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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第四章 フィル村歳月編
55/92

なんか増えた数字は軽くないらしい

フィル村へ戻った時、空はもう暗くなりかけていた。


村の入口で、村長とセリアさんが待っていた。


ヨシュアが足を止める。


「ルーベルからの帰り道で灰牙鼠が二匹出た。討伐済み。カリンが腕を打った。治療院では骨に異常なしと言われている」


村長の顔が険しくなった。


セリアさんはすぐカリンの腕を見た。


「痛む?」


「少し」


「動く?」


カリンは指を曲げた。


「動く」


セリアさんはアンナを見る。


「冷やした?」


「ええ。今日は重いものを持たせないわ」


「それがいいわ」


俺は救護袋を抱えたまま立っていた。


水と布を使っただけで、中身はほとんど減っていない。


それなのに、朝より重く感じる。


村長がこちらを見る。


「ヨウカは?」


「怪我はありません」


「そうか」


それ以上は聞かれなかった。


俺は木札を握る。


灰牙鼠、二匹。

道。

カリン、腕。

水と布。

報告。

討伐済み。


最後の字だけ、手の中で沈んでいる。


家に戻ると、ルカがアンナに手を伸ばした。


アンナは荷を下ろしてから、ルカを抱き上げる。


ルカは何も知らない顔で笑った。


さっきまで魔物の話をしていた。


今は、ルカがアンナの髪を握っている。


ヨシュアは戸口で靴の土を落としていた。


動きはいつも通りだ。


ただ、剣を外す手が少し遅かった。


夕食は静かだった。


カリンも一緒にいる。


アンナが念のため泊まらせることにしたのだ。


カリンは左腕をあまり使わず、右手で匙を持っている。


少しぎこちない。


「食べにくい?」


「食べられる」


「痛い?」


「痛い」


「強い?」


「さっきよりまし」


そう言って、カリンは肉を口に入れた。


食べる気はある。


それだけで、少し息が抜けた。


食事の後、ヨシュアは俺とカリンを囲炉裏の近くに座らせた。


アンナはルカを寝かせてから戻ってくる。


「今日のことを確認する」


怒る声ではない。


でも、逃げられる声でもない。


「灰牙鼠が出た。俺が一匹を受けた。もう一匹がヨウカたちの方へ曲がった。カリンが盾で受けた。ヨウカは跳ぶ方向を言った。アンナが火で進路を切った」


赤い目。

前歯。

草の揺れ。

盾の音。


俺は膝の上で手を握る。


ヨシュアはカリンを見る。


「カリン。前に出すぎてはいない。だが、衝撃は軽くなかった」


「はい」


「次からは、盾を構える前に足を決めろ。受ける場所より、受けた後の場所だ」


「はい」


カリンの目は逃げていない。


腕は痛いはずなのに。


ヨシュアは次に俺を見る。


「ヨウカ。言葉は間に合った」


「はい」


「ただし、言えば誰かが動く」


「……はい」


「間違えば、誰かが間違って動く」


喉が詰まった。


俺の言葉で、カリンが盾を右へずらした。


間に合った。


もし間違っていたら。


「言うなという話ではない」


ヨシュアは続けた。


「見えたなら言え。短く、事実だけだ。迷った時は迷ったと言え」


「はい」


アンナが横から言う。


「怖かったことは、なかったことにしない」


俺はアンナを見る。


「怖いまま覚えていいの。怖くないふりで覚えると、次に体が遅れるわ」


「……はい」


「カリンちゃんも」


「はい」


カリンは左腕を見た。


「痛いです」


アンナは頷いた。


カリンは少し黙ってから、続けた。


「でも、止めました」


「そうね」


それだけで、カリンの肩が少し下がった。


その夜、俺はなかなか眠れなかった。


ルカの寝息。


囲炉裏の火が落ちる音。


外の虫の声。


目を閉じると、灰牙鼠が跳ぶ。


目を開けると、天井がある。


どちらも落ち着かない。


俺は布団から起き上がった。


木札を取る。


討伐済み。


その四文字を見ていると、頭の奥が熱くなった。


いつもの表示が、ゆっくり開く。


【条件を満たしました】


息が止まる。


【レベルが上昇しました】


【レベル 1 → 2】


胸の中が冷えた。


同時に、熱くもなった。


数字が並ぶ。


【攻撃 3 → 7】

【防御 4 → 7】

【敏捷 6 → 10】

【器用 11 → 16】

【幸運 39 → 40】

【魔力 39 → 47】

【MP 25 → 34】


増えている。


俺の数字が、増えている。


前より動けるかもしれない。


前より見て、伝えて、助けられるかもしれない。


魔力も増えた。


MPも増えた。


嬉しい。


それは、ある。


でも、灰牙鼠が動かなくなった後に出た数字だった。


俺は木札を握った。


討伐済み。


表示の光より、その字の方が残る。


スキルの欄も見た。


観察。

鑑定。

精霊魔法。

医学。

叡智。

??。


細かい変化は見えない。


少なくとも、今の俺には分からない。


レベルと数字だけが増えていた。


「ヨウカ」


後ろから声がした。


アンナだった。


「眠れない?」


「はい」


アンナは俺の隣に座った。


木札を見て、何も言わずに待つ。


俺は迷った。


それでも、口を開いた。


「数字が増えました」


アンナの目が細くなる。


「そう」


「レベルが、上がりました」


「うん」


「嬉しいんです」


声が小さくなった。


「でも、嫌です」


アンナは囲炉裏の灰を見ていた。


「どちらかにしなくていいわ」


「え?」


「嬉しいこと。怖いこと。嫌なこと。助かったこと。全部一緒に来る日もある」


俺は木札を見た。


攻撃。

防御。

敏捷。

器用。

魔力。

MP。


増えた。


それでも、灰牙鼠の目も消えない。


「強くなったんでしょうか」


「少しはね」


アンナは正直に言った。


「でも、今日のヨウカが、明日急に大人になるわけじゃない」


「はい」


「数字が増えたなら、増えた分だけ慎重に使いなさい」


そこへ、ヨシュアも来た。


寝ていたわけではなかったらしい。


「数字は道具だ」


ヨシュアは短く言った。


「見ないのも、眺めるだけも危ない」


「はい」


「必要な時に確認しろ。それだけだ」


それだけ。


ヨシュアらしい。


でも、少し楽になった。


数字は道具。


討伐済みは事実。


どちらも消えない。


アンナが俺の手から木札をそっと取った。


「今日はもう寝なさい」


「でも」


「明日、もう一度見ればいいわ」


ヨシュアが頷く。


「寝不足で強くなることはない」


それはそうだ。


かなりそうだ。


俺は布団に戻った。


表示はもう消えている。


でも、数字は覚えていた。


前より増えた。


軽くない数字だった。


翌朝、カリンは左腕を布で吊っていた。


本人は不満そうだった。


「動くのに」


「動くから、使わないの」


アンナが言う。


「今日は盾も木剣も持たない」


カリンは眉を寄せた。


ヨシュアが横から言う。


「持たない練習だ」


「持たない練習?」


「そうだ」


カリンは少し考える。


「守れない」


「守り方を変える」


ヨシュアは庭を指した。


「見る。伝える。立つ場所を決める。盾を持たない時にできることをやる」


カリンは黙った。


それから、小さく頷いた。


「やる」


俺は木札を持っていた。


昨日の数字を書こうとして、手が止まる。


数字だけを書くと、軽くなる気がした。


先に、別のことを書く。


灰牙鼠。

二匹。

カリン、腕。

水と布。

討伐済み。

レベル2。


その下に、小さく数字を書いた。


攻撃7。

防御7。

敏捷10。

器用16。

幸運40。

魔力47。

MP34。


ヨシュアが覗く。


「順番は間違っていないな」


「順番?」


「数字を先に書いていない」


木札を見る。


そうだった。


数字より先に、何があったかを書いた。


それでいい気がした。


昼前、ダナさんから正式な紙が届いた。


ルーベル近郊道での灰牙鼠発生について。


報告者。

討伐者。

負傷者。

確認者。

対応。


その下に、小さく書かれていた。


見習い同行者二名は、生存帰還。

現場報告あり。

救護補助あり。


生存帰還。


俺はそこで止まった。


成果より先に、その言葉がある。


ヨシュアは紙を読み、村長に渡した。


村長は眉間にしわを寄せながらも、最後に頷いた。


「生きて帰った。まずはそれだな」


カリンが俺を見る。


「まず?」


「まず」


「次は?」


俺は紙を見た。


次。


次がある。


「次は、間違えないようにする」


「全部?」


「無理」


カリンが笑った。


「なら、少し」


「うん。少し」


庭の向こうで、ルカが縁側につかまり立ちをしていた。


アンナがすぐ後ろにいる。


ルカはふらふらしながら、片手を離そうとする。


アンナが支える。


ルカは笑う。


昨日、灰牙鼠が出た。


今日、ルカは立とうとしている。


同じ世界だ。


俺は木札をしまった。


重い。


それでも、しまえた。


どうやら、増えた数字は軽くないらしい。

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