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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第四章 フィル村歳月編
37/162

なんか盾は強くするだけじゃだめらしい

昼前、カリンが盾を背負って来た。

 

昨日は休ませていた盾だ。

今日は背中にある。

 

けれど、いつものように、すぐ構えられる位置へ手を添えてはいない。

 

肩の前に、力が入っている。

 

「カリン、盾、なおす?」

 

カリンは頷いた。

 

「見る。レナードさん」

 

短い返事。

顔は真剣だった。

 

昨日、ゴルダンに言われたことが残っているのだろう。

 

重すぎると、盾に振られる。

持つ人に合っていなければ、守れない。

 

カリンは一晩、それを考えていたのかもしれない。

 

家の中からアンナが顔を出す。

 

「ヨウカも行く?」

 

すぐ頷きかけて、カリンを見る。

 

カリンの盾だ。

俺が勝手についていくものではない。

 

カリンは俺を見返した。

 

「来ていい。触る時は聞いて」

 

「うん」

 

⸻

 

レナードさんの作業場には、木と革の匂いがした。

 

ルーベルの工房通りとは違う。

 

あそこは火と鉄と油の匂いが強かった。

 

ここは近い。

 

削った木。

乾いた革。

布で拭かれた道具。

 

家の近くの仕事場。

フィル村の匂いだ。

 

レナードさんは作業台の前にいた。

セリアさんも横にいる。

 

カリンを見ると、レナードさんが顎を引いた。

 

「来たか。まず、いつも通り下ろしてみろ」

 

カリンは背中の盾に手をかけた。

 

両手で紐を外す。

盾を下ろす。

床にぶつけないよう、ゆっくり。

 

最後のところで、肩が前へ流れた。

 

盾に体を持っていかれている。

 

レナードさんは何も言わない。

盾と、カリンの肩だけを見る。

 

カリンも自分の肩に手を当てた。

 

「ここ」

 

肩の前側を押さえる。

 

それから、手首を回した。

 

「ここも」

 

「分かった」

 

レナードさんの返事はそれだけだった。

 

偉いぞ、とも、よく言えた、とも言わない。

ただ、分かったと言う。

 

その方がカリンには合っている。

 

セリアさんがカリンの肩に触れた。

 

「昨日、赤くなっていたところね」

 

カリンは目を伏せる。

 

「ちょっと」

 

「ちょっとでも、跡は跡よ」

 

セリアさんの声は穏やかだった。

怒ってはいない。

流しもしない。

 

カリンは頷いた。

 

⸻

 

レナードさんが盾を作業台に置く。

 

「ゴルダンは何て言っていた?」

 

カリンの背筋が伸びた。

 

「悪くないって。縁金は、今くらいでいい。重くしすぎると、盾に振られる。持つ人に合うのが大事」

 

レナードさんの指が、盾の縁をなぞった。

 

「その通りだ」

 

カリンの目が開く。

 

ゴルダンの言葉と、レナードさんの言葉が同じ方を向いた。

 

それが嬉しかったのだと思う。

 

「盾は硬ければいいわけじゃない。大きければいいわけでもない。お前が倒れたら、盾だけ残る」

 

カリンの視線が盾に落ちた。

 

「それでは守れない」

 

「……うん」

 

レナードさんは作業台の端に置いてあった短い木剣を持ち上げた。

 

子ども用の、軽い木剣だ。

 

「それに、カリン。お前はいずれ、盾だけじゃなく剣も使う」

 

剣。

 

カリンの顔が変わった。

 

「剣も、いる?」

 

「いる」

 

レナードさんははっきり答えた。

 

「盾だけで受け続ければ、いつか押し込まれる。守るために、相手を下がらせる手もいる」

 

カリンは木剣を見てから、自分の盾を見る。

 

「盾が重いと、剣が動かない」

 

「ああ」

 

「剣だけ強くても?」

 

「守れない」

 

「盾だけ強くても?」

 

「押され続ける」

 

カリンは黙った。

 

それから、小さく頷く。

 

「両方」

 

「そうだ。両方使える形にする」

 

⸻

 

レナードさんは盾の内側を見せた。

 

握り。

肩紐。

腕に当たる革。

縁金。

 

前なら、全部まとめて「盾の裏」に見えていた。

 

今は違う。

 

握りの太さ。

革の当たり方。

腕を通した時、手がどれくらい自由に動くか。

 

そこに意味がある。

 

レナードさんはカリンに木剣を渡した。

 

「持ってみろ。盾は置いたままでいい」

 

カリンは木剣を受け取る。

 

「軽い」

 

「今はそれでいい」

 

次に盾を持たされる。

 

「今度は盾も」

 

カリンは盾を腕に通し、反対の手に木剣を持った。

 

すぐにバランスが崩れる。

 

盾に意識が行くと、剣の手が遅れる。

剣を見ると、盾が体から離れる。

 

カリンの眉が寄った。

 

「むずかしい」

 

悔しそうな声だった。

でも、現実を見ている声でもあった。

 

レナードさんが頷く。

 

「だから、盾をお前に合わせる。剣を持つ余裕が残るようにな」

 

⸻

 

作業が始まった。

 

盾の内側の革を外す。

小さな釘を抜く。

古い革を持ち上げる。

薄く削った新しい革を合わせる。

 

こん。

こつ。

ざり。

 

ルーベルの工房通りほど派手な音ではない。

けれど、ちゃんと仕事の音だった。

 

カリンは見ている。

俺も離れて見る。

 

釘や削りくずがある。

近づきすぎない。

 

レナードさんの手は、ゴルダンと違った。

 

ゴルダンの手は、鉄と火の手だった。

レナードさんの手は、木と革の手だ。

 

どちらも道具を使う手だった。

 

必要なところへ、必要なだけ動く。

 

レナードさんは盾の端を削った。

 

「削るの?」

 

「ああ」

 

「強くするのに?」

 

「強くするんじゃない。使えるようにする。いらない厚みがあると、重さだけ増える」

 

「薬草みたい」

 

思わず口に出た。

 

レナードさんがこちらを見る。

 

「薬草?」

 

「多ければいいわけじゃない」

 

レナードさんは笑った。

 

「そうだな。盾も同じだ」

 

それだけで、十分だった。

 

⸻

 

レナードさんは、革を足し、余分な厚みを削り、肩紐の長さを変えた。

 

外から見れば、ほとんど同じ盾だ。

 

それでも、何度も持たせては外し、また直す。

 

一度で終わらない。

 

「面倒?」

 

そう聞くと、レナードさんは手を止めずに答えた。

 

「面倒だ。でも、ここを面倒がると、使う時に困る」

 

カリンは盾を持たされるたび、感触を確かめていた。

 

肩。

腕。

握り。

剣を持つ手。

足の位置。

 

前は、盾を持つと盾だけを気にしていた。

今日は体全体を確かめている。

 

レナードさんが木剣を渡した。

 

「もう一度」

 

カリンは盾を腕に通し、木剣を持つ。

 

さっきより自然だった。

 

盾が体から離れすぎない。

木剣の手も動く。

 

一歩。

止まる。

横へ。

下がる。

 

盾と木剣が、ぎこちなく一緒に動いた。

 

「どうだ」

 

カリンはしばらく動いてから答えた。

 

「手が、残る」

 

「剣の手か」

 

「うん」

 

「それでいい」

 

⸻

 

レナードさんは、厚い板を持ってきた。

 

大きくて、重そうな板だ。

 

「これは?」

 

「ただの重い板だ。盾のようには使える。でも、今のお前には合わない」

 

レナードさんは板をカリンに持たせた。

 

受け取った瞬間、カリンの足が踏ん張る。

 

重い。

 

木剣の手が下がる。

盾として構えようとしても、体が固まる。

 

カリンは歯を食いしばった。

 

けれど、すぐに板を下ろした。

 

自分で。

 

レナードさんは何も言わずに受け取る。

 

「強そう」

 

カリンが言った。

 

「強そうだな」

 

「でも、動けない」

 

「なら、今は駄目だ」

 

「今は」

 

「ああ。今は」

 

レナードさんは板を作業台に戻す。

 

「強そうなものと、守れるものは違う。長くて重い剣も同じだ。持てなければ棒にも劣る」

 

カリンは木剣を見る。

 

短い。

軽い。

本物の剣ではない。

 

でも、今のカリンには合っている。

 

「短いの、弱い?」

 

「弱いんじゃない。今のお前が扱える長さだ」

 

カリンは黙った。

 

悔しそうだった。

でも、目は逸らさない。

 

「大きくなったら?」

 

「変える。盾も、剣も」

 

カリンは頷いた。

 

「今の私に、合うもの」

 

「そうだ」

 

レナードさんの声が静かになる。

 

「今の自分を見間違えるな。強くなりたいなら、そこからだ」

 

⸻

 

調整が終わると、カリンは庭で歩いてみた。

 

盾。

木剣。

 

一歩。

止まる。

横へ。

下がる。

また前へ。

 

ぎこちない。

でも、考えて動いている。

 

レナードさんは横から見る。

 

「盾を前に出しすぎるな」

 

カリンが戻す。

 

「剣の手を固めるな」

 

木剣の先が動く。

 

「足を止めすぎるな。止まるために立つんじゃない。動けるように立て」

 

これは、戦い方を教えているというより、道具が体の邪魔をしていないか見ているのだろう。

 

カリンは一度、盾を構えたままこちらを見た。

 

「ヨウカ、歩いて。ゆっくり」

 

レナードさんが頷いたので、庭の端から歩いた。

 

カリンが横に来る。

 

前ではなく、横。

 

盾は外側。

木剣は反対側。

 

近すぎず、離れすぎず。

 

俺が止まると、カリンも止まる。

歩くと、カリンも歩く。

 

盾だけの時より、考えることが多そうだった。

 

それでも、カリンは嫌そうではない。

目が明るい。

 

「剣も持つと、大変?」

 

「大変」

 

「でも、いる?」

 

「いる」

 

「なんで?」

 

カリンは考える。

 

「近づけないため。下がらせるため」

 

そこで止まる。

 

「ヨウカの横にいるため」

 

言葉が止まった。

 

カリンらしい答えだった。

 

相手を倒すため、ではない。

 

横にいるため。

 

そのための剣。

 

レナードさんは何も言わなかった。

セリアさんも静かに見ている。

 

⸻

 

帰る前、レナードさんは調整した盾をカリンに渡した。

 

「今日は長く使うな」

 

カリンは頷く。

 

「休ませる」

 

「自分もな」

 

一拍置いて、もう一度頷いた。

 

「うん」

 

レナードさんは木剣を持ち上げた。

 

「これは、しばらく俺のところに置いておく。練習する時だけ使う」

 

「持って帰らない?」

 

「ああ。勝手に振るものじゃない。剣は、盾より危ない。自分にも、周りにもな」

 

レナードさんの視線がこちらに向いた。

 

「ヨウカちゃんも、刃物を持つ時は大人と一緒だ。薬草を切る小刀でも同じだ。切れるものは、便利な分だけ危ない」

 

「うん」

 

「道具は、持っただけでは何もできん。使えるようになってからが本番だ」

 

持っただけでは、何もできない。

 

その言葉だけが残った。

 

⸻

 

帰り道、カリンは盾を背負っていた。

 

朝より楽そうだ。

 

木剣は持っていない。

でも、何もない腰のあたりへ、時々手が動く。

 

さっき持った感覚が残っているのだろう。

 

「剣、どうだった?」

 

「軽い。でも、難しい」

 

カリンは前を向いたまま、腰のあたりへ手をやった。

 

「盾だけだと、押される。剣だけだと、守れない。両方、いる」

 

短い言葉だった。

 

でも、カリンの中で何かが決まったように聞こえた。

 

「ヨウカ、横、歩いて」

 

「今?」

 

「うん」

 

歩幅を合わせる。

 

カリンが横に並ぶ。

盾は外側。

空いた手は、腰のあたりにある。

 

いつか、その手には剣があるのかもしれない。

 

でも今は、四歳と六歳の手だ。

何も持っていない手。

 

それで十分だった。

 

⸻

 

家に戻ると、アンナが庭にいた。

 

「おかえり」

 

「ただいま」

 

アンナはカリンの盾を見る。

 

「変わった?」

 

カリンは頷いた。

 

「中。肩と、持つところ」

 

「よかったわね」

 

カリンは考えてから答える。

 

「剣の手も、残す」

 

アンナの目が丸くなった。

 

それから、静かに笑う。

 

「そう。もうそこまで考えるのね」

 

「難しい」

 

「難しいなら、少しずつね」

 

「うん」

 

カリンは盾を壁に立てかけた。

 

雑に置かない。

でも、朝より動きが軽い。

 

盾を置いて、カリンも椅子に座った。

 

誰も大げさには褒めない。

 

それで十分だった。

 

カリンは壁に立てた盾を見ている。

 

その手は、何も持っていない腰のあたりにあった。


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