第34話
漁港から、はずれると、磯があり、その向こうが砂浜の海水浴場となっていた。
まだ午前中だいうのに、結構海水浴客で込み合っていた。
慎太君が、横にならんで、
「あそこで泳いじょるのは、よそもんじゃ。わしらは、あの磯の岩場の先で泳ぐんじゃ」と言った。
なにやら、ハードルが高そうだ。決して泳げないわけではないが、自転車のようにはいかないだろう。
弓なりの砂浜のはずれに河が注ぎ込んでいて、その河口から、河に沿って、山を登ることになった。
これまで何度も目にした典型的な田舎道が、緩やかの登りで続いていく。
軽装のハヤブサでは、このくらいの登りはぜんぜん苦にならない。
僕はフロントアウターのまま、リア4速に落としただけで、平地と変わらない速度で登って行く。皆が遅れだした。
「はええよ。ほんとガイだね」
僕が、無理して走っているわけではないことは、見ればわかるので、競争を挑んでくる者はいない。
浩一君は、リーダーとしての意地があるのか、なんとか先頭を走ろうとする。
競ってもしょうがないし、第一、道を知っているわけではないので、フロントインナーに落として、ゆっくりといくことにした。
これまでの峠のきつい登りで随分助けてもらった僕の切り札、インナー34Tだ。
このくらいの登りでは軽すぎるくらいだった。
僕は、ペダルの回転を落として、のんびりといくことにした。
それでも、ハヤブサの軽さと相まって、皆よりだいぶ早い。前をいく浩一君もちょっと辛そうだ。
たぶん、荷物を積んだロードマンは、ハヤブサより5kg以上重い上に、フロントインナーは、36Tだろう。
タイヤの転がり抵抗もずっと大きいはずだ。ほかの皆は、ほとんどリアのみの5速だった。
だいぶ集団がばらけてしまったところで、見晴のよい橋があり、ここで小休止することになった。
海から10kmと登っていないのに、あたりは、深山の趣があった。
自転車を降りると、河のせせらぎの音が涼しげだった。
僕が、ボトルの水を飲んでいると、「ほんとにはええな。自転車の違いだけじゃない。レースに出ているのか」と浩一君が聞いてきた。
「レースをやっているわけではないが、大学の自転車部の人に教えてもらっている」
「どこの大学や」
「文久大自転車部」
「おまん、文久ボーイか。どうりで、女子にモテルわけじゃなぁ」
「違うよ。普通の公立中だよ。でも、いつかは行きたいと思っている」僕は、青葉越しに、降り注ぐ夏の日差しを眩しそうに見上げて言った。
「おまん、気に入った。こすいやつじゃったら、ここで、文久ボーイじゃと嘘言っても誰もわかりはせん。里美がいろいろ言っちょるのを聞いて、女たらしのすかんやつだと思っとったが、おまんは、信じられる」
「それは、君の買い被りだよ。うそをいっても自分がむなしいだけだ」僕は、正直に言った。
浩一君が頷いた。そして、僕達は、あの夏空のような笑顔を交わした。男同士はそれで充分だった。
「おまんた、はええよう」皆が、やっと追いつきてきた。
「このまま、川沿いに登って行けばいいんだろ。そろそろ、走りたくなってきた。先にい
くよ」僕は、軽くストレッチすると、ハヤブサにまたがった。
ダンシングで加速して、ケイデンスをめいっぱいあげると、そのまま、高回転で坂を登る。
「おまん、負けんぞ!」浩一君もやる気満々で走り出した。
「おまんた、まってくれーっ!」皆もそのまま走らざるを得なかった。
河のせせらぎと、蝉の声のハーモニーが気持ちがよい。
坂が緩くなると、シフトアップし、急坂が見えると、早めにシフトダウンして、回転数を落とさずに軽快に登り続けた。
気が付くと、もう誰も後ろに見えなくなっていた。
だいぶ川幅が狭くなってきたと思ったら、小さな橋がかかったところで、とうとうダートになっていた。
僕は、ここで皆を待つことにした。
日差しは暑いが、吹く風は涼しさを感じた。
ススキの原っぱが目に入る。もう山は秋の気配がしのびよっていた。
しばらくして、浩一君を先頭に、皆が山道を登ってくるのが見えた。
汗だくで、苦しそうだった。
「いやーっ、勝負にならんわ。」浩一君が笑った。
「これからは、僕が置いて行かれる番だよ。このタイヤではダートは無理だ。あとどのくらい?」
「もう少しだ。その橋のわきをしばらく走って河原に降りたところじゃい」
「おさきに!」こんどは、ジュニアスポーツ車の太一君がダートをものともせずに行く。それを合図に、皆楽しそうに、ダートに突っ込んでいく。
やれやれ、こんなことなら38Bのタイヤにしておけば、楽しめたのにな。
坂本さんの顔を思い浮かべだ。
僕は、あきらめてハヤブサの三角形のフレームの真ん中に首を突っ込むと、そのまま、担ぎ上げた。
普通に肩に担ぐよりも楽だと、坂本さんに教わった。
皆が河原へ下る小道のところで待っていた。僕の担ぎ方を見て、慎太君など、実際に試していた。
「おまん、担ぎ方ひとつとってもえらいな。確かにこの担ぎ方だと楽だ」
慎太君が言うと、皆でいっせいに、同じ担ぎ方で、自転車を担いで、小道をくだっていった。




