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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
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なんか魔法は難しいらしい

魔法がある。


それはもう、疑いようがなかった。


アンナは毎日のように魔法を使う。


暖炉の火を少しだけ強くする。

水を温める。

洗濯物を乾かす。

薬草を細かく砕く。

瓶の蓋を遠くから閉める。


派手ではない。


前世のゲームや漫画で見たような、巨大な火球や雷撃ではない。


けれど、それが逆に現実味を持っていた。


魔法は戦うためだけのものではないらしい。


生活の中にある。


包丁や針や火箸と同じように、使い慣れた道具としてそこにあった。


「ヨウカ、また見てるの?」


アンナが笑う。


俺はアンナの膝の上で、彼女の指先をじっと見ていた。


指先から、何かが流れている。


目にはほとんど見えない。

でも、空気の温度がほんの少し変わる。

肌に触れる感覚がある。


魔力。


たぶん、そう呼ぶものだ。


ステータスには、俺にも魔力があると出ていた。


魔力35。

MP20。


身体能力は赤ん坊相応に低い。

攻撃3、防御4、敏捷5。


まあ当然だ。

一歳児が大人の半分の攻撃力を持っていたら、それはもう赤ん坊ではなく小型の魔獣である。


だが、魔力と幸運だけは明らかにおかしい。


幸運39。

魔力35。


一般男性と比べても高い。


つまり俺は、身体は弱いが、魔力だけは妙にある赤ん坊ということになる。


危ない。


普通に危ない。


力だけあって制御できないのは、一番まずい。


前世でもそうだった。

バットの振り方を知らないまま全力で振れば、ボールを打つ前に腰をやる。

投げ方を知らないまま強く投げれば、肩を壊す。


力は、扱い方を知らなければ武器ではなく事故の原因になる。


魔法もたぶん同じだ。


俺はアンナの指先を見つめた。


アンナは小さな木の匙を浮かせ、空中でくるりと回した。


「ふふ。気になる?」


気になる。


かなり気になる。


俺は手を伸ばした。


「あー」


アンナは少し考え、それから匙を俺の手元まで下ろした。


「持ちたいの?」


違う。


いや、持ちたいのもある。

でも、そうではない。


俺は匙ではなく、アンナの指先を見た。


魔力の流れ。


それを真似したい。


アンナは俺の視線に気づいたのか、目を細めた。


「……もしかして、魔法を見てるの?」


俺は声を出した。


「あう」


アンナはしばらく黙った。


それから、少しだけ真面目な顔になった。


「ヨウカ」


名前を呼ばれる。


「魔法はね、便利だけど危ないの」


知っている。


たぶん、かなり危ない。


「火も、水も、風も、光も、使い方を間違えると人を傷つける。自分も傷つく」


アンナはそう言って、俺の小さな手を包んだ。


「だから、勝手に真似しちゃ駄目よ」


正論だった。


赤ん坊に言う内容としてはかなり高度だが、正論だった。


俺は小さく声を出した。


「あー」


分かった。


たぶん伝わっていない。


しかし、アンナは少し困ったように笑った。


「分かった顔してるのよね、あなた」


分かっている。


だが、分かっていることと、我慢できることは別である。


知りたいものは知りたい。


それが俺の悪いところなのかもしれない。



その日の午後、俺は一人で寝床にいた。


アンナは薬草を乾かしている。

ヨシュアは外で薪を割っている。

カリンは今日は来ていない。


つまり、暇だった。


暇はよくない。


特に、頭だけ妙に動く赤ん坊にとって暇は危険だ。


俺は布団の上で、自分の手を見た。


小さい。


本当に小さい。


この手で何かできるとは思えない。


けれど、魔力はある。


なら、少しだけ。


本当に少しだけなら。


……いや、その考えが危ない。


アンナにも勝手に真似するなと言われたばかりだ。


やめるべきだ。


やめるべきだが、観察だけならいいのではないか。


俺は目を閉じた。


体の中にある、妙な温かさを探す。


魔力というものが血液のように流れているのか、それとも肺の空気のように出入りするのかは分からない。


ただ、胸の奥に、何かがある感じはする。


温かい。

でも、火とは違う。

水とも違う。


説明しにくい。


前世の言葉で言うなら、体の奥に小さな電池があるような感じだ。


それを意識する。


ゆっくり。


少しだけ。


指先に動かす。


そう思った瞬間、全身がぞわっとした。


「あっ」


声が漏れた。


指先ではなく、体全体に力が散った。


まずい。


魔力がどこに行っているのか分からない。


止めようとした。


しかし、止め方も分からない。


胸の奥が熱い。

頭がぼんやりする。

手足が震える。


馬鹿か俺は。


勝手にやるなと言われた直後にこれである。


知りたい欲に負けた。


完全に自業自得だ。


「ヨウカ?」


アンナの声がした。


足音が近づく。


俺は返事をしようとしたが、声がうまく出なかった。


「あ……」


アンナが寝床を覗き込む。


次の瞬間、顔色が変わった。


「ヨウカ!」


抱き上げられる。


アンナの手が俺の背中に触れた。


「魔力が散ってる……。もう、何をしたの!」


怒られた。


当然である。


アンナは俺を胸に抱き、静かに息を吐いた。


「大丈夫。ゆっくり。吸って、吐いて」


赤ん坊に呼吸指導。


だが、今はありがたい。


俺はアンナの呼吸に合わせようとした。


吸う。

吐く。


魔力を動かそうとしない。

ただ、体の中に戻す。


アンナの魔力が、背中から染み込むように入ってくる。


温かい。


無理やり押さえつけるのではなく、散らばったものを集めてくれる感じだった。


しばらくすると、胸の熱が落ち着いた。


体から力が抜ける。


どっと眠気が来た。


アンナは深くため息をついた。


「本当に、目が離せない子ね」


すみません。


かなりすみません。


俺は反省した。


正直、かなり反省した。


知識欲で事故るのはよくない。


前世でも、いらんことを言って場を微妙にしたことがあった。

知ったことを言いたくなる。

分かった気になって先走る。


その悪癖が、赤ん坊になっても残っている。


これはまずい。


魔法でそれをやると、場が微妙になるどころでは済まない。


下手をすれば死ぬ。


俺はアンナの服をぎゅっと握った。


アンナは少しだけ眉を下げた。


「怖かった?」


怖かった。


かなり怖かった。


俺は素直に小さく声を出した。


「あう……」


アンナは俺の頭を撫でた。


「勝手にやったら駄目。分かった?」


「あう」


今度は本当に分かった。


魔法は難しい。


そして危ない。



その日の夜、ヨシュアにも話が伝わった。


俺は寝床に寝かされていたが、二人の会話は聞こえた。


「魔力を動かそうとした?」


ヨシュアの声。


「たぶんね。まだ一歳なのに」


「早すぎるだろ」


「普通はね」


アンナは静かに言った。


「でも、ヨウカは普通じゃないかもしれない」


しばらく沈黙があった。


ヨシュアが低い声で尋ねる。


「危ないのか?」


「分からない。魔力量は多いと思う。感覚も鋭い。私の魔法を目で追ってる」


「赤ん坊が?」


「ええ」


ヨシュアはため息をついた。


「それは……すごいな」


「すごいで済ませたら駄目よ」


アンナの声は厳しかった。


「力がある子ほど、早く扱い方を覚えないと危ない。でも、早く教えすぎても危ない」


正論である。


完全に正論である。


俺は布団の中で小さくなった。


いや、元から小さいが、気持ちとしてさらに小さくなった。


「なら、どうする?」


ヨシュアが聞く。


アンナは少し考えてから答えた。


「まずは、魔力を使わせない。感じるだけ。呼吸と一緒に落ち着かせる練習から」


「赤ん坊にできるのか?」


「分からない。でも、この子なら少しは分かるかもしれない」


「お前が見てやれ」


「もちろん」


ヨシュアの声が少し柔らかくなった。


「俺にできることは?」


「ヨウカが無茶しそうなら止めて」


「赤ん坊の無茶をどう止めるんだ」


「あなた、ヨウカの目を見たらだいたい分かるでしょ」


「……まあ、何か企んでる時は分かるな」


分かるのか。


かなり困る。


俺は寝たふりをした。


赤ん坊なので寝たふりも何もないが、とにかく目を閉じた。



翌日から、アンナの謎の訓練が始まった。


訓練と言っても、大したものではない。


アンナが俺を抱く。

俺の背中を軽く叩く。

呼吸を合わせる。


「吸って」


「あー」


「吐いて」


「うー」


言葉としてはひどい。


だが、やっていることはかなり大事だった。


魔力を動かすのではない。

魔力を感じる。

そして、勝手に散らないように落ち着かせる。


アンナは何度も言った。


「魔法はね、出す前に止められないと駄目」


これも正論だった。


使えることより、止められることが先。


前世でスポーツをやっていたから分かる。


全力で振れることより、バットを止められること。

強く投げることより、狙った場所に投げられること。

勢いよく走ることより、止まれること。


制御できない力は、ただの事故だ。


俺はアンナの呼吸に合わせた。


吸う。

吐く。


胸の奥の温かさを、無理に動かさない。


ただ、そこにあると分かる。


何日も続けると、少しだけ感覚が掴めてきた。


魔力は、力任せに動かすものではない。


押すと散る。

掴もうとすると逃げる。


水面に浮いた葉を、指で強く押せば沈む。

でも、そっと波を作れば動く。


たぶん、そんな感じだ。


ある日、訓練中に、指先がほんの少し温かくなった。


今度は散っていない。


小さく集まっている。


俺は驚いて、アンナを見た。


アンナも気づいた。


「……できた?」


俺は指先を見た。


何も起きてはいない。


火も出ない。

光も出ない。

風も吹かない。


ただ、指先に魔力が集まっただけ。


それだけだった。


でも、それだけで十分だった。


頭の奥で、また小さな文字が浮かんだ。


〈魔法操作 LV1 を習得しました〉


俺は固まった。


覚えた。


とうとう覚えた。


アンナは俺の顔を見て、ふっと笑った。


「嬉しそうね」


嬉しい。


かなり嬉しい。


ただし、ここで調子に乗るとまた事故る。


俺は魔力をすぐに引っ込めた。


アンナは目を丸くした。


「……止めた?」


止めた。


今回はちゃんと止めた。


アンナはしばらく俺を見つめ、それから小さく笑った。


「偉いわ」


そう言って、俺の額に口づけた。


「使えることより、止められることの方が大事。よく分かったわね」


分かった。


前回の失敗で、かなり分かった。


俺は小さく声を出した。


「あう」


アンナは優しく俺を抱きしめた。


温かい。


魔力よりも、ずっと安心する温かさだった。



夕方、カリンが来た。


いつものように木剣を持っている。


「よーか、きょう、つよくなった?」


なぜ分かる。


俺はカリンを見た。


カリンは真剣な顔をしている。


アンナが苦笑した。


「少しだけね。でも、今日は無茶したら駄目」


「むちゃ、だめ」


カリンは真面目に頷いた。


それから俺の前に座り、じっと見てきた。


「よーか、むちゃする?」


しない。


しないつもりだ。


たぶん。


俺は目を逸らした。


カリンの視線が少し鋭くなる。


「する」


決めつけるな。


いや、否定しきれないのがつらい。


カリンは俺の手を握った。


「むちゃしたら、だめ」


「あう」


「わたし、しんぱいする」


その言葉に、少し胸が止まった。


心配する。


たったそれだけの言葉なのに、変に刺さった。


前世では、自分が無茶しても、誰かが本気で心配するという感覚が薄かった。


いや、いたのかもしれない。

でも、俺自身がそれをうまく受け取れていなかった気もする。


今は違う。


アンナが怒る。

ヨシュアが見る。

カリンが心配する。


俺が勝手に危ないことをすれば、自分だけでは済まない。


その当たり前を、俺はたぶん学ばなければいけない。


力を使うなら。

何かを知りたいなら。

誰かを救いたいなら。


まず、自分が勝手に壊れてはいけない。


俺はカリンの手を握り返した。


今度はちゃんと伝わるように、少し強く。


「あう」


カリンは満足そうに頷いた。


「よし」


何がよしなのかは分からない。


だが、まあいい。


どうやら俺は、少しだけ魔法を覚えたらしい。


そして同時に、魔法より先に覚えるべきこともあるらしい。


無茶をするな。


心配されていることを、軽く見るな。


赤ん坊の身で学ぶには、なかなか重い教訓だった。

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