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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
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なんか隣町から人が来るらしい

隣町へ知らせに行った二人が戻ったのは、次の日の昼過ぎだった。


一人ではなかった。


家の扉が開き、父さんの後ろから、知らない女の人が入ってくる。


茶色の髪を後ろでまとめ、腰には薬草用の小袋と小瓶。

草と、乾いた根と、少し苦い匂いがした。


薬師。


そう思った瞬間、文字が浮かぶ。


〖ミラ〗


状態:軽い疲労


薬師。

詳細不明。


隣町から来た薬師。

たぶん、この人がそうだ。


ミラは部屋に入ると、まずアンナに頭を下げた。


「急に押しかけてごめんなさい。話は途中まで聞いています」


「助かります。ルッツの傷と、水を見てほしいの」


「先に傷を見ます」


返事が早い。


ミラは荷物を下ろすと、すぐにルッツの方へ向かった。


ルッツは椅子に座っている。

顔色は昨日より少し戻っているが、腕にはまだ布が巻かれていた。


「布、外しますね」


ミラはそう言ってから手を伸ばした。


いきなり触らない。


それだけで、少し信用できる気がした。


布が外される。

傷口の周りは赤い。

黒い粉は昨日より薄くなっていたが、完全には消えていない。


ミラの顔が少し険しくなる。


「普通の化膿とは違いますね」


「やっぱり?」


アンナが聞く。


「ええ。熱の出方も、傷の悪化の仕方も妙です。毒とも少し違う。黒い粉が、傷に残って魔力の流れを乱している感じがします」


魔力の流れ。


俺はルッツの腕を見た。


見たい。


そう思った瞬間、隣から手が伸びた。


カリンだ。


「みすぎ、だめ」


「あう」


分かっている。


分かっているが、気になる。


カリンの手は俺の袖をしっかり掴んでいた。

逃がす気がない。


ミラは俺たちをちらりと見て、少し笑った。


「その子がヨウカちゃん?」


「ええ」


母さんが答える。


ミラは俺を覗き込むようなことはしなかった。

近づきすぎず、少し離れたところから目を細める。


「かわいい子ね。でも、今日はあまり見せない方がいいかもしれない」


「分かっています」


母さんの返事も早かった。


俺は母さんの服を握る。


見せない方がいい。


つまり、俺が見すぎると危ないものだと、ミラも判断したのだろう。


それはありがたい。

同時に、少し怖い。


ミラは小瓶から薄い緑色の液を布に染み込ませた。


「強い薬は使いません。まずは残っている黒い粉を浮かせます。痛かったら言ってください」


「はい」


ルッツが頷く。


ミラは傷の周りを丁寧に拭いた。

こすらない。

押しつけない。

布を替えながら、少しずつ黒い汚れを取っていく。


アンナの手つきとは違う。

でも、急がないところは似ていた。


「昨日、すぐ洗ったのは正解です」


ミラが言った。


「この粉、傷の中に残ると厄介です。逆に、早く流せば深く入りにくい」


「薬を塗らなかったのは?」


アンナが聞く。


「それも正解です。下手に塗ると、閉じ込めていたかもしれません」


ルッツの顔が少し青くなった。


「閉じ込める……」


「今は大丈夫。熱も下がっています。ただ、今日は無理しないでください」


ミラはそう言って、新しい布を巻いた。


ルッツは大きく息を吐く。


「ありがとうございます」


「まだ終わりじゃありません。明日も見ます」


「はい」


ミラはそこでようやく、水の入った小瓶を手に取った。


小川から採った水。

森側の水。

昨日から、誰も使わないようにしている水だ。


瓶の中身は、見た目には普通だった。


透明。

濁りもない。

匂いも、たぶん強くない。


けれど、ミラは蓋を開けた瞬間に眉を寄せた。


「……重いですね」


重い。


夢の水と同じ言葉だった。


俺は思わず息を止める。


カリンの手に力が入った。


「ヨウカ」


母さんの声も飛ぶ。


「あう」


俺は小さく返事をして、瓶から目を逸らした。


ミラは瓶の水を、浅い皿に一滴だけ落とした。

そこへ、青みがかった小さな葉を浮かべる。


葉はしばらく水面に浮いていた。


やがて、端から黒ずんだ。


部屋の空気が止まる。


村長が低く言った。


「毒か」


「毒と決めるには早いです」


ミラは葉を見ながら答えた。


「ただ、普通の汚れではありません。水そのものが腐っているのとも違う。何かが、水の流れに混ざっているというより……」


そこで、ミラは言葉を探すように黙った。


「押し込められている?」


母さんが言う。


ミラが頷いた。


「近いです。水が流れたいのに、どこかで締めつけられている感じがします」


締めつける。


黒い根。


夢の中の感触が、胸の奥で揺れた。


いたい。


小さな声がした気がした。


俺は布人形を握る。


今日はカリンが持ってきてくれた。

森ではなく、これを見ていろという意味の布人形だ。


「よーか」


カリンが俺の顔を覗き込む。


「あう」


大丈夫。


そう言ったつもりだった。


たぶん、大丈夫ではない顔をしていたと思う。


ミラは皿の水を布で覆った。


「この水は使わないでください。飲み水は井戸だけ。薬草にも使わない方がいいです」


「井戸は大丈夫なのか」


父さんが聞く。


「今見た限りでは、井戸水には反応がありません。ただ、森側に近い水は避けた方がいい」


村長が頷いた。


「村中に伝える。小川の水は使わせない」


「黒い粉に触れた人も、すぐ洗ってください。傷がある場合は必ず見せてください。自己判断で薬を塗らないこと」


ミラの声は静かだった。

でも、聞き流せる声ではない。


大人たちは、それぞれ動き始めた。


村長は外へ出て、指示を出す。

父さんは森側の柵を確認しに行く。

母さんは水瓶を確かめ、井戸水だけを別に分けた。


家の中に、緊張が残る。


ミラは皿と小瓶を片づけてから、母さんの方を向いた。


「上流を見た方がいいと思います」


やっぱり。


俺は布人形を握った。


「村の近くでこれなら、原因はもっと上にある可能性が高いです。黒い粉も、水の反応も、下流に流れてきている」


「森の奥ね」


母さんの声が硬くなる。


ミラは頷いた。


「ただ、今すぐ行くのはすすめません。準備が要ります。触ってはいけないものを動かす道具と、汚染を広げない手順。それから、戻ってきた人を洗う場所も必要です」


父さんが戻ってきて、その話を聞いた。


「明日の朝だな」


「ええ」


母さんも頷く。


「今日は村を固める。水を止めて、触れた人を確認して、森側に近づけない」


「それがいいです」


ミラはそう言って、少しだけ息を吐いた。


疲れている。


朝から移動して、すぐ傷を見て、水を調べて、村の対策まで考えている。

当然だ。


俺はミラを見た。


〖ミラ〗


状態:疲労


薬師。

詳細不明。


さっきより、疲労の文字が少し濃く見えた。


見すぎない方がいい。


そう思って、目を逸らす。


今の俺に、ミラの疲れを取ることはできない。


できるのは、余計な手間を増やさないことくらいだ。


「ヨウカ」


母さんが俺の頭を撫でる。


「今日はもう、水も森も見ないの。いい?」


「あう」


今度は、すぐに返事をした。


カリンが隣で頷く。


「よし」


また、カリンの許可が出た。


ミラがそれを見て、少し笑う。


「頼もしい見張り番ね」


「カリン、みはる」


カリンは胸を張った。


父さんが小さく笑った。


「それなら安心だ」


安心かどうかは分からない。

でも、カリンは本気だった。


その日の夕方、村では小川の水を使わないことが決まった。


森側の見回りは増えた。

子どもは柵の外へ出ない。

黒い粉を見つけても触らない。

傷があれば、すぐアンナかミラに見せる。


禁止が増えていく。


昨日まで普通だった場所が、少しずつ遠くなる。


それでも、誰も騒ぎすぎなかった。


大人たちが動いているからだ。


父さんが柵を見る。

母さんが水を分ける。

村長が伝える。

ミラが調べる。


それぞれが、自分の場所でできることをしていた。


俺は母さんの膝の上で、それを見ていた。


見ているだけだ。


でも今日は、それでいい。


夜になって、ミラはアンナの家に泊まることになった。


明日の朝、森の上流を見る。


そう決まったからだ。


ミラは道具袋を壁際に置き、鉄製の小箱を取り出した。


「これは、何かを持ち帰る必要が出た時のためです」


母さんが小箱を見る。


「そんなに危ないものがあると思う?」


「分かりません」


ミラは短く答えた。


「でも、分からないものを素手で持ち帰るよりはましです」


正しい。


たぶん、かなり正しい。


俺は小箱を見た。


鉄。

布。

薬草の匂い。


明日、それに何かが入るかもしれない。


黒い粉か。

黒い根か。

それとも、別の何かか。


胸の奥がざわつく。


カリンがすぐに布人形を押しつけてきた。


「よーか、これ」


「あう」


見るな。

考えすぎるな。

寝ろ。


たぶん、そういう意味だ。


俺は布人形を握った。


明日、大人たちは森の奥へ行く。


俺は行けない。


それでいい。


そう思いながら、目を閉じた。


眠りに落ちる直前、また水の音がした。


ぽたり。


遠くで、一滴だけ落ちる音。


いたい。


小さな声が、まだ聞こえていた。


どうやら、隣町から人が来たらしい。


そして森の奥の何かは、ただ痛がっているだけではなく、助けを求めているらしい。

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