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リントヴルムの魔法紡ぎ  作者: 小津 カヲル
六章 故郷へ

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62 エンデの少年

 オーベルス伯爵領の領兵たちが私たちの馬車を追い越していき、警告を下したにもかかわらず再び降り始めた氷柱を剣で薙ぎ払う。

 残りの兵たちがホロラル橋の袂へ、そして静まり返る民家の路地へと入っていく。これだけの騎兵がいれば、きっと身を隠しながら攻撃魔法を繰り出す魔法使いを探し当ててくれるに違いない。そう願いながら、私たちの馬車も彼らに確保してもらった道をゆっくり前進していく。

 人海戦術によって、降り注ぐ氷柱の多くは私たちに届く前に打ち砕かれた。

 それでも潰しきれなかった氷柱は、ヤタの目を通してラルフが指示をして避けていく。

 そうして私たちの馬車は次第にスピードを上げて、このまま橋を渡れるのでは……。私はそう希望を見出していたけれど、状況はそうそう上手くいくとは限らないようで……大きな舌打ちが耳に入る。


「くそっ、何か魔法を増幅する石でも仕込んであるのか、溶かしてもすぐに氷が増殖してくる」


 ラルフの言う通り、川幅は一向に元通りになっていない。相変わらず橋は激流に飲まれたままで、このまま馬車で突っ込んだら、一瞬で川に投げ出されてしまいそう。

 すると私たちの馬車に、一騎が近づいてきた。

 騎乗の人物を見て、私はぎゅっと緊張する。


「ラルフェルト殿、私が楔を打つ。だがあの硬い氷の内まで打ち込むには、力が足りない。加勢を願えるか」

「オーベルス卿、承知した。制御はこちらに任せてくれ」


 力強く頷くラルフを見てから、バルド・オーベルス卿が私の方を振り向いた。


「リーゼロッテ、これを渡しておく」


 オーベルス卿が腰に提げていた袋の中から、布のようなものを出す。そして窓越しに私にそれを差し出してきたので受け取ると。


「……これって」


 桜色に染められたストールに、丁寧な刺繍がまるで蜘蛛が美しい巣を編むように、びっしりと刺されている。

 丁寧な手仕事のなかに、懐かしさを感じて胸が熱くなった。


「それは私の娘のために、ライサが贈ってくれたものだ」

「……母さんが?」


 驚いて卿を見返すと、彼は深い鈍色の瞳をこちらに向けて、とても優しく微笑んでいた。


「ベアトほどではないが、娘もまた魔素中毒で苦しみながら育った。だがライサのそのストールのおかげで幾度も命を救われ、今では平穏な日常を過ごすことができるようになっている」

「そんな大切なものを、私が貰ってしまっては……」

「その娘から、きみに渡すよう託された。今度は、リーゼロッテを救う助けになるだろうと」


 私はグラナートに辿り着くまで、天涯孤独なんだと思っていた。

 でも違った。父さん母さんだって、ちゃんと大切な人と繋がっていた。それが今、私たちを助けてくれて……。

 

「ありがとうございます」


 感極まって揺れる言葉に、卿は言葉ないまま深く頷き、そのまま前を向く。


「ラルフェルト殿、私の魔法は近距離向きだ。先に行く」


 そう告げたオーベルス卿は、懐から小さな皮袋を取り出すと、それを手に乗せて口を縛る紐を解きながら鐙を蹴った。


「リーゼロッテを頼むぞ」


 その声とともに卿の背中が遠ざかるのを、私は預かったストールを抱きながら見守る。父さんが魔力酔いをおこすほどの体質ならば、親族に魔法使いがいてもおかしくはない。ならば伯父はどういう魔法を使うのだろうか。

 今まさに私たちを狙って妨害を企てる者たちの元へ近づき、危険はないのだろうか。

 そんな想いからハラハラしながら見守っていると、私を気遣うラルフから声がかかる。


「心配には及ばない、リズ」

「でもラルフ……万が一のことがあったら私、お祖父さまと父さんに顔向けできないわ」

「古来、オーベルス家は伝統的に多くの魔法使いを輩出している。彼は地の属性、そのなかでも鋼を操ることに長けた魔法使いとして有名なんだ」


 鋼……?

 身を乗り出すようにして御者台の隙間から、前方を行くオーベルス卿の姿をのぞき見る。

 橋のたもとに辿り着いた卿は、手にしていた袋を振り上げて、その中身を撒いた。それは灰色の粒のように見えた。それらがまるで生命をもつかのように渦を巻き、一点に集まる。

 それが長く鋭い槍のように尖っていく。

 同時に御者台にいたラルフの高く掲げる腕からは、金色の矢が放たれる。その光りを浴びて、卿の造った槍が輝きを反射することで、槍ではなく鉄の楔であるその姿を露わにした。

 次の瞬間、高く上がった矢がオーベルス卿の造りあげた大きな楔をめがけて落ちる。

 轟音とともに金色の矢は炎と代わり、楔は真っ赤に染まりながら氷の中へと沈んでいった。

「視界が塞がれる」


 熱を帯びた楔が打ち込められ、氷が溶けることで水と蒸気が吹き上がる。

 ただでさえ雨期の湿った空気のなか、霧となって視界を遮っていく。このまま闇雲に突っ込んでは、増水した川に落ちかねない。

 けれどもラルフに迷いはなかった。


「このまま橋の近くまで進む、ヤタ、俺の目となれ!」


 ラルフの呼びかけで、馬車の上をスレスレに黒い影が飛んでいった。

 そうか、ヤタの目を借りるのかと私はそこでようやく思い立つ。次々と目まぐるしく変わる状況についていけない私に、ラルフが再び声をかけてくる。


「リズ、しっかり掴まっているんだ、揺れるぞ!」

「え、うん……」


 その問いと同時に、再び轟音が響く。

 見ると霧の向こうで、水しぶきが上がっていた。きっと氷が割れて川に落ちたのだ。

 しぶきが一部の霧を晴らすことになり、少しだけ視界が晴れる。

 どうやらオーベルス卿とラルフの魔法は、分厚い氷を岸から剥がすことに成功したようだ。川のこちら岸にびっしりと張り付いていた氷がほとんど消えて、川の水がごうごうと音をたてて下流へと流れ始めた。それと同時に橋を呑み込む勢いだった水位が下がり、水に覆われて見えなかった橋の欄干が現れ始める。

 しかしそれでも馬車が通る上部は、まだ水に覆われている。

 でも向こう岸に張るもう一塊の氷を崩すことができたら、この摩擦を軽減した馬車ならば通ることができそうだ。

 光明が見え、私はほっと息を吐く。

 私たちの馬車も橋のすぐ手前まで辿り着き、オーベルス卿に並ぶ。

 そして躊躇することなくオーベルス卿が再び手を挙げると、氷が落ちた川の中から鉄の礫が浮き上がり、彼の周囲に集まった。それらがぐるぐると円を描きながら飛び交い、そして大きな楔となって卿の手に収まるのだった。

 飴のようにくっついて形を変えていた礫は、いまやその名残を感じさせないほどに鋭利で硬質な鉄そのものだった。


今度は反対岸だからか、卿はその槍のような楔の切っ先を、増殖した氷へと振りかぶろうとした時だった。


「魔法使いを捕らえました、この先にある教会に潜伏しておりました」


 街道添いの民家の間から、領兵たちが一人の少年を引きずるようにして連れて来たようだった。

 オーベルス卿は手を止めて、石畳に膝を折らされた青年を振りかえる。


「……子供ではないか」

「それが、まだ他にも潜伏しておりました」


 最初の青年の他に、二人が引きずり出されてきた。

 暴れて押さえつける腕から逃れようと身を捩らせるけれど、領兵たちはびくともしない。それもそのはず、捕らえられた二人は青年よりもさらに幼く、まさに『子供』だった。

 言葉を失う私の方に向けられた片方の少年の顔を見て、私は息をのむ。


「お……おま、えは、エンデを燃やした……!」


 その少年が目を見開き、私と、そしてラルフを見た。

 幼い顔の右頬から、首にかけて痣のような文様が刻まれている。

 彼はエンデの市で、レギオン先生に連れられて来ていた少年だった。はつらつだった少年らしさはなく、顔色は白い。その白さが、青黒い紋章を酷く際立たせていた。


「どうして……」


 思わず漏れた言葉に、答えなんて返ってはこなかった。

 その代わりに、私たちと川岸を見比べ他少年の表情は、険しくそして絶望の色を滲ませる。

「リイナ……おまえ、あれを燃やしたのかっ?!」


 叫びながら少年が、ラルフに憎悪の目を向けた。

 違う、どうして。いいえ、なぜエンデの町で暮らしていた子供が、あの紋章を。

 混乱してただ首を横に振るしかできない私の目の前で、少年が魔法を使う。

 膝をついた石畳から、放射状に白い氷がひび割れのように広がる。同時に彼を捕まえていた領兵たちの腕にも氷が走り、その痛みから兵たちが苦悶の声を上げた。

 

「ラルフ?!」


 突然の状況に私がオロオロ見守っている間に、ラルフはいつの間にか御者台を降りていた。彼を睨みつけて叫ぶ少年の方へゆっくりと歩いていくラルフの髪が、ゆらゆらと炎に煽られるように揺れている。

 少年はラルフの魔法に気づいたようで、唇を引き結び、周囲に向けていた氷の魔法を真っ直ぐラルフに向けた。


「待って、ラルフ……駄目!」


 右手を挙げようとするラルフを見て、私は考えるよりも先に馬車の扉に手をかけた。

 けれども扉は鍵でもかかっているのかのように、びくともしない。

 どうして? この馬車の扉は内側にある。その鍵が外されているのに。 

 困惑して再び外を見ると、馬車の外で魔法騎士の一人が扉を押さえていた。


「ラルフを止めてください」

「大丈夫だから……ほら」


 彼に促されるようにして見ると、少年を押さえていた領兵に代わり、魔法騎士が少年の側へ。そして何をしたのか、騎士が触れると少年の身体が力を失い、石畳に倒れ込んだのだった。


「……え、どうして」


 少年だけじゃない。最初に連れてこられた青年と、もう一人の少年もまたいつの間にか忍び寄った魔法騎士たちが触れる。すると二人とも気を失ったかのように崩れ落ちた。

 ラルフは本気で少年をどうにかするつもりはなかったようで、彼の注意を惹いていただけだった。


「研究所からの支給で、例の刺青で強化された魔法使い対策として魔力阻害の道具を渡されているんだ。まあ試作品だから、使うのはこれが初めてだが……」

「そんなものを小さな子に使って、大丈夫なのですか?」


 あの少年が無事なのか心配になってしまう。

 どうしてあのレギオン先生を慕っていたエンデの少年がここに……。


「……まさか彼だけじゃなく?」


 吐き出した疑念は、窓の外の魔法騎士には届かない。

 後は向こう岸の氷を排除して橋を渡るだけ。希望が出てきたはずなのに、私の胸にはとても重くて、ぐるぐるとうねりながらもたげる嫌な予感。


「リズ、大丈夫だったか?」


 いつの間にか戻ってきたラルフが、私を気遣って御者台から顔を覗かせる。


「私は……平気」

「そうか。急いで氷を崩して渡るぞ。万が一を考えて、騎士も馬を置いて馬車に合流させる」


 ラルフがそう言うと、外にいた三人の騎士が馬車の開口部から、入ってくる。そしてラルフが一人では諦めた扉を屋根から引きずり下ろして、今度こそ閉じられてしまう。


「まって、あの子は? 大丈夫なの?」


 そんな問いに答えてくれたのは、馬車の側まで来ていたオーベルス卿だった。


「心配ない、私が彼らを引き受ける。魔法を使えない状態にしたまま、王都グラナートへ連れ戻り、エリザベート・ミルヴェーデンに診てもらう」


 そう……それなら安心だ。


「さあ、早く行きなさい。ここに来るまでに、西の空に新たな雷雲が迫ってきているのを見た。また雨が降れば、二度と橋は渡れまい」


 私はラルフと目を見合わせ、ともに頷く。

 きっとこれが最後の試練。協力してくれたたくさんの人たちの努力を無駄にしないためにも、行かなくちゃ。

 ラルフが仲間たちに合図をし、オーベルス卿が再び槍の楔を手に川のたもとへと進んだ時だった。


「リイナ……リイナ!」


 うめき声のような叫びがこだました。

 気づくと、意識を失っていたと思った少年が、苦しそうに顔を歪ませながら川へと這い出していた。

 側にいた領兵が慌てて彼を制止するけれど、叫びは止まらない。


「頼む、リイナを……殺さないで」


 リイナ……?

 初めて聞く名前だけれど、私の脳裏にはあの少女の顔がよぎる。


「オーベルス卿」


 動揺する私とは裏腹に、いつも通りのラルフの声。

 それを合図に、オーベルス卿が手にした槍を大きく振りかぶり、川向こうに向かって放った。

 まって。

 もしかしてあの氷の中に……。

 高く弧を描きながら飛ぶ鉄槍を、金色の炎が追いかける。


「待って、ラルフ!」


 私の叫びは、金色の楔が氷を打つ音に、そして吹き出す白い蒸気によって掻き消されてしまったのだった。

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