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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第二章 フィル村幼年期編
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なんか閉じる練習覚えたらしい

隣町から来た研究者は、思っていたより普通の人だった。三十代くらいの女の人で、薄い茶色の髪を後ろでまとめている。腰には小瓶や金属の筒がいくつも下がっていた。薬師のミラとは違う。薬草の匂いより、金属と乾いた紙の匂いがする。

「リディア・ノルンです。黒い根の欠片と、水場の異常を確認しに来ました」

声は落ち着いていた。大げさに驚くでもなく、怖がりすぎるでもない。

俺はアンナの後ろに立っていた。カリンが俺の隣で、半歩だけ前に出る。ただ、前と違って、カリンはリディアの手も、腰の小瓶も、アンナの位置も見ていた。俺だけを見ていない。

リディアはそれに気づいたらしく、笑った。

「警戒されているみたいですね」

黒い根の欠片は、家の中では開けなかった。村の外れ、風通しの良い場所で、鉄箱を開ける。中には、指先ほどの黒い欠片。三年前、森の湧き場で見つかったものだ。

俺は一瞬だけ見た。

【黒い根の欠片】

生命力と魔力の流れを阻害する。通常の魔物由来ではない。詳細不明。

詳しく見ようとすると、胸の奥が冷える。俺はすぐ目を逸らした。カリンが何も言わず、俺の袖を軽くつかむ。止める言葉はなかった。ただ、そこにいた。

リディアは細い金属の棒で欠片を動かし、眉を寄せた。

「魔物の残滓とは違いますね。毒、病、呪い、魔物の汚染。どれにも似て、どれにも当てはまらない」

「危険は?」アンナの顔が固くなる。

「あります。素手で触れるものではない。水源に絡んでいたなら、処置が遅れればもっと広がっていた」

リディアは粉をほんのだけ小瓶に集めた。

「持ち帰って調べます。量は最小限に。危険なものは、たくさん持てば分かるというものではありません。運ぶだけで広げます」

ミラと同じだ、と思った。調べることと、広げないこと。両方を考えている。

その後、リディアの視線が俺に向いた。

「この子が、反応した子ですか?」

アンナの表情から柔らかさが消えた。ヨシュアが一歩、位置を変える。空気が重くなった。

リディアは両手を軽く上げた。

「調べたいという意味ではありません。むしろ逆です。守る方法を考えた方がいい」

「守る方法」

「感応が強い子は、見たくないものまで拾います。水や精霊に近い反応は、距離があっても届く。才能と言えば聞こえはいいですが、幼い子には負担が大きすぎる」

リディアは胸の前で手を重ねた。

「開く練習より、閉じる練習が先です」

閉じる。その言葉に、俺は反応した。魔法は使うものだと思っていた。でも、使わない練習。聞かない練習。それは、今の俺に必要な気がした。

家に戻ってから、リディアは机に白い小石を置いた。

「これは普通の石です。今日は、見ない練習をしましょう。目で見るのはいい。でも、奥まで覗こうとしない。扉を閉める感じです」

俺は小石を見る。

【白い小石】

特筆すべき性質なし。

そこで止める。さらに細かく見ようとしない。表示を見たら、扉を閉める。

表示が薄くなった。完全には消えない。でも、遠くなった。

「あ」

「できた?」リディアが笑う。

「、遠くなった」

「消そうとしなくていい。遠くするだけ。今はいらない、と決める」

今はいらない。その言葉は分かりやすかった。もう一度やる。表示が出る。でも、追わない。今はいらない。頭が軽い。目の奥に力が入らない。

「もう一回」

「三回まで。練習は、疲れる前にやめるものです」

耳が痛い。俺は三回だけ練習した。三回目は、二回目よりうまくいかなかった。リディアはそこで石を布で包んだ。

「終わりです」

「まだできる」

言った瞬間、アンナとカリンが同時に俺を見た。

「……今日は終わり」

俺は言い直した。リディアが笑った。

「賢いですね」

その後、リディアはカリンにも声をかけた。

「カリンちゃんは、止める側の練習です。ヨウカちゃんが見すぎている時、毎回止めるだけだと、ヨウカちゃんが自分で閉じる練習ができません。だから、まず聞いてあげてください。今、閉じられる? って」

カリンは考えてから、俺を見た。

「ヨウカ、今、閉じられる?」

早速だ。

「今は見てない」

「そっか」

それだけ。でも、昔のカリンはすぐ「だめ」と言った。今は、俺が自分で閉じられるかを確認する。止めるだけでなく、任せる。

翌朝、その練習が役に立った。

村の森側の溝に、黒い泥が溜まっていた。雨は降っていない。夜露が森側の土を運んだらしい。見回りの村人が見つけ、すぐ村長に知らせた。以前なら、ただの泥だと思って掬っていたかもしれない。今のフィル村では、森側の黒いものに誰も素手で触らない。

俺とカリンは、柵から手前の場所までしか行けなかった。溝の底に、指先ほどの黒い塊。光を吸うように黒い。見ていると嫌な感じがする。文字が浮かびかけた。

【黒い泥】

その先を見ようとして、俺は息を止めた。今はいらない。表示が遠くなる。

「……閉じられた」

カリンがすぐ俺を見て、自分の盾を軽く叩いた。

「じゃあ、こっち」

俺は黒い泥から目を外し、盾を見た。木目。革紐。小さな傷。黒い泥より、ずっと見ていて楽だった。止められたというより、戻る場所を渡された感じがした。

リディアが長い金属の棒で泥を掬い、黄色い紙を近づける。紙の端がじわりと灰色に変わった。

「弱いですが、反応はあります。溝のおかげで止まっている。今日は触らず、囲って乾かしましょう」

ヨシュアが頷く。あの溝は地味だ。英雄の剣でも結界でもない。ただ土を掘って水の通り道を変えただけ。でも、それが村を守っている。

その時、村の子のトマが近づこうとした。

「なにしてるの?」

カリンが動いた。盾は構えず、体の向きで道を塞ぐ。

「だめ。黒いの、ある」

「見たいだけ」

「だめ」

トマはむっとしたが、後ろのヨシュアを見て足を止めた。ヨシュアは何も言っていない。ただ見ているだけだ。それが効いた。

「じゃあ、あとで教えて」

「あとで、大人に聞く」

カリンは、自分が説明するとは言わなかった。分からないものを、分かったふうに話さない。

ヨシュアが短く言った。

「今のは良い」

カリンの背筋が伸びた。

夕方、リディアは隣町へ戻る準備を始めた。近づきすぎず、距離を取ってしゃがむ。

「ヨウカちゃん。今日、閉じられましたね」

「」

「でいいです。毎回ずつ。閉じるのは、逃げることではありません。今、自分で持たなくていいものは、持たない。それだけです」

今、自分で持たなくていいものは、持たない。黒い泥の正体。森の奥の黒い根。水の痛み。全部を今の俺が抱える必要はない。必要な人に渡して、自分は戻ってくる。それが、閉じる練習の意味だった。

リディアはカリンも見た。

「カリンちゃんも。周りを見られていましたね」

カリンは目を丸くした。褒められると思っていなかったのかもしれない。

夜、寝床で水の声が遠くに触れそうになる。俺は扉を閉めた。完全に閉ざすわけではない。聞こえたものをなかったことにするわけでもない。ただ、今の自分が持つには重いものを、遠くに置く。

カリンが寝る前に聞いた。

「閉じられる?」

「」

「じゃあ、寝る」

森の方には、まだ何かが残っている。それは分かっている。でも、今は寝る。今はいらない。

前世でも、俺は嫌なものを閉じるのが下手だったのかもしれない。家の空気。父の怒鳴り声。母の無関心。全部、拾ってしまっていた気がする。

閉じることは、見捨てることではない。今は見ない。今は休む。今は大人に渡す。そういう選択なのだと、ようやく分かった。

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