第38話
こちらに歩いてくる里美ちゃん達ご一行様から逃げるように、僕達は、お化け屋敷に入った。
二人分、お金を払うと、そこは、もう別世界だった。
まず、最初に線香の匂いがた立ち込めた薄暗い空間に仏壇がぽつんとあり、読経の声がかすかに聞こえてきた。
どうせ仕掛けだとわかっていても、かなり不気味な光景だった。
この入り口だけで、沙紀ちゃんは固まってしまった。
「やっぱり、出ようか」
足がすくんでしまっている沙紀ちゃんを気遣って言うと、「大丈夫、行こ」と僕の手を引っ張って歩きだした。
しかし、暗い通路で何かささやき声がすると、「きゃーっ!」と叫んで、耳をふさいで、その場にしゃがみこんでしまった。
「大丈夫、まだ何も出てきてないよ」というと、しがみついてきた。
なんとか歩きだしたが、僕にすがって、目を瞑ったままだった。
次は、定番のお墓だったが、しばらく、眺めていても、何も出てこない。
そう思って、先に進もうとすると、顔に濡れた布らしきものが張り付いた。
「うわっ!」思わず、叫んでしまった。
いつの間にか、上から布が垂れ下がっていた。沙紀ちゃんが、ギュッと目を瞑ってしがみつく。
これは、侮れないぞ、と思った。
次は、井戸だった。これも定番なので井戸から幽霊が出るぞ、と思っているが、何も出てこない。
なんだと、思って歩き出そうとすると、「おにいさん、おにいさん・・・。」と後ろで声がした。
誰か、後ろにいるのだ。さすがに、ぞっとした。
僕は、沙紀ちゃんの手をひいて、後ろを見ないで、歩きだした。
道の先に、淡いあかりが、見えるので、立ち止まると、そこは、座敷になっていて、鏡がひとつ置かれていた。
鏡には、浴衣姿の可愛らしい少女にしがみつかれた、情けない顔をした少年が写っていた。
と思ったら、血だらけの女の人の顔に変わって、「きぃぃぃぃぃぃ!」という叫び声。
「いやぁぁぁあ!」沙紀ちゃんが叫んで、僕の胸に突進するようにしがみついた。
その途端、明かりが消えて、あたりは、再び、まっくらになった。
こうなれば、いやでも、僕が頼りになるお兄さんにならなければならない。
「大丈夫だよ。もう消えた」ぜんぜん、慰めになっていないが、その時は、それが、精一杯だった。
残念なことに、少年の僕は、その時、女の子を抱きしめてうれしいと感じている余裕はなかった。
とにかく、沙紀ちゃんを無事にここから連れ出さないと。
狭い空間なのに、行きつ、戻りつ、永遠に続くかと思うような暗闇が続いた。
何が出るか、何がでるか、とびくびくして歩いている時が一番怖い。
僕にしがみつきながら、歩く沙紀ちゃんも、とうとうシクシク泣き出してしまった。
僕は、沙紀ちゃんをぎゅっと抱きしめると、
「大丈夫、僕が、こわくないように、連れていくから」できるだけ明るい声で言った。
さて、考えなければ!
たぶん、道がなんどもぐるぐる回っているからこんなに長いのだろう。
そういえば、どこかに分岐があった。
「ちょっといいかな」沙紀ちゃんを胸から話すと、僕は、暗闇の中で姿勢を低くして周りを見回した。
「どうしたの?」逆に沙紀ちゃんが、心配そうに聞く。
「暗い所では、姿勢を低くして下から見上げた方が良く見えるんだ」案の定、天井の覆いを透けて、夜店の明かりがかすかに見えた。そして、焼きそばの匂いがした。
僕は、その方向に向けて、沙紀ちゃんの手を引いて歩きだした。
竹藪の中に、分岐がひとつあった。
ひとつは、少し明るい、広い道、もうひとつは、暗く狭い道。
「ええっ?こっちへ行くのぉ!」
僕が、狭くて真っ暗な方へ進もうとすると、沙紀ちゃんが、べそをかきながら言った。
「大丈夫、僕についておいで!」僕は、力強く宣言した。
「こわい!」沙紀ちゃんが、またしがみついてきた。心なしか少し甘えた声だった。
先ほどの天井を透ける明かりと、焼きそばの匂いで、僕には確信があった。
僕は、しがみつく沙紀ちゃんを支えながら、ゆっくりと歩いた。
焼きそばの匂いが強くなってきた。間違いない!
最後の分岐のところで、また竹藪があり、その向こうが明るくなっていた。
「沙紀ちゃん、出口だ!」「うん」沙紀ちゃんが、おそるおそる、目を開けて、その明るいお祭りの世界を見ると、やっと、僕から離れた。
僕達が、ほっとして竹藪を出ようとすると、
「ありがとやんした・・・」突然、白い着物を着た男の人が竹藪からぬっと顔をだした。
「きゃあああああ!!」沙紀ちゃんが悲鳴をあげて、僕の胸にまたしがみつく。
幽霊姿の男の人は、それをみて、にやりと笑った。僕も、照れ隠しに笑わざるを得なかった。
実に、よく考えられた演出だった。
でも。幽霊の大嫌いな10歳の少女には、刺激が強すぎたようだった。
夜店の明かりの中に出ても、沙紀ちゃんは、まだ震えていた。
いつまでも、沙紀ちゃんを抱きしめているわけにもいかないので、ベンチで少し休ませることにした。
「何か買ってこようか」と言うと、僕の腕をぎゅっとつかんで、「行かないで。」と泣きそうな声で言って、またすがりついてきた。
この状態を見たら、誰が見ても、熱烈な恋人同士にしか見えない。
少し二人とも幼いけど。僕は、だまって沙紀ちゃんの髪を撫でていた。
「おにいちゃん、ごめんね。せっかくのお祭りなのに。沙紀、泣いちゃって」
「里美ちゃん達と会いたくなかったんだろ。だから、お化け屋敷に入ったんだね」
「うん、でも、お兄ちゃん、素敵だったよ。とっても」
思わず、沙紀ちゃんに廻した腕に力が入ってしまったが、さすがに、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。
「帰ろうか、リンゴ飴買って」
沙紀ちゃんが頷く。もう泣いてはいなかった。
僕は、夜店で、リンゴ飴を一つ買って、沙紀ちゃんに持たせた。
「ありがとう。おにいちゃん」沙紀ちゃんがやっとほほ笑んでくれた。
僕は、沙紀ちゃんの手を引きながら、そのまま、無言で海辺の街を歩いていった。
漁船にかざった提灯が、鏡のように静かな漁港の海面に揺れていた。
「あしたの大祭だと、お囃子を乗せた船が出るんだよ」沙紀ちゃんが言った。
屋敷へ向かう急坂のこところに来ると、案の定、沙紀ちゃんが「おんぶ」と言った。
「ええっ!その浴衣で?」と僕が言うと、何も言わず、背中にすがりついてきた。
「しょうがないなぁ、怖い思いさせちゃったからね」僕が、背負うと、「重い?」とまた聞いてきた。
まさか、意外と重いよとは言えないので、「ぜんぜんOK!」と言うと、
「わたし、下半身デブだから重いの」と恥ずかしそうな声でつぶやいた。
僕は、できるだけ背中の柔らかな感触を意識しないようにして、急坂を登っていった。
もう海から吹く風は涼しかったが、かなり汗をかいた。
ハヤブサで登るよりもはるかに疲れた。
「ただいま。帰りました」玄関で沙紀ちゃんをおろして叫んだが、まだ誰も帰っていないようようだった。
「おにいちゃん、疲れた?」沙紀ちゃんがいたずらっぽく聞いた。
「大丈夫だよ」と言ったが、実は、かなり疲れた。
「浴衣、またお祭りに着ていきたいから、着替えるね。先にお風呂に入ってください」
沙紀ちゃんはそういうと自分の部屋へ戻って行った。
風呂から出て、寝転んでいると、もうだめだった。
庭の虫の音を聞いているうちに、僕は、いつの間にか深い眠りに落ちて行った。




