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リントヴルムの魔法紡ぎ  作者: 小津 カヲル
六章 故郷へ

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65 小さな魔法使い

 朝日が差す眩しさのなか、ストールの皺の隙間からアンバーブルーの瞳で私を見つめていたリイナは、自分の置かれた状況が分からず混乱していた。

 救いだったのは、私のことを覚えていてくれたこと。

 おかげで混乱して再び魔法を暴発させることなく、彼女の健康状態が悪くないことを確認できて、騎士たちが用意してくれたスープを口にしてくれた。

 そして改めて、私たちがいるのはグラナートから離れた山の中、リントヴルムへと向かう道中にあることを彼女に説明したのだった。


「行きがかり上、一緒に連れてきてしまったけれど、意識のないあなたを……リイナを一人で置いてくるわけにはいかなかったの」


 まだ魔力反発が収まったのか確かめるまでできていないため、リイナはストールを被ったままでいてもらった。そんなリイナの側について、私は言葉を選びながら現状を説明する。ラルフをはじめとして騎士たちはまだ姿を見せないようにしてもらっているけれど、彼らと共に行動しなくてはならないことも。

 予想したとおり、リイナは明らかに彼らの話がでると不安そうな様子を見せた。それだけでなくまだ私相手にも、目線を合わさずおどおどと下向きに視線を泳がせているほどだ。

 けれども名前を呼ばれると、リイナは初めて彼女の魔法を思わせるライトブルーの瞳を上げてくれた。


「そう、呼ばれていたのを聞いたの……合ってる? 私はリーゼロッテよ、リズって呼んで……」

「アレンは?」


 リイナが今にも泣きそうな顔で眉を顰める。


「……あの子はアレンというのね。ここには居ないけれど大丈夫よ、ホロラル川の向こうで保護されているわ」


 大きな瞳が涙で揺れ、それを堪えるかのように少女の唇が歪む。


「ほんとう?」

「ええ、本当よ。アレンのおかげで、リイナがいるのが分かったわ。友達想いのよい子ね」


 私がそう言うと、彼女の目から大粒の涙が決壊し、頬に伝った。

 きっと、ここに到るまでに様々なことがあったのだろう。両親に捨てられたリイナにとって、アレンこそが一番の味方だったに違いない。

 そう思うと、いてもたってもいられず泣いているリイナを抱きしめる。

 ひっくひっくと声を詰まらせながら、喋ろうとするリイナ。


「アレンはっ、家があるのに……ひとりにならなくて、いいようにっ……て、寺院に来てくれて……私が、捨て……」

「大丈夫、言わなくていいよ、彼があなたのことをとても心配していたから、分かっているわ」


 抱きしめる体は酷く細くて、頼りない。

 そんな小さな背中を撫でながら、それでも聞かなくちゃいけないことはある。一通り泣いて落ち着いたリイナに向き合った。


「リイナとアレンが、どうやってグラナートを出てホロラル橋のあるヴィンスの町まで来たのか教えて?」


 するとリイナの体と表情が強張るのが見て取れた。


「分からない?」


 リイナは視線を泳がせて、そして唇を引き結んだ。それは強い意志というよりも、恐れだろうか。顔色も悪いまま……。


「それとも、言いたくない?」


 ハッとして顔を上げるリイナに狼狽える様子、そして私を通り越して後方へと意識を向けたような気がした。


「言っていいのか、分からない?」


 彼女の拒絶感がどこにあるのか考えて、投げた問いだった。

 するとそれが当たっていたのだろう、リイナは小さく頷いた。きっと彼女は、何かしら事情を知って山奥に来たのかもしれない。それを知りたいけれど、だからといってリイナを傷つけてまでのことか分からない。

 とにかく、焦ることは良くないと思い直した。


「うん、いいよリイナ。今は喋らなくても大丈夫」


 笑顔を向けるけれど、リイナはまだ安心してはいないようだった。


「ごめんね、リイナのために戻ることはできない。でも必ず街道を抜けた先で、グラナートに戻れるよう私からもお願いするから」

 

 だから私たちを信じて。

 そう伝えることしか出来なかった。

 私たちは目を覚ましたリイナを連れて、旅を再開することになった。

 予測通り魔法の反発は消えて触れることができるようになったようだけれど、リイナ自身が騎士たちを怖がってしまい、相変わらず心の距離は遠い。

 かろうじて癒やしの魔法だけは受け入れてくれて、細かい体の傷だけは治療することができている。

 ただ問題は……。


「ラルフ、眉間の皺!」


 斜向かいに座っているラルフの顔が険しいのは、リイナが特にラルフに対して震えて怯えてのこと。けれどもそんな風に幼いリイナを責めるような態度は、駄目よ。

 当のラルフは自分がそんな表情をしていることに自覚がないようで、私の指摘でハッとしてそっぽを向く。

 それを受けて自分を拒絶されたような気持ちになって、さらにリイナが拒絶感を募らせるのは仕方がない。

 というか、リイナとラルフを見比べて、私はため息をつく。

 だって年齢も体格もまったく違うのに、二人が同じくらい幼く感じるからだ。

 それは私だけではなかったようで、後方に乗る騎士たちも苦笑いを浮かべていた。


「もう、子供みたいに」


 そう言うと、後方から含み笑いとともに声がかかる。


「みたいじゃなくて実際、中身は子供だといつもゾルゲ団長から言われているだろう」

「うるさい!」


 鋭く反論するラルフの声に、リイナの肩がビクッと震えた。


「ラルフ、大きな声を出さないで」

「……っ」


 そう詰める私には反論しないで、そっぽを向くに留まるラルフだった。

 ホロラル川を越えてから、追っ手の心配がなくなって明るい空気が漂っている。今私たちが通る街道は、リントヴルム村の近くに出るまではほとんど集落がない。当然、集落がなければ街道へと到る方法は後方のホロラル橋が閉ざされた今、前方のリントヴルム側から向かってくるしかない。警戒する方向が一つに限られることは、彼ら魔法騎士たちの負担をかなり軽くしている。

 そういったこともあり、馬車内は穏やかで静かな空気に包まれている。ラルフはなるべく私たちの側にいるけれどすることもなく目を伏せているし、ヤタも魔力消費が大きかったせいもあって背もたれの上でうつらうつら船をこぎ、時折コップの中の小さなハーディが水を跳ねる音がするくらい。

 私はというと預かった黒布を取り出して、新たな刺繍を始めることにした。意匠はどんなものにしようかと思った時に、リイナの肩から垂れるストールを見てテッセンの花に決めた。マルガレーテで鍛えられた今なら、母さんの手仕事に追いつけるだろうか。そう考えるだけで心が浮き立つ。黒地を闇夜に例えて、テッセンは月明かりを反射したように華やかで優雅に浮き上がるだろう。ここ最近していた騎士団制服では、刺繍を目立たないようにしていたから、別の意味でやりがいがあって楽しい。

 しばらく深く生い茂る木々の緑だけが続く窓の景色を見ていたリイナが、私の手元を見ているのに気づく。

 

「興味がある?」


 小さく口を開けたまま頷くリイナ。


「やってみる?」


 すると縦に振っていたはずの頭を横方向に変える。


「大丈夫よ、簡単にできるわよ?」

「いい、見てるだけで……」


 遠慮なのか、本当に自信がないのか。けれども無理強いはせず、私は彼女によく見えるように膝の向きを寄せて、再び針を持つ。

 一針一針、木枠に張った布の上に線描で形を作るように、刺していく。根気がいる作業だけれど、丁寧さを心がければそう難しい作業ではない。こうしてしばらく見ていると、それは理解できるはず。

 そうして縫いつづけて、通していた糸が尽きる。


「ねえリイナ、そこに同じ色の糸があるから取ってくれるかしら」


 リイナの座席の向かいに置いた、裁縫鞄を指差す。するとリイナはすぐに鞄をのぞき、糸を捜してくれた。


「ありがとう、似た色がいくつかあったのに、よく分かったのね」


 そう言うとリイナは、はにかんだように僅かに微笑んだ。

 テッセンの花びらをつくるために使っていたのと同じ白色は、実は四種類ほどある。ほんのり黄味のあるまろやかな白、艶のある煌びやかな白、それから生成りに近い素朴な白、あとは比べたら青味を感じられるようなもの。それぞれ素材も違うし、漂白方法などでも特色が出る。

 月明かりの優しい光りを思って選んだものと同じ、ほんのり黄味がかった白の糸を受け取り、針を付け替える。

 テッセンはとても生命力がある花。逞しく、そして気高い。

 私は小さいながらも大きな力を持ってしまったリイナを思って、針をすすめた。

 

 そうして穏やかな馬車の旅はそうして過ぎていく。

 襲撃があったことなど忘れてしまいそうになるほど静かで、楽しかった。

 リントヴルムまでの山道は長く、四日ほどかかる。その山道にはコンファーロ家によって設置された、旅に必要な馬小屋と宿泊小屋があり、馬のための水と飼い葉、人間のためには寝具と最低限の調味料などが保存されていた。

 最初の晩を迎えることになった休憩所も、聞いていた通りの簡素な山小屋だった。囲炉裏のある広間と、二つの小さな小部屋のみ。けれども流石国一番の魔法使いたちといったところで、山小屋の裏手に捨てられていた大きな樽を分解して魔法で組み直して、そこにお湯を満たした湯船をつくってくれたのだった。


「すごい……」


 そのお風呂を造った騎士が、感動している私とリイナに先に使うよう勧めてくれた。私たちはありがたく二人で浸かり、体を温める。

 体の芯から温まると、疲れが取れる気がした。

 あまりお湯に浸かる習慣がないだろうし嫌がるかなと思ったリイナも、お風呂は気に入ったようだった。

 風呂から上がって彼女の髪を拭いてあげていると、ぽつりと彼女がこぼした。


「小さい頃、一度だけ連れてってもらったの……アレンが誘ってくれて」

「お風呂?」

「うん、寺院の」


 そういえば、エンデの寺院の中に大きな浴場があり、定期的に解放していると聞いたことがある。名目上では無料なのだけれど、少なくても寺院に寄付をした者しか行けない。だから浴場に行ったことがない子もいるだろう。しかしリイナはアレンと行ったということは、彼の家族はリイナの家よりも少し余裕があったのか。


「すごく温かくて……」

「……気持ちよかった?」


 そう聞くと、ちらりと私の方を向きながらコクンと頷いた。髪を拭く布で目元は見えないが、口元がほころんでいた。


「私もお風呂は好きよ」


 かつての世界でもお風呂は高嶺の花だった。長い闘病生活のなか、清拭ばかりになっていくのは容体悪化と比例していたから。

 そんなことを思いながら、私はリイナの髪を丁寧に梳ってから結う。彼女の黒魔石が見えないようにたゆませてから、編み込みをして縛る。そして覆った前髪が崩れないように、馬車で刺していたテッセンをつけたカチューシャ飾りで留めた。

 結った髪で魔石を覆い、さらに大きなテッセンの花が乗る作りなので、これを付けている限り、風が吹いてもめくれることはないだろう。


「……お姉ちゃん?」


 小さな手鏡しかないけれど、それをリイナに向けて見せてあげると、驚いたような顔をする。


「似合っているわ」

「……これって」

「貰ってくれる?」

「……いいの?」


 おずおずと尋ねるリイナを見て、かつてエンデでレギオン先生から言われた言葉を思い出す。でも……。


「リイナにしてあげられることが、他に思いつかなくて……だから貰って欲しいの」


 もし、リントヴルムが噴火しなかったら、リイナは今でも両親のもとで暮らしていたかもしれない。過去は悔やんでも取り戻せないと分かっていても……。

 だから、不思議そうに見上げるリイナに、私はそれしか言えなかった。

 

 そうして身支度を調えて戻ると、騎士たちが手分けをして食事も温かいものを美味しく調理してくれた。他にも服が汚れればあっという間に魔法で洗って乾かしてくれたりと、私の手伝いできるものがなく、至れり尽くせり。

 戻った私たちを見つけたラルフが、扉を開けてくれた。


「リズ、入り口が雨で塗れていて滑るから気をつけろよ」

「ありがとうラルフ、大丈夫よ」


 私は大股で敷居をまたいだつもりが、見た目よりも広く塗れていたせいか、着地した足が滑る。


「リズ?」

「お姉ちゃん!」


 手を差し出したラルフと同時に、後ろにいたリイナが慌てた様子で私の袖を引っ張った。

 恥ずかしいことに、二つの助けがあったのにもかかわらず、私はバランスを崩してさらに滑ってしまう。

 けれども地面に尻餅をつくと覚悟した私を、ラルフが私の腰に手をあてて抱き上げて、事なきを得る。


「あ、ありがとう……」


 転びそうになったのと抱き上げられたのと、二つの恥ずかしさでいたたまれない。


「だから気をつけろと言ったんだ」

「ご、ごめん……リイナにも驚かせちゃったわね」


 突然のお姫様のような扱いをされている私を見上げながら、リイナが目を見開いている。そんな彼女の足元から私がいた場所までの床が、白い氷で覆われていた。

 きっと咄嗟に魔法を使ってしまったのだろう。

 それにリイナ自身が気づいていなかったのか、自らの足元を見て困惑している。

 部屋の奥から私たちの姿を見つけて、ヤタがふわりと飛んできてラルフの肩に留まった。


『リズ、リイナ、戻った』

「うん、待たせね、ヤタ」

『我も入ってみたかった』


 そんなことを返すヤタを、ラルフが振り払う。喧嘩になるかと思ったけれど、ヤタは扉の向こうにまだ立ち尽くしていたリイナの肩へと移り、彼女の顔を覗き込んでいる。


「おまえも、早く入れ」


 ラルフがそう言うと、リイナはびくと肩を震わして青白い顔を上げる。

 魔法を使ったのを、ラルフに怒られると思っていたのだろうか。


「塗れずにすんで丁度よかったな、早くしろ」


 ラルフはいつもの調子で言うと、抱き上げた私を下ろしてくれた。するとリイナはハッとしたように氷の上を歩き、私の元へ来てしがみつく。それと同時に居場所を失ったヤタが、私の肩に飛び乗ってくる。

 その間にラルフはリイナが造った氷を溶かして乾かすと、扉を閉めたのだった。


「私を助けようとしてくれたのね、ありがとうリイナ」


 リイナはしがみついたまま、首を横に振る。

 他の騎士よりも、やっぱりラルフを怖がっているのだろうか。それはちょっと哀しいなと思いつつも、まだ旅は始まったばかりなのだから焦っても仕方がないと自分に言い聞かせる。

 それから食事をとった後、私は疲れた様子のリイナを早々に寝かせることにした。

 小さな個室に、板を張っただけの硬い寝台。そこに持参していた毛布を敷いて包まって眠る。


「眠るまでは側にいるから安心してね」


 そう言ってリイナの隣に寝転がると。


「あの人は、お姉ちゃんと友達?」


 おずおずと毛布に包まった隙間から、小さく問われた。


「ラルフのこと?」


 毛布がこくんと動くのが可愛い。


「幼馴染みなの」


 毛布の隙間からするりと出てきたライトブルーの瞳が、大きく見開いていた。

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