第29話
岬に到着すると、意外に人が多かった。
岬に続く、海岸にたくさんの人が見えた。とても、泳げそうな場所ではないのだが。
そういえば、このあたりは、有名な翡翠の産地だった。拾いにくる人が多いのだ。
石を拾う人は、マイカーで来るので、バスはすいているはずだった。
バスを降りると、夏の日差しがモロに襲ってきた。そういえば、もうお昼近かった。
「岬の先端でお弁当にしようか。あっ!」
そう言えば、思い出した。
前に来たときに、沙紀ちゃんを連れて、岬の先端の岩のところまで行って、遊んでいるうちに、潮が満ちてきて帰れなくなってしまったんだ。
しかたがないから、沙紀ちゃんをおぶって胸まで水につかりながら、海岸までもどってきたんだっけ。
父さんには、「もしものことがあったらどうするつもりなんだ。お前ひとりではないんだぞ」
と随分しかられた。沙紀ちゃんは、不思議と、ニコニコしていた。
沙紀ちゃんのお父さんからは、一言、「貴坊は、男やなぁ」と感心されたっけ。
後で聞いたら、おじさんは、僕がいよいよすすめなくなったら、真っ先に助けにいくつもりで、様子をみていたそうだ。
僕は、渡れると思ったからやったのだが。沙紀ちゃんも決して泣かなかったっけ。
「あの時は、怖い思いさせちゃったね。今度は、気を付けるよ」
「今は、沙紀がおデブだから、今おんぶしたらおにいちゃん歩けないもんね」
僕は、ちらっと華奢な沙紀ちゃんに目をやると、
「沙紀ちゃんがデブだったら、この世に痩せている人がいなくなるよ」
僕は、自転車用の革のスニーカーをもってきたビーチサンダルに履き替えて、サドルバッグにしまうと、沙紀ちゃんに背中を見せてしゃがみこんだ。
「沙紀ちゃんがデブでないことを証明してあげる。ほらっ、あの岩まで行こう!」
「うん!」沙紀ちゃんがうれしそうにうなずくと、思いっきり背中に覆いかぶさってきた。
「あっ、おにいちゃん、沙紀が重いんで後悔しているでしょ」
沙紀ちゃんがクスクス笑いながら言った。
確かに、思ったよりも重かったが、僕はそれ以上にタフになっているんだ。
「それよりも、犬さんパンツの替え持つてきた?転んだらお尻濡れちゃうかもよ」
「えーっ!そんなのはいてないモン」沙紀ちゃんに背中をぽかぽか叩かれた。
そのまま、海岸を沙紀ちゃんをおぶって歩いて行くと、突然、後ろで、
「まあまあ、やっぱりぃ・・」とどこかで聞いた声がした。
振り返ると、里美ちゃんと典子ちゃんが立っていた。
「そこまで盛大にいちゃつかれると、見せつけられる方も、むしろすがすがしい感じがしますわ」
里美ちゃんは、この前と同じカットオフジーンズの短パンとTシャツ姿で、声は明るかったが、目が思いっきり怖かった。
その横で、典子ちゃんが、「おじゃまだから、あっちへ行こうよぅ。」とひきもどそうとしているのは、この間とまったく同じだった。
沙紀ちゃんは、一瞬固まっていたが、はじかれたように、僕の背中からおりた。後ろ手にぷにぷにとした感触を感じた僕は、あわてて手を放した。
「夏休みの自由研究です。翡翠を採集しているの」里美ちゃんが聞きもしないのに言った。
「お弁当食べたら、僕も探してみようかな。」と僕がいうと、
「はい、おにいさまにひとつプレゼントします」と、里美ちゃんが淡い緑色のまるい石を手に乗せてくれた。
一瞬、後ろから沙紀ちゃんの殺気を感じたが・・・・。
「ありがとう。いまいが町のお土産にする」僕がポケットにしまうと、里美ちゃんは、はにかんだような顔でうつむくと、ニコリと笑った。
「どうせなら一緒にお弁当にしませんか」沙紀ちゃんが言うと、
「いいのぉ~、沙紀!ほんとにぃ?」と里美ちゃんがからかうように言った。
そのまま、僕らは、日蔭に腰を降ろしてお弁当を広げた。
沙紀ちゃんのお弁当は、かわいらしい色とりどりのサンドイッチだった。
「カワイイ!さすが、東京のお二人はお弁当まで違いますわ。田舎者が恥ずかしいです」里美ちゃんは、そう言うと典子ちゃんと大きなおにぎりをひろげた。
「翡翠って、清楚できれいな宝石だよね。産地が限られているって聞いたけどこのあたりで取れるんだ」
なんとなく、気まずいので、僕は話題を変えた。
「ほんとうは、姫川のあたりで良く取れるんですけど、自分達の街でないので、研究対象外」
「僕も石は好きだよ。小さい頃から集めているんだ。でも、翡翠はもっていなかったら大切にするよ」
と言うと、里美ちゃんは、またうれしそうに微笑んだ。
「おにいさまがこの街にいるうちに、みんなで泳ぎにいきませんか。ねぇ、沙紀、どう?」
と里美ちゃん。
「いいけどぉ・・・・。」沙紀ちゃんが、チラリと僕の顔を見た。
「このサーフトランクスしか水着はもってきてないけど」
僕は、なんとも答えようがなくどうでもいいことを言ってしまった。
「じゃあ、15日あたりに。いつもの磯で。沙紀、約束だからね。あまり見せつけないでよね!」
里美ちゃんたちは、早々とおにぎりを平らげると、また翡翠を探しに行ってしまった。
相変わらず、不思議な二人だった。すっかり水を差されてしまったが。
「わたし、里美ちゃんみたいにスタイルよくないし、水着古いし・・」
「このサンドイッチおいしいよ。作るの大変だっただろ。ごちそうさま」
「ほとんど、お母さんだから・・・」
沙紀ちゃんがしょんぼりしているのがかわいそうになってきた。
サンドイッチを食べ終わると、僕は、立ち上がって、
「さあ、岬の岩のところへ行こう」と沙紀ちゃんに手を差し伸べた。
「うん!」ちょっと涙目だった沙紀ちゃんがほほ笑んで、僕の手を取った。
ほんとにお人形さんのような小さな手だった。
僕は、そのまま沙紀ちゃんの手を引いて、岬の先端の岩へ向かった。
まだ潮が満ちてくる時間ではないので、楽に先端の岩場まで行くことができた。
沙紀ちゃんと一番先端の岩に立った。その先は、もう、波と大海原しか見えなかった。
僕は、しばらくキラキラと輝く水平線を眺めていた。
この海に比べたら、自分はちっぽけな存在だと思ったが、不思議と怖いとは思わなかった。
そろそろ、潮が満ちてくる頃だ、戻らないと。
海岸近くまでは、かろうじて、水の上に顔を出している岩を選んで、行けたが、海岸との間に既に潮だまりができてしまっていた。
沙紀ちゃんは、キャンバス地のスニーカーだ。水につかって歩かせるわけにはいかなかった。
僕は、後ろの沙紀ちゃんを振り返ると、バッグを背中に回して、沙紀ちゃんを抱き上げた。
「えっ?ええええ!」いきなりお姫様抱っこされて、沙紀ちゃんが固まった。
それでも、僕の首にしっかりと腕を回してきた。
潮だまりの向こうで、あの二人がこっちを見ているのがわかったが、僕は、そのまま潮だまりを渡って行った。
海岸に着いても沙紀ちゃんは離れなかった。
「よかった。落とさなくて。犬さんパンツ替えなかったもんな」
「もう!」沙紀ちゃんは、飛び降りざまに、ポシェットで叩いた。でも思いっきりうれしそうだった。
じっとこちらを見ている里美ちゃんと目があった。なぜか泣きそうな顔をしていた。
二人の視線を背中に痛いほど感じたが、そのまま、海岸を離れて、バスで戻ることにした。




