100.待ち伏せ! 激突! 土俵際!
大霊峰から警鐘じみた咆哮が響く。
戦場外周に赤い光の壁がそそり立ち、生存範囲を急速に狭め始めた。
不幸にも、私たちは円の中心から遠く離れた場所におり、背後に迫る光の壁からただいま逃亡の真っ最中だ。
どっすどっすどっしんと、ピンドラが二足歩行で渓谷の底を走る。
『えっほえっほ! きゃあああああ! 後ろ来てるううう!』
パニックに陥って心の声と一緒に、ギャオーワオーと叫びっぱなしだ。
私は谷の上を警戒しつつ、屈んでドラミちゃんの頭を撫でる。
「落ち着きなさいってば。今のスピードを維持できれば逃げ切れるから」
『ひぃひぃふぅ! 無理ぃ!』
ガクンと速度が落ちる。息が上がる。
「お尻ペンペンしたら速くなるか?」
『やだもー! お兄ちゃんのばかー!』
「そういえばドラミちゃんや。なんで二足歩行なんだ?」
『え? あっ……そ、そっかぁ! なんか走りにくいって思ったらぁ!』
ピンドラは前足を地に着ける。猟犬よろしく一気に加速した。
間もなく谷を抜けられそうだ。
と、安堵したのもつかの間――
切り立った崖と崖の間に続く一本道の真ん中に、巨大ウシガエルみたいな土色鱗のドラゴンが四股を踏んで待ち構えていた。
『ドスコ~イ! ドスイコ~イ!』
後ろから安全地帯のリミットが迫る。後門の狼、前門の虎だ。
ピンドラが啼いた。
『なんか前にいるんだけどぉ! お兄ちゃんどうしよう!』
だんだんと後方の赤い壁の迫る速度が落ちていった。
谷の終わりギリギリのところで第一収縮が終了。一本道で目の前に土蛙竜。こちらに向かってエア張り手。やる気満々だな。
にしても、両生類ベースのドラゴンもいるなんて竜の概念壊れるぅ。
カエルは息を吸って腹をパンパンに膨らませ、鼓を平手でパアアアンッ! と打つ。
『ハアアッケヨオオオオオオイ!』
短距離転移で後ろに回ることもできるんだが――
『お兄ちゃんどうしよおおおお!』
「あれは東方の島国に伝わるスモウレスラースタイルだな。こちらは後が無い土俵際だ。そのまま加速してぶちかませドラミちゃん」
『無理無理無理いいいいいいい!』
と、心の声で拒んでも、ピンドラはカエルにショルダータックルをぶちかます。
走り出したドラゴンは急に止まれない。
衝撃を逃がすため、私は激突の瞬間にドラミちゃんの頭から飛び降りた。
二体のぶつかり合う姿が眼前に迫る、大迫力のリングサイドに立つ。
カエルが吠えた。
『ノコッタノコッタァ!』
けっこうな加速をつけてのタックルだったが、カエルは壁のように立ちはだかりしっかり受け止めた。
がぶり四つで組み合う。カエルの後ろ足が地面にめり込み、逆にドラミちゃんが押し込まれる。
『わ! わぁ! やーめーて! ちょっとぉ! ひぃいいん!』
泣きわめきながらピンドラはぐいぐい押されて、背後に赤い壁が迫った。
『ノコッタ! ノコッタアアアア!』
土蛙竜のプッシュでドラミちゃんの尻尾と翼が赤い光の壁の向こう側へ。
このまま全身外に押し出されれば、水晶の板が場外反応を検知してパリンである。
ピンドラが首をぶんぶん左右に振った。
『お兄ちゃあああああああん! なんとかしてえええええ!』
「…………」
『なんとか言ってよおおおお!』
「…………」
『負けたくない! 負けたくないいいいいいい!』
「……そんなに勝ちたいか」
『だってぇ! 二勝もしちゃったんだよおおおお! 一生に一度のチャンスかもしれないんだよおおお!』
だったら――
「ドラミちゃんや。そのまま引き込んで一緒に赤い領域の外に出るんだ」
『それじゃあ相打ちだよおおおおおお!』
「命令は絶対守るんだろ? お兄ちゃんを信じなさい」
『もうどうなってもおおお知らないんだからにぇええええええええ!』
ピンドラはカエルの押す力に抵抗をやめると、抱きついたまま一気に後ろに下がった。
『ノコッ……アアアアアアアアアアアアアッ!!』
まさか自爆覚悟のドラミちゃんに反応が追いつかず、自身の馬力を制動しきれなかった土蛙竜は、ピンドラと一緒に赤い光の壁の外に出てしまった。
バリン! と、カエルの後頭部あたりで光が爆ぜる。水晶の板が割れ砕け散った。
土蛙竜はその場に膝を屈して『オヤカタァ……チャンコォ……ゴッツアンデスゥ……』と泣き出した。
ちょっと何言ってんだかわかんない。
ともあれ――
パワー自慢で直線番長。谷間の出口に張って待ち、逃げてくる相手と一対一の真っ向勝負。それがこいつの勝ち方だったんだろう。
決まり手は勇み足だ。
二人で一人の兄弟タッグとは、相性が悪かったな。
一方、ドラミちゃんはきょとんとしていた。
彼女の水晶の板は割れなかったのである。
『にゃああんでえええ?』
私はマントの下から水晶の板をスッと取り出した。
「こんなこともあろうかと、こっそり抜き取っておいたのさ」
『お、お兄ちゃん!? なーんも相談もなく! ウチを騙すなんてひどいよ! あんまりだよ!』
赤い光の壁の向こうから、どすどすと肩を怒らせピンドラが戻ってくる。
「敵を騙すには味方からというだろう。ドラミちゃんは演技とか駆け引きができるタイプじゃないからな」
『うう! でもでもぉ! おかしいってぇ! 打ち合わせなしなんてドッキリ企画じゃんってぇ!』
「純粋でピュアで可愛いドラミちゃんが、一生懸命負けないようにがんばったから、相手の本気を引き出せたんだ。中途半端に手を抜いたら、踏みとどまられてたぞ」
『そ、そっかぁ。ウチが可愛いから良かったんだぁ。あはぁ~♪』
言いたいことが上手く伝わってない気がするが、まあ、いいか。妹ちゃんだし。
てなわけで、ドラミちゃんの弱点を私が持つことにより、赤い光の壁を彼女は自由に行き来できてしまうのだった。
爆アドだ。え? 卑怯だって? ルールの穴をついてるって?
そんなもの、つかれる穴がある方が悪いのだ。




