表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第二章 フィル村幼年期編
35/55

なんか遊びも訓練らしい

「ヨウカ、おまえ荷物係な」


トマにそう言われた瞬間、俺は布ボールを抱えたまま固まった。


荷物係。


たしかに俺は四歳だ。


走れば遅い。

転べば普通に泣く。

腕も短いし、力もない。


しかし、前世で野球をしていた二十二歳男性の魂が、荷物係という役割に地味に抵抗していた。


「なんで?」


俺が聞くと、トマは木の枝を剣のように構えた。


「小さいから」


言っていることは分かる。


だが、納得はできない。


隣でカリンが静かに言った。


「枝、危ない」


「冒険者ごっこだぞ?」


「顔に当たる」


「当てないって」


トマがそう言って枝を振った瞬間、枝の先が木箱に当たった。


かん、と乾いた音がした。


カリンは無言でトマを見た。


トマは目を逸らした。


枝は危ない。


判定はカリンの勝ちだった。


森側にはまだ行けない。

小川の近くも駄目。

だから子どもたちは、村の中心にある空き地で遊ぶことになっていた。


俺は抱えていた布ボールを持ち上げる。


古い布を丸めて、マルタさんが紐で縛ってくれたものだ。


「じゃあ、これ使う?」


トマが首を傾げる。


「それ、何するんだ?」


「転がす。取る。避ける。点を取る」


トマの目が少し光った。


「勝ち負けある?」


「ある」


「やる」


食いつきが早い。


やはり、勝ち負けは強い。



俺は地面に線を引いた。


丸太を二つ置き、その間を門にする。


「ここを通したら一点」


「剣は?」


トマが聞く。


「使わない」


「魔物役は?」


「いらない」


「冒険者っぽくない」


「怪我したら終わり」


俺がそう言うと、トマは少し黙った。


この村の子どもたちは、ここ数年で「怪我をしたらすぐ大人に言う」を嫌というほど聞かされている。


黒い粉。

黒い泥。

森の水。

ルッツの傷。


遊びでも、危ないものは危ない。


そこをごまかすと、たぶん大人たちから遊びそのものを禁止される。


俺は布ボールを地面に置いた。


「最初は転がすだけ。投げるのはなし」


「なんで?」


「当たったら痛いから」


トマは少し不満そうだったが、カリンが横から言った。


「顔、だめ」


「分かってるって」


「強く、だめ」


「分かってる」


「森側、だめ」


「それも分かってる!」


トマが少し声を大きくした。


カリンは表情を変えない。


「じゃあ、できる」


トマは口を尖らせた。


「やるよ」


よし。


遊び成立。


俺は内心で少し満足した。


前世では、野球をする時にルールなんて当たり前にあった。


ストライク。

ボール。

アウト。

セーフ。

ファウル。


でも、今ここには野球はない。


あるのは、布を丸めたボールと、空き地と、退屈した子どもたち。


なら、ここから作るしかない。



最初に転がしたのはトマだった。


「いくぞ!」


トマは一歩、二歩、三歩と助走をつけて、思いきり転がした。


いや、ほとんど投げた。


布ボールは地面の小石に跳ね、門の横を大きく外れて、木箱の下へ転がっていった。


「今のは石が悪い!」


トマが叫ぶ。


「石も見る」


俺が言うと、トマはむっとした顔をした。


「ヨウカ、細かい」


「細かい方が勝つ」


これは本当だ。


前世の野球でも、足場、風、相手の位置、自分の体勢、全部大事だった。


まあ、それを四歳児が言うのは少し変だが、遊びの範囲なら許されるはずだ。


次は俺の番だった。


布ボールを両手で持つ。


しゃがむ。


前に転がす。


……弱い。


かなり弱い。


ボールはころころと情けなく進み、門の手前で止まった。


トマが笑う。


「弱っ」


うるさい。


四歳児の筋力をなめるな。


いや、なめていい。


弱いのは事実だ。


俺は少しだけ悔しくなった。


前世の体なら、もっと強く、もっと正確に投げられた。


肩の使い方も、腰の回し方も、重心移動も知っている。


知っているのに、この体ではできない。


それが地味に悔しい。


カリンが俺の横に来た。


「手だけ」


「え?」


「ヨシュアが言ってた。手だけじゃなくて、足」


カリンは自分の足元を見せるように、少し膝を曲げた。


「足で立つ。体、前」


なるほど。


盾の練習で教わったことを、今の遊びに繋げているのか。


俺はもう一度構えた。


足を少し開く。

膝を曲げる。

手だけでなく、体ごと前に送る。


布ボールを転がす。


今度は少し進んだ。


門は通らなかった。


でも、さっきよりずっとましだった。


「おお」


トマが少し驚いた。


カリンは小さく頷いた。


「できた」


嬉しい。


普通に嬉しい。


光魔法より地味だし、闇魔法よりさらに地味だ。


けれど、自分の体を少し思い通りに動かせた。


それはかなり大きい。



子どもは増えた。


トマの妹。

近所の双子。

少し年上の女の子。


最初は見ているだけだったが、点数をつけ始めると参加したがった。


遊びは増える。


前世でもそうだった。


楽しいものは、人を呼ぶ。


俺はルールをもう一度確認した。


「顔を狙わない。森側に行かない。水の近くではしない。痛かったら止める。順番を守る」


トマが嫌そうな顔をする。


「多い」


「守れないなら、やめる」


俺が言うと、トマはすぐに首を振った。


「やる」


なら守れ。


そう思ったが、口には出さなかった。


俺は四歳児だ。


偉そうにしすぎると怪しい。


たぶん、もうだいぶ怪しいけど。


カリンは門の前に立った。


盾は使わない。


両手を少し広げ、布ボールの進む先を見る。


トマが転がす。


今度はさっきより弱い。


カリンは一歩横へ動き、足で止めた。


「止めた!」


双子の一人が叫ぶ。


カリンは少しだけ誇らしそうだった。


次は、カリンが転がす側になった。


カリンは少し迷った。


守るのは得意だ。


でも、自分から狙うのは、まだ慣れていない。


俺は言った。


「門じゃなくて、空いてるところを見る」


カリンが俺を見る。


「空いてるところ」


「うん。守る人がいないところ」


カリンは門の前に立つトマを見た。


真正面にはトマ。


右に小石。


左は空いている。


カリンは左へ転がした。


布ボールは、ころころと門の間を通った。


「入った!」


カリンが少し目を開いた。


自分で点を取ったことに驚いている顔だった。


「カリン、すごい」


俺が言うと、カリンは俺を見た。


そして小さく言った。


「守るだけじゃない」


俺は頷いた。


「うん。守るだけじゃない」


その言葉は、遊びのことだけではない気がした。


カリンも、たぶん少し分かっている。



しばらくして、ヨシュアが見に来た。


腕を組み、少し離れたところに立つ。


遊びを見ているだけなのに、なぜか訓練を見られている気分になる。


トマが張り切った。


「見てろよ!」


嫌な予感がした。


トマは三歩どころか、ほとんど走り出しそうな勢いで布ボールを転がした。


強い。


強すぎる。


ボールは門を外れ、見ていた小さい子の足元へ向かった。


その子が驚いて固まる。


カリンが動いた。


でも、少し遠い。


俺は反射的に声を出した。


「足上げて!」


その子はびくっとして、足を上げた。


布ボールはその下を転がり、木箱に当たって止まった。


危なかった。


当たっても大したことはなかったかもしれない。


でも、驚いて転べば怪我をする。


場が静かになった。


トマの顔が青くなる。


「ご、ごめん」


ヨシュアが近づいた。


怒鳴りはしなかった。


ただ、布ボールを拾い、子どもたちを見た。


「一度止めろ。今のまま続けると、誰かが転ぶ」


トマは俯いた。


「……うん」


ヨシュアは布ボールを手の中で軽く転がした。


「勝ちたくなると、力が入る。力が入ると、周りが見えなくなる。遊びでも同じだ」


俺は少し背筋を伸ばした。


これは子どもたち全員に向けた言葉だ。


でも、俺にも刺さる。


勝ちたい。

助けたい。

知りたい。


理由は違っても、力が入りすぎると周りが見えなくなる。


ヨシュアは続けた。


「続けたいなら、強さを決めろ。決まりを作れ。守れないなら今日は終わりだ」


トマが顔を上げた。


「終わりは嫌だ」


「なら考えろ」


ヨシュアは俺を見る。


「ヨウカ。どうする」


いきなり振られた。


俺は少し考えた。


「三歩まで」


「三歩?」


トマが聞く。


「走って勢いつけるの禁止。歩いて、一、二、三で転がす」


ヨシュアは頷いた。


「悪くない。もう一つだ」


「もう一つ?」


「止める役の後ろに、人を立たせるな。外れた時に危ない」


なるほど。


守る人の後ろは危ない。


野球でも捕手の後ろに不用意に立つな、という話に近い。


俺は頷いた。


「門の後ろ、入らない」


トマも頷いた。


「分かった」


カリンがトマを見る。


「守れる?」


「守る」


トマは今度は真面目に答えた。


遊びは再開した。


三歩まで。


門の後ろに立たない。


顔を狙わない。


痛かったら止める。


決まりが増えたのに、つまらなくはならなかった。


むしろ、前より続いた。


危なすぎないから、小さい子も参加できる。


力任せでは勝てないから、場所を見るようになる。


トマも、だんだん小石や門の横を見るようになった。


ヨシュアはその様子を見て言った。


「遊びでも、周りを見る練習にはなるな」


俺は布ボールを見た。


たしかに。


体の使い方。

力の抑え方。

順番を守ること。

危ない時に止まること。

勝ち負けでむきになりすぎないこと。


全部、訓練だ。


ただし、楽しい訓練。


これはかなりいい。



夕方、アンナに今日のことを話すと、少しだけ眉を上げられた。


「ボール遊び?」


「うん」


「怪我は?」


「してない」


「危なかったことは?」


俺は一瞬黙った。


カリンが横から言う。


「一回、危なかった。でも止めた」


正直者である。


アンナの目が俺に戻る。


俺は慌てて説明した。


「ヨシュアが決まり作ってくれた。三歩まで。門の後ろに立たない。顔を狙わない」


アンナは少し考えた。


「水場の近くではしない」


「しない」


「森側へ行かない」


「行かない」


「強く投げない」


「転がす」


「誰かが痛いと言ったら、すぐ止める」


「止める」


アンナは俺とカリンを順番に見た。


「それなら、続けてもいいわ」


許可が出た。


フィル村に新しい遊びが認可された。


これは大きい。


カリンが少しだけ俺を見る。


「明日もする?」


「したい」


「私も」


珍しい。


カリンが自分から「したい」と言った。


守る練習ではなく、遊びとして。


それが嬉しかった。


アンナもそれを聞いて、少しだけ笑った。


「カリンもちゃんと遊びなさいね」


カリンは少し意外そうな顔をした。


「遊び?」


「そう。守るための練習だけじゃなくて、楽しいからやることも大事よ」


カリンは少し考えた。


それから、小さく頷いた。


「楽しかった」


その言葉を聞いて、俺はかなり嬉しくなった。


カリンが楽しかった。


それだけで、この遊びを作った価値がある気がした。



夜。


俺は寝床で布人形を抱えていた。


今日は疲れていた。


魔法の練習とは違う疲れだ。


体を動かした疲れ。

声を出した疲れ。

笑った疲れ。


悪くない。


かなり悪くない。


前世で野球をしていた頃のことを、少し思い出した。


白球。

グラウンド。

掛け声。

打球音。

汗。


全部がそのまま戻ってくるわけではない。


この世界に野球はない。


俺も今は四歳の女の子だ。


前世のようには投げられない。

走れない。

打てない。


でも、布ボールが転がって、誰かが笑った。


カリンが点を取った。

トマが謝った。

小さい子が順番を待った。

ヨシュアが決まりを整えた。

アンナが許してくれた。


それだけで、少し満たされた。


前世の記憶は、苦しいものばかりではない。


家のこと。

父の怒鳴り声。

母の無関心。

そういうものも確かにある。


でも、グラウンドでボールを追った記憶もある。


体の動かし方を考える楽しさもある。


誰かと同じ遊びをして笑う感覚もある。


持ってきたもの全部が、重荷ではない。


ちゃんと楽しいものもあった。


それを、この世界で少しずつ使えるかもしれない。


アンナが灯りを落とす。


「今日はよく動いたわね」


「うん」


「楽しかった?」


俺は少し考えた。


そして、素直に答えた。


「楽しかった」


アンナは笑った。


「それはよかった」


俺は布人形を抱き直し、目を閉じた。


今日は水の声も、黒い根のことも、少し遠かった。


代わりに、布ボールが地面を転がる音が残っている。


ころころ。


軽い音。


子どもたちの笑い声。


カリンの小さな笑顔。


どうやら、遊びも訓練になるらしい。


そして俺は、この世界でもまた、ボールを追いかける楽しさを少し思い出したらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ