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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
25/33

なんか黒い羽根があるらしい

アンナたちが森へ入ってから、村は妙に静かだった。


いつもなら、井戸のそばで誰かが話している。

子どもが走る声がする。

鶏が鳴いて、畑から大人の声が返ってくる。


けれど今日は、その全部が少し遠い。


村の人たちは、森側を見ないようにしながら、何度も森側を気にしていた。


俺も同じだった。


見てはいけない。


そう思うほど、森の方が気になる。


カリンは隣に座っていた。

今日は何も言わない。


「みすぎない」とも、「よし」とも言わない。


ただ、俺の手を握っている。


その沈黙が、逆に怖かった。


カリンも分かっているのだ。


今日はいつものように、言葉で俺を止めるだけでは済まないかもしれないと。


昼を少し過ぎた頃、森側の道から一人の男が戻ってきた。


道案内についていったダンだった。


肩で息をしている。

服には泥がつき、顔色は悪い。


けれど、血は見えなかった。


村長がすぐに駆け寄る。


「ダン、他の者は?」


ダンは息を整えながら答えた。


「奥に……着きました。ヨシュアさんたちは残ってます」


俺はカリンの手を握り返した。


カリンの手にも、少し力が入る。


ダンは続けた。


「湧き石に、黒い根みたいなものが絡んでます」


黒い根。


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷えた。


夢で見たものと同じだった。


ダンの声は続く。


「ミラさんが調べて、アンナさんが処理できるか見てます。でも、すぐに燃やすのは危ないって」


村長が低く聞く。


「危険なのか?」


「分かりません。ただ、湧き石に絡みついてて……水が、変です」


水が変。


それだけで、十分だった。


村長はすぐに人を呼んだ。


「森側には誰も近づけるな。水桶をもう一度確認しろ。南側の水場から汲んだものと井戸水を分けておけ」


村が動き始める。


声。

足音。

桶の音。


俺はその音を聞きながら、少しだけ安心した。


アンナたちは生きている。


森の奥に着いた。


黒い根を見つけた。


まだ戻ってはいないが、何も分からないままではなくなった。


怖い。


でも、少し進んだ。


カリンもそれを感じたのか、小さく息を吐いた。


「いた」


「あう」


いた。


黒い根が。


そして、アンナたちも。


カリンは俺の手を握った。


「アンナ、かえる」


「あう」


帰ってくる。


そう信じるしかない。



時間は、さらに長くなった。


ダンが戻ってきてから、またしばらく何もなかった。


村長が何度か外を行き来する。


村の大人たちが森側の道を見ている。


カリンはずっと俺のそばにいた。


一度だけ、カリンの母親らしき人が迎えに来た。


けれどカリンは首を振った。


「よーか、いる」


短い言葉。


その人は少し困った顔をしてから、アンナの家の中に俺がいるのを見て、静かに頷いた。


「じゃあ、夕方までね」


カリンは頷いた。


「うん」


俺は少し申し訳なかった。


カリンにも家がある。


親もいる。


俺のそばにいることが、カリンの全部になってはいけない。


そう思う。


でも今は、その手がありがたかった。


俺は声を出した。


「あう」


カリンは俺を見た。


「なに?」


ありがとう。


そう言いたい。


でも、言葉にはならない。


俺はカリンの手を握った。


カリンは少しだけ目を細めた。


「よし」


分かったのか。


分からない。


でも、少し伝わった気がした。



夕方が近づいた頃、森側から大人たちが戻ってきた。


最初に見えたのは、ヨシュアだった。


大きな盾を持ち、服には泥がついている。


怪我はない。


それを見た瞬間、俺は体から力が抜けた。


次に、アンナ。


少し顔色が悪い。


でも、歩いている。


その後ろに、ミラ。


ミラは小さな鉄箱を両手で持っていた。


無事だった。


全員、帰ってきた。


「あう……」


声が漏れた。


カリンも小さく言った。


「かえった」


「あう」


帰ってきた。


本当に。


カリンの手からも力が抜けた。


その時、自分でも気づいた。


カリンもずっと力を入れていたのだ。


落ち着いているように見えて、ずっと怖かったのだろう。


俺はカリンの手を握り返した。


カリンは黙って頷いた。



アンナたちは、家に入る前に外で靴を脱いだ。


泥のついた靴は、家の中に入れない。


服の裾も、布で拭いている。


ミラは鉄箱を机には置かなかった。


家の外に置いたまま、アンナに声をかける。


「ここで開けましょう。中には入れない方がいい」


アンナは頷いた。


俺は寝床の上にいた。


カリンが隣に座っている。


窓から少しだけ、外の様子が見えた。


ミラが鉄箱を開ける。


中には、黒い根の欠片のようなものが入っていた。


ほんの指先ほど。


それでも、胸の奥がざわついた。


見てはいけない。


でも、見えてしまった。


【黒い根の欠片】

水と土に絡みつく黒い魔力塊。

生命力と魔力の流れを阻害している。

通常の魔物由来ではない。

強い悪性反応あり。

詳細不明。


見た瞬間、頭の奥が熱くなった。


「あ、あう……!」


カリンがすぐに俺の顔を両手で挟んだ。


「よーか!」


視界がカリンで埋まる。


黒い根が見えなくなる。


俺は大きく息を吸った。


頭の熱が少し引く。


カリンの手が震えていた。


「だめ」


「あう……」


はい。


だめでした。


見てしまった。


ほんの一瞬。


でも、はっきり見えた。


これは冷たい。


重い。


何かを押し潰すような感じがする。


そう感じた。


アンナがすぐに鉄箱を閉じた。


「ヨウカが反応したわ」


ヨシュアの声が低くなる。


「やはり普通の汚染じゃないか」


ミラも険しい顔だった。


「私の鑑定でも、ただの魔物由来ではないと出たわ。でも、正体までは分からない」


ただの魔物由来ではない。


それだけで、十分に嫌だった。


何か分からない。


分からないのに、確かに悪いものだと分かる。


その気持ち悪さだけが、胸の奥に残った。


その後、大人たちは家の中で話した。


鉄箱は外に置いたまま。


窓も少し開け、空気を通す。


俺はアンナに抱かれていた。


アンナは帰ってすぐ、俺を抱いた。


言葉は少なかった。


「ただいま」


それだけ。


俺も声を出した。


「あう」


おかえり。


伝わったのか、アンナは少しだけ笑った。


ヨシュアも俺の頭を撫でた。


「待てたな」


「あう」


待てました。


かなり頑張りました。


カリンのおかげで。


ヨシュアはカリンも見た。


「よく見てくれた」


カリンは少しだけ胸を張った。


「みすぎ、だめ、した」


「そうか。助かった」


カリンは満足そうに頷いた。


「よし」


自分にも「よし」を出したようだった。


少しだけ場が和らいだ。


でも、大人たちの顔はすぐに戻った。


ミラが地図を指す。


「湧き石に黒い根が絡んでいた。根は石の割れ目に入り込んでいる。表面だけ焼いても、奥に残るわ」


アンナが続ける。


「強く焼けば消せるかもしれない。でも、湧き水ごと壊すかもしれない」


「精霊は?」


ヨシュアが聞く。


ミラは少しだけ言葉を探した。


「いると思う。かなり弱ってる。水の精霊、あるいはそれに近いもの。黒い根が、流れを締めつけている」


いたい。


たすけて。


あの声がまた胸の奥で揺れた。


俺はアンナの服を握った。


アンナは俺を抱く腕に、少しだけ力を入れた。


「ヨウカには見せない方がいい」


ミラが言った。


「反応が強すぎる。あの根は、この子にとって負担が大きい」


「分かってる」


アンナの返事は早かった。


ヨシュアも頷く。


「ヨウカを使う形にはしない」


その言葉に、胸の奥が少し軽くなった。


俺は何かを感じ取れる。


それは事実だ。


でも、それを利用するような形にはしない。


大人たちは、そう決めてくれている。


ありがたい。


でも、同時に悔しい。


あの声が、俺に届いているのに。


俺はまだ、何もできない。



話し合いは続いた。


黒い根は、水源の石に絡みついている。


完全に燃やせば、水の流れや精霊まで傷つく可能性がある。


切ろうとしても、根はただの植物ではない。

触れた道具に黒い粉がつく。


ミラの薬草でも、根そのものを弱らせるには足りない。


アンナの炎で、表面の細い部分は焼ける。


だが、奥に入り込んだ根は残る。


ヨシュアの剣では、そもそも相性が悪い。


力で断ち切る相手ではない。


つまり、今すぐ完全解決はできない。


ただし、分かったこともある。


黒い根の中心は、湧き石の割れ目。


そこから水へ広がっている。


表面に出ている細い根を少し処理したら、森の空気がほんの少しだけ変わったらしい。


鳥の声が一度聞こえたのも、そのせいかもしれない。


なら、まったく手がないわけではない。


アンナが言った。


「細い根を焼いて、流れを少し戻す。それから中心をどうするか考える」


ミラが頷く。


「精霊を落ち着かせられれば、根が弱まるかもしれない」


精霊を落ち着かせる。


その言葉に、俺の胸がまた震えた。


俺は精霊魔法を持っている。


でも、使い方は分からない。


今まで、ほとんど何もできていない。


できるのは、痛い声を聞くことくらい。


それでも、何かできるのではないか。


そう考えた瞬間、カリンが俺を見た。


「よーか」


「あう」


「むちゃ、だめ」


先に言われた。


俺は目を逸らした。


なぜ分かる。


いや、分かるか。


俺の顔に出ているのだろう。


カリンは真剣だった。


「よーか、いたい、だめ」


「あう……」


分かっている。


分かっているけれど。


カリンは俺の手を握った。


「アンナいる。ヨシュアいる。ミラいる」


ひとつずつ名前を言う。


「よーか、ひとり、だめ」


その言葉は、かなり刺さった。


一人で何とかしようとするな。


今まで何度も言われてきたことだ。


俺は布人形を握った。


そして、声を出した。


「あう」


分かった。


たぶん。


いや、分かるようにする。



夜になっても、大人たちの話は終わらなかった。


ただ、方針は決まった。


明日、もう一度森の奥へ行く。


今度は処置のため。


アンナが細い黒い根を焼く。

ヨシュアが周囲を守る。

ミラが水と精霊の反応を見る。

ダンは道案内だけで、危険ならすぐ下がる。


そして、村では水を守る。


村長が指示を出す。


カリンは俺のそばにいる。


俺は、待つ。


また待つ。


それが俺の役割だった。


悔しい。


でも、たぶん今はそれが正しい。


俺が森へ行けば、守る対象が増える。

俺が無理に見れば、俺自身が倒れる。

俺が倒れれば、アンナたちは森どころではなくなる。


分かっている。


分かっているから、待つしかない。


ただし、何も感じなかったことにはできない。


黒い根。


水源に絡みつく黒い魔力塊。


精霊の痛み。


それらは、俺の中に残った。


忘れない。


でも、今は抱え込まない。


アンナが俺を寝床に下ろした。


「今日はもう寝ましょう」


「あう」


眠れるかは分からない。


でも、寝なければならない。


明日また、何かが起きる。


その時に、俺がぐずっているだけでは困る。


カリンが布人形を俺の横に置いた。


「これ、いる」


「あう」


いります。


一人で何とかしようとしない。


カリンは満足そうに頷いた。


「よし」


今日最後の「よし」は、少しだけ厳しかった。


でも、その厳しさがありがたかった。


俺は布人形を握りながら、目を閉じた。


森の奥には、黒い根があるらしい。


ただの植物でも、ただの魔物でもない。


神様に似た、けれど祝福とはまるで違う、冷たくて重い何か。


そしてその奥で、小さな精霊が、まだ痛がっているらしい。

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