なんか薬草が気になるらしい
薬草というものは、地味である。
少なくとも、見た目はかなり地味だ。
魔法のように光らない。
剣のように音を立てない。
アンナの炎のように魔物を一瞬で焼き払うこともない。
ただ、葉がある。
茎がある。
花がある。
根がある。
前世の俺なら、たぶん草でまとめていた。
しかし今の俺は、その草を見ているだけで、頭の中がやたら忙しくなる。
【シロミナ花】
白い小花。乾燥させると軽い鎮静効果を持つ。使用量に注意。
【ハリネ草】
葉に細かな棘がある薬草。煎じると痛みを和らげる。過量摂取に注意。
【ニガヨモギ】
苦味の強い草。虫除けや胃の不調に使われることがある。詳細不明。
見える。
そして、少し分かる。
けれど、全部は分からない。
これがなかなかもどかしい。
俺には《医学》がある。
ただし、医学的な知識や技術が勝手に完成しているわけではない。
知識がないと使えない。
経験がないと判断できない。
道具がないと処置できない。
つまり、スキルがあっても、勉強しなければただの宝の持ち腐れである。
正論すぎてぐうの音も出ない。
「ヨウカ、また薬草を見てるの?」
アンナが笑った。
俺はアンナの膝の上に座っていた。
目の前の机には、乾燥させた薬草がいくつも並んでいる。
アンナは薬草を種類ごとに分け、細かく刻み、瓶に詰めていた。
「あう」
見ています。
かなり見ています。
アンナは俺の顔を覗き込む。
「本当に、あなたは薬草が好きね」
好きなのだろうか。
正確には、気になる。
薬草を見ると、鑑定が反応する。
医学が反応する。
観察が反応する。
叡智がそれらを勝手につなげて考え始める。
つまり、気にならない方が難しい。
アンナは小さな葉を一枚つまんだ。
「これはハリネ草。痛み止めに使うわ。でも、そのまま食べると舌がしびれるし、お腹も壊すことがある」
薬は毒にもなる。
前世でも聞いたことがある言葉だ。
この世界でも同じらしい。
アンナは俺の小さな手に、葉を触れさせないように見せた。
「触ってもいい薬草と、触らない方がいい薬草がある。口に入れるのはもっと駄目」
俺はすぐに声を出した。
「あう」
分かっています。
赤ん坊は何でも口に入れると思われがちだが、俺の中身は元大学生である。
さすがに知らない草を口に入れるつもりはない。
アンナは俺の顔を見て、じっと黙った。
「……今、『そんなことしません』って顔をしたわね」
したかもしれない。
この家の人たちは、俺の顔を読みすぎる。
そこへヨシュアが通りかかった。
「また会話してるのか」
「してないわよ」
「今のはしてたぞ」
「この子が分かってそうな顔をするのが悪いの」
毎回それで片づけられる。
まあ、実際かなり分かっているので反論できない。
ヨシュアは机の薬草を見て、少し懐かしそうな顔をした。
「ハリネ草か。昔、世話になったな」
アンナが少し目を細める。
「あの時は、あなたが無茶をしたからでしょう」
「防がなければ後ろが崩れてた」
「防いだ後に三日寝込んだら意味ないの」
「生きてたからいい」
「よくない」
アンナの声が少し低くなった。
ヨシュアは黙った。
鉄壁の要塞、豪炎の魔女に負ける。
この家の力関係が少し見えた気がした。
アンナは薬草を瓶に詰めながら言った。
「炎で焼いて、剣で防いで、それで終わりじゃないのよ。戦いの後には、傷が残る。痛みも残る。熱も出る。眠れなくなる人もいる」
アンナの手つきは丁寧だった。
「だから薬草が要るの」
俺はその言葉を聞いて、机の上の小さな葉を見た。
魔法や剣は派手だ。
でも、戦いが終わった後に人を支えるのは、こういう地味なものなのかもしれない。
傷を洗う水。
痛みを和らげる草。
眠れるようにする香り。
熱を下げる薬。
救うというのは、魔物を倒すことだけではない。
むしろ、その後の方が長い。
俺はそう思った。
⸻
昼過ぎ、カリンが来た。
黒髪を揺らし、いつものように木剣を持っている。
そして、もう片方の手には草を握っていた。
「よーか、これ」
俺の前に差し出す。
花ではない。
細長い葉。
少し黄色い筋が入っている。
俺はそれをじっと見た。
【キスジ草】
黄色い筋を持つ草。薬草に似るが、食用不可。軽い腹痛を起こす。
ん?
俺は目を細めた。
薬草に似るが、食用不可。
つまり、紛らわしい草。
カリンは悪気なく、それを俺に見せている。
たぶん、前に俺が薬草を喜んだので、また持ってきてくれたのだろう。
ありがたい。
ありがたいが、これは違う。
俺はすぐに声を出した。
「あー!」
カリンがびくっとした。
「よーか?」
俺は草を指差し、アンナを見る。
「あー! あー!」
アンナは最初、驚いた顔をした。
それからカリンの手元を見る。
「カリン、その草、見せて」
カリンは素直に渡した。
アンナは草を受け取り、すぐに眉を寄せた。
「これはキスジ草ね。薬草じゃないわ」
カリンの目が少し大きくなる。
「だめ?」
「口に入れたらお腹が痛くなるかもしれない。持ってきてくれたのは嬉しいけど、これは薬には使わないわ」
カリンは草を見て、それから俺を見た。
「よーか、わかった?」
「あう」
分かりました。
鑑定で。
カリンは感心したように俺を見た。
「すごい」
いや、すごいのは俺ではない。
鑑定である。
そして、ここで調子に乗ってはいけない。
一つ分かったからといって、全部分かるわけではない。
俺は医者でも薬師でもない。
赤ん坊である。
アンナもそこを分かっているのか、俺の頭を撫でながら言った。
「ヨウカ、気づいたのは偉いわ。でも、自分で判断して使おうとしちゃ駄目よ」
「あう」
分かっています。
「薬草は似たものが多いの。間違えると危ない」
本当にその通りだ。
前世でも、毒キノコと食用キノコの見分けは素人がやるなと言われていた。
薬草も同じだろう。
知識がある人に確認する。
勝手に使わない。
ここでも安全第一である。
カリンは少ししょんぼりしていた。
「よーかに、あげたかった」
それは刺さる。
俺はカリンの服を握った。
「あう」
ありがとう。
そういうつもりだった。
カリンは俺を見た。
「また、さがす」
いや、探してくれるのはありがたいが、危ない草をまた持ってこられても困る。
アンナがすぐに言った。
「じゃあ、今度は私と一緒に探しましょう。カリン一人で薬草を採るのは駄目」
「うん」
カリンは素直に頷いた。
よかった。
三歳児に薬草採取を任せるのは危険である。
⸻
その日の夕方、アンナは小さな薬草籠を用意した。
「少しだけ、庭の薬草を見ましょうか」
庭。
外の森ではない。
家の裏に、小さな薬草畑があるらしい。
俺はアンナに抱かれ、カリンはその横を歩く。
ヨシュアもなぜかついてきた。
「あなたも来るの?」
アンナが聞く。
「ヨウカとカリンが外に出るなら、一応な」
「家の裏よ」
「家の裏でも外だ」
鉄壁の要塞、過保護である。
いや、ありがたい。
アンナの薬草畑は、思ったより整っていた。
背の低い草。
白い花。
細い茎。
紫色の小さな実。
乾燥用の棚。
俺の目が一気に忙しくなる。
【シロミナ花】
【ハリネ草】
【ニガヨモギ】
【ミズヒラ草】
【アカツブ実】
情報が次々に浮かぶ。
多い。
かなり多い。
俺は思わず目を細めた。
すると、アンナがすぐに俺の視界を手で遮った。
「見すぎない」
「あう……」
ばれた。
「疲れるでしょう」
疲れる。
かなり疲れる。
アンナは俺を抱き直した。
「薬草は逃げないわ。今日は少しずつ」
薬草は逃げない。
確かに。
魔物ではない。
焦る必要はない。
俺は息を吐いた。
叡智が勝手に情報を並べようとする。
鑑定が次々に表示を出そうとする。
医学が効能や危険性を拾おうとする。
でも、全部を一度に見なくていい。
少しずつ。
これは魔法と同じだ。
必要な分だけ見る。
疲れたら止める。
分からなければ大人に聞く。
アンナは一本の草を指差した。
「これはシロミナ花。前にカリンがくれたでしょう?」
カリンが胸を張る。
「わたし、みつけた」
「そうね。でも、量を間違えると眠くなりすぎることもあるわ」
カリンは真面目に頷いた。
「くすり、あぶない」
「そう。薬は助けるものだけど、使い方を間違えれば危ない」
アンナは俺を見る。
「ヨウカも」
「あう」
また俺に来た。
でも、本当にその通りだ。
医学スキルがあるからといって、勝手に薬を作っていいわけではない。
知識が足りない。
経験が足りない。
体も足りない。
今の俺にできるのは、気づくこと。
そして、アンナに伝えること。
それくらいでいい。
いや、それくらいが大事なのだ。
⸻
しばらく薬草畑を見ていると、カリンが一つの草の前で止まった。
「これ、さっきのに、にてる」
カリンが指差したのは、黄色い筋のある草だった。
俺も見た。
【キスジ草】
食用不可。軽い腹痛を起こす。
またキスジ草。
薬草畑の隅に混じっている。
アンナも気づいて、眉を寄せた。
「あら、本当ね。抜いておかないと」
カリンは俺を見る。
「よーか、これ、だめ」
「あう」
そうです。
カリンは少し得意げに頷いた。
「おぼえた」
すごい。
ちゃんと覚えている。
アンナはカリンの頭を撫でた。
「よく見つけたわ。薬草を扱う時は、こういう似た草に気づくのが大事なの」
カリンは少し照れたように顔を逸らした。
黒髪クール系でも、褒められるとちゃんと照れるらしい。
俺はそれを見て、少し嬉しくなった。
カリンが俺のために草を持ってきた。
間違えた。
でも、すぐに覚えた。
失敗しても、そこで終わりではない。
ちゃんと学べばいい。
前世の俺も、そういうふうにできていただろうか。
知ったことを大きな声で言って、人の楽しみを奪ったり。
自分が分かっているつもりで話したり。
面接でも喋りすぎたり。
知ることは悪くない。
でも、知った後どうするかが大事だ。
カリンは間違えた草を覚えた。
俺も覚えなければならない。
分かった気になるな。
⸻
薬草畑を見終わる頃、村の方からエミ婆が歩いてきた。
杖をついている。
相変わらず、少し腰をかばっている。
俺は反射的に見てしまった。
【エミ婆】
状態:腰痛
軽度の膝痛
詳細不明。
膝痛も出た。
前は腰痛だけだった気がする。
いや、前からあったのに、俺が見えていなかったのかもしれない。
鑑定が少し慣れたのか。
観察で気づけたのか。
医学が反応したのか。
分からない。
ただ、エミ婆の歩き方はやはり少し悪い。
俺はアンナの服を握った。
アンナはすぐに俺の視線を追った。
「エミ婆、膝も痛む?」
エミ婆は目を丸くした。
「おや、よく分かったね。最近ちょっとね」
アンナは俺をちらっと見た。
その目が、「また気づいたのね」と言っている。
俺は目を逸らした。
アンナは苦笑し、エミ婆に言った。
「湿布薬、腰用だけじゃなくて膝にも使えるように調整しておくわ。あと、杖の長さが少し合ってないかも」
ヨシュアがそれを聞いて、エミ婆の杖を見た。
「少し短いな。あとで直そう」
エミ婆は笑った。
「助かるよ。ヨウカちゃんは名医になるかもしれないねえ」
名医。
それはさすがに重い。
俺はただ見ただけだ。
何も治していない。
でも、アンナが薬を用意し、ヨシュアが杖を直すなら、少しは役に立ったのかもしれない。
気づく。
大人に伝える。
大人が動く。
今の俺にできる救いは、そのくらい。
それで十分なのだと思う。
少なくとも、今は。
⸻
夜、俺はかなり疲れていた。
薬草畑を少し見ただけ。
キスジ草を見つけただけ。
エミ婆の膝に気づいただけ。
それだけで頭が重い。
叡智は便利だ。
だが、便利な力ほど疲れる。
俺は寝床の中で、今日見た薬草を思い出した。
シロミナ花。
ハリネ草。
ニガヨモギ。
キスジ草。
名前だけなら覚えられる。
効能も少し分かる。
でも、それを本当に使えるようになるには、もっと時間がいる。
乾かし方。
煎じ方。
量。
副作用。
誰に使っていいか。
誰には使ってはいけないか。
知らないことだらけだ。
だからこそ、面白い。
そして、怖い。
医学は、人を助ける力だ。
でも、間違えれば人を傷つける。
薬草も同じ。
魔法も同じ。
俺の力は、そういうものばかりらしい。
アンナが寝床の横に来た。
「今日はよく見て、よく止められたわね」
「あう」
止められました。
たぶん。
「薬草は好き?」
俺は少し考えた。
好きかどうかは分からない。
でも、気になる。
人を助けられるかもしれないものだから。
怖いものでもあるから。
俺は小さく声を出した。
「あう」
アンナは笑った。
「そう。じゃあ、少しずつ覚えましょう」
少しずつ。
その言葉が、今日はとてもありがたかった。
一気に分かろうとしなくていい。
一気に救おうとしなくていい。
一気に賢くならなくていい。
少しずつ覚える。
知識も。
力も。
自分の限界も。
カリンが眠そうに隣から言った。
「よーか、くすり、すき?」
「あう」
カリンは小さく頷いた。
「じゃあ、わたし、くさ、とってくる」
アンナが即座に言った。
「一人では駄目」
「うん。アンナと」
「よろしい」
カリンは満足そうに頷いた。
「よし」
出た。
今日も「よし」で締まった。
俺は眠気に沈みながら思った。
どうやら俺は、薬草がかなり気になるらしい。
そして薬草も魔法と同じで、助けるためには、まず正しく知る必要があるらしい。




