なんか小さな明かりにも使い道があるらしい
夕方、アンナが小さな籠を用意した。
布に包んだ薬草。
木札が一枚。
細い紐で結んだ小さな板。
村長の家へ届けるものらしい。
「これ、村長さんに渡してきてくれる?」
アンナは籠を俺の前に置いた。
重くはない。
でも、落としたら困る。
「私?」
「一人じゃないわ」
庭の端に、カリンが立っていた。
今日は盾を背負っていない。
そのかわり、いつでも動ける場所にいる。
「行く」
カリンが短く言った。
アンナは頷き、籠に布をかける。
「森側には行かない。小川にも近づかない。暗くなりそうなら戻る」
「うん」
「ヨウカ。気になるものがあっても、勝手に寄り道しない」
「あう」
アンナの目が細くなる。
「あう、じゃなくて?」
「はい」
「よろしい」
逃げられない声だった。
⸻
カリンが籠を持とうとする。
俺も手を伸ばしかけて、止めた。
持ちたい。
でも、この籠は俺には大きい。
「ヨウカ、持つ?」
「……ちょっと」
カリンは籠を渡さず、持ち手だけをこちらへ傾けた。
片方を握る。
指に重さがかかる。
持てなくはない。
でも、歩きながらは危ない。
「重い?」
「重い」
「じゃあ、私」
カリンはすぐに持ち直した。
悔しい。
でも、落とす方が困る。
アンナが笑う。
「任せるのも手伝いよ」
任せる。
分かっているつもりでも、手を離す時は胸がむずむずする。
「私は?」
「足元」
カリンが答えた。
「あと、光」
光。
生活魔法で出せる、小さな白い明かり。
昼間なら、ほとんど意味がない。
でも、夕方なら使えるかもしれない。
アンナが言う。
「長く出さなくていいわ。暗いところだけ。疲れる前に消すこと」
「はい」
ヨシュアも家の横から顔を出した。
「ヨウカ、光は足元だけだ。人の顔に向けるな」
「あ、はい」
顔に向けない。
枝も、光も、向きがある。
⸻
夕方のフィル村は、昼と違った。
畑から帰る人。
井戸の近くに並ぶ桶。
煙突から上がる細い煙。
道のくぼみに、影が落ちている。
石。
轍。
乾いた泥。
草の根。
昼間なら気にしないものが、足に引っかかりそうに見えた。
カリンは歩く速さを落とす。
「ここ」
道の端に、小さな石が転がっていた。
踏めば足をひねるかもしれない。
「どかす?」
「私がやる」
カリンは籠を地面に置き、石を端へ寄せた。
俺も手を出そうとして、籠の横に立つ。
今は、こっちを見る。
カリンが戻ってきた。
「ありがと」
「うん」
大きな役ではない。
でも、何をすればいいか分かると、体が迷わない。
⸻
家と家の間に入ると、急に暗くなった。
夕日が屋根に隠れている。
カリンが足を止めた。
「光」
「うん」
手を前に出す。
胸の奥から、細い糸を引く感じ。
指先に、白い光が灯った。
強くしない。
遠くへ飛ばさない。
足元だけ。
影の中に、くぼみが浮かぶ。
カリンの足がそこを避けた。
「見えた」
「よかった」
光は本当に小さい。
でも、今はこれで足りる。
「消す」
「うん」
白い光がほどけた。
頭は痛くない。
息も乱れていない。
もう一度、出せそうだ。
そう思った瞬間、カリンがこちらを見る。
「続けない」
「……うん」
読まれている。
カリンは何事もなかったように歩き出した。
⸻
村の道は広くない。
荷車が通る。
人が歩く。
水桶を持った人が横切る。
同じ場所なのに、使う人で変わる。
向こうからマルタが来た。
両手に水桶を持っている。
「通るよ」
カリンがすぐ端へ寄る。
俺も一緒に下がった。
「ありがとうね」
マルタが通りすぎる。
籠の中で、木札がかた、と鳴った。
端に寄れば安全、というわけでもない。
草の根が出ている。
乾いた土が崩れやすい。
真ん中がいい時もある。
端がいい時もある。
止まった方がいい時もある。
ルーベルの大通りとは違う。
フィル村の道は、顔を知っている人たちでできている。
⸻
村長の家に着く頃には、空の色が変わっていた。
戸を叩くと、村長が出てくる。
「おお、ヨウカにカリンか」
カリンが籠を差し出した。
「アンナから」
「ありがとう」
村長は中身を確かめる。
薬草。
木札。
小さな板。
「森側の水の記録か」
森側。
その言葉だけで、胸の奥が冷えた。
でも、今日は届け物だ。
勝手に覗き込まない。
話を広げない。
村長は木札をしまい、俺たちを見る。
「アンナに、確かに受け取ったと伝えてくれ。暗くなる前に帰るんだぞ」
「はい」
村長は笑った。
「いい返事だ」
⸻
帰りは、行きより暗かった。
カリンが空を見てから、俺を見る。
「一回」
「光?」
「うん。一回だけ」
「分かった」
家と柵の間に、木の影が伸びている。
指先に光を灯す。
小さく。
短く。
足元だけ。
草の根と石が分かれた。
カリンは籠を持つ手を上げる。
布が地面に触れない。
「ここ、通れる」
「うん」
数歩だけ進んで、光を消した。
今度も平気だった。
もっと長く出せる。
でも、やめる。
カリンが何も言わずに頷いた。
褒められたわけではない。
それでも、悪くない。
⸻
途中、トマとノルが道の横にいた。
昨日の枝を見ている。
先には布が巻かれていた。
トマがこちらに気づく。
「あ、ヨウカちゃん! カリンちゃん!」
枝を持ち上げようとして、カリンの視線に止まった。
「振らない!」
自分で言った。
ノルが笑う。
「言われる前に言った」
「分かってるから!」
トマは枝を横向きに持ったまま、庭の端へ戻した。
カリンが短く頷く。
「よし」
採点されたトマが、なぜか胸を張った。
「明日、大人がいる時な!」
「うん」
昨日の話が、今日の動きになっている。
言葉は、残ることがあるらしい。
⸻
家に戻ると、アンナが庭先にいた。
「おかえり」
「ただいま」
「村長さんは?」
「受け取った」
カリンが籠を渡す。
「帰りは?」
「暗かった」
「光は?」
カリンが俺を見る。
「二回」
アンナの視線がこちらへ向く。
「長く出した?」
「短く」
「疲れた?」
首を横に振る。
疲れてはいない。
眠いのは、歩いたからだと思う。
アンナは俺の顔を見て、笑った。
「今日はそこで終わりね」
「あう」
もう一回、出してみたかった。
でも、今日は終わり。
⸻
カリンが壁際の盾を見た。
それから、何もない腰のあたりに手をやる。
今日も剣はない。
でも、その動きは昨日より自然だった。
「カリン」
「なに?」
「横、歩きやすかった」
カリンは俺を見る。
少し考えてから、頷いた。
「光、見やすかった。足元」
足元だけの光。
小さい。
弱い。
すぐ消える。
でも、暗い場所では使えた。
アンナが言う。
「明かりは、大きければいいわけじゃないわ。近くを見る明かりも大事よ」
近くを見る明かり。
それは、今の俺に合っている気がした。
遠くを照らせない。
森の奥にも届かない。
でも、村の石くらいなら見える。
カリンが隣を歩くなら、その足元くらいなら照らせる。
「また、使う?」
カリンが聞いた。
「母さんがいいって言ったら」
「うん」
勝手に決めない。
続けすぎない。
小さな明かりにも、使う場所と終わる場所がある。
⸻
夜。
窓の外は暗い。
昼間はただの道だった。
夕方は影が落ちた。
光を出すと、石や草の根が見えた。
時間で変わる。
歩く人で変わる。
持っているものでも変わる。
籠はカリン。
光は俺。
確認は二人。
それで、村長の家まで行って帰ってこられた。
大きなことではない。
だからこそ、また使える。
布人形を抱いて、目を閉じる。
小さな光が、道の石を照らした。
あれくらいなら、できる。
あれくらいから、でいい。




