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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第四章 フィル村歳月編
49/105

なんか初めての依頼は子山羊探しらしい

翌朝、俺たちは冒険者組合の前にいた。

 

剣は持っていない。

盾もない。

薬草袋も、今日は工房に置いてある。

 

持っているのは、水筒と布と木札。

 

それから、昨日ダナから見せてもらった依頼票の写し。

 

子山羊探し。

 

場所はルーベル外れの牧場。

見つけたら追わない。

牧場主の確認をもらって完了。

 

何度読んでも、魔物の気配はない。

 

それでも依頼だった。

 

ヨシュアは依頼票を俺とカリンの前に出した。

 

「もう一度読む」

 

「はい」

 

俺は声に出さず、文字を追う。

 

追わない。

触らない。

呼ぶ。

確認をもらう。

 

昨日と同じ言葉だ。

 

でも、紙の上で見るのと、実際にやるのは違う。

 

アンナは横で荷を確かめていた。

 

「今日は、怪我をしないことが一番よ」

 

「子山羊探しでも?」

 

「子山羊探しでも」

 

アンナは真面目な顔だった。

 

「走って転ぶ。柵に引っかける。草むらで虫に刺される。山羊に蹴られる。簡単そうなことほど、気を抜くと怪我をするわ」

 

山羊に蹴られる。

 

それは考えていなかった。

 

カリンが短く言う。

 

「後ろに立たない」

 

「そうね」

 

アンナが頷いた。

 

「それも大事」

 

ダナが組合から出てきた。

 

手には薄い木札と紐。

 

「お待たせしました。今日は見習い扱いです」

 

見習い。

 

登録前。

依頼前。

でも、何もしないわけではない。

 

ダナは俺とカリンを見た。

 

「昨日の確認です。見つけたら?」

 

「追わない」

 

カリンが答える。

 

「大声は?」

 

「出さない」

 

俺が答える。

 

「触る?」

 

「大人が来てから」

 

「報告は?」

 

「見つけた場所。状態。どうしたか。牧場主の確認」

 

「いいですね」

 

ダナは頷いた。

 

「では、行きましょう」

 

 

牧場は、ルーベルの門から少し歩いた先にあった。

 

木の柵。

低い草地。

干し草小屋。

水桶。

丸太で作った古い台。

 

風に草の匂いが混じっている。

 

フィル村の畑とは違う匂いだ。

 

動物の匂いが濃い。

 

牧場主は、日に焼けた腕の男だった。

 

「すみませんね。子どもに頼むような依頼で」

 

「子ども向けに組んだ依頼です」

 

ダナが答える。

 

「でも、依頼は依頼です。確認はお願いします」

 

「もちろん」

 

牧場主は、俺たちを見る。

 

「探してほしいのは、メルって子山羊だ。白い体で、右耳の先だけ黒い。首に小さい鈴をつけている」

 

白い体。

右耳の先だけ黒。

小さい鈴。

 

俺は木札に書いた。

 

メル。

白。

右耳黒。

鈴。

 

カリンが隣で牧場を見ている。

 

「どこから出た?」

 

牧場主は柵の端を指した。

 

「たぶん、あそこだ。朝見たら、隙間が広がっていた」

 

俺とカリンはそちらを見た。

 

ダナが言う。

 

「近づく前に、まず見る」

 

「はい」

 

柵の下に、土が擦れた跡がある。

 

草が寝ている。

細い毛が木のささくれに引っかかっている。

土には、小さな蹄の跡。

 

俺はしゃがみかけて、止まった。

 

「触っていいですか?」

 

ダナが頷く。

 

「毛だけ。柵は動かさないで」

 

俺は指先で毛を取った。

 

白い毛。

 

山羊の毛かどうかは分からない。

 

でも、場所とは合っている。

 

「白い毛。柵の下。足跡、外へ」

 

言ってから、長いかと思った。

 

ダナは頷いた。

 

「今のはいいです。場所と事実が入っています」

 

カリンが柵の外を見た。

 

「足跡、草の方」

 

確かに、踏まれた草が細く続いている。

 

道ではない。

 

牧場の裏手にある、低い草むらへ向かっている。

 

ヨシュアは後ろに立っていた。

 

「追うなよ」

 

「はい」

 

「足跡だけを見る。先に走るな」

 

「はい」

 

走りたいわけではない。

 

ただ、足跡を見つけると、次を見たくなる。

 

次を見たくなると、体が前に出る。

 

俺は一歩ごとに止まることにした。

 

一歩進む。

見る。

カリンを見る。

ダナを見る。

 

面倒だ。

 

ただ、勝手に進むよりはいい。

 

草むらの手前で、足跡が薄くなった。

 

地面が乾いている。

 

蹄の跡は見えにくい。

 

俺は鑑定を使いかけて、やめた。

 

山羊の足跡に鑑定がどこまで使えるか分からない。

 

それより、見るものがある。

 

草の先が切れている。

 

低い葉だけが食べられている。

 

「ここ、食べた?」

 

牧場主が覗き込む。

 

「ああ。メルはこの草が好きだ」

 

好きな草。

 

依頼票には書いていなかった情報だ。

 

俺は木札に書き足す。

 

低い草を食べる。

 

ダナがそれを見て言う。

 

「今のは、報告に入れていいです」

 

「好きな草も?」

 

「次に探す時に使えるかもしれません」

 

次。

 

今回だけで終わらない情報。

 

なるほど。

 

カリンが耳を澄ませた。

 

「音」

 

「鈴?」

 

「たぶん」

 

全員が黙る。

 

風。

草。

遠くの荷車。

鳥の声。

 

その中に、かすかな金属音が混じった。

 

ちり、と小さい音。

 

俺は音の方を見た。

 

草むらの奥。

 

その先に、干し草小屋の裏手がある。

 

「あっち」

 

言いかけて、声を落とす。

 

「あっち。干し草小屋の裏」

 

カリンが俺の前に出るのではなく、横にずれた。

 

道をふさがない位置。

 

でも、草むらから道へ出る線は見ている。

 

ヨシュアがそれを見て頷いた。

 

「カリン、その位置でいい」

 

カリンの背中が伸びた。

 

 

干し草小屋へ近づくと、また鈴の音がした。

 

今度ははっきり聞こえた。

 

ちり。

 

それから、草を噛む音。

 

小屋の裏を回り込むと、白い子山羊がいた。

 

右耳の先が黒い。

 

メルだ。

 

木の台に前足をかけ、積んである干し草を食べようとしている。

 

「いた」

 

カリンが短く言った。

 

俺は声を出しかけて、止めた。

 

大声は出さない。

 

追わない。

 

近づきすぎない。

 

メルはこちらに気づいた。

 

口に草をくわえたまま、首を上げる。

 

鈴が鳴った。

 

逃げるか。

 

そう思った瞬間、ダナが手を軽く上げた。

 

「動かない」

 

俺とカリンは止まった。

 

牧場主が小声で言う。

 

「メル」

 

子山羊は耳を動かした。

 

逃げない。

 

でも、近づけば走りそうだ。

 

牧場主は腰の袋から、乾いた豆のようなものを出した。

 

「これが好きなんだ」

 

「餌?」

 

俺が聞く。

 

「ええ。でも、すぐに渡さない」

 

ダナが言った。

 

「餌を見せる。近づいてきたら、逃げ道をふさがず、柵の方へ誘導します」

 

逃げ道をふさがない。

 

囲まない。

 

昨日聞いた言葉だ。

 

ヨシュアが俺たちを見た。

 

「役割を決める」

 

牧場主が餌を持つ。

ヨシュアが小屋の角に立つ。

アンナは離れて全体を見る。

カリンは道側。

俺は柵下の隙間側。

 

俺は隙間を見る。

 

メルが抜けた場所とは違うが、小屋の裏にも低い穴がある。

 

ここから道路側へ出られる。

 

「ここ、抜けるかも」

 

「なら、そこを見て」

 

ダナが言う。

 

「ふさぐんじゃない。出そうになったら、短く知らせて」

 

「はい」

 

メルが一歩動いた。

 

鈴が鳴る。

 

牧場主が餌を見せる。

 

「メル、こっちだ」

 

メルは餌を見る。

 

一歩。

もう一歩。

 

俺は穴を見る。

 

メルを見る。

 

穴を見る。

 

全部見ようとすると遅れる。

 

俺の役割は穴だ。

 

メルはカリンの方へ首を向けた。

 

カリンは動かない。

 

視線も強すぎない。

 

ただ、そこにいる。

 

メルは進路を変えた。

 

牧場主の方へ近づく。

 

あと数歩。

 

その時、小屋の中から別の山羊が鳴いた。

 

メルが跳ねた。

 

「穴」

 

俺は言った。

 

短すぎる。

 

「右下、穴。出そう」

 

ヨシュアがすぐ動いた。

 

穴の前に立つのではなく、横に立つ。

 

メルがそちらを見て、止まる。

 

牧場主が餌を鳴らす。

 

「メル」

 

メルは迷った。

 

それから、餌の方へ歩いた。

 

牧場主が首輪の紐を取る。

 

触った。

 

でも、引っ張らない。

 

メルが餌を食べている間に、ゆっくり紐を持つ。

 

「よし」

 

ダナが息を吐いた。

 

俺も息を吐いた。

 

気づかないうちに止めていたらしい。

 

カリンが言う。

 

「終わり?」

 

ダナは首を横に振った。

 

「まだ」

 

そうだった。

 

見つけただけでは終わらない。

 

牧場主がメルを柵の中へ戻す。

 

柵の下の隙間に、板を仮に当てる。

 

ヨシュアが固定を手伝う。

 

メルは中で、何もなかったように草を食べている。

 

俺はそれを見て、腹が立った。

 

いや、子山羊に腹を立てても仕方ない。

 

仕方ないが、思うところはある。

 

カリンが横で言う。

 

「メル、悪い顔」

 

「してる」

 

「たぶん、またやる」

 

「たぶん」

 

牧場主も聞こえていたらしく、苦笑した。

 

「やるだろうな」

 

やるのか。

 

 

ダナは受付用の木札を出した。

 

「では、報告を作りましょう」

 

牧場主が確認者。

 

俺とカリンは、見習い。

 

ダナが書く。

 

俺たちは口で報告する。

 

「発見場所は?」

 

「干し草小屋の裏」

 

俺が答える。

 

「状態は?」

 

「怪我なし。干し草を食べていた」

 

「逃走経路は?」

 

「最初は牧場端の柵下。小屋裏にも抜けられる穴あり」

 

「対応は?」

 

カリンが答えた。

 

「追わない。餌で誘導。牧場主が紐を持った」

 

「補足は?」

 

補足。

 

俺は考える。

 

「メルは低い草が好き。鈴の音で場所が分かった。大きい音で跳ねた」

 

ダナが頷いた。

 

「いいですね」

 

牧場主も頷く。

 

「その通りだ」

 

「では、確認をお願いします」

 

牧場主が木札に印をつけた。

 

それで、依頼は終わった。

 

やっと終わった。

 

見つけてからの方が、思ったより長い。

 

ダナは木札をこちらに見せた。

 

発見。

誘導。

返却。

確認済。

 

「これで完了です」

 

完了。

 

その言葉で、肩の力が抜けた。

 

カリンも息を吐いている。

 

ヨシュアが言う。

 

「どうだった」

 

「山羊、面倒」

 

俺が答えると、アンナが笑った。

 

ダナも笑った。

 

「それが分かれば十分です」

 

十分なのか。

 

でも、分かる。

 

子山羊一匹でも、追えば逃げる。

声を出せば跳ねる。

触るにも順番がいる。

見つけても報告がいる。

 

魔物ではない。

 

でも、依頼だった。

 

牧場主は、小さな包みを二つ出した。

 

「報酬とは別に。よく見てくれたから」

 

中には、焼いた豆が入っていた。

 

メルが食べたものと似ている。

 

「山羊用ではないよ」

 

牧場主が慌てて付け足した。

 

俺は笑った。

 

「ありがとうございます」

 

カリンも包みを受け取る。

 

「ありがとうございます」

 

ダナが言う。

 

「報酬は組合で処理します。今日は見習い扱いなので、記録だけ残します」

 

「お金は?」

 

聞いてから、直接すぎたかと思った。

 

ダナは普通に答える。

 

「今回は見学扱い。あなたたちには組合から記録評価がつきます。報酬は大人側で処理します」

 

記録評価。

 

また新しい言葉だ。

 

ダナは笑う。

 

「お金をもらうには、責任も増えますから」

 

それはそうだ。

 

俺は豆の包みを見る。

 

今日はこれで十分なのだろう。

 

 

帰り道、カリンが包みを開けた。

 

一粒食べる。

 

「かたい」

 

「おいしい?」

 

「うん」

 

俺も一粒食べた。

 

香ばしい。

 

硬い。

 

メルが好きそうだと思った。

 

いや、山羊と味覚を合わせたくはない。

 

組合へ戻ると、ダナが報告木札を受付の後ろへ掛けた。

 

山羊探し。

見習い同行。

発見、返却、確認済。

 

そこに、俺とカリンの名前は小さく添えられていた。

 

大きな依頼ではない。

 

赤い印もない。

魔物の牙もない。

剣を抜く場面もない。

 

それでも、報告板に残った。

 

俺はそれを見ていた。

 

「ヨウカ」

 

カリンが呼ぶ。

 

「なに?」

 

「追わなかった」

 

「うん」

 

「呼べた」

 

「うん」

 

「終わった」

 

「確認もらった」

 

カリンは頷いた。

 

「依頼」

 

短い。

 

ただ、たぶんその通りだった。

 

山羊を見つける。

怪我をさせずに戻す。

確認をもらう。

 

面倒だ。

 

でも、依頼だった。

 

俺は木札を一枚取った。

 

メル、干し草小屋裏。

追わない。

餌で誘導。

確認まで。

 

書いてから、最後に一行足す。

 

見つけただけでは終わらない。

 

ダナがそれを見て頷いた。

 

「いい記録です」

 

ヨシュアも頷いた。

 

アンナは笑っている。

 

カリンは豆を食べていた。

 

俺も包みから一粒取る。

 

硬い。

 

でも、悪くない。


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