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真珠の首飾り

注:本文中①と②は『』内の聖書箇所を示すためのものです。

 聖書箇所はあとがきで記します。

         ✞ニューヨーク✞


 愛する父の突然の死に直面し、薫子は泣き疲れてソファにもたれたまま、眠ってしまった。薫子の泣きすぎて真っ赤に腫れたまぶたや涙で濡れた髪を見て、義也もまた涙が溢れてくるのを抑えることができなかった。

 執事の林や鈴木家のニューヨークの使用人達、鈴木財閥ニューヨーク社内にもこの大きな悲しみは染み渡っている。

 高層ビルの最上階に位置する義也と薫子のいる部屋から見える光の洪水のようなニューヨークの夜景も、義也の目には涙でぼやけてよく見えなかった。それよりも、星ひとつ見つける事のできない漆黒の夜空を見上げる方が今の義也にとっては気分が落ち着くようだった。

 薫子のあまりにも激しい精神的苦痛を癒すため、落ち着くまで薫子に付き添っているようにと、義也は執事の林に頼まれていた。今の薫子の悲しみを少しでも和らげる事ができるのは、義也しかいないと林は考えたのだ。



「ヨッシー……お願い、そばにいて……私から離れないで……

 お父様、お父様……なんでお母様も、お父様も私を置いて逝ってしまったの?

 ねぇヨッシー教えて、こういう時は魔法の言葉はなんて言っているの?」


 と、薫子がふと目を覚まし、押し寄せる不安と悲しみの中で義也に助けを求めるように懇願し、聞いた。

 義也は窓際から離れて、革張りの高級ソファに沈み込むように座っている薫子の隣に着座して、真剣な表情で言った。


「カオルン……神様は①『わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない』とカオルンに言っておられるよ。

 それに、②『孤児の父、未亡人の保護者は、きよい所におられる神だ』とも聖書には書いてあるし、カオルンは決して一人じゃないよ……

 神様がともにいてくださるし、僕もいる。

 それに、鈴木財閥の方々もおられるしね」


 そして次の瞬間、義也が薫子を抱き寄せて、暖かい腕で包み込んだ。


「カオルン……でも、今は我慢しないで泣きたいだけ泣いていいよ。

 カオルンに幸せな気分が戻るまで、僕はずっとそばにいるから……

 カオルンのお父様に負けないくらい、僕もカオルンを大切にするよ……」


 義也の優しく力強い言葉と、義也に抱きしめられている時に湧き上がる幸せな感情とが混ざり合って、薫子は深くて暗い悲しみの井戸から引き上げられるような感覚を覚えた。

 そして、安心して義也の腕の中で思い切り涙を流したのだった。




           ✞東京✞


 突然の悲報に東京の鈴木財閥社内も、深い悲しみに沈んでいる。

 その悲しみを表すように、激しい落雷とどしゃぶりの大雨が関東地方を襲っていた。


 昇造の幼少時からの友人でもある聖マタイ病院理事長・花園耕一は、53歳という若さでこの世を去ってしまった昇造を深く悼み、食事も取らずに部屋にこもって号泣していた。


「昇ちゃん……なんでだよ……この間、あんなに元気にしてたじゃないか?」




 郡山家では、薫子や鈴木財閥のために、義也の母と弟達が神様に祈りを捧げていた。


“薫子ちゃんと、残された方々に神様の愛と平安と慰めが豊かにありますように。アーメン”




             ✞長野✞


 肺を患い空気のきれいな場所で療養中の、薫子の祖父であり昇造の父である鈴木堅造も、悲しみのために胸が押しつぶされるようなつらさを感じていた。


「子供に先に死なれるなんて……こんなに悲しい事はない……

 わしは子供を二人とも失ってしまった……

 わしに残されているのは、もう孫の薫子だけだ……」




           ✞イギリス✞  ※全部日本語にしています。


「ねぇ、あなたと同じ日本人の鈴木さんがニュースになってるわよ。

 なんか鈴木財閥の偉い人が亡くなったみたい。

 同じ鈴木でもあなたとはだいぶ違うわね」


 と、鈴木幸造の妻が珍しい日本のニュース、しかも同じ苗字の人物がニュースになっていたため、幸造に冗談交じりに伝えた。

 幸造の妻はイギリス人で、輝く金髪に澄んだ青い瞳が、明るく照らす太陽と爽やかに晴れ渡る青空を連想させるような女性だ。性格も明るくさっぱりとしており、夫の幸造と二人の子供達に愛情をたっぷりと注ぐ、良き妻・良き母である。

 幸造は20歳で父・堅造と激しく衝突し、家出をして世界を放浪していたが、今はイギリスの片田舎に定住し、家具職人として細々と暮らしている。しかし、家具造りに対するこだわりは強く、家具マニアの間では良い仕事をする人物として知られていた。

 いつもなら自宅の工房で作業中は妻に話しかけられても、返事もしない事の多い幸造が、珍しく妻の言葉に反応して、テレビの前までやってきた。そして、食い入るようにそのニュースを見て、脳天に突き刺さるようなショックと悲しみを感じ、うめくようにつぶやいた。


「そんな……兄さん……」


 幸造の頬から涙がつたい、しずくが床にぽつりぽつりと次々に落下して行く。その塩分を含んだ水滴の一滴一滴が、まるで真珠の首飾りのように空中で輝きを放っていた。

※本文中の『』内の言葉は、以下の聖書箇所から引用しています。

①新改訳聖書 ヨシュア記1章5節

②現代訳聖書 詩篇68章5節

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