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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第四章 フィル村歳月編
38/167

なんか小さな明かりにも使い道があるらしい

夕方、アンナが小さな籠を用意した。

 

布に包んだ薬草。

木札が一枚。

細い紐で結んだ小さな板。

 

村長の家へ届けるものらしい。

 

「これ、村長さんに渡してきてくれる?」

 

アンナは籠を俺の前に置いた。

 

重くはない。

でも、落としたら困る。

 

「私?」

 

「一人じゃないわ」

 

庭の端に、カリンが立っていた。

 

今日は盾を背負っていない。

そのかわり、いつでも動ける場所にいる。

 

「行く」

 

カリンが短く言った。

 

アンナは頷き、籠に布をかける。

 

「森側には行かない。小川にも近づかない。暗くなりそうなら戻る」

 

「うん」

 

「ヨウカ。気になるものがあっても、勝手に寄り道しない」

 

「あう」

 

アンナの目が細くなる。

 

「あう、じゃなくて?」

 

「はい」

 

「よろしい」

 

逃げられない声だった。

 

⸻

 

カリンが籠を持とうとする。

 

俺も手を伸ばしかけて、止めた。

 

持ちたい。

でも、この籠は俺には大きい。

 

「ヨウカ、持つ?」

 

「……ちょっと」

 

カリンは籠を渡さず、持ち手だけをこちらへ傾けた。

 

片方を握る。

 

指に重さがかかる。

持てなくはない。

 

でも、歩きながらは危ない。

 

「重い?」

 

「重い」

 

「じゃあ、私」

 

カリンはすぐに持ち直した。

 

悔しい。

でも、落とす方が困る。

 

アンナが笑う。

 

「任せるのも手伝いよ」

 

任せる。

 

分かっているつもりでも、手を離す時は胸がむずむずする。

 

「私は?」

 

「足元」

 

カリンが答えた。

 

「あと、光」

 

光。

 

生活魔法で出せる、小さな白い明かり。

 

昼間なら、ほとんど意味がない。

 

でも、夕方なら使えるかもしれない。

 

アンナが言う。

 

「長く出さなくていいわ。暗いところだけ。疲れる前に消すこと」

 

「はい」

 

ヨシュアも家の横から顔を出した。

 

「ヨウカ、光は足元だけだ。人の顔に向けるな」

 

「あ、はい」

 

顔に向けない。

 

枝も、光も、向きがある。

 

⸻

 

夕方のフィル村は、昼と違った。

 

畑から帰る人。

井戸の近くに並ぶ桶。

煙突から上がる細い煙。

 

道のくぼみに、影が落ちている。

 

石。

轍。

乾いた泥。

草の根。

 

昼間なら気にしないものが、足に引っかかりそうに見えた。

 

カリンは歩く速さを落とす。

 

「ここ」

 

道の端に、小さな石が転がっていた。

 

踏めば足をひねるかもしれない。

 

「どかす?」

 

「私がやる」

 

カリンは籠を地面に置き、石を端へ寄せた。

 

俺も手を出そうとして、籠の横に立つ。

 

今は、こっちを見る。

 

カリンが戻ってきた。

 

「ありがと」

 

「うん」

 

大きな役ではない。

でも、何をすればいいか分かると、体が迷わない。

 

⸻

 

家と家の間に入ると、急に暗くなった。

 

夕日が屋根に隠れている。

 

カリンが足を止めた。

 

「光」

 

「うん」

 

手を前に出す。

 

胸の奥から、細い糸を引く感じ。

 

指先に、白い光が灯った。

 

強くしない。

遠くへ飛ばさない。

 

足元だけ。

 

影の中に、くぼみが浮かぶ。

 

カリンの足がそこを避けた。

 

「見えた」

 

「よかった」

 

光は本当に小さい。

 

でも、今はこれで足りる。

 

「消す」

 

「うん」

 

白い光がほどけた。

 

頭は痛くない。

息も乱れていない。

 

もう一度、出せそうだ。

 

そう思った瞬間、カリンがこちらを見る。

 

「続けない」

 

「……うん」

 

読まれている。

 

カリンは何事もなかったように歩き出した。

 

⸻

 

村の道は広くない。

 

荷車が通る。

人が歩く。

水桶を持った人が横切る。

 

同じ場所なのに、使う人で変わる。

 

向こうからマルタが来た。

 

両手に水桶を持っている。

 

「通るよ」

 

カリンがすぐ端へ寄る。

俺も一緒に下がった。

 

「ありがとうね」

 

マルタが通りすぎる。

 

籠の中で、木札がかた、と鳴った。

 

端に寄れば安全、というわけでもない。

 

草の根が出ている。

乾いた土が崩れやすい。

 

真ん中がいい時もある。

端がいい時もある。

止まった方がいい時もある。

 

ルーベルの大通りとは違う。

 

フィル村の道は、顔を知っている人たちでできている。

 

⸻

 

村長の家に着く頃には、空の色が変わっていた。

 

戸を叩くと、村長が出てくる。

 

「おお、ヨウカにカリンか」

 

カリンが籠を差し出した。

 

「アンナから」

 

「ありがとう」

 

村長は中身を確かめる。

 

薬草。

木札。

小さな板。

 

「森側の水の記録か」

 

森側。

 

その言葉だけで、胸の奥が冷えた。

 

でも、今日は届け物だ。

 

勝手に覗き込まない。

話を広げない。

 

村長は木札をしまい、俺たちを見る。

 

「アンナに、確かに受け取ったと伝えてくれ。暗くなる前に帰るんだぞ」

 

「はい」

 

村長は笑った。

 

「いい返事だ」

 

⸻

 

帰りは、行きより暗かった。

 

カリンが空を見てから、俺を見る。

 

「一回」

 

「光?」

 

「うん。一回だけ」

 

「分かった」

 

家と柵の間に、木の影が伸びている。

 

指先に光を灯す。

 

小さく。

短く。

足元だけ。

 

草の根と石が分かれた。

 

カリンは籠を持つ手を上げる。

布が地面に触れない。

 

「ここ、通れる」

 

「うん」

 

数歩だけ進んで、光を消した。

 

今度も平気だった。

 

もっと長く出せる。

 

でも、やめる。

 

カリンが何も言わずに頷いた。

 

褒められたわけではない。

それでも、悪くない。

 

⸻

 

途中、トマとノルが道の横にいた。

 

昨日の枝を見ている。

先には布が巻かれていた。

 

トマがこちらに気づく。

 

「あ、ヨウカちゃん! カリンちゃん!」

 

枝を持ち上げようとして、カリンの視線に止まった。

 

「振らない!」

 

自分で言った。

 

ノルが笑う。

 

「言われる前に言った」

 

「分かってるから!」

 

トマは枝を横向きに持ったまま、庭の端へ戻した。

 

カリンが短く頷く。

 

「よし」

 

採点されたトマが、なぜか胸を張った。

 

「明日、大人がいる時な!」

 

「うん」

 

昨日の話が、今日の動きになっている。

 

言葉は、残ることがあるらしい。

 

⸻

 

家に戻ると、アンナが庭先にいた。

 

「おかえり」

 

「ただいま」

 

「村長さんは?」

 

「受け取った」

 

カリンが籠を渡す。

 

「帰りは?」

 

「暗かった」

 

「光は?」

 

カリンが俺を見る。

 

「二回」

 

アンナの視線がこちらへ向く。

 

「長く出した?」

 

「短く」

 

「疲れた?」

 

首を横に振る。

 

疲れてはいない。

眠いのは、歩いたからだと思う。

 

アンナは俺の顔を見て、笑った。

 

「今日はそこで終わりね」

 

「あう」

 

もう一回、出してみたかった。

 

でも、今日は終わり。

 

⸻

 

カリンが壁際の盾を見た。

 

それから、何もない腰のあたりに手をやる。

 

今日も剣はない。

でも、その動きは昨日より自然だった。

 

「カリン」

 

「なに?」

 

「横、歩きやすかった」

 

カリンは俺を見る。

 

少し考えてから、頷いた。

 

「光、見やすかった。足元」

 

足元だけの光。

 

小さい。

弱い。

すぐ消える。

 

でも、暗い場所では使えた。

 

アンナが言う。

 

「明かりは、大きければいいわけじゃないわ。近くを見る明かりも大事よ」

 

近くを見る明かり。

 

それは、今の俺に合っている気がした。

 

遠くを照らせない。

森の奥にも届かない。

 

でも、村の石くらいなら見える。

 

カリンが隣を歩くなら、その足元くらいなら照らせる。

 

「また、使う?」

 

カリンが聞いた。

 

「母さんがいいって言ったら」

 

「うん」

 

勝手に決めない。

続けすぎない。

 

小さな明かりにも、使う場所と終わる場所がある。

 

⸻

 

夜。

 

窓の外は暗い。

 

昼間はただの道だった。

夕方は影が落ちた。

光を出すと、石や草の根が見えた。

 

時間で変わる。

歩く人で変わる。

持っているものでも変わる。

 

籠はカリン。

光は俺。

確認は二人。

 

それで、村長の家まで行って帰ってこられた。

 

大きなことではない。

 

だからこそ、また使える。

 

布人形を抱いて、目を閉じる。

 

小さな光が、道の石を照らした。

 

あれくらいなら、できる。

 

あれくらいから、でいい。


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