なんかまだ届かないらしい
「久しぶりに、やらない?」
カイルが、そう言ってきた。
訓練場で、俺が一人で投げているところだった。
「模擬戦、ですか」
「うん。研修で、動きが変わったって聞いたから」
「誰からですか」
「レオス」
レオスらしい。
喋るな、とは言っていないので、仕方ない。
「別に、変わっていません」
「どうかな。やれば、分かる」
カイルは、いつもの笑みだった。
断る理由も、なかった。
「先に、少しだけ、いいですか」
「うん?」
「水を、飲んできます」
「じゃあ、待ってる」
⸻
訓練場の裏で、水を飲んだ。
そのついでに、周りに人がいないのを確かめて、鑑定を使った。
鑑定を持っていることは、あまり、見せたくない。
精霊魔法の時も、目立って、面倒だった。
だから、一人の時だけ、こっそり見る。
――――――――――
ヨウカ 女 十二歳
レベル:3
攻撃 27
防御 25
敏捷 45
器用 56
幸運 44
魔力 101
MP 85
――――――――――
レベルが、3になっていた。
研修の、あの時、通知が来た。
だが、数字で見るのは、初めてだった。
去年の順位戦は、レベル2だった。
攻撃24、防御22、敏捷38、器用48、魔力86、MP72。
それが、上がっている。
敏捷、器用、魔力。
動きと、手先と、魔力が、伸びていた。
攻撃と防御は、ほとんど変わらない。
俺らしい、上がり方だった。
正面から殴る方ではなく、見て、動いて、細かく使う方。
そこが、伸びている。
ただ、これが、討伐で上がったものだと思うと、手放しには喜べなかった。
数字は、勝手には増えない。
鑑定を、閉じた。
今は、確かめられれば、それでいい。
⸻
戻ると、カイルが待っていた。
「いい?」
「はい」
「先に一本で」
「分かりました」
訓練場の隅を、借りた。
カイルが、短杖を構える。
水と、風。
去年、四年生に勝った魔法だ。
場を作るのが、うまい。
正面から、俺が勝てる相手ではない。
それは、分かっている。
「いくよ」
「はい」
⸻
先に動いたのは、カイルだった。
水が、足元に走る。
薄く。
風が、その上を撫でる。
場を、濡らして、滑らせる。
動ける場所を、削ってくる。
だが、今年は、見えた。
どこが滑るか。
どこなら、立てるか。
去年より、体が速い。
濡れていない場所へ、跳んだ。
そこから、石を投げる。
カイルの、足元へ。
カイルが、水で受けた。
石が、逸れる。
だが、一瞬、カイルの意識が、下へ落ちた。
その隙に、距離を詰めた。
短剣の、間合い。
「お」
カイルが、驚いた声を出した。
だが、崩れない。
風が、横から来た。
体が、押される。
短剣が、届かない。
「速くなったね」
カイルが、笑った。
「でも、まだ届かない」
風が、また来る。
場を、握られている。
⸻
下がった。
正面からは、届かない。
だが、試したいものがあった。
光を、集める。
手のひらで、小さく。
熱くなる。
これを、放てば。
だが、集めている間、足が止まった。
光に、意識が要る。
その隙を、カイルが逃さない。
「隙、大きい」
水が、足元を走る。
風が、押す。
体勢が、崩れた。
集めていた光が、散った。
まだ、無理だった。
的を相手に、止まって撃つのとは、違う。
動きながらでは、体が、追いつかない。
「今の、何?」
カイルが、聞いた。
「試している、ところです」
「攻撃?」
「まだ、失敗です」
カイルが、笑った。
「正直だね」
「事実なので」
⸻
結局、届かなかった。
カイルの場を、崩せない。
光は、隙を突かれる。
最後は、風で足を払われて、短剣を落とした。
「そこまで、かな」
カイルが、短杖を下ろした。
「負けました」
「うん。でも、去年より、やりにくかった」
「そうですか」
「速いし、投げ方も変わった。何より」
カイルが、こちらを見た。
「隙を見て、ちゃんと踏み込んでくる。前は、もっと、迷ってた」
研修のことだ、と思った。
だが、カイルは、それ以上、説明しなかった。
ただ、少し、嬉しそうだった。
「いい研修だったんだね」
「疲れましたけど」
「疲れる研修が、いい研修だよ」
それは、そうかもしれない。
⸻
訓練場の隅で、休んだ。
「カイルは、研修どうでした?」
「普通だよ。疲れた」
「普通ですか」
「うちの領地の近くでさ。挨拶回りが増えて、面倒だった」
カイルは、肩をすくめた。
公爵家の子は、研修でも、そういうことがあるらしい。
「大変ですね」
「慣れてる」
そう言って、水を飲んだ。
それ以上は、言わなかった。
俺も、聞かなかった。
家のことは、あいつの話したいときに、話せばいい。
⸻
別れ際、カイルが言った。
「また、やろう。次は、もっと手こずらせて」
「勝てませんよ」
「今はね」
そう言って、手を上げて、去っていった。
その背中は、いつも通り、軽そうだった。
負けたのに、なぜか、悪くない気分だった。
去年より、やりにくかった。
そう言われたのが、たぶん、嬉しかった。




