第45話
里美ちゃんが、いつの間にか横に来て、「あらあら、土地の子で泳げないのは沙紀だけだよ。特訓してあげる」僕の手をふりほどいて、沖に連れて行ってしまった。
ぎりぎり背の立つところで、波のうねりを待つと、
「いい、いるかにでもなったつもりで波に乗るのよ、それぇ!」と沙紀ちゃんと一緒に、波を捕まえた。
沙紀ちゃんは、波の前に放り出されたに等しかったが、それでも、波に押されて、浜まで、たどり着くことができた。
「もう、砂だらけだよう」と沙紀ちゃんが、文句を言うと、「おにいさまにやさしく払ってもらったら」とにやにやしながら言った。
沙紀ちゃんは、「自分でできるよぅ」と天然ぶりを発揮していたが。
意外とこの二人は、うまが合うのかもしれないな、と思ったが、近づかない方が無難だと思った。
僕は、傍らの慎太君とまた、波乗りにチャレンジした。
いいかげん、波と戯れるのに飽きると、ビーチにあがって、夏の太陽を浴びた。
いつの間にか、皆まわりに座ったり、寝そべったりして集まってきた。
沙紀ちゃんは、当たり前のように僕の隣に座って、海を見つめていた。沙紀ちゃんが、一番色が白かった。
「貴ちゃん、おまん、いつ東京に帰るんじゃ」浩一君がつぶやいた。
「明日の夜の花火を見たら、次の朝出発するつもりだ」
僕が、言うと、沙紀ちゃんと、里美ちゃんが、はっとしてこちらを見た。
「夏が、終わるまでには、帰る約束なんだ」久しぶりに千佳子の顔を思い出していた。
あいつも水着がどうこう言っていたな、どんな水着を着てくるのかな、そんなしょうもないことが一瞬頭をよぎった。
「そいやんかね。さびしゅうなるな」浩一君が言うと、太一君も慎太君、良太君も一斉にうなずいた。
「明日の花火、うちにおいでよ。みんなで、おにいちゃんと一緒に庭で見ようよ」
めずらしく、沙紀ちゃんが提案すると、
「そうだな。藍川のとこで、花火見て、宴会といくか」
「沙紀が大泣きしないようについていてあげる」
里美ちゃんが言った、やさしいお姉さんのような言い方だった。
「おら、またすいか持っていく」良太君が言った。彼の家は農家なのだそうだ。
「おらは、ひものじゃ」太一君が言った。彼の家も漁師だった。
「わたしは、お菓子もっていくね。沙紀ちゃん」典子ちゃんが言った。
「よし、料理は食堂の特製じゃ。藍川のとうちゃん、かあちゃんの分ももっていく。言っといてや」
「みんなありがとう」僕は、立ち上がって頭を下げた。
そうだ、もう、この海辺の街で皆と過ごす夏も終わるんだ。そう思うと、涙が出そうだった。
誰もが黙って海を見ていた。僕らの目の前には、相変わらず、湧き立つ入道雲と、青い海が広がっていた。
そう、初めて日本海を見たあの日と同じ夏の海だった。
でも、時々肌を撫でていく風は、そろそろこの季節が終わることを告げていた。
僕は、沙紀ちゃんを見た。
一生懸命涙をこらえているのがわかったが、皆の前で抱き寄せるわけにはいかないので、
「また暑くなってきたから、泳ごうか」僕は、あえて明るく言った。
「じゃあ、おにいさま、またご一緒に里美と波のりを」里美ちゃんが、僕の手をとって海へ行こうとすると、
「あっ、沙紀も行く!」とあわてて、沙紀ちゃんも立ち上がった。
それを合図に、みんなまた波に飛び込んでいった。
夏の浜辺に涙は似合わない。今の僕達にも、涙はいらない。
その日、僕達は、心置きなく、日が暮れるまで波と戯れた。
そして、短かった僕達の夏の思い出を少しでも多く分かち合った。
30年以上たった今でも、あの日の海辺の街の少年少女達の笑顔は、ずっと僕の胸の中で色あせていない。
それは、少年の日の、かけがいのない友達との宝石のような時間だった。
でも、残念なことに、その価値が本当にわかったのは、二度と戻ることができないと理解した時だった。




