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第5話

貴にいちゃん


お返事ありがとうございます。すごくうれしいです。


また、おにいちゃんといっしょに花火が見られるんですね。


でも、自分の力だけって、どうするの?


沙紀は、おにいちゃんが来てくれるだけでうれしいです。


沙紀も大きくなったんですよ。


せっかく来てくれても、沙紀のことがわからないと悲しいから、

このあいだ、いまいが浜で撮った写真を同封します。


いまいが浜は、もう夏です。


花火だけじゃなくて一緒に海にも行きたいです。


計画ができたらお手紙まっています。


藍川沙紀


 

あじさい色の便箋に几帳面に丸い字が並んでいた。


僕の席は、教室の一番後ろの窓際だった。


土曜日なので、午前中で授業はおしまいだ。


ホームルームも終わり、クラスメートの大部分がは帰っっていた。


クラブ活動に参加していない僕は、教室の席で、こっそり教科書にはさんだ沙紀ちゃんからの手紙を読み返していた。


教室の窓から見下ろす校庭は、五月の陽光をめいっぱい浴びて、駆け回るクラブ活動の生徒達にも一点の影もなかった。


でも、既に大きな目標ができた僕は、その校庭のはるか向こうに思いを巡らせていた。


「何ひとりでにやけてるのよ」


振り返るといつも間にか、隣の席の千佳子が後ろから覗き込んでいた。


やれやれ、一番うるさいヤツに見つかった。


「ずいぶん可愛らしい手紙じゃないの。にやけてるわけだ」


僕は、あわてて、手紙を隠した。その拍子に、封筒の中の写真が床にこぼれた。


初夏の浜辺に、白いサマードレスに麦わら帽子の瞳の大きな女の子がほほ笑んでいた。


挿絵(By みてみん)


千佳子は、素早く写真を拾うと、物凄く怖い顔で睨んで、「ふーん・・・・」と言って僕に返した。


「田舎の親戚の子だよ」僕は、わざとつまらなそうに言った。


「お人形さんみたいに可愛いコだね。ふーん、親戚ね・・・」


「なんだよ」


「ご挨拶ね。ひとり、いや、ふたりの世界にひたっていたいのはわかるけど、せっかく、一緒に帰ってあげようと思ったのに」


「どうぜ、数学のノートを借りたいだけだろ」


僕は、早く文久大学の自転車部を訪ねたかったが、今はクラスメートの方が大切だ。


「はい、宿題はもう授業中に済ませた。月曜日に返してくれればいいよ」と、ノートを渡した。


千佳子は、ノートを受け取ると、いくつかページをめくって、


「なんかまた手紙がはいっていると気まずいから、一応、確かめておこうっと」とわざとらしく言った。


「あっ、千佳に先こされた!」伸二が飛び込んできた。


「もう帰ったんじゃないの、あんた」


「貴ちゃんにノート借りようと思って、貴ちゃん、いいだろ」


「じゃあ、千佳の次に写しなよ。」僕は、鞄をつかむと、教室を出た。


「待ってよ」ふたりが追いかけて来た。


この中学は、自転車通学が禁止されている。


僕の住む住宅地まで、坂を上って15分くらいだ。


文久大学は、さらにその先の丘の上だった。


「貴ちゃん、お前、何を急いでいるんだ?」と伸二。


「とっても可愛い彼女が待っているからじゃないの」


さすがに、僕も、ちょっとむっとして千佳を睨んだ。


千佳子が悲しそうな顔をしたとき、揃いのレーサージャージを着たロードレーサーの一群が、ぐんぐんせまってきた。


練習がえりの文久大学の自転車部だった。


先頭の矢上さんが、わざと速度を落として最後部につくと、ふりかえって、僕に向かって片手をあげると、「Bonjour.、Mes chers enfants!」(こんにちは、愛しい子供たちよ)とフランス語で挨拶した。


「午後、伺います」僕は、大きく、手を振った。


矢上さんは、了解の代わりにもう一度、片手をあげると、スタンディングで見る見る加速して、また先頭に戻った。

あっと、いうまに、銀輪の風は、カーブの向こう側に吹き抜けて見えなくなった。

すべては、一瞬のできごとだった。

 

振り返ると、伸二と千佳子が口を開けて固まっていた。


「貴ちゃん、おまえ、なに者なんだよ・・?」


「自転車の先輩だよ。日本海まで走るとなると、自己流ではおぼつかないから、教えてもらうことにしたんだ。」


「萩原君、変わったね」千佳子が言った。


「じゃあ、急ぐから」


僕は、何かいいたげな二人を残して、駆け出した。もう一刻も無駄にしたくなかった。


矢上さんのいうように、最低でも100キロは走れるようにしておかないと。


8月15日のいまいが浜の花火に間に合わせるには、遅くても、八月初めには出発したい。


もう2か月と少ししか残されていなかった。


夏は、すぐそこだ。


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