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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第四章 フィル村歳月編
50/92

なんか見える力にも練習がいるらしい

ミラが次に出した木箱には、青みの残った葉が入っていた。


傷んではいない。


匂いも悪くない。

葉の端も崩れていない。

乾燥も、さっきの二つ目よりはいい。


俺は箱の中を見た。


「これは、使える?」


そう聞くと、ミラはすぐには答えなかった。


「何に?」


何に。


俺は口を閉じた。


薬草なのだから、薬に。


そう言いそうになって、止まる。


薬といっても、傷に使うのか。

熱に使うのか。

腹に使うのか。

匂いを移すのか。

保存するのか。


同じ葉でも、使い方が違う。


「……何に使うかで変わる?」


「そう」


ミラは頷いた。


「傷んでいない葉でも、目的に合わなければ薬にはしないわ」


ミラは箱の中から葉を三枚取り、白い皿に並べた。


見た目は似ている。


一枚目は、やや薄い。

二枚目は、色が濃い。

三枚目は、端が丸まっている。


「同じ薬草よ」


「同じ?」


「ええ。採った時期と、干した時間が違う」


俺は三枚を見る。


同じ薬草。


なら、鑑定すれば同じ名前が出るかもしれない。


そう思った瞬間、ミラがこちらを見た。


「今、見ようとした?」


「……はい」


「いいわ。見てもいい。ただし、先に自分で見た後」


許可が出た。


俺は三枚をもう一度見た。


匂い。


一枚目は青い。

若い草の匂いがする。


二枚目は苦い。

でも、嫌な苦さではない。


三枚目は匂いが軽い。

悪くはないが、抜けている感じがある。


触る。


一枚目は曲がる。

二枚目は折れる。

三枚目は軽すぎる。


そこで、俺は目を細めた。


鑑定。


言葉を口には出さない。


頭の中で、いつもの感覚が開く。


【リオナ草】

状態:良好


一枚目。


【リオナ草】

状態:良好


二枚目。


【リオナ草】

状態:良好


三枚目も。


全部、良好。


俺は皿の上の葉を見た。


同じ名前。

同じ状態。


でも、同じには見えない。


「全部、良好って出た顔ね」


ミラが言った。


俺は息を止めた。


「顔に出てます?」


「出ているわ」


カリンが隣で頷いた。


ヨシュアも頷いた。


アンナは笑わなかったが、目がやわらかかった。


また顔か。


「名前と状態は、役に立つわ」


ミラは三枚目の葉を持ち上げる。


「でも、それだけだと、この葉を同じ箱に入れてしまう」


「だめ?」


「全部だめではない。でも、同じ薬にはしない」


ミラは一枚目を指した。


「これは若い。香りは青いけれど、薬にすると薄い」


次に二枚目。


「これはちょうどいい。今作る薬にはこれ」


最後に三枚目。


「これは悪くないけれど、抜けている。薬より、香りを移す布に使う方がいい」


良好。


その言葉の中に、三つの違いがある。


俺は鑑定の表示を思い出す。


便利だ。


でも、粗い。


少なくとも、今の俺には粗い。


「見えるのに、分からない」


口から出た。


ミラは頷いた。


「見えるから、分かった気になりやすいの」


その言葉は痛い。


でも、たぶん正しい。


リディアさんが奥から木札を持ってきた。


「採取記録も見る?」


「見たいです」


今度は、言ってから手を見た。


さっき洗った。


リディアさんはそれを見て、笑う。


「よし」


木札には短い文字が並んでいた。


リオナ草。

北畑横。

春二十日。

朝。

日陰干し、一日。


別の木札。


リオナ草。

南斜面。

春二十五日。

昼。

日向干し、半日。


さらに別。


リオナ草。

川沿い。

春十七日。

夕。

風強し。


同じ名前でも、採った場所も、時間も、干し方も違う。


「さっきの三枚は、この記録とつながっているわ」


リディアさんが言う。


「葉だけ見る。匂いを見る。触る。記録を見る。必要なら、ヨウカちゃんの見える力も使う」


「順番がある?」


「順番もあるし、戻ることもある」


戻る。


リディアさんは一枚目の葉を、採取記録の横に置いた。


「若い葉だと思ったら、記録を見る。記録で日付が合わなければ、もう一度葉を見る。記録が間違っていることもあるから」


「記録も間違う?」


リディアさんは平然と頷いた。


「人が書くものだから」


それはそうだ。


当たり前なのに、驚いた。


記録は正しいものだと思いかけていた。


違う。


記録も、見るものなのだ。


カリンが木札を覗く。


「字、違う」


「え?」


「これ、ミラさんの字じゃない」


リディアさんが目を細めた。


「よく見たわね」


カリンは三枚目の木札を指した。


「ここだけ、書き方違う」


リディアさんは木札を取り、裏を見る。


「これは工房の新人が書いたものね」


ミラが横から言う。


「だから、曖昧なのよ」


「曖昧?」


「風強し、だけでは足りない」


リディアさんは木札を指で叩いた。


「強い風で早く乾いたのか、土埃が混じったのか、葉が傷んだのか。これでは分からない」


カリンは頷いた。


「足りない」


「ええ。記録は、短ければいいわけじゃない」


俺は黙って聞いていた。


木札を書くのは好きだ。


短くするのも、嫌いではない。


でも、短すぎると落ちるものがある。


俺の木札も、そうなのかもしれない。


ミラが三枚の葉を戻した。


「じゃあ、分けてみましょう」


「はい」


「薬用。香り布用。保留」


皿が三枚置かれる。


薬用。

香り布用。

保留。


俺は葉を一枚取った。


青い匂いのする若い葉。


薬用ではない。


香り布でも、青すぎる。


「保留?」


ミラは頷いた。


「いいわね」


二枚目。


苦味があり、折れる音もいい。


「薬用」


「理由は?」


「匂いが強すぎない。折れる。指に湿り気が残らない。記録の日付も合う」


「いいわ」


三枚目。


軽い。

匂いが抜けている。


「香り布用?」


「それもあり。でも、今日は保留」


「なぜ?」


「記録が曖昧だから」


ミラは三枚目の木札を見た。


「使えないとは言わない。でも、すぐには混ぜない」


俺は葉を保留の皿に置いた。


すっきりしない。


カリンがその皿を見る。


「保留、多い」


「うん」


「嫌?」


「ちょっと」


「でも、混ぜない」


「うん」


カリンは満足そうに頷いた。


「なら、いい」


単純だ。


でも、そうなのかもしれない。


ミラは棚から別の小瓶を持ってきた。


「次は、あえて間違えやすいもの」


嫌な言い方だ。


瓶の中には、細かく砕いた葉が入っていた。


形が崩れている。


匂いだけが頼りになる。


「これは、さっきのリオナ草を砕いたものと、よく似た別の葉」


「別の葉?」


「ええ。香りが似ている。でも、熱の薬に入れると効き方が変わる」


俺は瓶を見る。


鑑定したい。


かなりしたい。


でも、先に匂い。


一つ目。


リオナ草に近い。

苦みがある。


二つ目。


似ている。


似ているが、奥に甘さがある。


三つ目。


分からない。


似すぎている。


俺は眉を寄せた。


「これは、分からない」


ミラは頷いた。


「いいわ。そこで止まるのも判断よ」


止まる。


またそれだ。


俺は三つ目の瓶を置いた。


「分からないものは?」


「保留」


カリンが答えた。


ミラが笑う。


「そう。混ぜない」


リディアさんが木札を一枚寄越した。


「分からない、混ぜない」


「そのままですね」


「いい言葉はそのままでいいの」


俺は木札を見る。


分からない、混ぜない。


短い。


でも、必要な言葉だった。


ミラが言う。


「じゃあ、今度はその力で見てみて」


許可が出た。


俺は三つの瓶を見る。


鑑定。


一つ目。


【リオナ草】

状態:粉砕済み


二つ目。


【ミオナ草】

状態:粉砕済み


三つ目。


【リオナ草】

状態:粉砕済み


三つ目は、リオナ草。


合っていた。


でも、俺はすぐには薬用の皿に入れなかった。


「三つ目、名前はリオナ草」


「ええ」


ミラは俺を見る。


「でも?」


「でも、匂いで分からなかった。だから、今すぐ混ぜるのは怖い」


ミラの顔が緩んだ。


「それでいいわ」


鑑定で名前は出た。


でも、鼻が追いついていない。


俺の判断が追いついていない。


なら、混ぜない。


ミラは三つ目の瓶を保留側へ置いた。


「見える力を使うな、とは言わない」


「はい」


「でも、見えたからすぐ使う、は危ない」


「はい」


「見えたものを、他の感覚と記録で支えるの。支えられない時は、保留」


見えたものを支える。


変な言い方だと思った。


けれど、分かる。


一枚の木札だけでは頼りない時、別の記録を足す。


匂い。

手触り。

日付。

場所。

瓶。

誰が書いたか。


鑑定も、その中の一つ。


特別ではある。


でも、一つ。


俺はその考え方を、まだ悔しいと思った。


便利なものは、便利なまま使いたい。


すぐ答えがほしい。


二十二歳の頭でも、そこは変わらない。


いや、大人だからこそ、早い答えに寄りたくなるのかもしれない。


カリンが保留の皿を指した。


「でも、混ぜてない」


「うん」


「なら、いい」


またそれだ。


でも、楽になる。


昼過ぎ、工房の外が騒がしくなった。


荷を運ぶ人の声。

馬の鼻息。

戸口で誰かがミラを呼ぶ声。


ミラは奥へ行き、すぐ戻ってきた。


手には、小さな袋。


「ついでに見ておきましょうか」


袋の中には、乾いた根が入っていた。


黒い根ではない。


普通の根だ。


ただ、ところどころに黒っぽい筋がある。


俺の背中が固まった。


ミラはすぐに言った。


「黒い根の欠片ではないわ」


「……はい」


「でも、似た色を見た時に体が固まるのは、覚えておいた方がいい」


覚えておく。


自分の反応も、見る対象に入るのか。


ミラは根を皿に出した。


「これは土の色が移っただけ。洗いが足りない」


リディアさんが横から言う。


「記録には、黒筋あり、土由来の可能性、と書く」


「黒い根ではない、とは書かない?」


「断言しない。調べた範囲で書く」


調べた範囲。


それも大事なのだろう。


全部を言い切らない。


言い切れないことを、そのまま残す。


俺は根を見る。


鑑定。


【ガルナ根】

状態:土汚れあり


黒い根ではない。


たぶん。


いや、表示ではそう見える。


でも、俺は皿に近づきすぎなかった。


「触る?」


ミラが聞く。


俺は首を横に振った。


「今は、触らない」


「理由は?」


「体が固まった。触ると、黒い根の時と混ざる気がする」


ミラは頷いた。


「いい判断」


いい判断。


触らないことが、いい判断になる。


それはまだ慣れない。


ヨシュアが後ろで息を吐いた。


アンナも黙ってこちらを見ている。


カリンは、俺と皿の間に立っていた。


いつの間に。


「カリン」


「近かった」


「私?」


「うん」


どうやら、俺は無意識に近づきかけていたらしい。


自分のことは、自分が一番見えていないことがある。


それも、今日の記録に入れるべきかもしれない。


夕方近く、工房の台には皿がいくつも並んでいた。


薬用。

香り布用。

保留。

洗う。

触らない。


一番多いのは、保留の皿だった。


ミラは台を片づけながら言った。


「今日はここまで」


「まだできます」


言ってから、失敗したと思った。


ミラは目を細める。


アンナもこちらを見る。


カリンが袖を引いた。


「疲れてる」


「まだ」


「手」


「手?」


見ると、指先が台の端を掴んだままだった。


ミラの木の台に、爪の跡がつきそうになっている。


俺は手を離した。


ヨシュアが短く言う。


「終わりだ」


その声で、体が自分の重さを思い出した。


足がだるい。

鼻の奥が疲れている。

指先に葉の感触が残っている。


俺は息を吐いた。


「……はい」


ミラは笑わなかった。


「続けたい時ほど、止める練習もいるわ」


止める練習。


本当に、そればかりだ。


でも、今日は反論できなかった。


水場でもう一度手を洗う。


指の間。

爪の先。

手首。


水の冷たさで、頭が戻る。


カリンが隣で手を洗っていた。


「ヨウカ」


「なに?」


「今日は、混ぜなかった」


「うん」


「近づきすぎたけど、止まった」


「止められた」


「止まった」


カリンは言い直さなかった。


俺もそれ以上言わなかった。


工房を出る時、リディアさんが木札を一枚くれた。


分からない、混ぜない。


「持って帰る?」


「いいんですか?」


「写しだから」


木札は軽かった。


でも、今日見たものが全部くっついている気がした。


湿った匂い。

酸っぱい瓶。

粉にした葉。

黒っぽい筋の根。

冷たい水。


フィル村へ戻る前に、俺は工房の看板を見上げた。


前に来た時より、読めるものは増えた。


見えるものも増えた。


それなのに、分からないものは増えていた。


俺は木札を握る。


分からない、混ぜない。


カリンが横から覗いた。


「それ、覚えた?」


「うん」


「見える力も?」


「練習いる」


「うん」


カリンは当たり前みたいに頷いた。


俺は笑った。


どうやら、見える力にも練習がいるらしい。

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