第40話
駆け寄ってくる軽やかな足音で目が覚めた。
目を開けると、パジャマ姿の沙紀ちゃんがいた。
案の定、泣き出さんばかりに、眼がうるうるしていた。
掛け時計を見ると、まだ6時前だった。目覚めるなり、僕を探したのだろう。
僕が、起き上がって大きく伸びをすると、それを待っていたかのように、僕の胸に突進してきた。
「怖くなかっただろ。よく眠れたかい?」沙紀ちゃんを抱き留めて、頭を撫でた。
そろそろ皆が起きてくる頃だ。朝っぱらから泣かれては、困るので、
「今日は、久しぶりに、いまいが町を歩いてみたい。案内してくれる?」と言うと、僕の胸で何度もうなずいた。
「ひとつお願いがある。汚れてもいいような、服で来てくれると助かる。座るたびに、そうそうハンカチを敷くわけにもいかないし。それから・・・」
「なあに?なんでも言うこと聞くから」おいおい、そこまで言ってない、とは言わず、
「あまり短すぎるスカートだと、おんぶも抱っこもできないから、そのつもりで」
「えへへっ。」沙紀ちゃんがやっと笑顔になってくれた。
「沙紀、がんばるよ!」というと、スキップせんばかりの足取りで、自分の部屋へ戻っていった。
何をがんばるんだろう、と思ったが、あえて、突っ込むのをやめておいた。
朝食の時に、沙紀ちゃんが来ないので、どうしたのだろう、とおばあさんに聞くと、お風呂に入っておつくり中だという。
「貴にいちゃんを案内するんだって張り切っているわよ」とおかあさんに冷やかされた。
藍川家は、また祭りの運営に出かけるようなので、僕は、離れで沙紀ちゃんを待つことにした。
また、この間のように、キャラダイスのサドルバッグにショルダーベルトをつけて、肩から掛けられるようにした。ボトルなど一式詰めて待っていると、沙紀ちゃんが来た。
膝が覗くくらいのデニムのスカートに、白いスモックのワンピース姿で、麦わら帽子と、小さなバスケットも忘れてなかった。
Tシャツでも、ポロシャツでもなく、スモックのワンピースというのが、沙紀ちゃんらしかった。
おしゃれで、可愛い夏の少女だった。
「これなら、おんぶしても、お尻がでないよ」沙紀ちゃんがにこにこしながら言う。
いや、それでも充分凶悪だと思いますが・・・。
そう言えば、小さい頃から、沙紀ちゃんのパンツルック姿は、見たことがなかった。
ここ数日だけど、里美ちゃんがスカートを履いている姿も見ていない。
いろいろと対照的な二人なのだろう。
まだ、9時前だけど、僕達は出かけることにした。さすがに、二日続けて誘いにはこないと思うが。
今日も、まぶしいくらいの夏空だ。いつもの急坂を海に向かって沙紀ちゃんと下だっていく。
僕は、自然に沙紀ちゃんの手をひいていた。それが、僕達の自然な姿だった。
今日は、漁もお休みのせいか、漁港も、魚市場も、静まり返っていた。
お祭りが始まるまでには、まだ間がある。
お祭りがにぎやかになる前に、沙紀ちゃんにぜひ見せたいものがあった。
「最初に、昨日の神社に行こう。きっと、もう怖くなるよ」
境内の参道を、沙紀ちゃんの手を引いて登って行く。
蝉の声が降りしきる中、海からの風に、吹かれて、静かに提灯だけがゆれていた。
境内に着くと、昨夜よりも、ずっと狭く感じた。
片づけられた夜店の中ほどに、昨日のお化け屋敷があった。
入り口は綴じられていたが、朝の光の下では、みすぼらしい、ちっぽけなテント小屋だった。
「昨日は、夜の闇が怖がったから、あんなに広く感じたんだ。実際は、こんな小さな狭いところだったんだよ。怖いと思うと、どんどん怖くなっていくけど、見方をちょっと変えるだけで、もう怖くなくなる」
僕は、自分自身に言い聞かすように語った。
「うん。沙紀、もうこわくないよ」と僕をしっかりと見つめて言った。
「おにいちゃんありがとう」今日の夏空のような沙紀ちゃんの笑顔だった。
「じゃあ、お参りして行こうか。昨日は、お参りもしないで帰えちゃったから」
「そうだね。そういえば、神様にお参りしていなかったね」
僕達は、並んで、柏手を打つと、神様に向かって頭を下げた。
僕が、頭をあげても、沙紀ちゃんはまだ何かをお祈りしていた。
「何をお願いしていたの?」と聞くと、「おにいちゃんと沙紀のこと」とすぐに答えた。
「えっ、僕がどうしたって?」と突っ込むと、
「ひ・み・つ・・・」と照れたように言って、向こうに走って行ってしまった。
妹がいるとこんな感じなのかなぁ、とまた思った。
「おにいちゃん、お神輿がここから出るんだよ」沙紀ちゃんが、指さす。
そろそろ、今日の大祭の準備に人が集まってきた。ここから出発したお神輿が、急な参道を降りて、街をねり歩き、海に入るのだ。
なんでも、みそぎということで、海で清めて、穢れを払う儀式で、随分昔から行われているらしかった。
そして、また、この参道の石段を登って奉納される。
この石段を登るだけでも大変なので、担ぎ手はそうとうタブでなければ勤まらない。
とうさんや、藍川のおじさんも、若い頃はずいぶん担いだと聞かされた。
神輿が出るのは、昼なので、まだだいぶ時間がある。一旦、街へ戻ることにした。




