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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
16/40

なんか森の様子がおかしいらしい

フィル村が好きだ。


そう思った翌朝、俺はよく眠って起きた。


いや、正確には起こされた。


腹が減ったからである。


赤ん坊の体は情緒より生理が強い。


昨日どれだけ村の温かさに感動しても、朝になれば腹が減る。

眠ければ泣く。

不快ならぐずる。


そこはかなり現実的だった。


「あら、起きたのね」


アンナが俺を抱き上げた。


いつもの腕。

いつもの声。


昨日の鍋の匂いはもう残っていない。

代わりに、薬草茶の少し苦い香りが部屋に漂っていた。


俺はアンナの服を握る。


「あう」


おはようございます。


もちろん伝わらない。


アンナは俺の顔を見て笑った。


「今日は機嫌がいいわね」


たしかに、悪くはなかった。


昨日は楽しかった。


村の人に会い、スープを食べ、カリンに「よーかだから」と言われた。


この世界で生きている実感が少し増えた気がする。


だから、今日も平和に過ぎるのだろうと思っていた。


しかし、そういう日はだいたい何かある。


前世でもそうだった。


「今日は何もなさそうやな」と思った日に限って、変なことが起きる。


そしてこの世界には魔物がいる。


油断していい理由は、あまりない。



朝食の後、ヨシュアは森側の見回りに出る準備をしていた。


剣を腰に下げ、例の大きな盾を背負っている。


いや、盾というより小型の壁である。


あれを背負って普通に歩けるのだから、やはりこの人はおかしい。


「今日も森?」


アンナが聞く。


「ああ。牙猪が村まで来た理由がまだはっきりしない」


ヨシュアは靴紐を結びながら答えた。


「餌場が荒れたのか、別の魔物に追われたのか、群れの動きが変わったのか。原因を見ないと、また来る」


正論である。


魔物を倒して終わりではない。


なぜ来たのかを見ないと、同じことが起こる。


ヨシュアは本当に防衛の人だ。


アンナは少し眉を寄せた。


「森の奥までは行かないでね」


「分かってる。村の周辺だけだ」


「あなたの“周辺”は信用できないのよ」


「……今日は本当に近くまでだ」


少し間があった。


たぶん前科がある。


アンナはため息をついた。


「ヨウカも心配するわよ」


急に俺に振られた。


俺はヨシュアを見る。


「あう」


心配します。


ヨシュアは少し笑った。


「そうか。なら無茶はしない」


本当に頼む。


俺も無茶しがちなので偉そうには言えないが、大人には大人らしくしてほしい。


ヨシュアは俺の頭を軽く撫でてから、家を出て行った。


その背中を見ながら、俺は少し胸がざわつくのを感じた。


昨日の夜。


森の奥で何かが動いていた。


もちろん俺は見ていない。


だが、物語の終わりみたいに、そんな不穏さが頭の中に残っている。


叡智が考えすぎているだけかもしれない。


でも、考えすぎで済ませていいのかは分からない。



昼前、カリンが来た。


今日は木剣を持っていなかった。


代わりに、小さな籠を持っている。


「よーか」


「あう」


「アンナと、くさ、みる」


薬草採取らしい。


前にキスジ草を間違えて持ってきた件から、カリンはアンナと一緒に薬草を見ることになった。


一人で採らない。


勝手に口に入れない。


似た草は大人に確認する。


これも安全教育である。


アンナは俺を抱き、カリンを連れて家の裏の薬草畑へ向かった。


ヨシュアがいないので、遠くへは行かない。


家の裏。


村の中。


安全な範囲。


そのはずだった。


薬草畑は、昨日と同じように見えた。


シロミナ花。

ハリネ草。

ニガヨモギ。

キスジ草は昨日抜いたので、今日は見当たらない。


俺はアンナの腕の中で、薬草を見ていた。


【シロミナ花】

白い小花。乾燥させると軽い鎮静効果を持つ。使用量に注意。


【ハリネ草】

葉に細かな棘がある薬草。煎じると痛みを和らげる。過量摂取に注意。


いつも通り。


そう思った。


だが、畑の端にあるミズヒラ草を見た時、少し違和感があった。


【ミズヒラ草】

水気を好む薬草。軽い解熱作用を持つ。

状態:やや萎れ


萎れ。


昨日はそんな表示、出ていただろうか。


俺はじっと見た。


ミズヒラ草は、葉の先が少し丸まっていた。


土は乾いていない。

昨日も雨は降った。

水気を好む草なら、むしろ元気でもいいはずだ。


俺はアンナの服を握った。


「あう」


アンナがすぐに俺を見る。


「どうしたの?」


俺はミズヒラ草の方を見る。


「あー」


アンナは俺の視線を追った。


「ミズヒラ草?」


俺は声を出した。


「あう」


アンナはしゃがんで、草の葉に触れた。


「……少し萎れてるわね」


カリンも覗き込む。


「みず、いる?」


「土は湿ってる」


アンナの声が少し低くなった。


「この草が萎れるのは、水不足だけじゃないわ。根が傷んでいるか、魔力の流れが悪い時もある」


魔力の流れ。


俺はその言葉に反応した。


また、胸の奥が少しざわつく。


アンナは周囲の草を確認した。


薬草畑の内側は問題ない。

でも、森側に近い端の草だけ、少し元気がない。


本当に少しだけ。


普通なら見逃す程度。


だが、気づいてしまうと気持ち悪い。


アンナは俺を見た。


「ヨウカ、よく気づいたわね」


褒められた。


しかし、あまり嬉しくない。


気づかない方がよかった異変かもしれないからだ。


カリンが俺の顔を見た。


「よーか、こわい?」


怖いというほどではない。


ただ、嫌な感じがする。


俺は声を出した。


「あう……」


カリンはすぐに俺の手を握った。


「だいじょうぶ」


その言葉はありがたい。


でも、今回は大丈夫と言い切れる材料がない。


それが少し怖かった。



アンナは、森側の土を少しだけ掘った。


根を確認するためだ。


ミズヒラ草の根は、細く白い。


だが、端の一本だけが少し黒ずんでいた。


アンナの眉が寄る。


「根腐れ……とは違うわね」


俺も見た。


【黒ずんだ根】

ミズヒラ草の根。微弱な魔力の乱れを受けている。

詳細不明。


魔力の乱れ。


詳細不明。


嫌な表示である。


俺はそれ以上見ようとした。


すると、頭の奥が少し熱くなった。


まずい。


これは今の俺が踏み込みすぎていい情報ではない。


俺は目を逸らした。


最近、目を逸らすのが少し上手くなってきた。


分からないものを無理に見るな。


これは本当に大事だ。


アンナは黒ずんだ根を布に包んだ。


「これは残しておくわ。ヨシュアが戻ったら見せる」


カリンが聞く。


「わるいくさ?」


「草が悪いんじゃないわ」


アンナは静かに答えた。


「何かが、草を弱らせているのかもしれない」


何か。


その言い方が、少し重かった。



昼過ぎ、ヨシュアが戻ってきた。


いつもより少し遅い。


服に泥がついている。


血はない。


それだけで少し安心した。


アンナはすぐに声をかける。


「どうだった?」


ヨシュアは水を一口飲んでから答えた。


「森の浅い場所で、小動物が減ってる」


小動物。


「鳥も少ない。足跡はあるが、妙に森の外側へ向かっている」


「逃げてる?」


「たぶんな」


ヨシュアは俺とカリンを見て、一瞬だけ言葉を選んだ。


「奥に、何かいるかもしれん」


何か。


またその言葉だ。


アンナは布に包んだ根を見せた。


「薬草畑の森側も少しおかしいわ。ミズヒラ草の根に魔力の乱れが出てる」


ヨシュアの顔が険しくなる。


「村まで来てるのか?」


「まだ分からない。ほんの少しよ。ヨウカが気づかなければ、私も見逃してたかもしれない」


ヨシュアが俺を見る。


「また気づいたのか」


「あう……」


気づいてしまいました。


ヨシュアは俺の頭を撫でた。


「よく気づいた。でも、背負うな」


先に釘を刺された。


さすがである。


「これは大人の仕事だ」


それも正しい。


俺は一歳児だ。


できることは限られている。


気づくことはできる。

でも、森に入ることはできない。

原因を突き止めることもできない。

戦うこともできない。


それを間違えてはいけない。


アンナも頷いた。


「今日は森側に近づかない。カリンもよ」


カリンは真剣な顔で頷いた。


「うん」


意外と素直だ。


いや、カリンも危険だと分かっているのだろう。


カリンは俺の手を握った。


「よーかも、だめ」


「あう」


もちろん行けません。


赤ん坊なので。


ただ、行けないことと、気にならないことは別だった。



その夜、家の中はいつもより少し静かだった。


ヨシュアは村長の家へ行き、見回りを増やす相談をした。

アンナは薬草畑の周りに、小さな魔法の印を置いた。


魔力の流れを見るためのものらしい。


俺は寝床の中で、それを見ていた。


カリンも隣にいる。


今日は帰らず、少しだけ家に残っている。


不安なのだろう。


それでも顔にはあまり出さない。


黒髪クール系は伊達ではない。


ただ、俺の手はずっと握っている。


「よーか」


「あう」


「もり、だめ」


「あう」


「こわかったら、なく」


「あう」


「わたし、いる」


俺はカリンを見た。


カリンは真剣だった。


この子は本当に、言ったことを守ろうとする。


だからこそ、少し怖い。


森に何かがいるとして、カリンが俺を守ろうとして前に出たらどうする。


ヨシュアは言っていた。


守る者が先に倒れたら、誰も守れない。


俺はカリンの手を握り返した。


「あう」


無茶しないで。


そう言いたかった。


カリンは少し首をかしげた。


伝わったかは分からない。


でも、しばらくしてから小さく頷いた。


「わたしも、むちゃ、だめ」


伝わった。


たぶん。


少しだけ安心した。



夜更け。


雨は降っていない。


風も強くない。


なのに、森の方から一度だけ、鳥が一斉に飛び立つ音がした。


ばさばさばさ、と羽音が重なる。


アンナがすぐに顔を上げた。


ヨシュアも扉の方を見る。


俺は寝床の中で、体を固くした。


魔力を動かすな。


見ようとしすぎるな。


泣くなら泣け。


頭の中で、自分に言い聞かせる。


しばらくして、音は消えた。


何も来ない。


家も揺れない。


魔物の声も聞こえない。


でも、静かすぎた。


フィル村の夜は静かだ。


それでも、いつもなら虫の声や、遠くの鳥の声がある。


今夜は、それが薄い。


森が息を止めているみたいだった。


アンナが小さな声で言った。


「ヨシュア」


「ああ。明日、森の入口をもう少し見る」


「一人では行かないで」


「分かってる」


今度は即答だった。


アンナはそれでも少し不安そうだった。


俺は寝床の中で、拳を握る。


何もできない。


今は何もできない。


それが分かっているのに、胸が落ち着かない。


フィル村が好きだと思ったばかりだ。


好きになった場所に、何かが近づいているかもしれない。


そう思うと、眠気が遠のく。


カリンが俺の手をぎゅっと握った。


「よーか、ねる」


「あう……」


「ねる」


命令だった。


だが、正しい。


一歳児が夜中に考え続けても、良いことはない。


今の俺の仕事は、食って寝て育つこと。


ヨシュアに言われた言葉を思い出す。


俺は目を閉じた。


不安は消えない。


だが、今動いていい理由にもならない。


焦って魔力を動かすのも、勝手に鑑定し続けるのも、ただの自滅だ。


だから、寝る。


それも今できる大事なことだ。


眠りに落ちる直前、俺は思った。


どうやら、森の様子がおかしいらしい。


そしてそれは、牙猪の時より少しだけ、嫌な感じがするらしい。

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