私のメシヤ(救い主)
会長の昇造をあまりにも突然に失った鈴木財閥は、社員全員が落ち込み、社内から活気が消えてしまっている。それに、カリスマ的リーダーであった昇造を失った鈴木財閥は、まるで羊飼いを失った羊達のように混乱し、混迷していた。
そのため、業績があれから数ヶ月で極端な下り坂になってしまっている。
昇造が生前に予測していた事態とは、真逆の事が鈴木財閥には起きていた。
それを受けてメディアには、
‘鈴木財閥失脚まで秒読み段階に突入!’
‘トップ亡き後、唯一の後継者は現役JK(女子高生)?’
‘財閥解体したとしても、もはや再起不能はまぬがれない’
等々と、鈴木財閥の今後を不安視する記事があふれかえっていた。
そんな鈴木財閥を見て、元会長の堅造は唯一の後継者である薫子を海外に留学させて、後継者に相応しいグローバルな教育を受けさせようと考えた。それに、薫子がこの日本での喧騒から離れて、しばらく静かな海外で心を落ち着かせる必要があるとも考えていた。このニュースは海外にも流れてはいるが、日本ほどではなかったからだ。
しかし、堅造の思惑通りに事は進まなかった。自分に性格が良く似ていて、勝気で頑固な性格の薫子がなんと
「看護師になりたいから、聖マタイ大学の看護学部に進学します!」
と、言い出して、一歩も譲らないのだ。堅造も可愛い孫娘であり、唯一残された親族でもある薫子のいうことを、笑顔で聞いてやりたい気持ちが少しもないわけではない。鬼と若い頃は呼ばれてはいたが、本当に鬼ではないのだから。
しかし、こればかりは堅造としても一歩も譲る気持ちはなかった。
「この一大事にふざけた事をぬかしおって!!!」
と、久しぶりの大声で薫子を叱りつけたが、全く聞く耳を持たない。それどころか、かえって家出をした幸造(薫子の叔父であり、堅三の次男にあたる人物)の話を持ち出して、自分も家出してやるといわんばかりに、反抗してきたのだ。
「……薫子とわしじゃ、この話はいつまでたっても平行線じゃ……
むっ、そうじゃ! 君の意見を聞かせてもらおうか?
え~っと、名前は……すまない。
このごろめっきり記憶力が悪くなってしまって……」
と、堅造は義也のほうを見ながら聞いた。
「郡山義也様でございます。大旦那様」
と、執事の林がすかさず、義也の名前をもう一度堅造に告げた。
「むっ! そうじゃった。え~っと、こ・お・り……」
と、堅造が今聞いたばかりの名前を頑張って思い出そうとしている。
「もうっ、お爺様!
それじゃあ、お爺様も ‘ヨッシー’ って呼んだらどう?
‘ヨッシー’ なら簡単で覚えやすいんじゃない?」
と、薫子が記憶力の低下で困っている祖父を見かねて、提案した。
険悪なムードの堅造と薫子にとって、義也の存在は緩衝材となっているようだ。
「むむっ! ‘ヨッシー’ だな。それなら一発で覚えたぞ!
ヨッシー、君の意見を聞かせて欲しい」
と、堅造が親しみやすい呼び名を教えてもらって笑顔になり、義也に聞いた。
「はい、わかりました。
それでは、僕の意見を述べさせていただきたいと思います。
僕の意見は……」
と、義也が礼儀正しく口を開いた。
堅造と薫子、そして執事の林は固唾を飲んで義也の意見を待った。
「留学はカオルン、あっと、薫子さんの事をカオルンと呼ばせて頂いておりまして、失礼しました。留学は薫子さんの為にもなるので、僕は賛成です。
これからのグローバル社会で世界語といわれている英語が話せるのと話せないのとでは、断然将来が違ってくると思います。
それに、語学は若いうちのほうが覚えも早いですし、語学上達の一番の近道はその言葉を使っている地域に住む事だといわれていますから」
と、義也が論理的、かつ冷静に意見を述べた。
それを聞いて、堅造はあからさまに喜び、薫子は地獄の底に突き落とされたような顔をしている。執事の林はその様子を見て、はらはらしていた。
しかしその時、
「ですが……」
と、義也が切り出した。
薫子はそれを聞いて、“待ってました!” とばかりに、目を輝かせた。
「なんじゃ、遠慮せずに言って見なさい。
君の意見をわしは全部聞きたいのじゃ」
と、堅造は義也に促した。
堅造は義也には何か明るい希望のようなものを感じていた。
だから、義也の「ですが……」という逆接の接続詞に続く言葉であっても、全部聞きたいと思ったのだ。
「ありがとうございます。
留学には賛成です。ですが、人間には職業選択の自由が与えられるべきだと思うのです。それに、職業差別には賛成しかねます。
鈴木財閥の跡取りとしての責務を果たすのも、病気の方のお世話をする看護師という仕事も、どちらも尊い仕事であることに変わりはありません。
主イエス・キリストも『リーダーになりたい者は、仕える者になりなさい。上に立ちたいと思う者は、奴隷のように仕えなければなりません。メシヤ(救い主)のわたしでさえ、人々に仕えられるためではなく、みんなに仕えるためにこの世に来たのです』と、言われました。
あと、薫子さんはまだ18歳です。成人まで、あと2年あります。
なので、成人を迎えるまでは保護者の意見に従い、20歳になった時点で本人に選択の自由を与える必要があると僕は思います。
薫子さんの事を鈴木財閥の跡取りとしてだけではなく、一人の人間として扱っていただきたいと思います。
僕は本人の意見を全く無視するような姿勢には、断固として反対します!」
と、義也は語尾を強めて、真剣な表情で言った。
「むむむっ!!! なんと素晴らしい!! まさにその通りじゃ!
その若さでそこまで理路整然とした意見を述べて、わしを納得させた男は君が初めてじゃ!!! ハッハッハッ! ますます気に入ったぞ、ヨッシー!!」
と、堅造は先程よりも、もっと嬉しそうな笑顔で笑いながら、義也の意見に大賛成した。
その様子を見て、薫子はあまりの嬉しさに涙を流して神様に心から感謝した。
堅造には「ふざけるな!」と怒られそうなので間違っても言えないが、20歳から自由になるならば、それから看護学部に入っても、医学部は6年生まであるので、少しは義也との夢のラブラブキャンパスライフが送れると考えて嬉しかったのだ。それまでの2年間は義也と遠距離恋愛になってしまうが、義也との関係に距離はあまり問題にならないと薫子は感じていた。それだけ義也を信頼しているためだ。
そして、窮地に陥っている鈴木財閥のためにも、心から祈りを捧げたのだった。
“神様、本当にありがとうございます。
ヨッシーは神様が与えてくださった私のメシヤ(救い主)です。
それに、どうか鈴木財閥を助けてください!!! お願いします!!!”
※本文中の『』内の言葉は、リビングバイブルのマタイによる福音書20章26~28節より引用しました。




