第31話
玄関に行くと、お兄さんの浩一君が魚を手にしていた。
そして、里美ちゃんもしっかり着いてきていた。
「さっそく自転車を見に来た。土産かわりに一匹もってきた。おばさん、夕飯にどうぞ」
「里美ちゃんの家は、もともと漁師なんだよ」沙紀ちゃんが小声で言った。
「まあ、まあ、一緒に食べていきますか?」
「ええ、そうします」
こうして、更ににぎやかな夕食になりそうだった。
4人で離れにいくと、さっそく里美ちゃんが、
「ふーん、ここが二人の新居なのね。おじゃましまーす」
「昔からあるよぅ」沙紀ちゃんが、天然ぶりを発揮して切り返したが、
「沙紀、今日は一段と、可愛らしいじゃない。二人の時は、そんなスカート履くんだ」
と冷ややかに言い返された。
かわいそうに、沙紀ちゃんは、真っ赤になって、スカートのすそを両手で引っ張っていた。
「オーダーと言っても、フレームだけで、残りのパーツはほとんどもらいモノだけどね」
この恐ろしい雰囲気から逃げ出すべく、僕は、浩一君を庭のハヤブサのところへ連れて行った。
「すっげーなぁ、サイスポに載っているようなパーツばかりだ。舶来品だな」
「フレームと、サドルとタイヤ以外はもらいものだよ」
浩一君は、ハヤブサを片手で持ち上げると、
「かっるー!指一本で持ち上がるわ。何キロくらいなんだ」
「11キロ台前半かな。一応、ツーリングを目的にしたんで、そんなに軽いパーツは使っていないんだ」
「サドルが素敵!外国製ですね」里美ちゃんが顔を出して言った。
女の子は、まずサドルに目が行くらしい。
そのあと、藍川のおじさんも帰って来て、7人でにぎやかな夕食になった。
浩一君、里美ちゃん、兄妹は、とにかく元気が良かった。
僕の旅の話が聞きたかったみたいだが、何を話しても、反応がすごかった。
峠越えの話は、浩一君が身を乗り出して、まるで自分で走っているかのようだったし、隧道での雨宿りや、山間の古い神社での休憩の体験は、旅っていいねぇ・・・、としみじみと共感された。
寺の野宿の話なんて、里美ちゃんは、キャーキャー言うし、(あまり怖がっているようには見えなかったが)、浩一君は、ワッパ熊さんにかなり親近感を感じたようで、いろいろなことを聞きたがった。
日本海を目指して、最後の向かい風でめげそうになった話では、まだ走っているかのように、応援してくれた。
そして、とうとう日本海が見えた感動をはなしたら、二人とも、涙ぐんでいた。
「おやおっかな~!男は、旅だよなぁ。わしも、家の手伝いよして、旅にでるぞ!」
と浩一君が宣言すると、
「おにぃ、なに、もうぞこいてるん。かあちゃんに言ってみ。自転車ごと網かけられて、ひっこかれるぞ」
僕と話すときの標準語とはうってかわった里美ちゃんの郷土色豊かな反撃には笑った。
「旅はいいよ、いろんな自分が見えてきて、どんどん変わって行くのがわかるんだ」
僕が言うと、
「おにいさま、素敵です。私も東京に行けたら変われるのかしら」
とまったく違う里美ちゃん。
すかさず、浩一君が、
「こんね、里美!どして、わしが、おにぃで、こいつが、おにいさま、なんじゃ」
「なに、いぼつってん。見てわからん?」
浩一君は、しげしげと、僕のサマーウールのレーサージャージと、自分の色あせたTシャツを見比べると、
「うーん、たしかに・・・」と言ったので、一同大爆笑になった。
「萩原君、おまん、やさおとこやけど、自転車乗ると、ガイだね。わし、坂で抜かれて、ちぎられたのは初めてや」と浩一君。
僕は、意味がわからずぽかんとしていると、藍川のおじさんが、「タフちゅうことや」と通訳してくれた。
「明日、仲間集めてくるけん、一緒に走ろう。わし、いまいが町中学のサイクリングクラブの会長やし。同好会やけどな」
明日、沙紀ちゃんがおかあさんと出かけると聞いていたので、僕は、浩一君の申し出を了解した。
「どうせろくでもない連中ですから、相手にしないでくださいませ。おにいさま」
里美ちゃんの相変わらずの毒舌。これでも、兄からすれば、可愛い妹なのだろう。
にぎやかで、楽しい夕食だったが、ひとつだけ困ったことは、里美ちゃんが、刺身を取り分けてくれたり、サイダーをついでくれたり、かいがいしく世話をやいてくれるたびに、沙紀ちゃんが悲しそうな顔をすることだった。
さすが、食堂をやっている家の娘だけのことはあるのだが・・・・。
9時過ぎまでにぎやかな宴会が続いた。浩一君は、帰り際に、
「朝飯食ったら、迎えに行く。待っといてくれんか」と念押しした。
「わざわざここまで登って来るんなら、僕が行こう。9時くらいでいいかな」
「ああ、今日の浅葱食堂まで来てくれるとありがたい。仲間を集めておく」
「おじさん、おばさん、どうもごちそうさまでした!」
新崎兄妹は、礼儀正しく挨拶すると、帰っていった。その後、さすがにどっと疲れを覚えた。




