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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第四章 フィル村歳月編
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なんか二年は待つ時間じゃないらしい

カリンが出発した次の朝、庭は少し広かった。


いつもなら、盾を持ったカリンが立っている場所が空いている。


そこに光が落ちているだけで、誰もいない。


俺は縁側に座って、しばらくその場所を眺めていた。


ルカが横で木片を転がしている。


ころん、と音がした。


ルカはそれを追いかけ、途中で尻もちをついた。


泣かない。


手をついて、もう一度立とうとする。


「がんばるね」


俺が言うと、ルカは分からない顔で笑った。


アンナが家の中から声をかける。


「ヨウカ、今日は治療院の日よ」


「うん」


立ち上がる。


庭は広いままだった。


治療院では、布を畳んだ。


水を運んだ。


名前を呼ばれた人を案内した。


足元の桶に気づかず、少しつまずきかける。


治療院の女性が振り向いた。


「考え事?」


「少し」


「手を動かす時は、手のことを考えてね」


「はい」


「転ばなければいいわ」


その言い方で、少し肩の力が抜けた。


カリンのことを考えるなと言われたわけではない。


考えながら、目の前の桶を蹴るなと言われただけだ。


俺は桶を隅へ寄せた。


昼前、工房へ寄ると、ミラが乾いた薬草を袋に詰めていた。


「今日は静かね」


「私が?」


「ええ。いつもより、手が遅い」


「……カリンがいないから、かも」


ミラは小さな包みを三つだけ俺の前に置いた。


「こういう日は、数を減らすの」


「増やすんじゃなくて?」


「増やしたら間違えるわ」


いつもより少ない。


俺は包みを見て、頷いた。


「三つだけ」


「そう。三つを間違えない」


その日は、三つとも間違えなかった。


それだけで帰るのが、少し物足りなかった。


それでも、アンナに言われた時間より前に家へ戻った。


「早かったわね」


アンナが言う。


「今日は三つだけだった」


「そう」


「もう少しできたと思う」


「そうね」


アンナは鍋をかき混ぜる。


「帰ってきたのね」


「うん」


褒められたわけではない。


胸の奥が少し温かくなった。


カリンがいない間、俺は何度も庭の端を見た。


盾の音はしない。


袖をつまむ手もない。


そのたびに、何かを始めることにした。


記録板を整理する。


薬草袋の留め具を直す。


ルカの木片を拾う。


短い距離を歩く。


大したことではない。


座っているよりはよかった。


三日目の夕方、馬車の音がした。


俺は家を飛び出しかけて、玄関で足を止めた。


走らない。


転ぶ。


息を整えてから外へ出る。


村の入口に、馬車が止まっていた。


ヨシュアが先に降りる。


レナードさんが荷を下ろす。


その後ろから、カリンが降りた。


疲れた顔をしている。


目の下が少し重い。


それでも、立っていた。


「カリン」


声が出た。


カリンはこちらを見て、少しだけ口元を緩める。


「ただいま」


「おかえり」


それだけで、胸が詰まった。


試験のことを聞きたい。


王都のことも聞きたい。


学園の門も、道も、宿も、何を食べたのかも聞きたい。


口を開く前に、カリンが小さく首を振った。


「先に、寝る」


「うん」


ヨシュアが俺の肩に手を置いた。


「詳しい話は明日だ」


「うん」


カリンはセリアさんに支えられながら、家の方へ歩いていった。


背中の盾を包む布は、少し汚れていた。


遠くへ行って、帰ってきたのだと分かった。


翌日、カリンは庭に来た。


まだ少し眠そうだった。


俺は水を持っていく。


カリンは受け取り、一口飲んだ。


「試験、どうだった?」


聞いてから、早かったかもしれないと思った。


カリンは水筒を膝に置く。


「広かった」


「学園?」


「うん。門が大きい。人も多い。剣を持ってる子も、杖を持ってる子もいた」


「怖かった?」


「少し」


カリンは指で水筒の革をなぞった。


「行った」


「うん」


「筆記は、字が多かった」


「計算は?」


「嫌い」


「うん」


「前より読めた」


カリンは少しだけ胸を張った。


「実技は?」


「盾を見られた。剣も振った。止められた」


「止められた?」


「先生に。力だけじゃ駄目って」


カリンは不満そうに言った。


刺さったらしい。


「面接は?」


カリンの顔がさらに渋くなる。


「嫌い」


「計算とどっちが?」


「面接」


即答だった。


「何を聞かれたの?」


「なぜ来たいのか。何を学びたいのか。誰に推薦されたのか。家族は許しているのか」


カリンはそこで少し黙った。


「あと、ヨウカのことも少し」


「私?」


「村で一緒に訓練してる子がいるって、推薦状にあったから」


「何て言ったの?」


「大事な子って」


息が止まった。


カリンは水筒を見る。


「変だった?」


「変じゃない」


声が少し遅れた。


「びっくりした」


「うん」


カリンは水筒の蓋を閉めた。


「私も、言ってからびっくりした」


二人で少し黙った。


庭の向こうで、ルカが歩いている。


二歩進んで、座る。


また立つ。


カリンはそれを眺めていた。


「結果は、あとで来る」


「うん」


「受かるか分からない」


「うん」


「受けた」


俺は頷いた。


「うん」


その日から、村は少し変な待ち方をした。


誰もずっと話題にするわけではない。


門の方で馬車の音がすると、セリアさんの手が止まる。


レナードさんは作業場の外へ一度出る。


カリンは盾を持とうとして、途中で空を見上げる。


俺も、音に反応しないふりをするのが下手だった。


結果の紙が届いたのは、雨の翌日だった。


道がぬかるみ、村の入口に泥の跡が残っていた。


配達の人から紙を受け取った村長は、すぐカリンの家へ向かった。


俺は呼ばれなかった。


呼ばれないのが普通だ。


家族の話だ。


分かっている。


それでも、家の前の道を何度も見てしまう。


アンナが台所から言った。


「座って待ちなさい」


「うん」


座った。


すぐ立ちそうになった。


アンナの視線が飛んでくる。


もう一度座る。


少しして、足音がした。


カリンだった。


髪が少し乱れている。


走ってきたのだろう。


息も上がっている。


手には、折られた紙があった。


俺は立ち上がった。


カリンは俺の前で止まる。


口を開いて、閉じる。


紙を握る手が震えていた。


「受かった」


声は小さかった。


庭の音が全部遠くなる。


「受かった」


今度は、少し大きかった。


俺は息を吸った。


「おめでとう」


言えた。


ちゃんと言えた。


カリンの目が赤くなる。


「行く」


「うん」


「本当に、行く」


「うん」


カリンは紙を胸に押し当てた。


嬉しい顔だった。


泣きそうな顔でもあった。


俺も、似たような顔をしていたと思う。


アンナが奥から出てきて、カリンの頭を撫でた。


「おめでとう、カリンちゃん」


「ありがとうございます」


カリンが俺を見た。


小さく笑った。


俺も少し笑えた。


その日の夕方、村長の家で合格の紙が広げられた。


入学までに必要なものが書かれている。


服、寮で使う布、筆記具、訓練用具、許可証。


それから、王都へ向かう日。


セリアさんは一つずつ確認していた。


レナードさんは腕を組み、難しい顔をしている。


カリンは紙を見つめている。


昨日までの試験の紙とは違う。


これは、行くための紙だ。


俺は少し離れて座っていた。


今度は、口を出さない。


カリンが自分で読む。


読めない字だけ、村長に聞く。


時々、俺の方を見る。


俺は頷く。


それくらいなら、いいと思った。


会議が終わる頃、カリンは紙を畳んだ。


「行くまでに、まだやることある」


「あるな」


村長が言う。


カリンは頷いた。


「やる」


短い返事だった。


その帰り道、カリンと二人で少しだけ歩いた。


空はもう暗い。


雨上がりの土の匂いがする。


「ヨウカ」


「うん」


「受かった」


「うん」


「嬉しい」


「うん」


「寂しい?」


俺は足を止めそうになった。


止めなかった。


「寂しい」


カリンは前を向いたまま、頷いた。


「私も」


「行くんだよね」


「うん」


言葉が短くなる。


長くすると、変なことを言いそうだった。


カリンは俺の袖をつままなかった。


その代わり、紙を持つ手を少しだけ上げた。


「書く」


「手紙?」


「うん。読める字で」


「待ってる」


言ってから、少し違う気がした。


待つだけではない。


カリンもそれに気づいたのか、こちらを見る。


俺は言い直した。


「読む。ちゃんと」


カリンは頷いた。


「うん」


家に帰ってから、俺は記録板を出した。


カリン、合格。


そこまで書いて、手を止める。


次に何を書くか、少し迷った。


寂しい、では足りない。


嬉しい、だけでも違う。


俺は文字を消さずに、記録板を机の端へ寄せた。


書き足す代わりに、薬草袋の留め具を手に取る。


レナードさんに替えてもらった留め具は、前より少し硬い。


指で何度か結び直す。


一度目は緩い。


二度目はきつすぎる。


三度目で、少しましになった。


二年は、待つだけの時間ではないらしい。


結び目を指で押さえた。


まだ、すぐには解けなかった。

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