暗闇から光へ
聖マタイ病院の敷地内には、医学部と看護学部の校舎とその関係者の職員寮や学生寮もあった。そして、学生女子寮の一室にて、“氷の王子ファンクラブ臨時緊急会議” が開かれていた。
ファンクラブ部員が全員そろって、畳の上で正座をして輪になっていた。その中心には、“眼福” と書かれた写真ファイルと “観察日誌” と書かれたノートが置いてあった。
「え~、この氷の王子ファンクラブが設立して、1年と数ヶ月がたちました。
このファンクラブの存在は、私達5名(部長、副部長、部員3名)以外には誰にも知られていない秘密のファンクラブとして、陰ながら義也様の動向を探り、詳細に記録するなどの活動を行ってきました……」
と、部長が暗い表情で、同じく暗い表情の4人を前に話し出した。
「……部長! 前置きが長いですよ!
今日、義也様がある女子高生と仲良くしていたって本当ですか?」
と、副部長がしびれをきらして聞いた。
「えぇ、そうね……それじゃあ、その報告をお願い!」
と、部長が義也と薫子達学生の足浴体験の偵察に行ってもらった部員に、その報告を頼んだ。
「はい! それでは報告させていただきます!」
氷の王子ファンクラブ最年少、聖マタイ大学の看護学部1年生、ファンクラブナンバー5番の小林泉が敬礼ポーズをしてから、今日の義也と薫子達の足浴体験の偵察内容を詳細に語りだした。
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「……そうすると、義也様は何か偉い人に頼まれて仕方なく、中高生の職場体験的な事につき合わされていただけなのかしら?」
と、副部長が少しほっとしながら聞いた。
「……はい。足浴体験を見ていた限りでは、そんな感じでした。
ただ、あの女子高生とは知り合いのようでした。仲も良さそうでしたし、ヨッシーとカオルンと呼び合っていましたから……幼馴染か、親戚か、もしくは……」
「ストップ! そこまで!」
と、部長がそれ以上聞くのは耐えられないといった感じで、言葉をさえぎってから会議を次に進めた。
「それじゃあ、今度は義也様の “観察日誌” からの報告にうつりたいと思います。会員ナンバー4番、お願いします」
「はい。了解です!
“観察日誌” からは義也様に最近、次の3点の変化が見られました。
1.4月○日を境に、毎日の登校時間が5分遅くなった。
2.7月○日から、頻繁に携帯電話を確認する動作が増えた。
3.今朝、いつもより15分遅れて正装で登校した。
以上です」
と、2年生のファンクラブナンバー4番、早瀬このみが簡潔にまとめて報告した。
「ありがとう。では次に義也様の “眼福” 写真ファイルからの報告を会員ナンバー3番、お願いします」
「はい。“眼福” 写真ファイルからも、義也様にやはり3点の変化が見受けられました。
1、5月頃から、服装が少しおしゃれになってきた。
2、6月頃からため息をついたり、何か考え事をしている表情が増えた。
3、昨日、ファンクラブ始まって以来の “笑顔” が見られた。
以上です」
と、同じく2年生のファンクラブナンバー3番の川田菜々が、同じく簡潔に報告した。
「……部長! 今の、特に眼福写真からの報告は、まさに義也様が “恋” している事を物語っていますよ! 3つの情報を合わせると、やっぱりその女子高生と義也様は…… “恋人” ?」
と、副部長がみんなの報告から浮かんできた、明らかな事実 “恋人” という言葉を口に出した。
「…………………」
5人ともうつむいてしばらく沈黙したあと1人、2人とすすり泣く声が狭い和室の部屋に響いた。泣き声は3人、4人……と増え、最後にはとうとう部長も加わり全員がしくしく、さめざめと泣き出した。
そして5人はしばらく泣いていた。
「私達は当然の報いを受けたんです……
義也様のように素敵な男性が、自分達のような女子に振り向いてくれるわけがないと勝手に決め付けて、陰でこそこそと盗撮したり情報収集して、それを記録に残したりして……
こんな事になるなら、少しでも勇気を出して話しかけてみれば良かった……
話をした事もなく、目が合った事もない。私達の存在すら全く知られずに失恋する……こんなのあんまりにも惨めです!」
ファンクラブNo.3、川田菜々が後悔の思いをみんなの前にさらけ出した。
「私も自分で自分が嫌になりました!
私達、全員セルフイメージが低すぎるんですよ……
”自分のような人間には無理” とか、”自分なんて” とか、いつも自分を低く考えて傷つく事を恐れて、陰でしか行動できない……
もう、こんな事は終わりにしましょうよ!」
と、ファンクラブNo.4、早瀬このみが感情的になりながら訴えた。
「先輩達の言うとおりだと思います。
あの女子高生は私達とは違い、何か堂々としていました。
あの女子高生が足浴したあとに、本当に心から感動しているのを見て、私もつられて少し涙が出てしまいました。うまく説明できないですけど……
あの女子高生は義也様とすごくお似合いだと純粋に思えました。
あの娘ならわたしは許せます。もう、きっぱりあきらめます!
それに義也様があんなふうに楽しそうに笑う所を私は初めて見ました。
義也様にとっても、あの女子高生は特別なのかもしれません」
と、No.5、小林泉が “泣いて少しスッキリした” という様子で言った。
「そうね、みんなの言う通りかもしれない……
私達のしてきた事は ”ストーカー” という犯罪行為だわ。
今日は区切りを付ける日かもしれない。どうですか? 部長?」
と、副部長が部長に真剣な表情で聞いた。
「確かに……こんな事をいつまでも続けていていいわけじゃないわね……
わかりました!
今日限りで、この “氷の王子ファンクラブ” を解散します!」
と、部長が部員たちの話に納得して、高々と宣言した。
「部長……だけど、せっかく私達仲良くなれたのに寂しいですね……」
と、No.5、小林泉が残念そうに言った。
「本当ですね……」
と、他の4人も声を合わせて言った。
「それじゃあ、芸能人のファンクラブで楽しむっていうのはどうですか?」
と、No.3、川田菜々が提案した。
「う~ん、でも義也様より素敵な芸能人いるかしら?
それに芸能人だって、いつかは恋人ができて結婚するわ。同じ事よ。
何か、このメンバーで同好会みたいなのをつくるっていうのはどう?」
と、部長が言った。
「あっ、そういえば義也様は “聖書研究同好会” に入っていますよ!」
と、No.4、早瀬このみが言った。
「あっ、それいいわね。
みんなで入れば、私達がどうしてこんなに義也様に惹かれたのか、その理由がわかるかもしれないわ!」
と、副部長が言った。
「だけど……私達にそんな勇気があるでしょうか?」
と、不安そうなNo.5、小林泉。
「そうね。しかも、義也様目当てで ”聖書研究同好会” に入るなんて、動機が不純すぎるわ」
と、部長も表情を曇らせた。
「そうよ、こんな動機じゃ義也様に嫌われて、悲しくなって終わりだわ」
と、No.4、早瀬このみも悲観的になって言った。
「それに私達が義也様の前に出たって、緊張して一言もしゃべれなくて ”変な娘たち” って思われるだけよ」
と、No、3、川田菜々が投げやりな感じで言った。
「……あ~~、もう! それじゃあ、今までと同じじゃない!
ここで勇気を出さなくてどうするの! 根暗なストーカーは卒業!
見学だけでも行ってみて、義也様に真正面からぶつかって、正々堂々と当たって砕けましょうよ! こんなみじめな ”失恋” みんな、嫌でしょ!」
と、副部長、岸綾香がいつもの調子に戻ってしまったみんなに活を入れた。
「そうね。副部長の言う通りだわ。
望遠レンズで覗き見しているだけじゃなくて、近くで見てみたい……
言葉を交わしてみたい……
もしもその願いが叶ったら、今のように惨めな気分じゃなく、もっとさっぱりきっぱりとあきらめることができるかもしれない!」
と、部長、斉藤千津が上を向いて明るい表情で言った。
「そうですね! そうしましょう!」
と、No.3、川田菜々も部長につられるように明るく言った。
「なんか、そのほうが気持ちのいい失恋できそうです!」
と、No.4、早瀬このみもすがすがしい表情で言った。
「そう決めたら気分がスッキリしてきました!」
と、No.5、小林泉も顔を輝やかせながら言った。
本当は5人は会議をする前から女の勘で、義也と薫子が恋人同士である予感がしていた。だから、失恋確定である事も全員がなんとなく感じていた。
そして、自分達が今まで間違った方法で恋愛をしてきた事をはっきりと自覚し、罪(的外れ)を悔い改め、暗闇から光へ方向転換する事ができたのだった。
気付くと “観察日誌” のページがめくれていて、義也が ”聖書研究同好会” のチラシに書いた聖書の言葉が、5人の目に飛び込んできた。
『ひとりの罪人が悔い改めるなら、
悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです』
※本文中の『』内の言葉は、新改訳聖書のルカによる福音書15章7節より引用しました。




