氷の王子ファンクラブ
「それじゃあ、わしらはこの先は失礼するよ。
学生の皆さんにとって、良い体験になる事を願っています!」
と、聖マタイ病院理事長の花園耕一が挨拶をして、薫子の父である鈴木財閥会長の鈴木昇造とともに、その場を退席した。
薫子を含む高校生2名と中学生2名、それと付き添いの義也が引率の看護師1名に引き連れられて、足浴の看護体験の実習場所へ向かう廊下を歩いている途中、義也が薫子に話しかけた。
「……これは一体、どういう事?」
「ごめんなさい。何にも言ってなくて……
私が “看護学部に進学して、看護師になりたい” と、お父様に言ったらこんなことになったの……」
と、薫子がうつむきながら小声で答えた。
「……もしかして、僕のせいで看護師になりたいと思ったの?」
と、義也が心配そうに聞いた。
「えぇっと……まあ、そうなんだけど……だけどそれだけじゃなくて、何かその私にとって生きがいのようなものが医療の世界にはあるような気がして……」
と、薫子が言葉に詰まりながら答えた。
「そうなんだ。それなら、良かった!
僕を追いかけて看護師になろうと思っただけだったら、絶対に途中で挫折する気がしたからね。確かに生きがいのようなものが、医療の世界にはあるかもしれないな……」
と、義也がほっとした様子で言った。
「お、お、お、追いかけてなんて! もう、嫌い!」
と、薫子が自分の気持ちを見抜かれた恥ずかしさで、照れながら怒った。
「どうして? 僕はカオルンが大好きなのに!」
と、義也が薫子の顔をのぞきこんで、いたずらな笑顔で言った。
“やめて! その笑顔、反則だから! こんなところで大好きとか言われたら……“
と、薫子は心の中で思い、真っ赤になってうつむいたまま、ギュッと目をつむって言った。
「もう! やっぱり、私もヨッシーが大好き……」
「よし、よし! 素直が一番……」
と、義也がとても嬉しそうに薫子の頭をポンポン、クシャクシャと撫でた。
「そこの二人! いちゃいちゃしない!」
と、引率の看護師に二人が注意された。
「すみません!」
と、二人が一緒に謝った。
そんな二人の様子を、通りがかった看護学生達がちょうど見ていた。
「部長! 我らが “氷の王子” こと郡山義也様が、我々には一度も見せた事のない笑顔で、あの女子高生の小娘に頭ポンポンをしていました!」
と、氷の王子ファンクラブ部員の看護学生が言った。
「その通りね。これは由々しき事態だわ。
あの小娘の一行を誰か偵察に行ってちょうだい。
そして、事によっては緊急会議を開くことになるかもしれないわ」
と、氷の王子ファンクラブ部長である看護学生が言った。
“いつもクールな氷の王子、郡山義也様が……
誰の告白もいつも冷たく断ってきた、あの義也様が……
さっきの、まるで別人のようなあのキュートな笑顔……
いったいあの小娘との関係は……もしや……わぁ、考えたくない!”
と、氷の王子ファンクラブ部長は、心の中で最悪の事態も想定して不安な気持ちになりながら、一行の偵察にファンクラブ部員一名を送り込んだ。
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薫子も他の学生の子供達もみんな、人の足を洗う行為はもちろん初めてだった。看護師さんのお手本を見せてもらってから、寝たきりの患者さんや入浴できない患者さんたちの足を、洗面器やバケツに入れてスポンジで洗ってきれいにした。
「あ~、気持ちいい! ありがとう、お嬢さんたち。生き返るようだよ!」
と、足浴をしてもらっている患者さんが本当に嬉しそうに言った。
その言葉を聞いて、薫子が1人泣き出した。
「どうしたんだい? 何かわしが悪い事言ったかな?」
と、患者さんが心配して聞いた。
「いいえ、違います……なんか嬉しくて……
人にこんなに喜んでもらった事は初めてなんです……」
と、薫子が涙を拭きながら笑顔で答えた。
「それなら、良かった! 本当に嬉しかったよ。ありがとう。
寿命が延びた気がするよ!」
と、患者さんも笑顔で言った。
その小さな感動に、他の学生や引率の看護師と義也、それに偵察に来ていた義也のファンクラブの部員まで、薫子につられて涙ぐんだ。
そして、義也の心の中に聖書の言葉が光のように響いてきた。
『受けるよりも与えるほうが幸いである』
※本文中の『』内の言葉は、新改訳聖書の使途の働き20章35節より引用しています。




