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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
22/34

なんか隣町から人が来るらしい

隣町へ知らせに行った二人が戻ったのは、次の日の昼過ぎだった。


本来なら、もう少し遅くなるはずだったらしい。


けれど、二人はかなり急いで戻ってきた。


そして、一人ではなかった。


村の入口の方が少し騒がしくなる。


俺は寝床の上で、布人形を握っていた。


カリンは隣にいる。


最近のカリンは、俺の隣にいる時間が長い。


森を見るな。

水を見るな。

考えすぎるな。

眠れ。


そういう役目を、勝手に引き受けている気がする。


ありがたい。


だが、少し厳しい。


俺が窓の方を見ようとしただけで、カリンの手が伸びた。


「よーか、だめ」


「あう」


まだ見てない。


まだ。


たぶん。


カリンは俺をじっと見た。


「みるかお」


見抜かれている。


俺は大人しく布人形を握った。


この人形、完全に俺の気を逸らすための道具になっている。


【布人形】

手縫いの人形。少し不格好。

持ち主の強い愛着を感じる。


何度見ても、同じ表示だ。


少し不格好。


でも、そこがいい。


「戻ったみたいね」


アンナが窓の外を見て言った。


その声に、ヨシュアがすぐ立ち上がる。


「行ってくる」


「私も行くわ」


アンナは俺を見た。


少し迷った顔をする。


そして、カリンを見る。


「カリン、少しだけヨウカをお願い」


カリンは真剣に頷いた。


「うん」


アンナは俺の頭を軽く撫でた。


「待っててね」


「あう」


待ちます。


見たいけど。


かなり見たいけど。


待ちます。


アンナとヨシュアが外へ出ると、家の中は少し静かになった。


カリンは俺の隣で、布人形をこちらに押し出した。


「これ、みる」


またそれである。


俺は人形を見た。


黒い布の髪。

ずれた目。

少し曲がった口元。


カリンが作った人形。


たぶん、俺を落ち着かせるために持ってきたもの。


そう思うと、胸の奥が少し温かくなる。


だから俺は、窓の外を見ないようにして、人形を握った。


外の声は聞こえる。


でも、細かい内容までは分からない。


もどかしい。


かなりもどかしい。


「よーか」


カリンが言った。


「あう」


「まつ」


「あう」


待ちます。


「まてる?」


「あ……う」


少し遅れた。


カリンの目が細くなる。


「まつ」


命令だった。


俺は素直に頷く代わりに声を出した。


「あう」


はい。


待ちます。



しばらくして、扉が開いた。


戻ってきたのはアンナとヨシュア。


そして、知らない女の人だった。


年齢はアンナより少し上くらいだろうか。


髪は茶色で、後ろでひとつにまとめている。

服は旅装に近いが、腰には薬草用の小袋や小瓶がいくつも下がっていた。


薬の匂いがする。


草と、乾いた根と、少し苦い匂い。


俺はその人を見た。


【ミラ】

状態:軽い疲労

薬師。

詳細不明。


薬師。


この人が、隣町から来た人か。


ミラと表示された女の人は、家の中に入るなり、俺を見た。


「あら」


目が合う。


一瞬、ミラの表情が柔らかくなった。


赤ん坊を見た時の顔。


たぶん、それだけ。


たぶん。


そう思おうとしたが、少し引っかかる。


ミラはすぐにアンナへ視線を戻した。


「この子がヨウカちゃん?」


「ええ」


「銀髪って聞いてたけど、本当にきれいね」


アンナが少しだけ俺をかばうように立った。


ほんの少し。


でも分かる。


ミラはそれに気づいたのか、苦笑した。


「そんな顔しないで。見るだけよ」


「分かってるわ」


アンナはそう言ったが、あまり分かっている顔ではなかった。


豪炎の魔女、子どものことになると警戒が強い。


ミラは俺に手を伸ばさなかった。


そこはありがたい。


知らない大人に急に触られるのは、赤ん坊の体としても少し身構える。


前世の記憶も、余計に反応する。


ミラは少し距離を取ったまま、柔らかく言った。


「こんにちは、ヨウカちゃん」


「あう」


こんにちは。


アンナが俺を見た。


「今日は見るだけ。無理に何か見ようとしないの」


短く言われる。


俺への説明はそれだけだった。


詳しい話は、大人たちでするらしい。


その方が自然だ。


俺は大人しく返事をした。


「あう」


カリンが隣で小さく言う。


「みすぎない」


「あう」


二重監視である。



ミラは、まずルッツの傷を見た。


ルッツは今日もアンナの家に来ていた。


傷はだいぶ落ち着いている。


赤みも薄い。


俺が少し見ると、表示も悪くなかった。


【擦過傷】

回復傾向。

魔力の乱れはほぼ消失。

経過観察。


よかった。


本当に。


ミラはルッツの腕を見て、感心したように言った。


「洗浄だけで抑えたのね。軟膏を塗らなかったのは正解だと思う」


アンナは小さく頷いた。


「原因が分からなかったから」


「それでいいわ。こういう魔力の汚れは、傷口を塞ぐと中に残ることがあるの」


魔力の汚れ。


ミラは黒い粉をそう呼んだ。


汚れ。


ただの土ではない。


魔力を含んだ、何か。


ルッツは少し青い顔をした。


「中に残ったら、どうなってたんですか?」


ミラは少し言葉を選んだ。


「熱が続いたり、傷が塞がりにくくなったり、しびれが強くなったりすることがあるわ。ひどい時は、魔力の流れが乱れて体がだるくなる」


ルッツは自分の腕を見た。


「早く来てよかった……」


「本当にね」


ミラは頷いた。


そしてアンナを見る。


「気づいたのは?」


アンナは一瞬だけ俺を見た。


俺は布人形を握り直した。


ミラもその視線に気づく。


少し驚いたような顔。


けれど、アンナはすぐに言った。


「いろいろ重なったの。傷の見た目と、ヨウカの反応と、黒い粉の様子」


ヨウカだけではない。


そう言ってくれた気がした。


少し安心する。


俺の力を便利な道具みたいに扱わない。


この家の大人たちは、そこをちゃんと止めてくれる。


ミラは深く追及しなかった。


「なるほど。良い判断だったわ」


それだけだった。



次に、ミラは小川の水を見た。


昨日ヨシュアたちが持ち帰った瓶が、机に並べられる。


森の入口近く。

小川の浅い場所。

少し上流側。


三本の瓶。


俺は視線を下げた。


見ない。


特に上流側の水は、見ない。


昨日、あれを見て「いたい」と感じた。


精霊反応。


それ以上は危ない。


カリンが俺の手を握る。


「よーか、みない」


「あう」


見ません。


今は大人の仕事だ。


俺は布人形を見る。


黒い布の髪。

ずれた目。

少し曲がった口元。


不格好。


でも、見ていて痛くならない。


ありがたい人形である。


ミラは瓶を布越しに持ち上げた。


まず森の入口近くの水。


「弱いけど、あるわね」


次に浅い場所。


「これは駄目。飲み水には絶対に使わない方がいい」


最後に上流側。


ミラの表情が変わった。


しばらく黙る。


家の中が静かになった。


「……これは」


アンナが聞く。


「何か分かる?」


ミラは瓶を机に戻した。


「水そのものが悪くなっているというより、水に混じっている魔力が弱ってる。そこに黒い粉が絡んで、流れを邪魔している感じ」


ヨシュアが腕を組む。


「水の精霊か?」


「たぶん、関わっている」


ミラははっきりとは言い切らなかった。


「ただ、水の精霊そのものが荒れているなら、もっと水が暴れる。これは暴れているんじゃない。弱って、押し込められている」


押し込められている。


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少し震えた。


いたい。


あの声が、遠くで揺れた気がした。


俺は思わず息を止める。


カリンがすぐに俺を見た。


「よーか?」


俺は首を振る代わりに、人形を握った。


見ない。


追わない。


ここで反応しすぎると、また引っ張られる。


ミラは続けた。


「原因は上流にあると思う。でも、今すぐ奥へ行くのはすすめないわ」


アンナがほっとしたように息を吐く。


ヨシュアはミラを見る。


「理由は?」


「触れたら分かる相手じゃないから。魔物なら倒せばいい。でもこれは、土や水や草に広がっている。下手に踏み込めば、人間側が持ち帰る」


ヨシュアの顔が険しくなる。


「黒い粉をか」


「ええ。靴、服、傷口、道具。何にでもつく可能性がある」


村長が重く頷いた。


「では、森には入らない方がいいな」


ミラは頷いた。


「少なくとも、準備なしでは」


準備。


やはりすぐには動けない。


それは安心でもあり、不安でもあった。


森の中に何かがある。


水の精霊か、別の何かか。


それが弱っている。


でも、近づけない。


助けたいと思っても、手を伸ばせない。


俺は布人形を握った。


また、何もできない。


けれど今は、それでいい。


無理に見に行って倒れたら、ただ人を困らせるだけだ。



ミラは小さな袋から、乾いた青い葉を取り出した。


「これは水場の魔力を見る時に使う葉よ」


葉は細長く、少し青みがある。


アンナが少し驚いた。


「アオスジ葉? まだ持ってたの?」


「隣町の薬師としては、こういう時のためにね」


ミラは葉を三つに分け、それぞれの水を一滴ずつ垂らした。


森の入口近くの水を垂らした葉は、少しだけ色がくすんだ。


浅い場所の水は、葉の端が黒ずんだ。


上流側の水は、葉全体がじわりと暗くなった。


村長が息を呑む。


「これは……」


ミラは苦い顔をした。


「上流側が一番悪い。水を飲んで倒れた鳥がいたなら、たぶんこの影響ね」


アンナが小さく言う。


「薬草が萎れたのも」


「同じ可能性が高いわ。根から弱る」


俺はカリンの手を握った。


草が弱る。

鳥が落ちる。

傷が熱を持つ。

水の中の何かが痛がる。


森が病んでいる。


その言葉がまた浮かんだ。


ミラは葉をすぐに別の布で包んだ。


「これは燃やして。煙は出さないように」


アンナが頷く。


「分かった」


豪炎の魔女の出番である。


ただし、今は戦いではない。


汚れを広げず、必要なものだけを焼く。


それも、アンナの炎の使い方なのだ。



ミラは、村長とヨシュアにいくつか指示を出した。


森側の小川は使用禁止。

小川沿いの草には触れない。

家畜は南側へ移す。

森側へ行った靴や道具は洗って乾かす。

黒い粉がついたものは、まとめてアンナの炎で処理する。

ただし煙を吸わない。


それから、井戸水は毎朝確認。


「井戸に異常が出たら、すぐに村を動かす必要があるわ」


ミラの声は落ち着いていた。


だが、その言葉は重かった。


村を動かす。


つまり、避難もあり得るということだ。


フィル村を離れる。


その可能性が一瞬でも出たことに、胸がざわつく。


俺はこの村が好きだ。


好きになったばかりだ。


だから、離れるなんて考えたくない。


でも、水が駄目になれば、人は住めない。


村とは、家や柵だけではない。


水があること。

食べ物があること。

安全に眠れること。


その全部でできている。


好きな場所を守るには、好きという気持ちだけでは足りない。


またそれを思い知らされる。


ヨシュアは静かに言った。


「最悪の想定だけはしておく」


村長も頷いた。


「ああ。だが、まずは井戸を守る」


アンナが俺の方をちらっと見た。


そして、小さく言った。


「子どもたちもね」


その言葉に、カリンの手が少し強くなった。


俺は握り返した。



話し合いが終わる頃には、日が傾き始めていた。


ミラはしばらくフィル村に残ることになった。


隣町へ戻るより、ここで様子を見る方がいいと判断したらしい。


村長の家に泊まると言っていた。


帰り際、ミラは俺の方を見た。


「ヨウカちゃん」


俺は少し身構えた。


ミラは近づきすぎず、少し離れたところでしゃがんだ。


「疲れたでしょう。今日はもう、水のことは見ない方がいいわ」


「あう」


分かっています。


ミラは少しだけ笑った。


「本当に分かってそうね」


アンナがため息をつく。


「そうなのよ」


またその会話である。


ミラはそれ以上、俺の反応を試すようなことはしなかった。


その代わり、アンナに向かって言った。


「この子、感覚が鋭すぎるのかもしれない。見せるものは選んだ方がいいわ」


「そうする」


アンナはすぐに頷いた。


ミラはカリンにも視線を向けた。


「あなたが止めてるのね」


カリンは真剣な顔で頷いた。


「よーか、みすぎる」


「そう。じゃあ、お願いね」


「うん」


カリンは少しだけ誇らしそうだった。


俺の監視役として正式に認められてしまった。


それでいいのか。


まあ、実際かなり助かっている。



夜。


ミラが村長の家へ向かい、ヨシュアが村の見回りに出た後、家の中は少し落ち着いた。


アンナは処理用の小瓶や布を整理している。


俺は寝床にいた。


カリンは帰る前に、布人形を俺のそばに置いた。


「今日も、かす」


「あう」


ありがとうございます。


カリンは俺の顔を見た。


「よーか、みなかった」


「あう」


見ませんでした。


少しだけ見たけど。


いや、かなり我慢した方だと思う。


カリンは頷いた。


「えらい」


俺は褒められた。


一歳児としては、かなり高評価である。


カリンは続けた。


「でも、あしたも、みすぎない」


「あう」


明日も。


たぶん明日も、何かがある。


森はまだ治っていない。


水もおかしいまま。


精霊らしき声も、まだ遠くに残っている。


いたい。


あの小さな声を思い出すと、胸が少し痛む。


でも、今日は追わない。


今は大人たちが動いている。


アンナがいる。

ヨシュアがいる。

ミラが来た。

村長も動いている。


俺一人が抱えることではない。


カリンが俺の手を握った。


「よーかも、だいじ」


昨日と同じ言葉。


でも、今日は少し違って聞こえた。


俺も大事。


水の中の何かが痛がっているとしても、俺が痛くなっていいわけではない。


助けたい気持ちと、自分を大事にすること。


その両方を持たなければならない。


難しい。


一歳児どころか、前世の二十二歳でも難しかった気がする。


俺は小さく声を出した。


「あう」


カリンは満足そうに頷いた。


「よし」


今日最後の「よし」だった。



その夜、俺はまた夢を見た。


水の中。


昨日より少しだけ浅い場所。


黒い粉のようなものが、水の底に沈んでいる。


その奥で、小さな光が震えていた。


声が聞こえる。


いたい。


でも、昨日より少しだけ違った。


たすけて。


そう聞こえた気がした。


俺は手を伸ばそうとした。


でも、途中で止まった。


カリンの声が、どこかで聞こえた気がしたからだ。


よーかも、だいじ。


俺は手を伸ばしきらず、ただその光を見た。


今はまだ届かない。


でも、忘れない。


そう思ったところで、目が覚めた。


部屋は暗い。


暖炉の火が小さく揺れている。


横には、カリンの布人形があった。


俺はそれを握った。


どうやら、隣町から人が来たらしい。


そして森の奥の何かは、ただ痛がっているだけではなく、助けを求めているらしい。

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