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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
17/33

なんか見回りが増えるらしい

森の様子がおかしい。


そう分かっても、俺にできることは少なかった。


というか、ほとんどない。


俺は一歳児である。


森に入れない。

歩けない。

喋れない。

剣も持てない。

魔法も勝手には使えない。


できることといえば、見ること、気づくこと、泣くこと、寝ること。


冷静に考えると、戦力としてはほぼゼロだ。


いや、赤ん坊を戦力計算に入れる方がおかしい。


だから、今日の俺の仕事も変わらない。


食って、寝て、育つこと。


ヨシュアが言った通りだ。


だが、頭では分かっていても、気になるものは気になる。


朝から村は少し慌ただしかった。


牙猪の時のような大騒ぎではない。


でも、男たちが槍や弓を確認し、何人かの大人が森側へ向かう準備をしている。


見回りを増やすらしい。


「森の奥には入らない」


ヨシュアが言った。


井戸の近くに村人たちが集まっている。


俺はアンナに抱かれて、その様子を見ていた。


「村の外周と、薬草畑の周り、柵の外側だけを見る。異変があれば追わずに戻る」


ヨシュアの声はよく通る。


怒鳴ってはいない。


でも、みんなが自然と聞く。


「魔物を見ても深追いするな。足跡を見つけても追うな。変な匂い、腐った草、黒ずんだ根、水場の濁り。そういうものを見たら場所だけ覚えて戻れ」


かなり具体的だ。


村人たちは真剣に頷いている。


ヨシュアは続けた。


「一人で行くな。必ず二人以上。片方が怪我をしたら、もう片方は助けを呼ぶ。格好つけて戦うな」


それは俺にも刺さる。


格好つけて戦うな。


赤ん坊の俺にはまだ早い言葉だが、将来の俺にはかなり必要そうな言葉だった。


アンナも横から言った。


「森側で採れた薬草は、今日は私が確認するまで使わないで。特に根が黒ずんでいるものは触りすぎないこと」


薬草も警戒対象になったらしい。


昨日のミズヒラ草の件があるからだ。


俺はアンナの服を握った。


「あう」


アンナが俺を見る。


「大丈夫。ちゃんと見るわ」


伝わっている。


やはりこの人、俺と会話しているのではないか。


ヨシュアも俺を見て言った。


「ヨウカ、お前は留守番だ」


「あう」


分かっています。


行けるわけがない。


「気になる顔をしても駄目だ」


ばれている。


俺は目を逸らした。


村人の一人が笑った。


「ヨウカちゃん、本当に分かってそうな顔するなあ」


アンナがため息をつく。


「そうなのよ」


そうなのよ、ではない。


いや、そうなのだが。



見回り組が森側へ向かうと、村は少し静かになった。


残った大人たちは、普段通りの仕事をしている。


畑を見る人。

井戸の水を汲む人。

家畜の世話をする人。


ただ、みんな時々森の方を見る。


いつもの日常に、少しだけ警戒が混じっている。


俺はその空気を感じていた。


不安。


でも、パニックではない。


この村には、危険が来た時にどう動くかを知っている大人がいる。


ヨシュアがいる。

アンナがいる。

村人たちも、完全な素人ではない。


だからまだ大丈夫。


そう思いたかった。


「よーか」


カリンが隣に来た。


今日は木剣を持っている。


ただし、構えるためではなく、抱えるようにして持っている。


「もり、いかない」


「あう」


行きません。


「わたしも、いかない」


それは少し安心した。


カリンなら「まもる」と言ってついて行きたがる可能性があると思っていたからだ。


俺がそういう顔をしたのか、カリンは少しむっとした。


「わたし、むちゃ、だめ」


「あう」


そうです。


カリンも無茶は駄目です。


カリンは俺の手を握った。


「よーか、しんぱいするから」


その言葉に、少し胸が温かくなった。


カリンは、俺が心配するから無茶をしない。


俺も、カリンが心配するから無茶をしない。


それは良い関係なのかもしれない。


少なくとも、一方だけが守る関係よりはずっといい。


アンナがそれを見て、少し微笑んだ。


「二人とも、お互いに見張っててくれると助かるわ」


見張り。


俺たちは見張り合う関係らしい。


まあ、実際そうかもしれない。



昼前、最初の見回り組が戻ってきた。


ヨシュアはいない。


別の方向を見に行っているらしい。


戻ってきたのは、村の若い男二人だった。


片方の腕に、小さな擦り傷がある。


「大したことないです」


若い男はそう言った。


だが、アンナはすぐに眉を寄せた。


「見せて」


「いや、本当に枝で擦っただけで」


「見せて」


声は穏やかだった。


だが、拒否できる雰囲気ではなかった。


豪炎の魔女の圧である。


男は素直に腕を出した。


確かに傷は浅い。


血も少しにじんでいるだけ。


普通なら水で洗って終わりだろう。


だが、俺はその傷を見て、少し違和感を覚えた。


傷の周りに、薄い黒い粉のようなものがついている。


土かもしれない。


木の皮かもしれない。


でも、なぜか気持ち悪い。


鑑定が反応する。


【擦過傷】

浅い傷。異物付着。

微弱な魔力の乱れあり。洗浄推奨。


洗浄推奨。


俺はすぐにアンナの服を握った。


「あう!」


アンナが俺を見る。


「ヨウカ?」


俺は男の腕を指差した。


「あー!」


アンナの顔が変わった。


「水。すぐに」


村人が慌てて桶を持ってくる。


若い男は驚いた顔をした。


「そんなに悪いんですか?」


「分からない。でも、変なものがついてる」


アンナは傷口に水をかけた。


それから清潔な布で、こすりすぎないように丁寧に拭う。


黒い粉が少し落ちた。


水に混じると、ほんのわずかに灰色へ濁る。


俺はそれを見て、嫌な感じが強くなった。


【灰色に濁った水】

傷口に付着していた異物を含む水。

詳細不明。


詳細不明。


嫌な言葉だ。


分からない。


だからこそ、雑に扱ってはいけない。


アンナも同じ判断をしたらしく、いつもの薬草軟膏にはすぐ手を伸ばさなかった。


「今日は普通の軟膏は塗らない。まず洗って、布で覆うだけにするわ」


男が不安そうに聞く。


「毒ですか?」


「まだ分からない。痛みは?」


「少しひりひりするくらいです」


「熱っぽさは?」


「ないです」


「しびれは?」


「ないです」


アンナは頷いた。


「なら様子を見る。少しでも熱が出たり、傷の周りが黒くなったらすぐ来て」


正しい。


たぶん正しい。


安易に薬を塗らない。


分からないものを、分かったつもりで処置しない。


俺はまた学んだ。


医学は、何かをする力だけではない。


何をしないかを判断する力でもある。



若い男が去った後、アンナは水の入った桶を見つめていた。


「ヨウカ」


「あう」


「また気づいたのね」


俺は少し目を逸らした。


気づいた。


でも、正確には鑑定が表示しただけだ。


自分の実力ではない。


アンナは俺の頭を撫でた。


「ありがとう。助かったわ」


助かった。


そう言われると、嬉しい。


でも同時に、少し怖い。


俺が気づかなければ、どうなっていたのか。


いや、考えすぎるな。


気づいたからアンナに伝えた。


今はそれでいい。


アンナは桶の水を別の瓶に少し移した。


「ヨシュアに見せる。あと、村長にも」


カリンが俺のそばで言った。


「よーか、えらい」


「あう」


偉いのだろうか。


俺はただ変なものを見ただけだ。


でも、カリンは本気でそう思っている顔だった。


「でも、つかれたら、ねる」


そこは忘れない。


カリンは本当に俺の管理役である。



午後、ヨシュアが戻った。


顔はいつもより険しい。


大きな怪我はない。


だが、盾に黒い擦れ跡がついていた。


俺はそれを見て、心臓が少し跳ねた。


アンナも気づいた。


「ヨシュア、その盾」


「ああ。森の倒木に触れた。倒木の表面が妙に脆かった」


「魔物は?」


「見ていない。ただ、足跡はあった」


ヨシュアは盾を下ろした。


黒い擦れ跡は、木炭のようにも見える。


しかし、ただの焦げではなさそうだった。


アンナは瓶を見せた。


「見回りの子が腕を擦った。傷に似たような黒い粉がついてたわ」


ヨシュアの表情がさらに険しくなる。


「森の外側まで出てるか」


「まだ分からない。薬草畑の端、傷口、盾。全部、森側」


ヨシュアは少し考えた。


「村長に話す。今日から森側の子どもの外出は禁止だな」


カリンがすぐに反応した。


「わたしも?」


「ああ。お前もだ」


「……うん」


意外と素直に頷いた。


たぶん、危険の種類が分からないからだ。


相手が牙猪なら、カリンは前に出たがるかもしれない。


でも、黒い粉や魔力の乱れは、剣でどうにかなるものではない。


それを幼いながらに感じ取っているのだろう。


ヨシュアは俺を見る。


「ヨウカも、窓から森を見すぎるな」


「あう……」


また釘を刺された。


でも、必要な釘だった。


見すぎれば疲れる。

無理に鑑定すれば頭が熱くなる。

分からないものを見ようとしすぎれば、こっちが壊れる。


俺は大人しく返事をした。


「あう」



その夜、村では小さな集まりが開かれた。


大人たちだけの話し合いだ。


俺は当然参加できない。


赤ん坊なので。


だが、家に戻ったヨシュアとアンナの会話から、だいたいの方針は分かった。


森側の外出制限。

薬草採取の一時停止。

見回りは継続。

ただし森の奥には入らない。

黒い粉がついたものはアンナが確認。

怪我をしたらすぐ洗う。

子どもだけで外に出ない。


かなり現実的な対応だった。


原因はまだ分からない。


だから、分からないなりに危険を減らす。


これが大人の仕事なのだろう。


俺は寝床の中でそれを聞いていた。


カリンも隣に座っている。


「よーか」


「あう」


「くろいの、だめ」


「あう」


それは分かっています。


「さわらない」


「あう」


触れません。


赤ん坊なので。


「みすぎない」


「あう」


それは少し難しい。


カリンは俺をじっと見た。


「みすぎない」


二回言われた。


俺は目を逸らした。


「あう……」


カリンは俺の手を握る。


「よーか、あたま、つかれる」


その通りである。


最近、俺のことを一番正しく管理しているのはカリンかもしれない。


アンナが苦笑した。


「カリンの言う通りね。ヨウカ、今日はもう考えない」


ヨシュアも言った。


「大人が考える」


ありがたい。


でも、少し悔しい。


気づけることがあるのに、考えるなと言われる。


しかし、それもまた必要なのだろう。


俺はまだ小さい。


気づいたことを大人へ渡す。


そこから先は、大人の仕事。


それを信じるのも、今の俺の仕事なのかもしれない。



夜が深くなる。


森は静かだった。


静かすぎる。


虫の声が少ない。


鳥の声もない。


だが、何も来ない。


何も起きない。


それがかえって不気味だった。


俺は目を閉じようとして、何度も開けた。


気になる。


黒い粉。

魔力の乱れ。

薬草の萎れ。

森から逃げる小動物。

牙猪。


情報が頭の中でつながろうとする。


叡智が働いているのだと思う。


でも、答えは出ない。


出ないまま考え続けるのは、かなり消耗する。


カリンが俺の手を少し強く握った。


「よーか」


「あう」


「ねる」


命令である。


俺は少し抵抗したかったが、眠気もあった。


「ねる」


二回目。


カリンの声は静かだが、譲らない。


俺は息を吐いた。


そうだ。


寝るべきだ。


今、俺が考え続けても、明日の見回りが安全になるわけではない。


むしろ寝不足で明日さらに使い物にならなくなる。


赤ん坊の寝不足など、ただの迷惑である。


俺は目を閉じた。


アンナが部屋の灯りを落とす。


闇が、静かに部屋を包む。


怖くない闇。


休むための闇。


俺はその中で、カリンの手の温かさを感じていた。


どうやら、見回りが増えるらしい。


そして、森で起きている何かは、少しずつ村の近くまで来ているらしい。

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