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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
27/33

なんかみんなで助けるらしい

昨日のことは、カリンの短い説明でだいたい分かった。


俺が水に触れた。

水が光った。

俺が疲れて、倒れかけた。


カリンの説明はそれだけだった。


けれど、それだけで十分だったらしい。


ミラは、木の杯に残った井戸水を見て言った。


「水を媒介にした共鳴、みたいなものね」


共鳴。


その言葉は、妙にしっくりきた。


俺が魔法を使ったというより、向こうの痛みに引っ張られて、こちらの水まで震えた。

その震えに、言葉にならないものを乗せた。


そんな感覚だった。


アンナは俺を抱いたまま、静かに言った。


「助かったわ」


俺はアンナを見上げた。


「あう……」


「でも、もう勝手に水に触っちゃ駄目」


その声は、怒っているというより、怖がっていた。


「あなたが痛くなる」


俺は何も言えなかった。


いや、もともと言えないのだが、そういうことではない。


反論する資格がなかった。


カリンは俺の隣で、ずっと黙っていた。


ただ、俺の手だけは離さなかった。



黒い根は、昨日よりも細く見えたらしい。


けれど、弱ったわけではなかった。


湧き石の奥に入り込んだ芯だけが残り、水の流れをまだ締めつけている。


ミラは青い葉を水面に浮かべ、眉を寄せた。


「表は焼けた。でも、奥が残ってる」


アンナは指先に火を灯した。


炎は小さい。


牙猪を焼いた時の炎とはまるで違う。

針の先ほどの、白く細い火だった。


「ここを焼けばいいのね」


「たぶん。でも、水が揺れたら止めて」


ヨシュアは盾を構えたまま、周囲を見ていた。


「来るなら止める」


短い言葉だった。


それだけで、アンナは頷いた。


その頃、俺は村で泣いていた。



胸の奥が強く震えた。


いたい。

こわい。

にげたい。


声が重なって、俺は布人形を抱えたまま泣いた。


昨日のように水へ手を伸ばしはしなかった。


水差しは、手の届かない場所に置かれている。


カリンは何も言わなかった。


ただ、俺の背中に手を回した。


三歳の腕だ。

小さくて、頼りない。


それでも、俺を森の奥から引き戻すには十分だった。


俺は泣いた。


泣いて、カリンに支えられた。


自分でどうにかしようとしなかった。


それだけで、昨日よりは少しましだった。



森の奥で、アンナの火が黒い芯に触れた。


ぱち、と嫌な音がした。


普通の植物が燃える音ではない。


湿った骨を焼くような、ひどく嫌な音だったと、後でミラが言っていた。


黒い煙が上がる。


アンナはすぐに、その煙ごと炎で包んだ。


森に広げない。

水に落とさない。

吸わせない。


燃やすというより、閉じ込めて消す。


けれど、黒い根は黙って焼かれてはくれなかった。


湧き水が大きく波打つ。


黒い泥のようなものが、水の中から盛り上がった。


小さな獣の形にも見えたらしい。


子ヤギほどの大きさ。


でも、目はない。


口もない。


ただ、黒い泥と根が絡まって動いている。


「下がれ」


ヨシュアの声が低く響いた。


泥の獣が跳ねる。


次の瞬間、ヨシュアの盾がそれを受け止めた。


鈍い音が森に響く。


黒い泥が盾にぶつかり、弾けた。


ミラが叫ぶ。


「根から剥がれた汚れよ! 本体じゃない!」


「燃やしていい?」


アンナが聞く。


「水から離れた分だけなら!」


アンナは即座に火を放った。


大きな炎ではない。


逃げ道を塞ぐような、小さく速い炎。


黒い泥が焼ける。


煙が上がりかける。


それすらも、アンナは炎で包んで消した。


豪炎の魔女。


その異名に反して、今のアンナの炎は派手ではなかった。


けれど、必要なものだけを焼くという意味では、今までで一番すごい炎だったのかもしれない。



俺は泣きながら、遠くの気配を感じていた。


見えているわけではない。


水にも触れていない。


それでも、震えは届く。


こわい。


いたい。


でも、その奥に、少しずつ別のものが混ざり始めた。


ゆるむ。


ながれる。


黒い根が、少しずつ緩んでいる。


水が流れようとしている。


精霊の声が、ほんの少し呼吸を取り戻している。


俺は布人形を握りしめた。


カリンはずっと黙っていた。


ただ、俺の背中を撫でていた。


ぎこちない手つきだった。


でも、ちゃんと優しかった。


「よーか」


一度だけ、カリンが俺の名前を呼んだ。


それだけだった。


その一言で、俺はまだ村にいるのだと思い出せた。


森ではない。


黒い根の前ではない。


俺はアンナの家にいる。


カリンがそばにいる。


だから、戻れる。



森の奥では、処置が続いていた。


アンナが黒い芯を焼く。


ミラが水の反応を見る。


ヨシュアが湧き場の前に立ち、黒い泥が出るたびに盾で受けた。


何度もではない。


けれど、二度、三度、小さな泥の塊が水から跳ねたらしい。


そのたびにヨシュアが止め、アンナが焼いた。


ミラは青い葉を取り替えながら、短く伝える。


「そこは深い」


「止めて」


「もう少し左」


「今。水が引いた」


三人は、それぞれ違うことをしていた。


でも、同じものを守ろうとしていた。


水源。


弱った精霊。


そして、フィル村。


誰か一人でも欠ければ、たぶん無理だった。


アンナだけなら、水源まで焼いてしまう危険がある。


ミラだけなら、根を処理できない。


ヨシュアだけなら、相手にならない。


ダンがいなければ、そこまで迷わず行けない。


村長がいなければ、村の守りが乱れる。


カリンがいなければ、俺はまた水に手を伸ばしていたかもしれない。


俺が昨日伝えなければ、根元は分からなかったかもしれない。


全部が必要だった。


誰か一人が救ったわけではない。


そういう出来事だった。


アンナの炎が、黒い芯の一部を焼き切った瞬間。


湧き水が一度、大きく震えたらしい。


ミラが青い葉を見た。


葉の黒ずみが、ゆっくり薄くなっていく。


完全に戻ったわけではない。


でも、さっきより明らかに薄い。


水面の奥で、小さな光が揺れた。


ミラは息を呑んだ。


「いる……」


アンナは炎を止めた。


水の中に、雫のような光があった。


小さな魚にも見える。

子どもの手のひらほどの、淡い光。


それは少しだけ震えながら、水の流れに身を任せていた。


黒い根は、まだ石の奥に欠片のように残っている。


でも、締めつけは外れた。


水が流れる。


細く。


弱く。


けれど、ちゃんと流れる。


ミラは小さく言った。


「助かった、のかもしれない」


アンナはその光を見て、静かに息を吐いた。


「まだ痛そうね」


「ええ。でも、さっきよりはずっといい」


ヨシュアは盾を下ろさなかった。


「戻れるか?」


「戻れるわ」


ミラが頷く。


「これ以上は触らない方がいい。今は、流れが戻ったところで止めるべき」


アンナも頷いた。


「分かった」


そこで終わり。


完全に消すのではない。


完全に治すのでもない。


これ以上悪くしないところで止める。


それも、大事な判断だった。



最初の知らせは、ダンが持って帰ってきた。


村長が駆け寄る。


「どうだ?」


ダンは息を整えながら答えた。


「水が……少し戻りました。黒い根は、全部じゃないけど、締めていたところは焼けたって」


村人たちがざわめく。


「本当か」


「鳥も戻ってたぞ」


「井戸は?」


「井戸は今のところ無事だ」


村長が声を張った。


「まだ森側には近づくな! だが、落ち着いて動け! 水の確認は続ける!」


その声を聞いて、村の空気が少しだけ緩んだ。


完全な安心ではない。


でも、絶望でもない。


俺はカリンの腕の中で、泣き疲れていた。


カリンは何も言わない。


ただ、俺の手を握っていた。


その手の力が、少しだけ抜けた。


カリンも、ずっと限界だったのだ。


俺だけではない。


みんな怖かった。


それでも、みんな自分の場所で耐えていた。



夕方、アンナたちが戻ってきた。


靴は外で脱がれた。


服についた泥は分けられた。


ミラは青い葉を入れた袋を慎重に持っている。


ヨシュアの盾には、黒い跡がいくつか残っていた。


アンナの顔は疲れていた。


それでも、歩いていた。


帰ってきた。


俺は寝床の上で体を起こそうとした。


うまくいかなかった。


泣いたし、疲れているし、眠い。


それでも、手だけは伸びた。


「あう……」


アンナが俺のそばに来た。


「ただいま」


俺を抱き上げる。


服は着替えていたのに、少しだけ煙の匂いがした。


アンナの匂いだった。


俺はその服を握った。


「あう」


おかえり。


本当に。


アンナは俺を抱いたまま、しばらく何も言わなかった。


それから、小さく言った。


「助けたのは、みんなよ」


俺はアンナを見上げた。


「ヨウカだけじゃない。私だけでもない。ヨシュアも、ミラも、ダンも、村長も、カリンも。みんなで少しずつやったの」


その言葉が、胸に落ちた。


救った。


と言えるのかは、まだ分からない。


精霊はまだ弱っている。


黒い根も全部消えたわけではない。


森が完全に元通りになったわけでもない。


でも、水は少し流れた。


鳥は戻り始めた。


村はまだ立っている。


それは、誰か一人の力ではなかった。


俺は気づいた。


アンナは焼いた。


ヨシュアは守った。


ミラは見極めた。


ダンは道をつないだ。


村長は村を動かした。


カリンは俺を止めて、支えた。


みんなで、少しだけ助けた。


それでいいのだと思った。


いや、それがいいのかもしれない。


一人で全部救うなんて、たぶん危ない。


救われる側も。


救う側も。



夜。


俺はアンナの膝の上にいた。


カリンも帰る前に、俺のそばに座った。


その目は眠そうだった。


「よーか」


「あう」


カリンは少しだけ俺の顔を見た。


「ないた」


「あう……」


泣きました。


「よかった」


俺は少し驚いた。


泣いたのが、よかった。


そう言われた。


カリンは続けた。


「ひとり、しなかった」


その言葉に、俺は黙った。


そうか。


昨日の俺は、水に触れて、無理をした。


でも今日は、水に触れなかった。


苦しくなった時、泣いた。


カリンに抱えられた。


自分で何とかしようとしなかった。


それを、カリンは「よかった」と言っている。


俺はカリンの服を握った。


「あう」


ありがとう。


今度は少し伝わった気がした。


カリンは小さく頷いた。


いつもの確認の言葉は、今日は出なかった。


ただ、静かに俺の手を握った。


その手は温かかった。



眠る前、遠くで水の気配がした。


昨日までのような、胸を締めつける痛みではない。


まだ弱い。


まだ細い。


でも、流れている。


声がした。


ありがとう。


それから、少し遅れて。


まだ、いたい。


俺は目を閉じた。


全部は終わっていない。


それでも、少し助けられた。


今は、それでいい。


俺一人で救ったわけではない。


俺一人で背負う必要もない。


それを忘れないようにしようと思った。


どうやら、みんなで助けるらしい。


そして俺は、誰かを救いたいなら、自分もその「みんな」の中に入れてもらわなければならないらしい。

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