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なんか捨て子の女の子に転生したらしい  作者: ダレイワス1世
第一章 フィル村幼児期編
10/34

なんかうちの親は普通じゃないらしい

アンナは、優しい人だ。


俺を抱く手はいつも丁寧で、声も柔らかい。

魔法を教える時も、まず言うのは「止め方」だ。


火は危ない。

魔法は危ない。

力は、使えることより止められることが大事。


それがアンナの教えだった。


だから俺は、アンナをどちらかと言えば慎重な魔法使いだと思っていた。


いや、もちろん魔法は使える。

生活魔法も、光も、闇も、薬草の扱いもできる。


でも、派手な人ではない。


少なくとも俺の前では、暖炉の火を整えたり、洗濯物を乾かしたり、薬草を刻んだりする人だった。


ヨシュアもそうだ。


大きな体で、低い声で、剣を持っている。

でも俺を抱く時は必ず声をかけるし、家では薪を割ったり、椅子を直したり、カリンに木剣の持ち方を教えたりしている。


怖い人ではない。


だから俺は、この二人を、強いかもしれないけれど、基本的には穏やかな村の大人だと思っていた。


その認識は、たぶん半分くらい間違っていた。



それは昼前のことだった。


俺はカリンと一緒に、家の中で積み木をしていた。


正確には、カリンが積む。

俺が見る。

たまに俺が手を出して崩す。

カリンが「よーか、だめ」と言う。


そういう遊びである。


「あう」


俺が積み木に手を伸ばすと、カリンがさっと守った。


「まだ」


まだらしい。


なかなか厳しい。


アンナは台所で薬草茶を作っていた。

ヨシュアは外で村の男たちと何か話している。


穏やかな日だった。


そう思っていたら、外から鐘の音が鳴った。


一回。

二回。

三回。


アンナの表情が変わった。


それまでの柔らかい顔ではない。


目が一瞬で鋭くなる。


俺はその顔を見て、体が少し固まった。


怒っている顔ではない。

でも、いつものアンナではなかった。


「カリン、ヨウカのそばにいて」


アンナの声は静かだった。


カリンはすぐに頷く。


「うん」


三歳児にしては反応が早い。


いや、カリンは昔から妙に反応が早い。


アンナは俺の方を見た。


「ヨウカ、動かない。魔力も動かさない。いい?」


「あう」


分かった。


いや、何が起きたのかは分かっていない。


でも、今は勝手に動く場面ではない。


アンナは扉へ向かった。


その時、ヨシュアが外から戻ってきた。


「森側に牙猪が三頭。うち一頭が大きい」


牙猪。


名前だけで嫌な感じがする。


猪型の魔物だろうか。


前世の普通の猪でも危ない。

魔物ならもっと危ないに決まっている。


アンナは眉を寄せた。


「村に近いわね」


「ああ。柵を壊して入るかもしれん」


ヨシュアはすぐに指示を出した。


「アンナ、火は森に向けるな。乾いてる。燃え広がる」


「分かってる」


「俺は村人を下げる。井戸前に集める。子どもは家の中。逃げ道は東側」


「私は森側ね」


「無理はするな」


アンナが少し笑った。


「あなたこそ」


この短いやり取りで分かった。


二人は慣れている。


緊急時の会話が速い。

無駄がない。


ヨシュアは俺とカリンを見た。


「カリン、ヨウカから離れるな」


「うん」


「怖くなったら声を出せ。黙って我慢するな」


「うん」


それは俺にも言っている気がした。


俺は小さく声を出した。


「あう」


ヨシュアは少しだけ笑った。


「お前もだ、ヨウカ」


伝わっている。


いや、伝わりすぎではないか。



外が騒がしくなった。


村人の足音。

誰かが子どもを呼ぶ声。

木の柵がきしむ音。


俺は窓の方を見ようとした。


カリンが俺の前に立つ。


「だめ」


見えない。


いや、守ってくれているのは分かる。


だが、気になる。


ものすごく気になる。


「よーか、だめ」


カリンの声はいつもより固かった。


俺は大人しくした。


今は見たい欲で動く場面ではない。


そう思った瞬間、外から低い唸り声が聞こえた。


獣の声。


普通の動物ではない。

腹の底に響くような音だった。


体が勝手に震えた。


カリンも少し震えた。


でも、彼女は俺の前から動かなかった。


「カリン」


俺は言葉にはできない。

でも、心の中でその名前を呼んだ。


カリンは小さな手で木剣を握っている。


もちろん、三歳児の木剣で魔物と戦えるわけがない。


でも、その背中は本気だった。


守る。


この子が何度も言ってきた言葉が、ただの遊びではないことが分かった。


その時、ヨシュアの声が外に響いた。


「全員、井戸前まで下がれ! 走るな! 荷物は捨てろ! 子どもを先に!」


低い声なのに、よく通る。


怒鳴っているわけではない。

でも、村の空気が一瞬で整った。


足音の乱れが消える。


泣きそうな子どもの声も、誰かがすぐに抱き上げたのか遠ざかった。


ヨシュアの声が続く。


「柵を閉じるな! 退路を残せ! 槍を持つ者は左へ、弓は屋根の上に上がるな、落ちるぞ!」


指示が速い。


しかも細かい。


ただ強い剣士というより、場全体を見ている。


俺は思った。


ヨシュア、普通の剣士ではない。



次の瞬間、柵が壊れる音がした。


木が砕ける。


誰かが息を呑む。


獣の足音が、地面を揺らす。


俺は思わず魔力を動かしそうになった。


光。

闇。

生活魔法。


何かできるかもしれない。


そう思った。


だが、すぐに止めた。


何もできない。


俺は一歳児だ。


見えもしない相手に、焦って魔力を動かすのはただの事故だ。


困ったら泣く。

怖かったら呼ぶ。

勝手にやるな。


アンナとカリンに言われたことを思い出す。


俺はカリンの服を握った。


カリンは少し振り返った。


「だいじょうぶ」


震えているのに、そう言った。


強がりだ。


でも、ありがたかった。


外で、アンナの声が聞こえた。


「ヨシュア、右に一頭流れた」


「見えてる。通す」


通す?


俺は意味が分からなかった。


魔物を通すのか。


次の瞬間、ヨシュアの声が響いた。


「今!」


空気が変わった。


アンナの魔力が動いたのが、家の中にいても分かった。


熱。


ただし、暖炉の火とはまったく違う。


圧倒的な熱が、外で一瞬だけ膨れ上がった。


だが、広がらない。


爆発もしない。


一点に集まって、噛みつくように燃えた。


窓の外が赤く光る。


魔物の叫び声。


焦げた匂いが、ほんの少しだけ入ってきた。


俺は息を呑んだ。


火だ。


アンナの火。


俺が出した火花とはまったく違う。


生活魔法ではない。

火種でもない。


あれは、攻撃のための炎だ。


けれど、森は燃えていない。


家も燃えていない。


草が広く燃え上がることもない。


炎は、必要な場所だけを焼いて、すぐに消えた。


異常な火力。

異常な制御。


アンナは火が得意なのだと、その時初めて本当に分かった。


優しい母親の手と同じ人が、あんな炎を扱っている。


少し怖かった。


でも、それ以上にすごかった。



外ではヨシュアが動いていた。


足音が重い。


剣の音。


魔物が突進する音。


ヨシュアの声。


「槍を下げるな! 押すな、受けろ! 足元を見ろ!」


がん、という鈍い音が響いた。


何か大きなものが、硬いものにぶつかった音。


ヨシュアが受けたのだろうか。


普通なら吹き飛ばされるような音だった。


だが、ヨシュアの声は揺れなかった。


「止めた。アンナ」


「了解」


再び赤い光。


今度は短い炎の槍のようなものが、横から走った。


魔物の叫び。


地面を引っかく音。


それから、静かになった。


しばらく誰も喋らなかった。


俺はカリンの服を握ったまま、息を止めていた。


カリンも動かない。


数秒後、ヨシュアの声がした。


「終わった。怪我人の確認。柵は後で直す。まず子どもを安心させろ」


終わったらしい。


俺は一気に力が抜けた。


怖かった。


普通に怖かった。


魔物の姿はほとんど見ていない。

それでも怖かった。


赤ん坊の体は、危険に素直だ。


俺は小さく声を漏らした。


「あ……」


カリンが振り返り、俺の頭を撫でた。


「よーか、だいじょうぶ」


今度はさっきより声が柔らかかった。


たぶん、自分も安心したのだ。


俺はカリンの手に額を押しつけた。


大丈夫。


たぶん、大丈夫。



しばらくして、アンナとヨシュアが戻ってきた。


アンナの服には、少し焦げた匂いがあった。


だが、髪も肌も乱れていない。


ヨシュアの盾には大きな傷がついていた。


いや、盾ではない。


大きな鉄板のような防具を片腕に装着している。


あれで牙猪の突進を受けたのか。


人間が?


無理では?


「ヨウカ」


アンナが俺を抱き上げた。


いつもの手だった。


さっき外で炎を放っていた人と同じ手とは思えないくらい、柔らかい。


「怖かった?」


「あう……」


怖かった。


かなり怖かった。


アンナは俺を抱きしめた。


「よく魔力を動かさなかったわね」


俺は少し驚いた。


分かっていたのか。


アンナは苦笑する。


「動かしかけたけど、止めたでしょう」


そこまで分かるのか。


この人、やはり普通ではない。


ヨシュアも近づいてきた。


「よく我慢したな」


「あう」


我慢しました。


かなり我慢しました。


ヨシュアは俺の頭を大きな手で撫でた。


少し重い。


でも、怖くはない。


カリンがヨシュアを見上げた。


「ヨシュア、つよい」


ヨシュアは少し困ったように笑った。


「そうでもない」


いや、今のは絶対に強い。


赤ん坊でも分かる。


アンナが肩をすくめた。


「この人、昔からそう言うのよ」


ヨシュアは視線を逸らした。


「大げさに言うことじゃない」


その時、外から村人の声が聞こえた。


「助かったよ、豪炎の魔女様」


俺は固まった。


豪炎の魔女。


誰のことだ。


いや、アンナだろう。


他にいない。


アンナは眉をひそめた。


「その呼び方、やめてと言ってるでしょう」


村人は笑った。


「じゃあ、鉄壁の要塞様にも言っとくよ」


ヨシュアが顔をしかめた。


「そっちもやめろ」


鉄壁の要塞。


ヨシュアのことだろう。


俺は二人を見た。


豪炎の魔女。

鉄壁の要塞。


名前が強すぎる。


俺の拾い親、もしかしてかなり有名人なのではないか。


アンナは俺の視線に気づいた。


「……ヨウカ、変な顔してる」


していると思う。


かなりしていると思う。


ヨシュアがため息をついた。


「昔の異名だ。気にするな」


気にするなと言われても無理がある。


豪炎の魔女と鉄壁の要塞である。


気にするなという方が難しい。



その日の夜、家はいつも通りだった。


アンナは薬草茶を淹れた。

ヨシュアは傷ついた盾を見て、修理の算段をしていた。

カリンは疲れたのか、俺の隣でうとうとしている。


魔物が来たとは思えないくらい、家の中は静かだった。


でも、俺の中では何かが変わっていた。


アンナは、ただ優しいだけの魔法使いではない。


火の怖さを知っているからこそ、火を軽く扱わせない人だった。


ヨシュアは、ただ穏やかな剣士ではない。


守ることの重さを知っているからこそ、逃げ道や指示を大事にする人だった。


豪炎の魔女。


鉄壁の要塞。


大げさな異名だと思う。


でも、少しだけ分かる気もした。


俺は自分の小さな手を見た。


魔力はある。

適性もある。

スキルもある。


でも、今日の二人を見て思った。


力があることと、力を使えることは違う。


炎を出せることと、余計なものを燃やさないことは違う。

防げることと、誰をどこへ動かすか判断できることは違う。


アンナとヨシュアは、強い。


たぶん、かなり強い。


でも、二人が本当にすごいのは、強いことそのものではない。


必要な時にだけ使うこと。

守るために使うこと。

そして、終わったらちゃんと家に戻ってくること。


俺はそれを見た。


アンナが俺の額を撫でた。


「眠い?」


「あう」


眠い。


かなり眠い。


でも、寝る前にひとつだけ思った。


どうやら、うちの親は普通じゃないらしい。


そして俺は、かなりすごい人たちに拾われたらしい。

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