十字架と星とハート
郡山家の居間で、義也は父の手作り家具の椅子に座り、足を湯の入った大きな洗面器の中に入れ、恋人の薫子に “足浴” という看護行為をしてもらっている所だ。薫子は看護体験で “足浴” をした日以来、毎日のように執事やお手伝いさん達にその話をしていたくらい ”足浴” を気に入ってしまったため、とても生き生きとしながら看護体験で教えてもらった通りに、丁寧に義也の足を洗っている。
しかし、今回の薫子は看護体験の時とは違った気持ちになってしまっていた。薫子が義也との交際を薫子の父・昇造に正式に許可されてから1ヶ月以上経つが、こんなにも義也に対して危険な感情を抱いたのは初めてだった。薫子にとって、今回の “足浴” は義也との濃密なスキンシップのように感じてしまっていたのだ。義也の足は大きくてゴツゴツと硬く骨ばっており、”男性の身体の一部とは、こんなにも自分とは違いがあるのか” などと薫子は考えながら、頬を上気させ恍惚とした表情で義也の足を、愛を込めて洗っている。
「うぅぅー……くすぐったい」
と、義也がつい本音をもらしてしまった。くすぐったさを必死に我慢しているせいで、足が小刻みに震えている。
病気のお年寄りなら “足浴” を、気持ちいいと感じるだろうが、義也のように健康な若者にとって、人に足を洗ってもらうのは正直くすぐったいのだ。
「えっ? ごめんなさい……私のやり方が悪いのかしら? ヨッシーにも患者さんみたいに “気持ちいい” って言ってもらいたかったのに……」
と、薫子は高揚感を感じるほどに一人で盛り上がって “足浴” していたのに、義也の反応がいまいちなので、明らかにテンションが下がって言った。
「いや、気持ちいいよ。これはホント!
だけど、それよりくすぐったい方が強いっていうかんじかな……
正直、僕も人に足を洗ってもらうのなんて初めてだから……うぅぅー……
まさか、こんなにくすぐったいとは夢にも思わなかったな……
でも、本当に気持ちいいよ。ありがとう、カオルン……うぅぅー……」
と、義也は薫子に喜んでもらいたくて、くすぐったいのを我慢しながら言った。
「プッ! なんかそれ、くすぐりの拷問みたいだな。笑える~」
と、義也の弟・信也・18才が義也と薫子の足浴の様子を見て、笑いながら言った。
「ガハハッ! こんな事してるバカップルなかなかいないぜ」
と、今度は義也の弟・智也・16才も笑いながら言った。智也は兄弟の中で自分だけ彼女がいない事もあり、義也と薫子のいちゃラブぶりに苛立ちを感じて、言い方に棘が出てしまっているようだ。
「ちょっと、あなたたち……今の聞き捨てならないわ。
“拷問” とか、“バカップル” とか言いたい放題言って!」
と、薫子はロマンティックなムードをぶち壊された事に立腹し(ロマンティックな気分になっていたのは薫子だけだったようだが)、足浴していた手を信也と智也の顔の前でブンブン振って、汚れたお湯のしずくをかけた。
「うわっ、汚ねえ!」 「やめろよっ!」
と、信也と智也は両手で防御態勢をとりながら言った。
「アハハハッ! それじゃあ、次はカオルンの足を僕が洗うよ」
と、それを見て義也はくすぐったさを我慢していた反動もあり、大声で笑いながら言った。
そして今度は薫子が椅子に座って、義也に足を洗ってもらう番になった。
「ヨッシーすごく上手ね。
私も少しくすぐったいけど、これエステより気持ちいいかも……あんっ」
と、薫子が義也の ”足浴” の上手さに少し色っぽい声を出してしまった。義也の “足浴” は力強く適度にツボを刺激して、全身の血行が良くなるような、なんともいえない気持ちよさを薫子に感じさせたのだ。それはもう “足浴” というよりは “足ツボマッサージ” といったほうがいいくらいだった。
「……カオルン……そういう声出されると、僕が変な気持ちになるから……」
と、義也は初めて聞く薫子の官能的な声、つるつるすべすべの肌触り、甘いフェロモンのような香り、近くで見るとますます見目麗しい薫子のその身体の一部分に、だんだんエッチな気分になってしまい、耐え切れずに言った。
「あっ、ほんと。つい、ごめんなさい……」
と、薫子が無意識に変な声を出してしまっていた事に気付いて、謝った。
「うん、いいよ。僕も調子に乗って頑張りすぎたからごめん。
それじゃあ、足浴はこのくらいで終わりにしようか」
と、義也が言って、薫子の足をバスタオルで拭いている最中に、急に部屋の電気が消えて暗くなった。
次の瞬間、義也が薫子の首に手を回して、頬に優しくキスをしてから、耳元でささやいた。
「ハッピーバースディ、カオルン……」
「♪Happy birthday to you~♪」
暗闇に、ネイティブ並の発音で歌うハッピーバースディソングが聞こえてきた。バイリンガルの信也と智也がハモったり、即興でアレンジしたりしながら、なかなかおしゃれな感じで歌っている。
そこへ、義也の母がろうそくに明かりがともったケーキを持って薫子のそばまできた。
「薫子ちゃん、18歳のお誕生日おめでとう!」
と、義也の母が暖かい声で言った。
薫子は突然の出来事にあまりにもびっくりして、声も出ないといった様子でいる。しかし、ろうそくの光がゆらゆらゆれているケーキを前にして、反射的に息を吹きかけた。
「フーッ、フーッ、フーッ!」
3回目で18本のろうそくの火が全部消えた途端、部屋の明かりがついて、信也と智也がクラッカーを鳴らした。
――パンパンッ!
「お誕生日おめでとう!」
と、義也の家族全員が明るい笑顔で薫子に言った。
薫子はまだはっきりと状況が把握できていない様子で、目をまんまるくしながら、まず一番わからない事を聞いてみた。
「え、え~っと……どうして私が今日、誕生日だって知ってるの?」
義也が優しいまなざしを薫子に向けながら答えた。
「実はカオルンの執事の林さんから聞いたんだ。
カオルンに “今までにない最高の誕生日を過ごして欲しい” って言っておられて、僕に色々アドバイスしてくれたよ。
あと、舞踏会のような誕生会を今年は中止して、僕と過ごしたいと思ってくれた事も聞いて、すごく嬉しい。ありがとう……」
「ま、まあ、そうね。どんなにたくさんの著名なリッチマン達と過ごすよりも、今年はどうしてもヨッシーと誕生日を過ごしたかったの。ヨッシーがお父様にすっごく気に入られたから、こんな私のわがままも聞いてもらえたのよ。だから、半分はヨッシーのおかげなの。私のほうこそ本当にありがとう。
でもこれで謎が解けたわ。どうも今日はヨッシーが私の嬉しい事ばかりしてくれると思った……
もうっ、林ったら……」
と、薫子は義也が自分の気持ちを受け入れてくれている事と、執事の林の心遣いを嬉しく思い、目に涙をためながら言った。
涙をぬぐおうと薫子が下を向いた瞬間、部屋の明かりが胸元で反射して光っている事に気付き、ふと光の方に目を向けた。すると薫子の胸に、初めて見るシルバーのネックレスがはめられていた。先程、部屋が暗くなった時、義也が薫子の首に手を回してつけたものだ。所々に十字架と星とハートの飾りがついていて、ちょうど胸の真ん中に位置する部分には、他の飾りよりサイズの大きなハートがついている。
「うそ! もしかして、これ……ヨッシーからの誕生日プレゼント?」
と、薫子は顔を真っ赤にしながら、喜びに満ち溢れた表情で聞いた。
この薫子へのプレゼントが、薫子の執事である林からの “入れ知恵Part.3” である。
――執事・林のプレゼントに対するアドバイス――
①薫子の身の回りには高価な一流品は溢れていても、安価な手作り品はほとんどなく、ぬくもりを感じる手作り品が喜ばれる。
②薫子は大好きな人の物を身につけたがる習性があり、義也と出会う前はいつもなにかしら大好きな父親の物を身に着けていた事から、多分身に着ける事ができる物が喜ばれると思われる。
義也も薫子がプレゼントを喜んでくれているのが目に見えてわかり、嬉しさで胸がいっぱいになりながら答えた。
「うん、そうだよ。一応、世界に一つのネックレスなんだ。知り合いのジュエリー工房で、僕がデザインも考えて作ったからね。難しい所はジュエリーデザイナーの先生に手伝ってもらったけど……
それに、そのネックレスには色々きちんと意味があって、まずシルバーという素材にした訳は、信仰の父アブラハムが愛妻サラの墓地を購入するときに銀貨4kgを支払った事と、イエス様が銀貨30枚と引き換えに十字架につけられた事から考えて、死が二人を分かつ時まで、そしてイエス様の十字架の愛で永遠に愛し合えるようにという意味をこめたよ。まあ、なんかかっこいい事言ったけど、値段的にシルバーが僕の限界だったってのもある……
あと、飾りの ”十字架と星とハート” は、十字架で ”信仰”、星で ”希望”、ハートで ”愛” を現してみたよ。このネックレスも、いつかは朽ち果てる。だけど、”永遠に残るものを大切にしようね” っていう気持ちで作ったんだ」
「それって、もしかして私の大好きな魔法の言葉……」
と、薫子がプレゼントに込められた義也の真剣な思いに、胸が熱くなるのを感じて、ますます真っ赤になりながら言った。
義也のそのネックレスの説明は、義也から毎朝 ”魔法の言葉” と言って聞かされていた聖書の言葉の中で、薫子が特に気に入っていた言葉を、想起させたのだ。
「そうだよ。カオルンが一番気に入ってくれていた『いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です』を表してみたんだ」
と、義也も顔を真っ赤にして、照れながら答えた。
そして、薫子は義也とその家族に囲まれて、義也の母が薫子のお誕生祝いのために手作りしてくれたストロベリーチーズケーキをみんなで食べた。レシピを見ずに感覚でお菓子作りをするという義也の母が作ったそのストロベリーチーズケーキは、薫子が今までに食べた事のない甘酸っぱい味がした。薫子にとってその味は、18歳という大人への階段を一歩踏み出した記念にふさわしい味のように感じたのだった。
※本文中の『』内の言葉は、新改訳聖書のコリント人への手紙 第一13章13節より引用しました。




