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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第四章 フィル村歳月編
48/105

なんか冒険者は登録前から始まるらしい

薬師工房を出たあと、ヨシュアはすぐ帰るとは言わなかった。

 

ルーベルの通りは、まだ人が多い。

 

荷車。

店先の布。

金属を打つ音。

焼いた穀物の匂い。

 

俺は首を動かしかけて、止めた。

 

全部は追わない。

 

アンナが横目でこちらを見る。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫」

 

「本当?」

 

「今は」

 

カリンが隣で頷いた。

 

「今は、って言った」

 

「言った」

 

「なら、まだ大丈夫」

 

なぜカリンが判断するのか。

 

いや、たぶん合っている。

 

ヨシュアは通りの先を見ていた。

 

「帰る前に、組合へ寄る」

 

「組合?」

 

「冒険者組合だ」

 

その言葉で、胸の奥が動いた。

 

冒険者。

 

剣。

魔物。

依頼。

報酬。

危険。

 

頭に浮かぶものが、一気に増える。

 

ヨシュアは俺を見る。

 

「登録するわけじゃない」

 

「はい」

 

「戦う場所を見に行くわけでもない」

 

「はい」

 

「失敗しない仕組みを見る日だ」

 

失敗しない仕組み。

 

冒険者という言葉から想像したものと、だいぶ違う。

 

でも、ヨシュアが言うなら、そちらの方が大事なのだろう。

 

カリンは短く聞いた。

 

「見るだけ?」

 

「見る。読む。聞く。邪魔しない」

 

「うん」

 

カリンは納得した顔で頷いた。

 

俺も頷く。

 

見るだけではない。

 

読む。

聞く。

邪魔しない。

 

薬師工房と似ている。

 

そう思って、すぐに止めた。

 

場所が違えば、見方も違う。

 

 

冒険者組合は、薬師工房より騒がしかった。

 

扉を開けた瞬間、空気が変わる。

 

革の匂い。

濡れた外套の匂い。

油。

乾いた木の床。

 

奥では何人かが話している。

 

壁には板があり、紙と木札が並んでいた。

 

剣を持った人もいる。

 

でも、俺が最初に見たのは、剣ではなかった。

 

紙だった。

 

紙。

札。

帳面。

紐で束ねられた報告。

 

思っていたより、書くものが多い。

 

ヨシュアは受付へ向かった。

 

「ダナ」

 

受付にいた女性が顔を上げる。

 

短い髪。

よく通る声。

手元には帳面。

 

「ヨシュアさん。今日は依頼ですか?」

 

「違う。子どもに見せたい」

 

「子ども?」

 

ダナの視線がこちらへ来る。

 

俺とカリンを見て、それからアンナを見る。

 

「登録には早いですよ」

 

「分かっている」

 

ヨシュアは短く答えた。

 

「依頼票と報告の流れだけでいい。迷惑はかけない」

 

ダナは考え、机の上の紙を片づけた。

 

「見るだけなら。触る時は私に聞いてください」

 

「はい」

 

俺とカリンの声が重なった。

 

ダナは壁の板を指した。

 

「まず、あれが依頼板です」

 

依頼板。

 

紙と木札が並んでいる。

 

大きな紙。

小さな紙。

赤い印のあるもの。

端に紐がついているもの。

 

近づくと、字が見えた。

 

荷運び。

畑の柵直し。

薬草採取。

街道の見回り。

行方不明の山羊。

 

山羊。

 

俺はそこで目を止めた。

 

カリンも見た。

 

ヨシュアが小さく息を吐く。

 

「山羊はどこにでもいる」

 

「逃げますか」

 

「逃げる」

 

ダナが口元を動かした。

 

「山羊の依頼は、簡単そうに見えて面倒です」

 

「なぜ?」

 

聞くと、ダナは紙を一枚外した。

 

「追うと逃げます。大声を出すと隠れます。怪我をさせると弁償です。見つけただけでは終わりません。持ち主に引き渡して、確認をもらうまでが依頼です」

 

見つけただけでは終わらない。

 

それは大事そうだ。

 

ダナは紙の下を指す。

 

「ここに条件があります」

 

条件。

 

俺は文字を追った。

 

場所。

期限。

報酬。

注意。

報告先。

 

「これを読まずに受ける人がいるんですか?」

 

ダナは笑わなかった。

 

「います」

 

いるのか。

 

「だから、受付で止めます。全部は止められませんけどね」

 

ダナは別の紙を外した。

 

「これは荷運び」

 

木箱三つ。

東倉庫から南門。

昼前まで。

二人以上。

雨天中止。

中身を開けない。

 

「荷物を運ぶだけに見えるでしょう?」

 

「はい」

 

「でも、二人以上。昼前まで。中身を開けない。雨なら中止。ここを読まないと失敗します」

 

「中身を開ける人がいるんですか?」

 

「います」

 

またいるのか。

 

冒険者は、剣より先に字を読んだ方がいいのではないか。

 

いや、たぶんそうなのだろう。

 

カリンが紙を見ている。

 

「二人以上」

 

「そこ、大事ね」

 

ダナが頷いた。

 

「一人で持てそうでも、依頼主は二人以上と書いています。理由が分からなくても、まず守る」

 

理由が分からなくても。

 

それは引っかかった。

 

俺なら、理由を知りたくなる。

 

でも、依頼の場では、分からないまま守る条件もある。

 

ダナは俺の方を見た。

 

「理由が知りたいですか?」

 

「知りたいです」

 

「聞いてもいいです。でも、勝手に変えてはいけません」

 

「はい」

 

「聞く相手も大事です。依頼主なのか、受付なのか、現場の責任者なのか」

 

相手。

 

誰に聞くか。

 

薬師工房でも同じだった。

 

ミラに聞くこと。

リディアに聞くこと。

アンナに聞くこと。

 

全部同じではない。

 

ダナは依頼票を戻した。

 

「次は報告」

 

受付台の横に、薄い木札が積まれていた。

 

「終わりました、だけでは足りません」

 

「何を書くんですか?」

 

「何をしたか。どこまでしたか。できなかったこと。怪我人の有無。壊したもの。依頼主に確認をもらったか」

 

多い。

 

かなり多い。

 

でも、どれも要りそうだ。

 

「長く書けばいいわけでもありません」

 

ダナは短い木札を一枚取った。

 

「たとえば、街道見回り。報告は『異常なし』だけでは弱い」

 

リディアの記録を思い出した。

 

異常なし、ではなく、前回と同じ。

 

安全、ではなく、使用せず。

 

俺の頭の中で木札が重なる。

 

「では、どう書きますか?」

 

ダナが聞いた。

 

俺は答えようとして、止まった。

 

街道を見ていない。

 

見ていないものは書けない。

 

「見ていないので、分かりません」

 

ダナは頷いた。

 

「いい答えです」

 

いいのか。

 

「じゃあ、仮に見たとして。東門から二つ目の石橋まで歩いた。倒木なし。足跡あり。荷車一台通過。怪我人なし。魔物の痕跡なし。これをどう短くしますか?」

 

情報が多い。

 

俺は木札を見た。

 

東門から石橋まで。

倒木なし。

足跡あり。

荷車一台。

怪我人なし。

魔物痕跡なし。

 

「それでいい?」

 

「悪くありません」

 

ダナは次にカリンを見る。

 

「カリンちゃんは?」

 

カリンは少し考えた。

 

「足跡、誰の?」

 

ダナの目が変わった。

 

「いいですね」

 

「何が?」

 

俺が聞く。

 

「足跡あり、だけでは困ることがあります。人か、獣か、魔物か。数は一つか複数か。新しいか古いか。分からないなら、分からないと書く」

 

分からないなら、分からない。

 

ここでも同じだった。

 

ダナは木札に書いた。

 

足跡あり。種別不明。新しさ不明。

 

「こういう報告は、未熟でも役に立ちます」

 

「不明でも?」

 

「不明と書いてあれば、次に見る人がそこを見ます。分かったふりをされる方が危ない」

 

分かったふり。

 

俺は黙った。

 

その言葉は、薬師工房で聞いた匂いと同じところに刺さる。

 

名前が出たから分かった気になる。

見たから分かった気になる。

書いたから正しい気になる。

 

全部、危ない。

 

ヨシュアが横で言った。

 

「冒険者は、魔物を倒すだけじゃない」

 

「はい」

 

「見たことを、他人が使える形にするのも仕事だ」

 

他人が使える形。

 

俺の木札は、自分が落ち着くためのものが多かった。

 

それだけでは足りない。

 

誰かが使えるか。

 

そこまで考える必要がある。

 

 

ダナは受付台から立った。

 

「裏庭に行きましょう。邪魔にならない場所で、伝える練習をします」

 

裏庭には、荷物と木箱と砂袋が置かれていた。

 

訓練用らしい。

 

大きな車輪もある。

 

壊れた荷車の部品かと思ったら、練習用だとダナが言った。

 

「荷運び、車輪確認、声かけ。登録前でもできることはあります」

 

ヨシュアが俺を見る。

 

「やるか」

 

「はい」

 

カリンも頷いた。

 

まず、木箱を持つ練習ではなかった。

 

見る練習だった。

 

ダナは砂袋を三つ置いた。

 

「この荷を、南門まで運ぶ依頼だとします。最初に何を見る?」

 

「重さ?」

 

俺が言う。

 

「他は?」

 

「壊れているか。紐が緩んでいるか。濡れているか」

 

「いいですね」

 

カリンが言う。

 

「道」

 

ダナが頷く。

 

「そう。持つ前に、道を見る」

 

持つ前に。

 

また順番だ。

 

俺は足元を見る。

 

石。

泥。

木片。

傾いた板。

 

「そこ、滑る」

 

カリンが言った。

 

俺が見るより早かった。

 

「どこ?」

 

「板の横」

 

確かに、泥が薄く乗っている。

 

ヨシュアが短く言う。

 

「カリンの方が先だったな」

 

「はい」

 

悔しい。

 

ただ、そういう悔しさは悪くない。

 

ダナは笑った。

 

「見つけた人が、短く言う。今みたいに」

 

「短く?」

 

「長すぎると遅い。曖昧すぎると伝わらない。強く言いすぎると、相手が固まることもある」

 

強く言いすぎると固まる。

 

俺は前世の教室を思い出した。

 

言われ方で動けなくなる子はいた。

 

注意は正しくても、言い方で止まることがある。

 

ダナは俺に向く。

 

「たとえば、ヨウカちゃんが足元の穴を見つけたら?」

 

俺は地面を見る。

 

小さなくぼみがある。

 

「穴、左」

 

「誰の左?」

 

「あ」

 

自分の左では足りない。

 

相手から見た左か、道の左か。

 

「進む道の左、穴」

 

「いいです」

 

カリンが続ける。

 

「一歩右」

 

ダナが頷く。

 

「それもいい。危険と動きを分けると分かりやすい」

 

危険と動き。

 

進む道の左、穴。

一歩右。

 

なるほど。

 

ヨシュアが砂袋を持ち上げた。

 

「ヨウカ、指示してみろ」

 

「はい」

 

ヨシュアが歩く。

 

俺は足元を見る。

 

板。

泥。

くぼみ。

砂袋の紐。

 

「進む道の左、泥」

 

ヨシュアは止まった。

 

「止まるべきか、避けるべきか」

 

「あ」

 

足りない。

 

「一歩右」

 

ヨシュアは右へ避けた。

 

「次」

 

「前、木片。踏むと滑る」

 

「避ける方向は?」

 

「右は泥。左へ」

 

ヨシュアが左へ動く。

 

砂袋は揺れたが、落ちなかった。

 

喉が乾く。

 

戦っているわけではない。

 

ただ、歩いているだけだ。

 

それなのに、言葉が遅れると危ない。

 

ダナは腕を組んで見ていた。

 

「悪くありません。ただ、説明が多い」

 

「はい」

 

「緊急なら、まず短く。余裕があれば足す」

 

短く。

足りなければ足す。

 

木札とは違う。

 

その場で動く人に渡す言葉だ。

 

カリンもやった。

 

カリンの言葉は短かった。

 

「前、板」

 

ヨシュアが止まる。

 

「右」

 

ヨシュアが動く。

 

「紐、揺れてる」

 

ヨシュアは砂袋を持ち直した。

 

短い。

 

ただ、伝わる。

 

俺はそれを見て、素直にうまいと思った。

 

カリンは説明が少ない。

 

少ないが、必要なところに届く。

 

ヨシュアも頷いた。

 

「カリンは向いているな」

 

カリンは目を丸くした。

 

「向いてる?」

 

「ああ」

 

「守る?」

 

「それも守るだ」

 

カリンは砂袋を見た。

 

剣も盾もない。

 

それでも、守る。

 

たぶん、今の言葉はカリンの中に残る。

 

俺も覚えておく。

 

次は、俺とカリンで組んだ。

 

俺が前を見る。

 

カリンが荷物を見る。

 

ダナが言う。

 

「二人で同じ場所ばかり見ないこと」

 

「はい」

 

俺は道を見る。

 

カリンは砂袋の紐を見る。

 

ヨシュアが横から言う。

 

「ヨウカ、見すぎるな」

 

「はい」

 

見る場所を決める。

 

全部は見ない。

 

進む道。

カリンの足元。

荷の揺れはカリンに任せる。

 

任せる。

 

それが難しい。

 

でも、任せないと二人で同じものを見るだけになる。

 

カリンが言った。

 

「荷、右に寄る」

 

俺は言いそうになった言葉を飲み込んだ。

 

カリンが見ている。

 

なら、俺は道を見る。

 

「前、くぼみ。左へ」

 

「うん」

 

カリンが左へ動く。

 

砂袋は落ちない。

 

短い距離だった。

 

それでも、終わった時には肩に力が入っていた。

 

ダナは満足そうに頷いた。

 

「登録前にこれができると、あとで楽です」

 

「冒険者じゃなくても?」

 

俺が聞く。

 

「冒険者じゃなくても。荷を運ぶ人、怪我人を運ぶ人、薬草を運ぶ人、避難する人。言葉が短く使えた方がいい」

 

怪我人。

 

その言葉で、治療院のことを思った。

 

まだ行ったことは少ない。

 

でも、いつか必要になる。

 

人を動かす。

荷を動かす。

怪我人を運ぶ。

 

全部、声がいる。

 

 

ダナは最後に依頼票を一枚見せた。

 

「これは、子山羊探しの依頼です」

 

山羊。

 

また山羊だ。

 

「本物の依頼ですか?」

 

「明日、村の子たちに回す予定だったものです。ルーベル近くの牧場からの依頼ね」

 

ヨシュアが紙を見る。

 

「子ども向けか」

 

「ええ。追わない。囲まない。見つけたら大人を呼ぶ。報酬は小さいけれど、報告までやる」

 

見つけたら大人を呼ぶ。

 

俺とカリンは同時に頷いた。

 

慣れた言葉だ。

 

ダナは俺たちを見る。

 

「やってみる?」

 

「はい」

 

答えが早かった。

 

アンナが横で目を細める。

 

「ヨウカ」

 

「……大人が決める」

 

「そう」

 

ダナが笑った。

 

ヨシュアは依頼票を読み、アンナに渡した。

 

アンナも読む。

 

「場所は近いのね」

 

「ええ。牧場の裏手です。危険な場所には入らせません」

 

「なら、見学としてなら」

 

ヨシュアが俺たちを見る。

 

「追わない。勝手に触らない。見つけたら呼ぶ」

 

「はい」

 

「はい」

 

俺とカリンは返事をした。

 

ダナは依頼票を半分に折り、受付台へ戻した。

 

「では、明日。登録前の練習として扱います」

 

登録前。

 

それでも始まっている。

 

紙を読む。

条件を守る。

短く伝える。

人に任せる。

報告する。

 

剣を振る前に、やることが多い。

 

俺は木札を一枚取った。

 

進む道の左、穴。

一歩右。

 

書いてから、隣にもう一つ書く。

 

分からないなら、分からない。

 

薬師工房で見た木札と、組合で聞いた言葉が並ぶ。

 

カリンが覗く。

 

「穴、ない」

 

「練習」

 

「うん」

 

ダナがそれを見て言った。

 

「いいですね。でも、明日は山羊です」

 

山羊。

 

俺は木札を見る。

 

穴より動く。

 

たぶん、ずっと面倒だ。

 

ヨシュアが言う。

 

「冒険者は、面倒を片づける仕事でもある」

 

「魔物じゃなくても?」

 

「魔物じゃなくても」

 

ダナも頷く。

 

「むしろ、魔物じゃない依頼の方が多い日もあります」

 

そうなのか。

 

冒険者という言葉が、形を変える。

 

依頼板には、魔物退治ではない紙も多かった。

 

荷物。

柵。

山羊。

報告。

 

どれも、誰かが困っているから貼られている。

 

俺は依頼板を見た。

 

赤い印の紙。

小さな木札。

古い報告。

新しい依頼。

 

まだ読めない字もある。

 

でも、前より読める。

 

読めるからこそ、分からないものも増える。

 

俺は木札をしまった。


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