↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
19/163

なんかみんなで助けるらしい

昨日のことは、カリンの短い説明でだいたい分かった。


俺が水に触れた。

水が光った。

俺が疲れて、倒れかけた。


カリンの説明はそれだけだった。


けれど、それだけで十分だったらしい。


ミラは、木の杯に残った井戸水を見て言った。


「水を媒介にした共鳴、みたいなものね」


共鳴。


その言葉は、妙にしっくりきた。


俺が魔法を使ったというより、向こうの痛みに引っ張られて、こちらの水まで震えた。

その震えに、言葉にならないものを乗せた。


そんな感覚だった。


アンナは俺を抱いたまま、静かに言った。


「助かったわ」


俺はアンナを見上げた。


「あう……」


「でも、もう勝手に水に触っちゃ駄目」


その声は、怒っているというより、怖がっていた。


「あなたが痛くなる」


俺は何も言えなかった。


いや、もともと言えないのだが、そういうことではない。


反論する資格がなかった。


カリンは俺の隣で、ずっと黙っていた。


ただ、俺の手だけは離さなかった。


⸻


黒い根は、昨日よりも細く見えたらしい。


けれど、弱ったわけではなかった。


湧き石の奥に入り込んだ芯だけが残り、水の流れをまだ締めつけている。


ミラは青い葉を水面に浮かべ、眉を寄せた。


「表は焼けた。でも、奥が残ってる」


アンナは指先に火を灯した。


炎は小さい。


牙猪を焼いた時の炎とはまるで違う。

針の先ほどの、白く細い火だった。


「ここを焼けばいいのね」


「たぶん。でも、水が揺れたら止めて」


ヨシュアは盾を構えたまま、周囲を見ていた。


「来るなら止める」


短い言葉だった。


それだけで、アンナは頷いた。


その頃、俺は村で泣いていた。


⸻


胸の奥が強く震えた。


いたい。

こわい。

にげたい。


声が重なって、俺は布人形を抱えたまま泣いた。


昨日のように水へ手を伸ばしはしなかった。


水差しは、手の届かない場所に置かれている。


カリンは何も言わなかった。


ただ、俺の背中に手を回した。


三歳の腕だ。

小さくて、頼りない。


それでも、俺を森の奥から引き戻すには十分だった。


俺は泣いた。


泣いて、カリンに支えられた。


自分でどうにかしようとしなかった。


それだけで、昨日よりは少しましだった。


⸻


森の奥で、アンナの火が黒い芯に触れた。


ぱち、と嫌な音がした。


普通の植物が燃える音ではない。


湿った骨を焼くような、ひどく嫌な音だったと、後でミラが言っていた。


黒い煙が上がる。


アンナはすぐに、その煙ごと炎で包んだ。


森に広げない。

水に落とさない。

吸わせない。


燃やすというより、閉じ込めて消す。


けれど、黒い根は黙って焼かれてはくれなかった。


湧き水が大きく波打つ。


黒い泥のようなものが、水の中から盛り上がった。


小さな獣の形にも見えたらしい。


子ヤギほどの大きさ。


でも、目はない。


口もない。


ただ、黒い泥と根が絡まって動いている。


「下がれ」


ヨシュアの声が低く響いた。


泥の獣が跳ねる。


次の瞬間、ヨシュアの盾がそれを受け止めた。


鈍い音が森に響く。


黒い泥が盾にぶつかり、弾けた。


ミラが叫ぶ。


「根から剥がれた汚れよ! 本体じゃない!」


「燃やしていい?」


アンナが聞く。


「水から離れた分だけなら!」


アンナは即座に火を放った。


大きな炎ではない。


逃げ道を塞ぐような、小さく速い炎。


黒い泥が焼ける。


煙が上がりかける。


それすらも、アンナは炎で包んで消した。


豪炎の魔女。


その異名に反して、今のアンナの炎は派手ではなかった。


けれど、必要なものだけを焼くという意味では、今までで一番すごい炎だったのかもしれない。


⸻


俺は泣きながら、遠くの気配を感じていた。


見えているわけではない。


水にも触れていない。


それでも、震えは届く。


こわい。


いたい。


でも、その奥に、少しずつ別のものが混ざり始めた。


ゆるむ。


ながれる。


黒い根が、少しずつ緩んでいる。


水が流れようとしている。


精霊の声が、ほんの少し呼吸を取り戻している。


俺は布人形を握りしめた。


カリンはずっと黙っていた。


ただ、俺の背中を撫でていた。


ぎこちない手つきだった。


でも、ちゃんと優しかった。


「よーか」


一度だけ、カリンが俺の名前を呼んだ。


それだけだった。


その一言で、俺はまだ村にいるのだと思い出せた。


森ではない。


黒い根の前ではない。


俺はアンナの家にいる。


カリンがそばにいる。


だから、戻れる。


⸻


森の奥では、処置が続いていた。


アンナが黒い芯を焼く。


ミラが水の反応を見る。


ヨシュアが湧き場の前に立ち、黒い泥が出るたびに盾で受けた。


何度もではない。


けれど、二度、三度、小さな泥の塊が水から跳ねたらしい。


そのたびにヨシュアが止め、アンナが焼いた。


ミラは青い葉を取り替えながら、短く伝える。


「そこは深い」


「止めて」


「もう少し左」


「今。水が引いた」


三人は、それぞれ違うことをしていた。


でも、同じものを守ろうとしていた。


水源。


弱った精霊。


そして、フィル村。


誰か一人でも欠ければ、たぶん無理だった。


アンナだけなら、水源まで焼いてしまう危険がある。


ミラだけなら、根を処理できない。


ヨシュアだけなら、相手にならない。


ダンがいなければ、そこまで迷わず行けない。


村長がいなければ、村の守りが乱れる。


カリンがいなければ、俺はまた水に手を伸ばしていたかもしれない。


俺が昨日伝えなければ、根元は分からなかったかもしれない。


全部が必要だった。


誰か一人が救ったわけではない。


そういう出来事だった。


アンナの炎が、黒い芯の一部を焼き切った瞬間。


湧き水が一度、大きく震えたらしい。


ミラが青い葉を見た。


葉の黒ずみが、ゆっくり薄くなっていく。


完全に戻ったわけではない。


でも、さっきより明らかに薄い。


水面の奥で、小さな光が揺れた。


ミラは息を呑んだ。


「いる……」


アンナは炎を止めた。


水の中に、雫のような光があった。


小さな魚にも見える。

子どもの手のひらほどの、淡い光。


それは少しだけ震えながら、水の流れに身を任せていた。


黒い根は、まだ石の奥に欠片のように残っている。


でも、締めつけは外れた。


水が流れる。


細く。


弱く。


けれど、ちゃんと流れる。


ミラは小さく言った。


「助かった、のかもしれない」


アンナはその光を見て、静かに息を吐いた。


「まだ痛そうね」


「ええ。でも、さっきよりはずっといい」


ヨシュアは盾を下ろさなかった。


「戻れるか?」


「戻れるわ」


ミラが頷く。


「これ以上は触らない方がいい。今は、流れが戻ったところで止めるべき」


アンナも頷いた。


「分かった」


そこで終わり。


完全に消すのではない。


完全に治すのでもない。


これ以上悪くしないところで止める。


それも、大事な判断だった。


⸻


最初の知らせは、ダンが持って帰ってきた。


村長が駆け寄る。


「どうだ?」


ダンは息を整えながら答えた。


「水が……少し戻りました。黒い根は、全部じゃないけど、締めていたところは焼けたって」


村人たちがざわめく。


「本当か」


「鳥も戻ってたぞ」


「井戸は?」


「井戸は今のところ無事だ」


村長が声を張った。


「まだ森側には近づくな! だが、落ち着いて動け! 水の確認は続ける!」


その声を聞いて、村の空気が少しだけ緩んだ。


完全な安心ではない。


でも、絶望でもない。


俺はカリンの腕の中で、泣き疲れていた。


カリンは何も言わない。


ただ、俺の手を握っていた。


その手の力が、少しだけ抜けた。


カリンも、ずっと限界だったのだ。


俺だけではない。


みんな怖かった。


それでも、みんな自分の場所で耐えていた。


⸻


夕方、アンナたちが戻ってきた。


靴は外で脱がれた。


服についた泥は分けられた。


ミラは青い葉を入れた袋を慎重に持っている。


ヨシュアの盾には、黒い跡がいくつか残っていた。


アンナの顔は疲れていた。


それでも、歩いていた。


帰ってきた。


俺は寝床の上で体を起こそうとした。


うまくいかなかった。


泣いたし、疲れているし、眠い。


それでも、手だけは伸びた。


「あう……」


アンナが俺のそばに来た。


「ただいま」


俺を抱き上げる。


服は着替えていたのに、少しだけ煙の匂いがした。


アンナの匂いだった。


俺はその服を握った。


「あう」


おかえり。


本当に。


アンナは俺を抱いたまま、しばらく何も言わなかった。


それから、小さく言った。


「助けたのは、みんなよ」


俺はアンナを見上げた。


「ヨウカだけじゃない。私だけでもない。ヨシュアも、ミラも、ダンも、村長も、カリンも。みんなで少しずつやったの」


その言葉が、胸に落ちた。


救った。


と言えるのかは、まだ分からない。


精霊はまだ弱っている。


黒い根も全部消えたわけではない。


森が完全に元通りになったわけでもない。


でも、水は少し流れた。


鳥は戻り始めた。


村はまだ立っている。


それは、誰か一人の力ではなかった。


俺は気づいた。


アンナは焼いた。


ヨシュアは守った。


ミラは見極めた。


ダンは道をつないだ。


村長は村を動かした。


カリンは俺を止めて、支えた。


みんなで、少しだけ助けた。


それでいいのだと思った。


いや、それがいいのかもしれない。


一人で全部救うなんて、たぶん危ない。


救われる側も。


救う側も。


⸻


夜。


俺はアンナの膝の上にいた。


カリンも帰る前に、俺のそばに座った。


その目は眠そうだった。


「よーか」


「あう」


カリンは少しだけ俺の顔を見た。


「ないた」


「あう……」


泣きました。


「よかった」


俺は少し驚いた。


泣いたのが、よかった。


そう言われた。


カリンは続けた。


「ひとり、しなかった」


その言葉に、俺は黙った。


そうか。


昨日の俺は、水に触れて、無理をした。


でも今日は、水に触れなかった。


苦しくなった時、泣いた。


カリンに抱えられた。


自分で何とかしようとしなかった。


それを、カリンは「よかった」と言っている。


俺はカリンの服を握った。


「あう」


ありがとう。


今度は少し伝わった気がした。


カリンは小さく頷いた。


いつもの確認の言葉は、今日は出なかった。


ただ、静かに俺の手を握った。


その手は温かかった。


⸻


眠る前、遠くで水の気配がした。


昨日までのような、胸を締めつける痛みではない。


まだ弱い。


まだ細い。


でも、流れている。


声がした。


ありがとう。


それから、少し遅れて。


まだ、いたい。


俺は目を閉じた。


全部は終わっていない。


それでも、少し助けられた。


今は、それでいい。


俺一人で救ったわけではない。


俺一人で背負う必要もない。


それを忘れないようにしようと思った。


どうやら、みんなで助けるらしい。


そして俺は、誰かを救いたいなら、自分もその「みんな」の中に入れてもらわなければならないらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。