、布の準備、水運び、案内です」
「治療行為は」
「していません」
「どこからが治療行為だと考えますか」
「薬を使うこと、患部に触って動かすこと、症状を判断して処置を決めることです」
書記役の女性が筆を走らせる。
「あなたは、それをしていない」
「はい。指示された準備と補助だけです」
「なぜ、その線を引くのですか」
「見たことがあるだけで、自分で判断できると思うのは危ないからです」
灰色髪の女性が聞いた。
「判断したくなる場面はありますか」
「あります」
「その場合は」
「今は、できる人に伝えます」
「急ぐ場面でも?」
「呼吸や周りの危険は確認します。けれど、患部を動かすかどうかは、勝手に決めません」
灰色髪の女性は紙に書いた。
年配の男性が最後の質問に移る。
「学園に入った場合、あなたが困ると思うことを一つ挙げてください」
「情報が多いことです」
「どういう意味ですか」
「人の声や規則が、一度にたくさん来ます。全部追うと、動けなくなると思います」
「対処は」
俺は息を吸った。
「必要なものから見ます。全部は追いません」
灰色髪の女性が書類を閉じた。
「面接は以上です」
膝の上の手が、まだ固かった。
「退室してください」
「ありがとうございました」
立ち上がり、一礼する。
廊下へ出ると、空気が冷たかった。
魔法を出した時とも、木剣を握った時とも違う疲れがある。
口にしなかった言葉の方が、しばらく重かった。
⸻
午後の追加確認は、思っていたより事務的だった。
別室に呼ばれ、番号札を渡す。
係の人が書類と顔を見比べる。
「二十七番、ヨウカさん。フィル村出身。保護者、アンナ殿、ヨシュア殿」
「はい」
「入学後は寮生活になります。例外申請は出ていませんね」
隣に座っていたヨシュアが答えた。
「ああ」
アンナも頷く。
「王都に預け先はありません」
係の人は紙に線を引いた。
「では、寮規則の説明は合格後に行います」
合格後。
その言葉だけ、耳に残った。
まだ受かっていない。
それでも、受かった後の紙はもう用意されている。
次に聞かれたのは、持ち物だった。
刃物。
薬品。
魔道具。
許可なく持ち込めないものが、いくつもある。
薬草袋のところで、係の人の筆が止まった。
「薬草類の持ち込み予定あり。種類は?」
アンナが紙を出した。
「乾燥させたヒナギ草と、虫除け用に匂いを移した布です。治療用の薬ではありません」
「ルーベル薬師工房の補足書類と一致。入寮時に確認」
それで終わった。
取り上げられたわけではない。
許可されたわけでもない。
確認、と書かれた。
この学園では、人も物も、まず紙の上に置かれる。
⸻
結果は翌朝、掲示場で発表されるという。
一日置かれる方が嫌だった。
宿の部屋に戻ると、アンナが俺の顔を見た。
「疲れた?」
「疲れた」
ヨシュアは窓際に立っていた。
「何を聞かれた」
「寮のこと。持ち物。薬草袋」
「そうか」
「面接より、変に疲れた」
「手続きはそういうものだ」
ヨシュアらしい返事だった。
記録板を出しかけて、やめた。
今書くと、面接と書類の言葉を全部並べたくなる。
代わりに、薬草袋の留め具を確かめる。
硬い。
指に力を入れないと開かない。
今はそれくらいでよかった。
夕食の味は、あまり覚えていない。
肉が入っていた。
温かかった。
アンナが何か話して、ヨシュアが短く返した。
俺も返事はした。
頭の隅には、ずっと掲示場があった。
⸻
次の朝、学園の掲示場には人が集まっていた。
昨日までの試験場とは違う熱がある。
泣いている子がいる。
笑っている子がいる。
紙を睨んでいる大人もいる。
俺はアンナとヨシュアの間で、掲示板へ近づいた。
番号が並んでいる。
名前もある。
二十七番。
ヨウカ。
合格。
一度では、うまく入ってこなかった。
もう一度、上から追う。
二十七番。
ヨウカ。
合格。
息が抜けた。
膝から力も抜けかけて、アンナの手が背中に触れる。
「おめでとう、ヨウカ」
「……うん」
ヨシュアが俺の頭に手を置いた。
強くはない。
重い手だった。
「よくやった」
その一言で、胸の奥が詰まった。
掲示板の横には、別の紙が貼られていた。
合格者への案内。
入学手続き。
寮規則。
補習確認。
魔法実技の個別確認。
下の方に、俺の番号があった。
王国史・礼法、補習確認。
身体基礎、要観察。
魔法実技、個別確認。
薬草類持ち込み、入寮時確認。
合格していた。
その横で、次の予定がもう並んでいる。
アンナも案内紙を読んだ。
ヨシュアも黙って目を通す。
「多いわね」
アンナが言った。
「多い」
ヨシュアは案内紙から目を離さない。
「受かったから終わりじゃない」
「うん」
「ここからだ」
分かっていた。
紙で見ると、重さが違う。
合格の文字は大きい。
確認事項は細かい。
細かい方が、現実に近かった。
⸻
係の人が合格者を集め始める。
「合格者は、こちらで入学手続きの説明を受けてください。保護者の方も同席してください」
俺たちは列に入った。
昨日まで受験者だった子たちが、今は合格者として並んでいる。
顔つきが明るい子もいる。
もう次の説明に集中している子もいる。
俺は番号札を握ったまま、手続き用の紙を受け取った。
「ヨウカさんですね。寮入居、薬草類確認あり。魔法実技の個別確認対象です」
「はい」
「入寮日に持ち物確認を受けてください。薬草袋は封をした状態で提出。確認後、許可された範囲で返却されます」
「はい」
「補習確認の日程は、入学後に通知します」
「はい」
返事をするたびに、合格した実感が別の形になっていく。
嬉しさではなく、予定。
安心ではなく、手続き。
説明が終わる頃には、昼に近くなっていた。
宿に戻る道で、アンナが言った。
「疲れた?」
「うん」
「嬉しい?」
「うん」
「不安?」
「うん」
アンナは笑った。
「全部あるのね」
「ある」
ヨシュアが前を歩きながら言う。
「全部あっていい。歩け」
「うん」
合格通知は鞄に入れず、手に持ったまま歩いた。
紙は薄い。
軽い。
それなのに、指が離れない。
宿に戻ると、記録板を出した。
一行だけ書く。
合格した。
そこで手が止まる。
嬉しい。
怖い。
忙しい。
どれも合っている。
どれか一つでは足りない。
記録板を伏せた。
手の中の紙は、まだ温かかった。




