第47話
その後、4人でにぎやかに、お昼を食べることになった。
僕が沙紀ちゃんのオムライスの話をしたので、沙紀ちゃんが、四人分作らされる羽目になったが、里美ちゃんにも、典子ちゃんにも大好評だった。
里美ちゃんには、「新婚家庭の味がしますわ」と皮肉まじりに冷やかされたが。
二人が来てくれたおかげで、旅の終わりの寂しさからしばらく解放されたことは事実だった。
午後になると、まだ日も明るいうちから、サイクリングクラブのみんながやって来た。
浩一君は、仕出しの準備をしているので、夕方になるということだったが。
僕も、沙紀ちゃんも、極めて普通にいつも通りに明るく振る舞った。
もう何年もここにいて、みんなと友だちだったかのように。
日が傾くと、女性陣は一度帰っていった。おつくりの必要があるのだろう。
沙紀ちゃんも。部屋に戻って行ったので、僕は、やっと帰りの準備を再開することができた。
それでも、サイクリングクラブの面々がいろいろ興味をもって聞いてくるので、だいぶ時間はかかったが。
ヒグラシの声が聞こえだしたころ、藍川のおじさんも役場から戻って来て、庭に大きなテーブルを出した。
アメリカのコールマン製のアウトドア用のテーブルだった。
なんでも、僕の父が置いて行ったものだそうだ。
すばらしく綺麗な夕焼けに海が染まった頃、浩一君と里美ちゃんが来た。
大きな仕出しのお重をもってきてくれた。里美ちゃんは、白い短パンに、黄色のTシャツ姿で、元気な少年っぽい可愛らしさが引き立っていた。
「まあ、まあ、ありがとうさん。ゆっくりしていってくださいね」
沙紀ちゃんのお母さんが出迎えた。
日が暮れると、涼風が立ち、夏の終わりを感じさせたが、庭は、夏の熱気がこもっていた。
浴衣姿の沙紀ちゃんが、お盆にお父さんのビールや、サイダーを乗せて、登場すると、サイクリングクラブの面々からもため息交じりの歓声があがった。
たぶん、飲み物ではなく、沙紀ちゃんの浴衣姿の所為だと思うが。
庭のテーブルの上には、彩りの海の幸が並んだお重や、揚げ物などのごちそうが、てんこ盛りで、早くも腹を空かせた少年達の熱い視線を集めていた。
ビールやら、サイダーやら、がいきわたると、海の方で、ぱらぱらぱらと音がして、大会の開始を告げる花火が上がった。
少し海岸からは、遠いが、高台にあるこの家の庭は絶好の鑑賞場所だ。
しばらくして、ドン!という腹に響くような音がとどろき、最初の花火が夜空に大輪の花を開いた。
みな、食べるのを止めて、花火に見入った。
それから、花火が上がるたびに、みんなの歓声があがった。
僕は、サイダーを片手にいつもの離れの縁側に腰掛けた。
いつの間にか、沙紀ちゃんが、右側に並んで座っていた。
里美ちゃんは、ちらっとこちらを見たが、近づいてこなかった。
花火が光るたびに、沙紀ちゃんの大きな瞳もキラキラ輝いていた。
びっくりするくらいに睫が長い。ほんとに綺麗な瞳だった。
「この花火が終わると、ここいらの夏も終わるんよ」
沙紀ちゃんが、土地の言葉でぽつりと言った。
僕は、なんといってよいかわからずに、
「何か食べたいものがあれば、もってこようか」と月並みなことを言うと、
「いいの!」沙紀ちゃんが、立ち上がろうとする僕の腕をつかんだ。
また、夜空に大きな花火が上がった。僕は、再び並んで腰を降ろした。
里美ちゃんと、典子ちゃんがじっとこちらを見ていたが、花火があがると、そちらの方を向いてしまった。
「行こうか・・・」
あまり、二人の世界に浸っているのも気恥ずかしいので、僕は、沙紀ちゃんの手を引いて、みんなのところに戻った。
「明日早いんか。この街を出るの」浩一君が聞いてきた。
「ああ、朝食を食べたら、出発しようと思う。暑くなるまえにひとつ峠を越えたいんだ」
「わしも一緒に、東京までいきたいところじゃがなぁ」
浩一君は、本当に残念そうに言った。
花火を見上げていると、いつの間にか、里美ちゃんが隣にいた。
「おにいさま、里美は、必ず、東京へ行くことにしました。東京で暮らしたいです!」
そう言うと、僕の顔を見て照れたようにほほ笑む、色とりどりの花火が、里美ちゃんの横顔を染めた。
このコも、きっと綺麗になるんだろうな、そう思わせる横顔だった。
「えっと、ええと・・・、じゃまばかりしてごめんなさい」いきなり典子ちゃんが近づいてきて謝られた。
「別に気にしていないよ」と僕が言うと、「良かったです。」とうれしそうに笑った。
「貴ちゃん、俺らも東京に行く。修学旅行は東京じゃった。もし、できたら会いたいもんじゃな」慎太君や、たあ坊、良さんに囲まれた。
「ぜひ時間を作るから、連絡してくれ。ハヤブサを組んでくれた行きつけの自転車屋に案内するよ」
僕が言うと、「やったぁ!」とみんなで声をあげた。
「貴坊、良く来てくれた。ほんに、大きく男らしゅうなって、正志のやつがうらやましいわ」
藍川のおじさんに、眼を細めて言われた。
「これからも、おりにふれて、顔見せておくれ。沙紀も待ってるけん」
「はい、おじさんも、東京にいらっしゃったおりには、ぜひ」
「ほんに正志がうらやましいわ」おじさんはまたそうと、僕の肩を叩いた。
花火はそろそろクライマックスに差し掛かっていた。
沙紀ちゃんを探すと、おかあさんといっしょにいた。僕が、そばにいくと、
「おにいちゃん、ちゃんとお腹いっぱいになった?」と明るく聞かれた。
「まだ食べたいと言ったら」
「沙紀のレパートリーは、オムライスだけじゃないよ。」と胸をはった。
「それは、楽しみだ。今度ごちそうになるよ」と言うと、
「きっとだよ。約束だよ」と真面目な顔で言われた。
立て続けに、海の上の暗い夜空に、色とりどりの花が咲きほこる。
ひとつが消えると、次の花が輝き、それが、消えると、また次が、その残光を海に残して消えていく。
この海辺の街の夏のフィナーレだった。
やがて、折り重なる光のパノラマの中を、ひとすじの星が登って行った。
それは、ひときわ高く登って行くと、その頂点で、今日一番大きな光の花を、夜空いっぱいに咲かせた。
「おおっ!」皆の最後のどよめきを誘って、その夜の花火が終わった。
みんなを玄関まで見送ると、
「またな。さよならは言わんぞ」浩一君が言った。
「じゃあ、貴ちゃん、また」と良太君が片手をあげて挨拶した。
「またな!」慎太君も手をあげた。
「楽しかったぞい」太一君は、握手を求めてきた。
「では、おにいさま、今度は東京で」と里美ちゃん。
みんな時々、名残惜しそうに振り返りながら、坂を下って行った。
庭のテーブルを片づけてしまうと、終わったんだ、とさみしさがこみ上げてきた。
離れに戻ると、沙紀ちゃんが先ほどと同じように縁側に腰掛けていた。
僕は、隣に腰を降ろした。
「花火とうとう終わっちゃったね・・・」と沙紀ちゃんが暗い海を見つめて言った。
「ああ、ずっと楽しみにしていたんだ。沙紀ちゃんとまた花火を見ることを」
「この前は、海岸まで行って、見たんだよね。沙紀が、小学校に入って最初の夏休み。
でも、家まで歩けなくて、坂のところまで来て、やっぱりおにいちゃんにおんぶしてもらったっけ」
「その時も沙紀ちゃんは、浴衣だった。金魚の模様だったけど」
「よく覚えているね。もう小さくなって着られなくなっちゃった・・・」
「沙紀ちゃんみたいな妹がほしいなってその時思った」
僕が思わず言うと、沙紀ちゃんがすがるように腕をからめてきた。
「沙紀、ずっと一緒にいるよ。おにいちゃんさえ良かったら・・・」
僕は、思わず沙紀ちゃんを抱き寄せた。
「沙紀ちゃんからの手紙を読んだ時、すごくうれしかった。もし、沙紀ちゃんが手紙をくれなかったら、僕は、どうしようもなく、なさけない夏休みを送っていたと思う」
沙紀ちゃんと目が合った。僕は、かまわずに続けた。
「今回の旅で、いくつも山を越えて、とうとう日本海が見えた時、僕は、これからもっと、もっと、いろんなことができるはずだと思った」
僕は、一番言いたかったことを沙紀ちゃんに伝えた。
「僕は、沙紀ちゃんのおかげで、また自分の未来を信じることができたんだ」
沙紀ちゃんの大きな瞳から見る見る涙があふれてきた。
「ありがとう!沙紀ちゃん・・・」
僕は、沙紀ちゃんの頬の涙をそっと拭うと、やさしく上を向かせた。
そして、躊躇するとこなく、唇を重ねた。柔らかな、それは柔らかな感触だった。
しばらくは、虫の音も聞こえなかった。唇を離すと、また遠くで、波の音が聞こえた。
沙紀ちゃんは恥ずかしそうに、僕の胸に顔を寄せて、「初めてだよ・・・」と小さな声で言った。
「妹にはできないね」僕も、照れ隠しに言った。
「沙紀ちゃんも東京においでよ。冬休みでもいいし、春休みでもいい。今度は、僕の家に泊まればいい。東京を案内するよ」
「ほんと?」とたんに、沙紀ちゃんの顔がぱあっと明るくなった。
「ああ、別に自転車で山を越えなくてもいいから」
「そうだね。必ず行くよ。でも、・・・おにいちゃん迷惑じゃないの?」
「えっ、なんで?」
「その猫さんをくれた東京の彼女さんに」沙紀ちゃんが、フロントバッグを睨んで言った。
しっかりと見られていた。
「えっ、べ、べつに、そんなんじゃないから」
僕が、かなりうろたえているのを沙紀ちゃんは冷ややかに見つめて、
「沙紀負けないよ。その猫さんにも、里美ちゃんにも」おいおい、なんでそうなる・・・・。
沙紀ちゃんは、立ち上がって、くるりとこちらを向くと、
「約束だよ。沙紀に東京を案内してね」と、じっと上目づかいにおねだりされた。
「ああ、指切り!」僕が、小指を差し出すと、「ゆびきりげんまん」と小指をからめて大きく振った。
まだ、僕らに思い出は似合わない。未来は、これから作るものだ。
そう思うと、この涼しい風も、夏の終わりも、未来につながって行くから、さみしくなかった。
こうして、僕の次の旅が、また始まろうとしていた。




