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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
12/163

なんかフィル村が好きらしい

柵の修理が終わった。


牙猪に壊された森側の柵は、村人たちの手でしっかり直されていた。


前よりも少し太い杭が打たれ、横木も増えている。

ヨシュアが何度も角度を確認していたので、たぶん前より頑丈になっている。


「これで、同じくらいの牙猪なら止まる」


ヨシュアが言った。


村の男たちが、ほっとしたように笑う。


「さすが要塞の旦那」


「だから、その呼び方はやめろ」


ヨシュアは顔をしかめる。


だが、村人たちは気にしていない。


俺はアンナに抱かれながら、それを見ていた。


フィル村の人たちは、距離が近い。


アンナのことを「豪炎の魔女」と呼んでからかうし、ヨシュアのことを「要塞の旦那」と呼んで笑う。


でも、そこに嫌な感じはない。


怖がっているのではなく、頼っている。

持ち上げているというより、親しんでいる。


二人も、本気で嫌がっているわけではなさそうだった。


いや、アンナは少し本気で嫌がっているかもしれない。


「ヨウカが真似したらどうするの」


「ヨウカはまだ喋れないだろ」


「喋れるようになった時に困るの」


困るのか。


俺は少し想像した。


将来、俺がアンナを「豪炎の魔女」と呼ぶ。


……やめておこう。


たぶん、かなり怒られる。


⸻


その日は、柵の修理が終わった祝いのようなものがあった。


祝いと言っても、盛大な祭りではない。


井戸の近くに大きな鍋を出し、村人たちが持ち寄った野菜や肉を煮込む。

パン屋のマルタさんが焼いたパンを配る。

子どもたちは走り回り、大人たちは柵の出来を見ながら話す。


小さな村の、小さな集まりだった。


でも、俺にはそれがかなり眩しかった。


前世で、こういう場所にいた記憶はあまりない。


もちろん学校行事や部活の集まりはあった。

中学時代は楽しかった。

みんなでワイワイするのも好きだった。


でも、家族ぐるみの村の集まりみたいなものは、あまり縁がなかった気がする。


今、俺はアンナの腕の中にいる。


隣にはカリンが立っている。

ヨシュアは村人たちと話しながら、時々こちらを見る。


この距離感が、不思議だった。


俺はここにいる。


誰かのついでではなく、ちゃんとヨウカとしてここにいる。


「ヨウカちゃん、食べられるようになるのはまだ先かねえ」


マルタさんがパンを持って近づいてきた。


「あう」


食べたい気持ちはある。


だが、一歳児の体には限界がある。


硬いパンを普通に食べるのは、まだ難しい。


アンナが笑った。


「柔らかくしたら少しだけね」


マルタさんは嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、あとでスープに浸してあげよう」


優しい。


かなり優しい。


だが、こういう好意を受けるたび、俺は少し考えてしまう。


これは普通の好意なのか。


赤ん坊だからか。

銀髪が珍しいからか。

アンナとヨシュアの子だからか。


それとも、俺の中の伏せ字の加護が関係しているのか。


そう考えたところで、カリンが俺の前に立った。


「よーか、つかれる」


マルタさんが笑った。


「あら、カリンちゃんは本当にヨウカちゃんを守るねえ」


「まもる」


カリンは即答した。


迷いがない。


マルタさんはにこにこしている。


「頼もしいねえ」


カリンは少しだけ胸を張った。


俺はカリンの服を握った。


「あう」


ありがとう。


そういうつもりだった。


カリンは振り返って、俺を見た。


「よし」


また出た。


この村で一番俺を管理しているのは、たぶんカリンである。


⸻


大鍋の中身は、野菜と肉のスープだった。


牙猪の肉も少し入っているらしい。


魔物の肉を食べるのかと思ったが、処理すれば食べられるものもあるらしい。

もちろん、毒や病気がある場合もあるので、ちゃんと見極める必要があるとのこと。


アンナが俺に説明してくれた。


「牙猪は、状態が悪くなければ食べられるわ。でも内臓や傷んだ部分は危ないから、処理できる人が見るの」


俺は真剣に聞いた。


「あう」


食べ物も医学も、結局は知識と処理だ。


食べられるもの。

食べてはいけないもの。

火を通す必要があるもの。

保存できるもの。


この世界では、そういう知識が命に直結する。


俺がじっと鍋を見ていると、アンナが笑った。


「また考えてる」


考えている。


かなり考えている。


ヨシュアが木の器を持ってきた。


「考える前に、まず食え」


正論。


赤ん坊にとっては、食うことが仕事である。


アンナはパンを小さくちぎり、スープに浸して柔らかくした。


それを冷まして、俺の口元に運ぶ。


俺は口を開けた。


うまい。


かなりうまい。


野菜の甘みと、肉の旨味。

パンに染みたスープ。


前世なら、もっと濃い味のものを食べていたと思う。

回転寿司で気を抜くとかなり食べてしまうような人間だった。


でも今は、この柔らかいパン一口がかなりおいしい。


赤ん坊の体というのは、味覚まで素直らしい。


「あう」


俺が声を出すと、アンナが嬉しそうにした。


「おいしい?」


「あう」


おいしい。


かなり。


カリンがそれを見て、なぜか満足そうに頷いた。


「よーか、たべた」


「食べたわね」


アンナが笑う。


「えらい」


カリンが俺の頭を撫でた。


食べただけで褒められる。


赤ん坊はすごい。


いや、赤ん坊だからこそ、食べることも寝ることも生きることなのだ。


ヨシュアが言っていた。


今のお前の仕事は、食って寝て育つことだ。


なら、俺は今、仕事をしている。


そう考えると少し面白かった。


⸻


村の子どもたちも近くに集まってきた。


以前よりは距離がある。


たぶん、カリンの「見るだけ」が効いている。


「ヨウカちゃん、銀の髪だ」


「目もきれい」


「カリンちゃん、抱っこできるの?」


カリンは即答した。


「だめ」


子どもたちは少し残念そうにした。


だが、無理には近づかない。


フィル村の子どもたちは、わりと素直だ。


その中の一人、少し年上の男の子が言った。


「カリンちゃん、ずっと守るの?」


「うん」


「なんで?」


カリンは俺を見た。


少し考えている。


俺も少し緊張した。


なんで守るのか。


それは、俺も気になっている。


カリンは短く言った。


「よーかだから」


理由になっているような、なっていないような。


でも、カリンの中ではそれで十分らしい。


男の子は首をかしげたが、すぐに納得したようだった。


「そっか」


そっかで済むのか。


子どもの世界は意外と柔軟である。


俺はカリンを見た。


カリンは俺に向かって小さく頷いた。


「よし」


何がよしなのかは分からない。


でも、その「よし」が少し嬉しかった。


⸻


夕方になると、村の空気が少し静かになった。


子どもたちは疲れて、大人のそばに戻っている。

大人たちは鍋の後片付けを始めた。


空は薄い橙色。


森の影が少し長くなっている。


俺はアンナの腕の中で、その景色を見た。


畑。

井戸。

木の家。

柵。

煙突から上る細い煙。

笑い声。

鍋の匂い。

カリンの黒髪。

アンナの温かい腕。

ヨシュアの低い声。


これがフィル村。


俺が拾われた場所。


俺がヨウカになった場所。


前世の記憶はある。


寺原丈賀だった頃のことも、忘れてはいない。

男だったことも、教員を目指していたことも、野球をしていたことも、家にあまり安心できなかったことも。


全部、俺の中にある。


でも今は、ヨウカでもある。


女の子の赤ん坊として、この村で抱かれ、食べ、眠り、守られている。


それは嘘ではない。


前世の俺と、今のヨウカ。


どちらかを消す必要はないのかもしれない。


俺は俺で、ヨウカだ。


まだうまく言葉にはできない。


だが、この村にいると、そう思える。


「あう」


俺は小さく声を出した。


アンナが俺を見る。


「どうしたの?」


答えられない。


でも、何かを言いたかった。


好き。


たぶん、それに近い。


この家が好き。

アンナが好き。

ヨシュアが好き。

カリンが好き。

村の騒がしさも、薬草畑も、井戸の音も、鍋の匂いも。


フィル村が好き。


そう思った。


アンナは俺の顔を見て、少しだけ目を細めた。


「いい顔してる」


しているらしい。


ヨシュアが隣に来た。


「疲れたか?」


「あう」


疲れました。


でも、嫌な疲れではない。


ヨシュアは俺の頭を撫でた。


「帰るか」


帰る。


その言葉に、胸が少し温かくなった。


帰る場所がある。


それは、たぶんかなりすごいことだ。


⸻


家に戻る途中、カリンは俺の隣を歩いた。


木剣は持っていない。


今日は完全に休みの日らしい。


だが、俺のそばからは離れない。


「よーか」


「あう」


「むら、すき?」


俺は少し驚いた。


カリンは時々、妙に核心を突く。


俺は声を出した。


「あう」


好き。


そういうつもりだった。


カリンは俺の顔を見て、満足そうに頷いた。


「わたしも」


短い言葉だった。


でも、十分だった。


カリンもこの村が好き。


だから守りたいのかもしれない。


俺を守ると言う時のカリンは、俺だけを見ているようで、実はこの場所ごと守りたいのかもしれない。


そう考えると、少し嬉しかった。


そして少し怖かった。


好きなものができると、失うのが怖くなる。


前世では、そういうものをあまり持たないようにしていた部分もあった気がする。


でも今は、もう遅い。


好きになってしまった。


この村を。

この家を。

この人たちを。


だから、いつか何かが起きたら、俺はたぶん動こうとしてしまう。


それが分かる。


だからこそ、アンナたちは止め方を教えてくれているのだろう。


力の使い方。

休み方。

泣き方。

大人を呼ぶこと。

無茶をしないこと。


全部、この好きなものを壊さないために必要なことだ。


⸻


夜、俺はかなり早く眠くなった。


スープを少し食べ、人に会い、外の空気を吸い、たくさん考えた。


一歳児の一日としては、十分すぎる。


寝床に横になると、アンナが布をかけてくれた。


「今日は楽しかった?」


「あう」


楽しかった。


かなり。


ヨシュアが戸締まりを確認している。


カリンは帰る前に俺の手を握った。


「よーか、また、むら、いく」


「あう」


行く。


また行きたい。


カリンは小さく頷いた。


「よし」


今日最後の「よし」だった。


カリンが帰った後、部屋は静かになった。


暖炉の火が小さく揺れている。


アンナが俺の額を撫でた。


「おやすみ、ヨウカ」


ヨシュアも少し離れたところから言った。


「よく寝ろ」


俺は目を閉じた。


眠気の中で、今日見た景色が浮かぶ。


村人の笑顔。

湯気の上がる鍋。

直った柵。

カリンの「よーかだから」という言葉。

アンナの腕。

ヨシュアの手。


どうやら俺は、フィル村が好きらしい。


そして、好きになってしまった以上、いつか守りたいと思ってしまうのだろう。


でも今はまだ。


食って、寝て、育つ。


それが俺の仕事だ。


そう自分に言い聞かせながら、俺は眠った。


その夜、森の奥で何かが動いていたことを、まだ俺は知らなかった。

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