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12日の木曜日

「会長! 花園様からお電話です」


 と、専属秘書が鈴木財閥会長、鈴木昇造に告げた。



「ありがとう。つないでくれ」


 と、秘書に頼んで昇造が電話に出た。


「やあ、耕ちゃん! 今日は薫子がお世話になるよ。急に悪かったね」


 と、昇造が聖マタイ病院の理事長であり、幼少時からの友人でもある花園耕一にお礼を言った。



「いや、全然いいよ! 昇ちゃん、その事なんだけどさ。

 薫子ちゃんが1人で見学したら、かえってなんかかわいそうだと思って……

 今日、ちょうど他にも中高生の看護師希望の若者が数人いたから、その子供たちと一緒にみんなで病院見学するのはどうだろう?」


 と、耕一が提案した。



「ありがとう! 助かるよ。その方がいいな。

 そういえば、薫子も今朝不安そうにしてたから……

 あと、もう1人見学に参加してもいいかな?」


 と、昇造が耕一の心遣いに心から感謝して言った。



「ああ、大丈夫だよ。じゃあ16時にな!」


 と、耕一は明るく言って電話を切った。

 

       ☆

       ☆

       ☆


 16時。聖マタイ病院の理事長室には、聖マタイ学園中等部から2名と、高等部からは薫子も入れて2名の、看護師希望者4名が集まっていた。

 そこへ義也が息を切らしながら、扉をノックして理事長室に入ってきた。


「遅れてすみません!」


 と、義也は頭を下げたあと顔をあげると、見知らぬ女学生たちの中に薫子がいるのに気付いた。


「やあ!」


 と、義也は薫子に手を上げて挨拶した。

 しかし、薫子はばつが悪そうに苦笑いしただけだった。



「あれ? 郡山君じゃないか! なんだ、もうひとりの見学者は君だったのか。

 ちょうどいいな! わが聖マタイ病院医学部、主席入学の郡山君に学生さん達の質問に答えてもらおうか?」


 と、耕一が義也を見て、笑顔で言った。

 

 この聖マタイ病院の理事長、花園耕一は整形外科の医者としても地域社会から信頼を得ている人物である。そして、聖マタイ病院の医学部と看護学部でも教鞭をとっており、義也のことはその聖なる雰囲気と、はっきりしたクールガイ的な所を入学当初から気に入っていた。

 

 類は友を呼ぶというがその通りで、柔和で紳士的なところが耕一と昇造はよく似ている。しかし、耕一のほうがビジュアル的にまさに ”信頼できる医者” という感じで、小柄でずんぐりした体型に頭頂部の毛が薄くなっており、親しみやすい笑顔が老若男女の患者さん、職員、生徒から好感を得ていた。



「えっ? あの……一体なんの事ですか?」


 と、今朝、時間と場所だけを聞いてこの場にかけつけたため、耕一のいう事がなんのことかさっぱりわからなくて、義也が聞いた。



「耕ちゃん、ごめん。

 ちょっと時間がなくて、彼にはまだ何も説明していないんだ」


 と、昇造も薫子と同じようにばつが悪そうに言った。



「そうか。じゃあ、今から皆さんに簡単に説明するから、郡山君も一緒に聞いてくれたまえ」


 と、耕一が言った。



「はい」


 と、義也と女学生4名が返事をした。



「今から、看護師希望の中高生のみなさんに病院見学をしていただきます。

 今日のように実際の職場を見学していただく事は、将来の進路を決めるにあたり、非常に有益だと考えられます……」


 と、耕一が説明しだした。



「えぇーーー!!!!」


 と、義也が急に大きな声を出した。



「どうした? 郡山君?」


 と、耕一が義也の声にびっくりして聞いた。



「いや、だって……今、なんて言いました? 

 看護師希望者って、どういうことですか?」


 と、義也が驚きながら聞き返した。



「どういうこともなにもないさ、そのままの意味だよ。

 郡山君こそどうしたんだ? いつものクールな君らしくないな」


 と、耕一が義也の言動を不思議に思いながら答えた。



「どうもしませんが……失礼しました。続きをどうぞ」


 と、義也はまだ動揺しながら返事をした。



「それでは今日のスケジュールですが、はじめに病棟に行って看護師長の話を聞いてから、現場を見学させてもらいます。

 そのあと、今日はちょうど “洗足木曜日” なので、希望者は ”足浴” を実際に体験して頂きたいと思っています。

 洗足木曜日と足浴については、郡山君に説明してもらおうか?

 彼は聖書に詳しいからな。いいかい? 郡山君」


 と、耕一が簡単に説明してから、義也に聞いた。



「はい、大丈夫です。今から説明しますか?」


 と、義也が突然にもかかわらず、落ち着いて説明を引き受けた。



「うむ、お願いしたい」


 と、耕一が義也の事を頼もしく思いながら、説明を依頼した。



「では、説明させていただきます。

 “洗足木曜日” というのは、キリストが最後の晩餐の前に弟子達の足を洗った事にちなんで、この病院で行われているサービスです。

 このサービスは ”足浴” という足を洗う看護技術を、毎週木曜日に希望の方や、病状の安定している患者さんに提供する、というものです。

 なぜ木曜日かというと、最後の晩餐の前が木曜日だったからです」


 と、義也が説明した。

 それを聞いて、一人の女子中学生が質問した。



「質問! それじゃあ、最後の晩餐は12日の木曜日だったって事ですか? 

 キリストが十字架にかかったのが、13日の金曜日だって聞いたから……

 その前の日は、12日の木曜日ですよね?」



「いや、最後の晩餐は金曜日だよ。13日かどうかは知らないけど……

 イスラエルや聖書では一日の始まりは、日没からなんだ。

 最後の晩餐は日没過ぎてからの金曜日で、その前にキリストは弟子の足を洗われたから、弟子の足を洗ったのは木曜日という事になる。

 少しややこしいかな?」


 と、義也が答えた。



「へぇ~、そうなんだ! お兄さん、物知りですね」


 と、女子中学生は義也の答えに納得した。



「郡山君は本当に物知りで、病院中に噂が広まっているくらいだよ。

 本当に郡山君が来てくれて良かったな。

 でもそういえば、なんで郡山君が呼ばれたんだ?」


 と、耕一が昇造に聞いた。



「あっと……耕ちゃん……

 それはあとから説明するから、さあ見学に行こう!」


 と、昇造があわてて言いながら、促した。

 そして、一行は病院見学にむかった。

 一行が病棟に着くと、キリリとした看護師長が、ナースステーションの奥の一室で看護師の仕事について学生さん達に説明し始めた。


「皆さん、今日はようこそ見学に来てくれました。

 看護師の仕事はとてもやりがいがある仕事ですが、そのぶん責任も重い仕事です。知識や体力、精神力も必要ですし、なによりも患者さんに対する愛が大切です。…………………………

 それでは私の話はこれぐらいにして、今日は全員の学生さんが足浴の看護体験をされると聞いています。病気や怪我でお風呂に入れない患者さんにとって、足浴は本当に気持ちのいいものなので、このサービスは患者さん達に大変喜んでもらっています。皆さんにとっても、かけがえのない体験になると信じます。

 ここからは、学生さん4人に1人の看護師がついて案内します。

 郡山君もお手伝いして頂けるかしら?」


 と、看護師長が義也に聞いた。



「はい。大丈夫です」


 と、義也が返事をした。


 そして、一行は今度は案内役の看護師1名に引率してもらいながら、足浴の看護体験に向かった。

 病院の廊下には “洗足木曜日” と書いたポスターが貼られていた。

 そのポスターには、聖書の言葉も書かれていた。


 『主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、

  あなたがたもまた互いに足を洗いあうべきです』

※本文中の『』内の言葉は新改訳聖書のヨハネ13章14節より引用しました。


m(_ _)m 大変申し訳ありません。

 最後の晩餐と過ぎ越しの祭りについて、間違った事を書いていましたので、修正しました。最後の晩餐が過ぎ越しの祭りの第1日目であった事は聖書に書いてあるので間違いないのですが、過ぎ越しの祭りは今の日本の祝日のように、日にちで決められており、曜日では決められていなかったのです。なので、過ぎ越しの祭りについての記述を削除しました。本当にごめんなさいm(_ _)m

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